第11話 元悪徳貴族、信じられる

 俺は言葉を失った。

 ……いや、実際には「ふぇ?」という間抜けな声が漏れてしまったが。


「そういう反応をされるということは、呪いについてはご存知なのですね」

「あ、ああ。昨日、ミリム達から聞いた」


 父さんは俺が呪いのことを知らないと思っていたようだ。

 だが、何故そう思っていた?

 彼が解こうとしている呪いをかけたのは、ガイウス・リーリエだと言われているのだろう?


「ガイウス様は呪いのことをどこまでご存知ですか?」

「フェル……現国王様に俺がかけたとされている呪いらしいな。だが、それ以外のことは知らない」


 父さんは俺から視線を逸らして少し思案すると、再びこちらを向いて小さく頷いた。


「そうですね、その認識でも間違いはないでしょう」


 俺は首を傾げた。

 間違いはない、ということは、正確でもないのだろう。

 しかし、何が正しくなかったのだろうか?


「呪いは我が国の国王陛下にかけられておりますが、その影響は国全体……いえ、もはや隣国にまで及んでいます」

「そんな広範囲に呪いの影響が出るものなのか?」


 個人にかけられた呪いがそこまで広範囲に影響するとは思えないが。


「呪術についてすら未解明な部分が多いですから、1つの呪いがここまで広範囲に及ぶ可能性もあると思われます」


 呪いは呪術の1つだ。

 呪術というのは、魔力を消費せずに現象を引き起こすことができる術である。

 その代わり、儀式を行う必要がある。

 儀式では地面に魔法陣を描き、その上に供物を置いて呪文を唱える。

 この儀式を行うことで目に見えない精霊や神様にお願いし、その現象を引き起こしてもらっているらしい。

『らしい』というのは、誰もそのことを証明できていないからだ。

 魔術は魔力が現象を引き起こしているが、呪術は何が現象を引き起こしているのか、ガイウスが生きていた時にはわかっていなかった。

 父さんの口振りでは、未だに解明されていないのだろう。


「ですが、私は呪いが1つだけだとは思っておりません」


 ランプの光に照らされた父さんの顔は真剣そのものだ。

 畏まった言葉も相まって、どこか緊張しているようにも見える。


「私は、国全体に拡がる呪いは1つではなく、複数の呪いがかけられているのではないかと推測しています」

「何故そう思う?」

「ガイウス様の呪いとされている呪いは範囲が広いだけでなく、効果も複数確認されています。呪術は1つの儀式で1つの現象しか引き起こすことができません」


 1つの呪いで与えられる影響は1つということか。


「だが、呪術というのはまだわからないところが多いから、1つの儀式で複数の呪いをかけることだってできるのではないか?」

「それはありえません。かつて1つの儀式で複数の呪術を発動しようとした者が居たそうですが、何度試しても1つも発動しなかったそうです」

「つまり、経験的に無理だ、と」


 父さんが頷く。


「他の研究者の中には複数の呪術を一度に発動する方法をガイウス様が発見したのではと言う者もいますが、複数の呪術師が挑戦して失敗していますから、その可能性も低いと考えていました」

「なるほどな。しかし、俺が死ぬ前に複数の呪術をかけたのかもしれないだろう?」


 皮肉めいて言うと、父さんは苦笑した。


「それが無理なのは、ガイウス様が1番良くご存知なのでは?」

「……その通りだ」


 俺は呪術について詳しくない。

 一般的なことは知っていても、こういう儀式を行えばこの呪術が発動する、みたいなことはさっぱりわからない。

 仮に知っていたとしても、前世では儀式を行う時間など無かった。

 騎士時代は遠征が多く、そうでない時も鍛錬に明け暮れていた。

 家を継いで領主となった後は大量の書類や毎日のようにやってくる客の対応に追われ、睡眠時間がほぼ無いに等しかった。

 そんな中で儀式を行う余裕も無いし、呪術について調べるなんてできるわけが無い。


「ガイウス様が非常にお忙しい方であったのは存じ上げておりました。特に領主になられた後は常に周囲に人がいる環境にいらっしゃいましたから、儀式を行うなど不可能に近いでしょう」

「だが、それは俺が複数の呪いをかけていないことの証明に過ぎないだろう。呪いの1つは俺が死の間際にかけたものかもしれない」


 父さんはゆっくりと首を横に振る。


「呪術について詳しくないガイウス様が、その呪いをかけられるとは思えません」

「どうしてだ?」

「自らの死を引き換えにする呪いは余りに危険すぎるために古くから禁術に指定されています。存在こそ広く知られていますが、その方法自体はごく限られた呪術師しか知らないのです」


 確かに、通常の儀式とは異なる方法をとるらしいということは知っているが、具体的にどういう方法なのかは知らない。

 禁術であったならば、調べたとしても容易には見つからないだろう。


「ガイウス様、もう一度聞かせて下さい」


 俺が顔を上げると、父さんと目が合う。


「あなたは、呪いをかけてはいませんね?」


 俺は今度こそ、しっかりと頷いた。


「……ああ、やっぱり、そうなのですね」


 父さんの目に薄ら涙が浮かんだと思うと、それを堪えるように彼は目頭を押さえた。


「ガイウス様。私は幼い頃からずっと、あなたが呪いをかけていないと思っていました」


 目頭から手を離した父さんは、そう言って微笑んだ。


「……何故、そう思っていたんだ?」


 意外な言葉だった。

 てっきり、父さんは調べていくうちに俺が呪いをかけていないと思うようになったのだと思っていた。


「私の師匠はあなたのことを決して悪く言いませんでした。むしろ、あなたがいかに優れていたかを、まるで自分のことのように自慢げに語っていました」

「その師匠って、魔術の師匠のことか?」

「そうです。師匠は自称ガイウス様の親友らしいですよ」


 魔術師にそんなに親しい奴いたか?

 変な魔術ばかり使う変わった魔術師とはそれなりに親しかったが、俺が一方的にそう思っていただけかもしれない。


「師匠だけではありません。ガイウス様が騎士だった頃の部下の方々は皆あなたのことを尊敬していました。そして、全員があなたが国王陛下に呪いをかけるわけがないと言っていました」

「……そうか」


 思いの外、俺は慕われていたみたいだ。

 俺が率いていた部隊は実戦が多く、また赴く戦地も強い魔獣や厄介な敵がいて常に激しい戦いになっていた。

 それ故に日々の鍛錬も厳しくしていたため、多くの騎士が別の部隊に移ったり、辞めたりしていった。

 それにも耐えて残った部下達は実力はあるものの性格に難がある奴が多く、正直、慕われているとは思っていなかった。


「彼らの話を幼い頃からずっと聞かされていた私には、どうしてもあなたが呪いをかけたとは思えませんでした。だから、真実を確かめたくて、呪いを対象とする研究者になったのです」

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