第17話 別視点:王宮にて
――カルパーナ王国王都の中央に位置する王宮。
その一室に、3人の男がいた。
「……先日ハイネン村に現れたレッドベアーに関する報告は以上です」
鎧を身にまとった男が報告を終え、座って聞いていた2人の男達に頭を下げる。
「……国境付近の村への魔獣襲撃も増えてきましたな」
座っていた男のうち、髭を生やした中年の男が大きなため息をつく。
服の上からでもわかる盛り上がった筋肉は、彼がかつて騎士だったことを窺わせる。
「今回襲われたハイネン村にはたまたまマーラがいましたから何とかなりましたが、もし他の所が襲われていたら被害は甚大だったでしょう」
鎧の男が険しい顔で言った。
彼は王立騎士団第一部隊の現隊長だ。
部隊を率いて何度もレッドベアーと戦ってきている。
その強さを熟知している彼にとって、今回の被害の少なさは運が良かったとしか言いようがない。
マーラ――ルカの母親がいなければ、ハイネン村は跡形もなく消え、一面焼け野原になっていただろう。
実際、そうなってしまった村は少なくない。
「やはり国境付近の村でも騎士を常駐させるべきではないでしょうか」
髭の男が今まで一言も発していない男に顔を向ける。
金色の髪が美しいその男は、目を閉じて難しい顔をしていた。
「……今の騎士団の人数で、それは可能か?」
ようやく発せられたその声は、若いながらも威厳に満ちていた。
金髪の男の見た目はこの場で最も若いように見えるが、実は最年長である。
「……恐れながら、難しいと思われます」
鎧の男の言葉を聞き、閉じていた目を開ける。
彼の青い瞳が、鎧の男に向けられた。
「騎士団の人員不足は未だ解消されていないのか」
「はい。新しく入る隊員は減っておりませんが、抜けていく人員が増加し続けています」
鎧の男は苦々しい顔をする。
「魔獣の襲撃が増加し、それに比例して魔獣との戦いで負傷する者が増え、その怪我を理由に辞めていく者が後を絶ちません」
現在、王立騎士団は年々増え続ける魔獣襲撃により疲弊状態にあった。
ほぼ毎日のように魔獣と戦い、休む暇もなく戦っているような状態だ。
必然的に負傷者も多くなり、重傷で辞めていく者が増えてしまったのだ。
さらに、死亡者も増えており、騎士団の人員不足は深刻だった。
「王都の防衛すら手一杯だろう。そんな状況で常駐はできない」
「しかし、国民を見捨てることはできませぬ。それに、国境付近で魔獣の対処が遅れると隣国にまで被害が出ます」
「……そうだな。であれば、他の案を考えるしかあるまい」
青い目の男が眉間にシワを寄せた。
既に隣国でも魔獣被害が出たという報告は少ないながら上がっている。
カルパーナ王国はその隣国から経済支援を受けていた。
これ以上増えれば、隣国からの援助を切られるのは時間の問題だ。
「騎士団を引退した者達にも協力を要請しましょう。マーラのように自分の住む場所に出た魔獣撃退に協力している者もいますし、断る者は少ないと思われます」
「そういうことでしたら、私も協力いたしましょう。私自身はここを離れられませんが、かつての仲間と連絡を取り合っております故、彼らに頼んで魔獣退治に協力させましょう」
鎧の男に同調するように髭の男が言う。
青い目の男は、端正な顔を更に歪ませる。
「協力を要請できても国費として給金は出せない。装備の支給ぐらいなら行えるが、何かあっても補償金は出せないぞ」
度重なる魔獣被害によって、カルパーナ王国の経済は低迷していた。
魔獣に畑を荒らされたり、荷馬車を襲われたりと、多くの業種で被害が出ているため、経済活動が著しく落ち込んでしまっている。
そういった事情から隣国から経済支援を受けているのだが、それでも経済は回復せず、国の収入が激減していた。
増え続ける魔獣被害に対応するため騎士団の維持などに費用を多く当てているが、それもギリギリでこれ以上は増やせなかった。
「承知しております。それを話した上で協力者を募りましょう」
「心配せずとも集まりますよ。我々騎士は金ではなく、国を守るために働いてきたのです。国の危機とあらばすぐにでも駆けつけましょうぞ!」
暗い顔をする青い目の男とは対照的に、他の男達は笑顔で答えた。
「……わかった。君たちがそう言うのであれば、協力を要請しよう。ただし、給金等が出せない旨はしっかり伝えてくれ」
しかし、自信に満ちた男達の言葉を聞いても、青い目の男の表情はさえない。
「陛下、どうかご安心を。我々も全力を尽くしております故、今は苦しくともいずれ良い方向に進みますよ」
「宰相殿の仰る通りです。我々の努力が報われる日は必ずやってきます。陛下が御心を痛める必要はありません」
青い目の男――「陛下」は、弱々しく微笑んだ。
「ありがとう、宰相、騎士団長。君達も苦しいのに変わりないのだから、私がもっと平然としていなければならないのに。不甲斐ない王で申し訳ない」
「陛下が不甲斐ないなどとんでもございませぬ。貴方が率先して問題解決に当たっているからこそ、我々は貴方について行くのです」
「宰相」と呼ばれた髭の男が、すぐさま反論した。
「陛下、自信を失ってはなりませんぞ。我々がすべきことは今ある手の中で最善のものを選ぶこと。何が正解かなど誰にもわかりませぬ」
「……宰相。君の言っていることは正しい。だが、それでも考えてしまうのだ。今やっていることは対処療法にすぎない。根本的な解決にいたるまでにこの国は……いや、もしかすると他の国も巻き込んで全て滅んでしまうのではないかと」
呪いがどうすれば解けるのか。
現国王が即位してから多くの人がその答えを探したが、未だ手がかりすら掴めていない。
魔獣襲撃に備えるための策は呪いの影響を抑えるためにすぎないのはこの場の誰もがわかっていた。
「……呪いを調査している者達も躍起になって調べています。我々は被害を最小限に抑えながら、彼らからの良い報告を待ちましょう」
重苦しい空気が流れる。
一体いつ呪いが解けるかわからない。
呪いが解けるのが先か、この国が滅びるのが先か――。
その時、部屋の扉がノックされる。
「入れ」
「失礼致します」
扉を開けて入ってきたのは、1人のメイドだった。
「オリバー様が剣術の稽古に向かわれました」
「そうか。あの子に変わった様子は?」
「ございません。いつも通り座学を受けた後、稽古に向かっております」
「わかった。報告ご苦労。退出して良いぞ」
メイドは一礼し、部屋を出た。
「殿下はお変わりなく、元気なようで何よりです」
「そうですな。……こう言ってはなんですが、呪いの影響を受けたのが殿下では無くて良かった」
宰相の言葉に、鎧の男も陛下も顔を顰める。
「宰相殿。それは陛下に対しても殿下に対しても、何より姫様に対して失礼です」
きつい口調で鎧の男が言った。
「わかっておる。わかっておるが、今までを考えるとそう思うのも致し方ないだろう?」
そう言って、宰相は苦々しい顔をする。
陛下が沈痛な面持ちで口を開いた。
「……亡くなっていった子供達のことを忘れた日など1日たりともない。カルミアも今は安定しているが、いつ亡くなってもおかしくはない」
ガイウス・リーリエの呪いは魔獣の凶暴化だけに留まらず、王家にも多大な悪影響を及ぼしていた。
ハーフエルフで老化の遅い陛下は、今まで正室や側室の間に8人の子供を儲けている。
しかし、うち6人は幼くして亡くなっていた。
亡くなった子は皆、身体が弱く生まれながらに病を抱えており、学校に通うようになる7歳になる前に死んでいった。
これらは全てガイウス・リーリエの呪いのせいとされた。
「オリバーに影響が出ていないのは奇跡だ。あの子だけは呪いから守らねば……」
「陛下……」
王太子であるオリバーと、王女であるカルミアは双子の兄妹だ。
そして、8人の子供の中で唯一、オリバーだけが健康な状態で産まれてきた。
だが、あくまで生まれた時に病を持っていなかっただけで、これから先に大病を患ったり、大怪我をしたりするかもしれない。
オリバーの動向を逐一報告させるなど過保護にも見えることをするのは、跡継ぎを何としても残すためである。
「……今日はお開きにしましょう。これ以上議論していても仕方ない」
どんどん重苦しくなる場の雰囲気に痺れを切らしたのか、宰相は大きなため息をついた。
「そうですね。では、私は連絡の取れる範囲で元騎士達に協力してくれるよう頼んでまいります」
「私も一度帰って連絡をしてみますよ。皆現役を退いて長いですが、戦闘には参加せずとも何らかの形で協力してくれる者はいるはずです」
「……わかった。2人とも今日はありがとう。よろしく頼む」
鎧の男と宰相が退出して一気に静かになった部屋の中で、陛下は独り、あの日のことを思い出す。
あの日――兄であるガイウス・リーリエを殺した時。
死の間際、彼は何かを呟いていた。
実際、彼が何事かを呟いていたと証言する者は複数人いた。
しかし、誰もその内容まではわからなかった。
呪いを研究している者達は、それが呪いをかけるための呪文であったと主張している。
「兄様……」
50年以上経った今でも、忘れられない。
信頼していた弟に裏切られ、領民を含む多くの人々の手で惨殺された兄。
死体は最早、人の形を留めていなかった。
だが、最後に一瞬だけ見えたその顔は、あまりに穏やかで――幼き日の兄と同じ笑顔を浮かべていた。
幼い頃、外に出られなかった弟を励ましたあの笑顔と、何一つ変わらなかった。
「あれは、私が見た都合の良い幻覚だったのだろうか……」
彼は疑っていた。
兄が本当に自分に呪いをかけたのかと。
兄が呪いをかけたという証拠がいくつか上がっているが、それでも信じられずにいる。
けれども、呪いは確かに存在し、自分や家族、そして国全体を苦しめている。
「もし、兄様が呪いをかけたのなら……恨むのは私だけにしてください」
とても小さな声だったが、誰もいない室内では良く響いた。
「どうか、この国の未来を……あの子達の未来を奪わないでください」
それは一国の王として、そして双子の父としての切なる願いだった。
その願いは誰かの耳に届くことなく、ただ静かに消えていった。
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