第18話 元悪徳貴族、いざ王都へ
「……ぶあっくしょいっ!」
……風邪でもひいたか?
筋肉痛が治ったばかりだというのに、風邪までひくなんて。
「ルカ、大丈夫かい?」
隣に座っていた父さんが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫。ちょっと鼻がムズムズしただけ」
「無理は禁物だよ。筋肉痛が治ったとはいえ、体調が万全じゃないのかもしれない。それに、馬車に乗るのは初めてだろう?」
母さんの稽古……もとい手合わせの翌日、筋肉痛がすっかり治った俺は予定通り王都へと向かっていた。
今は王都へ向かう馬車の中だ。
この国で一般的な乗合馬車ではなく、父さんがいつも王都へ向かう時に利用している個人馬車というものだ。
個人馬車は乗合馬車を貸し切りにしたようなもので、乗合馬車よりもお金はかかるが比較的揺れが少なく、人の乗り降りがなくなるため目的地まで着くのが早い。尚且つ、しっかりした護衛もつくので安心して乗ることができるのが売りだ。
そのため、金銭に余裕のある人は個人馬車を利用することが多いそうだ。
もっとも、最近では魔獣被害の増加で馬車での移動を控える人が増え、個人馬車も利用客が減ってしまったらしいが。
今乗っている馬車は個人馬車の中でも高価なものらしく、村周辺のちゃんと舗装されていない道でも揺れを全く感じない。
内装も華やかで、10人くらいなら余裕で入れそうなほど広い。
前世ではもちろん馬車に乗ったことはあるが今世では初めて乗る俺のために、父さんが奮発してくれたようだ。
「にしても、ずいぶんとオッサン臭いくしゃみだなぁ、ボウズ」
向かいに座る軽鎧を着た男がニヤニヤしながら言った。
彼はこの馬車の護衛の1人で、スミスと名乗った。
他にも2人の護衛がいるが、彼らは馬に乗ってこの馬車と併走している。
スミスはもしもの時に俺たちを逃がす役割の他に、馬車内でのもめ事を収める役割なんかも担っているらしい。
以前、個人馬車を利用した客が同乗していた婚約者と大喧嘩して流血騒ぎになったことがあり、それ以降、必ず1人は中で待機するようにしているらしい。
「お前、実は年齢20歳くらいサバ読んでるだろ?」
「そ、そんなわけないじゃないですか」
精神年齢的にはほぼ当たっている。なんて勘の良い奴だ。
「スミスさん、ルカはまだ5歳ですよ」
「はは、わかってますって。ただ妙に大人っぽいから疑いたくなっただけです」
うーん、子供っぽく振る舞っているつもりなんだがな。
「ほら、その顔。そんな顔されちゃあ子供っぽく振る舞ってるだけじゃないかって疑っちまうぜ?」
スミスが俺の顔を指さし、にやりと笑う。
しまった、顔に出ていたか。
「ま、ただのガキと旅するよりかは面白い旅になりそうだから良いけどな」
ふざけた口調のため一見からかっているように見えるが、その目は笑っていない。
まるで、俺を見定めているかのようだ。
「……お、お手柔らかにお願いします」
「くくくっ。別にとって食おうなんざ考えてねぇよ」
スミスは別の大陸出身だが、傭兵として各地を転々としているうちにここに流れ着いたらしい。
傭兵としての勘が、俺に対して警戒するように告げているのかもしれない。
ちなみに馬車の護衛も傭兵業の一環として引き受けているそうで、他にも要請があれば魔獣討伐に参加することもあるとも話していた。
要請があると言うことは、腕前もなかなかのものなのだろう。
……戦うところを見てみたいと思ったが、魔獣に襲われたいと言ってるも同然なので心の内にしまっておこう。
「お前やお父さんのことはちゃんと守ってやるから安心しな。たとえ、魔狼どもが群れで襲ってきても倒してやるからよ」
魔狼は魔獣の一種で、毛が灰色のグレイウルフと黒色のブラックウルフが存在する。
それぞれ性質が異なり、グレイウルフは死肉を食べるので馬車を襲ってきたりしないが、ブラックウルフの方は生きた獲物を狩るため馬車馬を狙って襲ってくることがある。
ハイネン村周辺はレッドベアーの縄張りだが、今走っている地域は両方の魔狼の縄張りがあるため、ブラックウルフに襲われる危険があるそうだ。
「実はもう既にこの馬車も何度か襲われてるんだぜ?」
「え、そうだったんですか?」
スミスの言葉に父さんが驚く。
驚くのも無理はない。そんなこと伝えられてないし、馬車が不自然に揺れたり止まったりすることも無かったからな。
俺は外にいる護衛の1人が何度か馬車から離れていくのが見えていたので、そうじゃないかと薄々勘づいていたが。
「ボウズは驚かねぇんだな」
「はい。護衛のお兄さんが離れていくのが見えたので、何かあったのかなぁとは思ってましたから」
「怖くねぇのかよ?」
「え? お兄さん達が頑張ってくれてるのに怖くなんてないです」
頻繁に離れていくってことは、馬車が襲われる前に対処しに行ってるってことだ。
戻ってくる早さから考えるに追い払ってるだけなんだろうが、それでも護衛としては充分すぎる働きだ。
「……やっぱ、実年齢オッサンだろ?」
「今ので何でそうなるんです!?」
確かに精神年齢は28歳だが、オッサンでは無いぞ。
誰がなんと言おうと、28歳の男がオッサンだとは認めない。
「……ルカ、顔が怖いよ?」
「気にしないで、お父さん。昔のことを思い出して悲しくなっただけだから」
前世では老け顔だったからか、実年齢よりかなり上に見られることが多かった。
今世ではオッサン呼ばわりされたくなかったな……。
俺があまりに落ち込んでいるのを見たスミスさんに爆笑されつつ、馬車は王都へと進んでいった。
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