第19話 元悪徳貴族、新たな出会い

 村を出てから3日が経った。

 俺の体力を考え、途中の村や町で宿を取りつつ進んでいたのでもう少しかかると思われていたが、予想よりも早く王都に到着しそうなのだそう。

 というのも、どうやら魔狼の襲撃が普段よりも少ないらしい。


「ハイネン村を出たときはいつも通りだと思ったんだがねぇ。王都に近づくにつれて全く見なくなっちまった」

「ここまで見かけないのは珍しいんですか?」


 怪訝な顔をしているスミスにそう尋ねると、彼はこくりと頷く。


「ああ。少なくとも、俺は初めてだな」


 俺が騎士だった頃は、王都周辺で魔獣が目撃されることはほとんど無かった。

 魔獣の生息地が王都から離れているためか、たまに目撃されるのも群れからはぐれた奴くらいで、群れで襲撃されるなんて聞いたこともなかった。

 気になって父さんに小声で聞くと、ガイウスが死んでから急に群れ単位で魔獣が目撃されるようになったらしい。

 これもまた「ガイウス・リーリエの呪い」のせいだと言われているそうだ。


「ま、襲撃されないにこしたことはねぇよ。このまま何事も無きゃ、すぐに王都に行けるだろ」

「そうですね。何も起きなければ良いのですが……」




 ――だが、そんな都合の良いことがあるわけも無く。


「くそっ! いくらなんでも数が多すぎる!」


 馬車の外にいるスミスさんがそう叫んだ。

 現在、あと少しで王都という所で俺達が乗っている馬車は魔狼達に囲まれていた。

 しかもブラックウルフ数頭、なんて生易しい数じゃない。


「窓から見える範囲だけでブラックウルフ数十頭に、グレイウルフも混じっているな」


 俺と父さんはスミスさんから馬車の外に出ないよう指示されたため、窓からでしか状況を判断できない。

 しかし、外から聞こえてきたスミスさんの声といい、窓の外の様子といい、異様な状況に置かれているのは間違いなさそうだ。

 こんな状況下で馬が暴れないか心配だが、御者さんが抑えてくれているらしい。

 彼らのおかげで、今この馬車内の安全は保たれている。


「グレイウルフとブラックウルフが群れを成すなんて聞いたことがないぞ」

「私も初めてだよ。でも、群れというにはあまり統率がとれている気がしないね」


 父さんの言う通り、外で暴れている魔狼達は一匹一匹が好き勝手に行動しているように見える。

 グレイウルフ内でもブラックウルフ内でも統率が取れていないというのは、奴らが群れで行動することを考えると異常だ。


「やはり、呪いの影響か?」

「断定はできないけど、恐らく」


 魔狼達が好き勝手に暴れてくれているおかげでスミスさん達はまだ何とか対処しきれているが、いかんせん数が多すぎる。

 このままでは、スミスさん達が倒されてしまう。


「……父さん」

「ルカ。言いたいことはわかるけど、ギリギリまで我慢して欲しい」


 ここで俺が魔術で援護すれば、状況は一気に優勢になるだろう。

 しかし、そうした場合、俺が本当にただの子供じゃないとスミスさん達に気づかれる。


「私が援護できれば良いのだけど、私が使うことのできる魔術は集団戦には向いていないから、出ていったところで役には立てなさそうだ」


 父さんは魔術の心得はあるが、本職は研究者だから恐らくほとんど魔獣と戦ったことがないだろう。

 あったとしても、こんなに多くの魔獣を相手にしたことは無いはず。

 戦い慣れていない父さんが出ていっても、むしろ邪魔になるだけなのは明白だ。

 窓の外を見れば、スミスさんとは別の護衛の1人が深手を負っていた。

 そのせいでこちら側の戦力が落ち、一気に劣勢となってしまっていた。


「まずいな、このままでは全滅するぞ……」


 その時、スミスさんの背後からブラックウルフが襲いかかろうとしていた。

 彼は、その存在に気づいていない。


「くっ、もう限界だな!」


 俺はスミスさんを助けるべく、馬車から飛び出した。

 ――その時だった。


「キャンッ!?」


 ブラックウルフの頭に、剣が突き刺さった。

 スミスさんがやったのかと思ったが、彼の手には剣が握られたままだ。

 何より彼自身、驚いた顔をしてそのブラックウルフを見つめている。


「……何を油断している。お前ともあろう者が、こんな犬っころに遅れをとるんじゃない!」


 俺は慌てて馬車の中に隠れ、聞き慣れない声がした方を振り返る。


「ライアン隊長!? あんたがどうしてここに……」


 視線の先には、紋章の入った立派な鎧を着た男が立っていた。

 スミスさんに「ライアン隊長」と呼ばれた彼の背後には、同じような鎧を着た者達が見える。


「門の見張りが気づいたんだ。我々も加勢するぞ!」


 それを合図に、彼らは一斉に魔狼の群れへと突撃していく。

 あっという間に魔狼は数を減らし、襲いかかってきた群れは全滅した。


「……いやぁ、流石ですね。おかげで助かりましたよ」


 戦いが終わった直後、スミスさんがライアン隊長に声をかけた。


「しっかし、まさか剣をぶん投げる騎士様がいるなんて思いもしませんでしたね」

「ああしなければお前は頭からガブリ、だったんだぞ。もう少し感謝しろ」


 そう言いながら、ライアン隊長はブラックウルフの頭に刺さりっぱなしだった剣を引き抜く。


「そもそも、俺以外にもいるからな。剣をぶん投げた騎士は」

「へぇ?」

「まあ、その人が投げたのは本人の身の丈ほどもある大剣だったらしいが」


 一瞬、スミスさんが目を見開く。

 しかし、次の瞬間には腹を抱えて笑っていた。


「いやはや、この国の騎士様は本当に規格外ですねぇ」

「規格外じゃなきゃ、第一部隊では生き残れないさ」


 その言葉に、馬車から出ようとしていた俺は足を止めた。

 第一部隊……ということは、彼らは今の王立騎士団第一部隊か。

 第一部隊の奴らが規格外のように聞こえるが、別に剣を投げるくらいは普通じゃないか?

 仲間が危険なときにお上品な戦い方をしていたら、助けられる命も助けられないだろう。

 俺も騎士時代に、仲間に襲いかかっていたドラゴン目掛けて大剣をぶん投げたことがあるしな。


「おっと、無駄話している場合じゃ無かったな。馬車の中で客を待たせているのだろう? ここは我々が片付けておくからお前は乗客に説明を……」


 馬車の方を振り返ったライアン隊長と目が合う。

 真正面から見ると、彼は誰かに似ているような気がするな。


「な、こ、子供が見て良いような現場じゃ無いぞ! 早く馬車の中に戻りなさい!」


 さっきまでの凛々しい顔はどこへやら。

 オロオロして視線が泳いでいる。

 その様子は、子供を相手するのに慣れていない前世の俺のようだった。


「別にへい……」

「大丈夫ですよ、ルカはこの程度では動揺しませんから」


 俺が言うより先に、後ろから出てきた父さんがライアン隊長の言葉に答えた。


「なんと言ったって、あなたの甥っ子ですから」


 ……甥っ子?


「な、お、お前は……!」

「お久しぶりです、義兄おにいさん」


 驚いた顔で固まっているライアン隊長に向かって、父さんが優雅に一礼する。

 父さんが「義兄さん」と言ったってことは、彼は母さんの兄、つまり俺の伯父さんなのか。通りで誰かに似ていると思った。

 ……しかし、まさか今の第一部隊隊長と血縁関係にあるとは。


「貴様に兄呼ばわりされる筋合いはない!」


 うおっ!?

 ……あ、危ない。またオッサン臭い声を出すところだった。

 ライアン隊長――伯父さんが急に声を荒げたが、いったいどうしたんだ?


「あれ、まだ仲直りしてなかったんですかい?」


 スミスさんがそう言うと、伯父さんは怒り心頭といった様子で声を荒らげる。


「こいつとは一生仲良くするつもりは無い!」


 どうやら、伯父さんは父さんのことを嫌っているらしい。


「ここでの喧嘩は止めましょう? ルカがいる手前ですから」


 一方、父さんは良い笑顔を伯父さんに向けていた。

 ……父さんは意外と性格が悪いのかもしれない。


「ぐっ、た、確かにそうだな」


 伯父さんがちらりと俺を見る。


「……そうか、もうこんなに大きくなったのか」


 そう呟くように言うと、伯父さんは俺に近づき、目の前でかがんだ。

 同じ目線になったときの彼の表情は父さんに向けていた険しいものではなく、穏やかな笑顔だった。


「ルカ君と会ったのは君が赤ん坊の頃だから覚えていないと思う。俺は君の伯父さんで、ライアン・アキレアという」

「こんにちは、伯父さん」


 母さんの息子とはいえ、父さんの息子でもある。

 伯父さんに悪い印象を持たれないよう、俺は笑顔で挨拶した。


「……ううっ、何て良い子なんだ! この男と血が繋がっているとは思えない!」


 突然、伯父さんが泣き始めた。

 どうも感激のあまり涙したようだが、一体父さんは伯父さんに何をしたんだ……。

 父さん達の過去が気になったものの、流石にこんな道端で聞くわけにもいかず、その後も結局尋ねることが出来ないまま、俺は第一部隊の皆さんに護衛されるような形で王都へと足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る