第20話 元悪徳貴族、再会する
「着いたぜ。ここが王都だ」
スミスさんに促され、俺は馬車から降りた。
「うわぁ……!」
久しぶりの王都は、記憶にあるよりも多くの人で賑わっていた。
ハイネン村は小さな村だったから、余計にそう感じるのかもしれない。
「さて。俺は上に報告しないといけないから、ここでお別れだ」
「ありがとうございました、お義兄さん」
「伯父さんありがとう!」
父さんの言葉には渋い顔をしていた伯父さんだったが、俺がお礼を言うとデレッデレに鼻を伸ばした。
「今度王都に来る時はお母さんと来ると良い。そこの男は置いて、2人だけで来て欲しいな」
良い笑顔で暗に父さんに「来るな」と言って、伯父さんは去っていった。
「……お父さん。伯父さんに何したの?」
「あれ、もしかしてルカの中では私が全面的に悪いことになっているのかい?」
「違うの?」
「いや? 客観的に見たら間違ってはいないと思うよ」
……やっぱり、父さんは性格が悪いんじゃなかろうか。
父さんには「昔は若かったんだよ」と言われてはぐらかされたが、あんなに根に持たれるなんて本当に何をしたんだ?
「ライアン隊長がカインさんに何をされたのかは気になるが、俺らも仕事完了報告しないと金が貰えないんでね。ここらでお暇させていただきますよ」
「スミスさん達にも大変お世話になりました」
「お礼を言われることなんてありませんぜ。それが俺達の仕事なんでね。また何かあったら気軽に依頼してくださいよ」
スミス達にも別れを告げ、俺と父さんは待ち合わせ場所へと向かった。
「予定より1日早いが、行っても大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思うよ。待ち合わせ場所は師匠の自宅兼稽古場だから、何かない限りはそこにいるはずさ」
道すがら周囲を見回し、かつての王都と見比べる。
ここら一帯は商業区に分類され、沢山の店や屋台が立ち並んでいる。
ここでは食料や日用品、衣服だけでなく、武器や防具も手に入れることができる。しかも、王都というだけあって品質はどれもかなり高い。
しかし、王都であるが故に競争が激しく、店舗や屋台の入れ替わりが激しかった。今や通り過ぎていく店はどれも見たことの無いものばかりだ。
俺が死んでから20年以上は経っているはずだから、知っている店はもう残ってはいないかもしれない。
……かつての隊員達や友人達は、一体何人生きているのだろう?
「――ルカ、大丈夫かい?」
「え? ……あっ、ああ、大丈夫だ」
先程まで周囲をキョロキョロと見回していた俺が急に静かになったせいか、父さんに心配されてしまった。
しかも、気がつけば商業区を抜けて既に居住区に入っている。
考え込むのは悪い癖だな。気をつけないと。
「長時間、馬車で揺られてた上に結構な距離を歩いたから疲れてしまったのかな? でももうすぐ着くからもう少しだけ頑張って欲しい」
父さんには疲れていると思われているらしい。
言われてみれば、ちょっと疲れている気がする。そのせいで思考がマイナス思考になっているのかもしれないな。
父さんの進む方向的に、父さんの師匠の自宅兼稽古場は居住区の中でも貴族や大商人などの富裕層が多く住む場所に立っているようだ。
「……ここだよ」
そこには、何の変哲もない屋敷があった。
それなりに広い土地に立ってはいるのだが、周囲には同じような屋敷が立ち並んでいるため、何だか拍子抜けしてしまった。
あいつだったら、もっと変な建物で暮らしていると思っていたのだが。
父さんが屋敷の門を開け、敷地内に足を踏み入れた時だった。
「ぎゃああああ!」
屋敷の裏手側から悲鳴が聞こえた。
声の感じからして男だと思うが、一体何が……。
「何なのだこれは! 訳の分からん魔術ばかり教えよって!」
「これは上から虫を降らせる魔術なんですけど、面白いことに使う人によって降ってくる虫が違うんですよ〜」
「そんなことは聞いとらん!」
どうやらなにか揉めているらしい。
俺と父さんは顔を見合わせ、とりあえず声が聞こえた方へ行ってみることにした。
「我が息子は魔術師になるために魔術を習っているのだぞ!? このような何に使えるのかすらわからん魔術ばかり教えおって!」
「いやいや、どんな魔術も使いようですよ? 魔術だって道具みたいなものですから、使い手の技量によるんです」
「そんな屁理屈など聞きたくないわ! とにかく、息子は連れ帰らせてもらうからな!」
裏手に回ると、仕立ての良い服を着た男性が男の子の手を引いて俺達の横を通り過ぎた。
かなり怒っていたらしく、俺達には気づかないまま敷地から出ていった。
「……また逃げられたみたいですね、師匠」
父さんが呆れた様子で、そこにいた男に声をかけた。
「ハッハッハ! いつもの事さ!」
男は豪快に笑いながら、「バチーン!」という音が聞こえそうなウインクをする。
うん、このウザったい感じは間違いなくあいつだな。
「それにしても早い到着だったね。もう少しゆっくりの方がその子の体に負担が少なくて良いんじゃない?」
「それが、予想以上に魔獣との遭遇が少なく済みまして。それで予定より早く着いてしまったんですよ」
「そっかぁ。まあ、無理して会いに来たわけじゃないならいいんだ」
そいつの無駄にサラサラな金髪が揺れ、青い瞳が優しく細められる。
「君がルカ君だね? 僕はハルシャ・クリサンス。君のお父さんに魔術を教えていた者だよ」
俺が最後に会った時と変わらない姿で現れたのは、予想通りの人物だった。
――ハルシャ・クリサンス。
彼は王宮で働く魔術師であり、その中では稀なエルフだった。
そもそも、当時は「森の解放」の件もあってエルフが王宮で働くための採用条件は厳しく、俺が騎士として働いていた間に王宮に務めるため入ってきたエルフはこいつ以外に聞いたことがない。
もしかすると下働きにはいたのかもしれないが、それなりの職に就いていたのはこいつだけだろう。
つまり、それだけ優秀な魔術師だった。
あまりに見た目が変わっていなかったので少々驚いたが、純粋なエルフはハーフエルフよりも老化が遅い。
ハーフエルフは5年、エルフは10年経ってようやく1歳、年をとるのだそうだ。
100年経っていれば歳をとったように見えたかもしれないが、やはり俺が死んでからそんなに時間は経っていなさそうだ。
「ルカ・スターチスです。父からお話には聞いておりました」
「うん? カイン、君はこの子に何を言ったの?」
「師匠は変人だとは教えましたよ」
……容赦ないな、父さん。仮にも師匠だろう。
だが、こいつが変人なのに異論は無い。
「いやだなぁ、僕だって教える時は真面目でしょ?」
「真面目に変な魔術を教えるから弟子が逃げていくんじゃないですか」
父さんが大きなため息をつく。
こいつはエルフということもあり、喋らなければかなりのイケメンである。
しかし、一言喋ると女の子どころか周りの人が逃げていってしまうほど、中身が残念なのだ。
「というか、早く中に入れてくださいよ。私はともかく、ルカが疲れてしまいます」
「おお、そうだね! 立ち話はなんだし、中に入って入って!」
俺達はハルシャに案内され、裏にある入口から屋敷へと入った。
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