第16話 元悪徳貴族、無茶した結果
「……うーん」
俺は倦怠感を感じながら目を覚ました。
何とか起き上がろうと、身体に力を入れる。
「イテテ……」
ちょっと力を入れただけで、全身に痛みが走った。
「ルカ。目が覚めたんだね」
首を動かすのも辛いので目だけを声がした方へ向けると、父さんがホッとしたような顔で立っていた。
「突然倒れたから驚いたよ。体の調子は大丈夫かい?」
「……大丈夫ではないな。全く動けん」
一瞬だけ身体強化をかけたのだが、それでもこの身体への負荷は大きかったらしい。
酷い筋肉痛といったところか。とりあえず、後遺症が残るような怪我をするほどの負荷がかからなくて良かった。
「マーラはきつく叱っておいたよ。いくらガイウス様とはいえ、身体は幼い子供のものなんだから無茶させるなって」
「いや、無茶をしてしまった俺も悪い。母さんをそんなに責めないでやってくれ」
それに、母さんが手加減しなかったのは俺の教えもあったみたいだし……。
「マーラにあなたのことを伝えた時に気付くべきでした」
「やっぱり、父さんが母さんに伝えたのか」
「はい。彼女はルカが別人になったと思っていたみたいでしたので、今朝伝えたのですが……まさかその日のうちに行動を起こすなんて思っていませんでした」
父さんが頭を抱えながら、深いため息をつく。
その日のうちに行動を起こす?
「父さんは、母さんが俺と手合わせするかもしれないと思っていたのか?」
「手合わせ……というより、決闘を申し込むんじゃないかと思ってましたよ」
……ある意味、あの手合わせも決闘のようなものだった気がする。
もっとも、命を懸けていたのは俺だけだったと思うが。
「まさか、母さんがそんなに
決闘を申し込みたいほど恨まれるようなことをしたのだろうか?
いや、それは流石にないよな。
父さんや母さんの師匠が俺の知り合いらしいから死んでからそんなに時間は経っていないと思われるが、父さん達の年齢から考えると俺が死んでから少なくとも20年以上は経っているはず。
母さんが小さいときに俺が生きていたとしても、直接会っていたとは考えにくい。
そもそも子供には怖がられるから、あまり近づかないようにしていたし。
「え? マーラはガイウス様のことを嫌ってなどいませんよ?」
「うん? じゃあ、何で父さんは母さんが俺に決闘を申し込むなんて思ってたんだ?」
「それはマーラが言っていたからですよ。『ガイウス・リーリエと命懸けの勝負がしたい』とね」
……えーと、それはつまり。
「俺を恨んでいるからじゃなくて、俺と命懸けの勝負がしたいから決闘を申し込むと?」
「はい」
えぇ……。
決闘というのは命を懸けてまで成し遂げたい目的や恨みがあって申し込むもので、命懸けで勝負したいからといって申し込むものではないと思うのだが。
「彼女が小さい頃はもっと直球でしたよ。『ガイウス隊長と会ったら決闘を申し込むんだ!』なんて言ってましたね」
「……ガイウス隊長?」
「彼女の師匠がそう呼んでいたのですよ。その方が唯一勝てなかった相手だと言われて、戦ってみたかったらしいです」
父さんはクスクスと笑っている。
幼い頃の母さんのことを思い出しているのかもしれない。
「というか、父さんと母さんは幼馴染みだったのか?」
「そうですね。師匠同士が知り合いだったので。まあ、仲が良かったのは弟子だけで、師匠達は仲が悪かったのですが」
両親の師匠達は俺繋がりで知り合いなんだろうが、仲悪いのか。
俺にだけは勝てなかったといった元隊員と自称俺の親友の魔術師……。
いや、まさかな。あいつらが誰かに指導してるところなんて想像できん。
まして、子供相手に指導なんて、保護者から苦情が来そうだ。
「……ですが、やはり今回の件はマーラも私も悪かったと言わざるを得ません」
俺が懐かしい顔を思い出していると、父さんの声の調子が変わった。
目を父さんの方へ向けると、父さんの顔はさっきまでの笑顔から一変し、険しいものへと変わっていた。
「あなたは……君はガイウス・リーリエではなく、ルカ・スターチスなのだから」
そう言った直後、父さんの顔が何かに気づいたようにハッとし、眉間にシワが寄った。
「……そうだ。君はルカなんだ。だから、本当はこういうことをしてはいけなかったのかもしれない」
「何の話だ?」
父さんに尋ねるが、なかなか言い出そうとしてくれない。
「確かに、今の俺はルカだ。でも、前世はガイウスだ。それはつまり、俺はルカであり、ガイウスでもあると言えないか?」
俺はルカ・スターチスだ。それは間違いではない。
だが、ガイウスとしての記憶がある以上、俺がガイウスで無いとは言い切れない。
姿形が変わっても、記憶があるならその人物として接したくもなるだろう。
父さんに初めて前世がガイウスだと告げた時、彼が貴族に対して使うような敬語で話しかけてきたように。
「父さんがルカのために何かしても、ガイウスのために何かしても、それはどちらも俺のことを想っての行為だ。だから、自分を責めるのは俺の反応を見てからでも良いのではないか?」
俺の言葉に、父さんは驚いたように一瞬だけ目を見開く。
そして、何かを決心したような顔で俺に告げた。
「……ルカ。父さんはお前を師匠に会わせたいと思っている」
「その話なら前も聞いたぞ?」
「実はついさっき、師匠と会う予定を立てたんだ」
「うん?」
あれ、何か嫌な予感が……。
「明日、私と2人で王都へ向かおう。会う約束をしたのは4日後だから、充分間に合うよ」
「いやいやいや、ちょっと待っ……イタタ!」
思わず起き上がろうとしてしまい、全身に痺れるような痛みが走る。
「大丈夫。ルカは若いから、明日の朝には筋肉痛も無くなってるよ」
「そういう問題じゃない」
いや、確かに筋肉痛も心配だけども。
それ以上に、父さんの師匠に会うのが不安すぎる。
「いくらなんでも急すぎやしないか?」
「鍛えるなら早い方が良いからね」
「き、鍛える?」
俺の顔が引きつる。
もし、父さんの師匠があいつなら……。
絶対、まともな方法で鍛えるなんてことはしない。
最悪、あいつの新作魔術の実験台にされるかもしれん。
「訓練を受けていない少年が魔術を使えていたらおかしいだろう。もしもルカが何かの拍子に魔術を使ってしまった時、それを誰かに見られたらどう言い訳するつもりだい?」
俺は言葉に詰まった。
俺がガイウスだとバレたのは、母さんを助けるために魔術を使ったのがバレたからだ。
誰かを助けようとして魔術を使ってしまう可能性は高い。
今回のように隠れて使っても、状況証拠から俺が使ったとバレることも考えられる。
「短い期間でも訓練を受けていれば、誤魔化すことも容易になる。ルカにとって悪いことは無いと思うけど」
「しかし、それなら他の魔術師でも……」
「他の人だとルカの恐ろしく高い魔力量に気づかれたら面倒なことになる。その点、師匠だったら気づいても追及してこないから安心して任せられる」
まあ、訓練を受けていないのに50万超えの魔力量を持っていたら疑われて当然か。
むしろ追及しないという父さんの師匠の方が稀だろう。
「ちなみに私やマーラから師事を受けたということにするのは無理だよ。私達に指導力が無いのはこの村の全員が知っていることだから」
次に言おうとしたことをあっさりと論破されてしまった。
後に聞いた話では、父さん達は一度村人達に自衛手段の1つとして魔術を教えようとしたらしいが、あまりの指導力の無さに村人達は1日で教わるのを諦めたらしい。
どんな教え方だったのかも聞いたが、誰も教えてくれなかった。『君の両親の名誉を守るため』らしいが、一体どんな教え方をしたんだ……。
「とりあえず、会うだけ会ってみないかい? 懐かしい人達が今どうなっているのかも知れる良い機会だと思うよ」
「それは……確かに気になるが」
今まで考えないようにしていたが、俺が殺された後、俺と親しかった奴らがどうなったのかずっと気になっていた。
俺のせいで苦しい生活を送っているのではないかと。
「……わかった。会いに行こう」
ガイウスだとバラすことはできないから込み入ったところまでは聞けないし、そもそも聞いたところで今の俺にはどうすることもできない。
でも、どうしても知らなければいけないような気がするのだ。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。きっと師匠も喜ぶはずさ」
「今更だが、その師匠に俺がガイウスだとは話していないんだよな?」
「もちろん。そんなこと話したらこっちに突撃してきそうだったからね」
その後、明日の予定を父さんから聞いて、ベッドの上からピクリとも動けない俺はそのまま眠りにつくことにした。
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