第10話 元悪徳貴族、知られる

「いや、なんで持ってるんだよ!?」


 研究に使うのか?

 呪いの研究で使うようなところがあるとは思えないが。


「師匠が間違えて買ったみたいで、私にくれたんだよ」

「師匠?」

「私の魔術の先生さ。私なんかよりもずっと変わっている方だよ」


 父さんよりも変わってるのか。

 確かに、何と間違えたのか知らないが、魔力測定器なんて高価なものを間違えて買って、しかもそれを教え子にあげるなんて相当変わってるだろう。

 教え子にはなりたくないが、会ってはみたいな。


「まあ、いずれ会わせてあげるよ。正直、相手をするのが面倒だから会いに行きたくないけど」


 父さんはその師匠とのことを思い出したのか、ものすごく嫌そうな顔をしている。

 父さんがこんな顔するくらい面倒くさい師匠って、一体どんな人なんだ……?


「準備、終わったよ」


 話している間に、父さんは測定の準備をしていたらしい。

 魔力測定器は台形の箱に4本の短い足が付いた形をしており、上面には魔法陣が描かれ、側面に魔力量を表示する画面がある。


「やり方はわかるよね?」


 魔力測定器を起動させると魔法陣が光り、その上に手をかざすと自分の魔力量が数値化されて表示されるという仕組みだ。

 多くの人は生まれたばかりの時に1度だけ魔力量を測られるからこの仕組みを知らないことが多いが、俺は騎士時代に何度もこれで魔力量を測られているので当然のように知っている。

 もっとも、何で手をかざすだけで魔力量を測定できるのかは知らないが。


「勿論だ」


 俺は光る魔法陣に手をかざす。

 魔法陣の光がより強くなったかと思うと、すぐに消えていった。

 これで測定は完了だ。

 父さんがランプを近づけて、数値を確認する。

 防犯対策のためなのか、この部屋に窓はなく、明かりはこのランプだけだ。

 大きなランプなのでそれなりに明るいが、魔力測定器の側面にある画面はちょうど影になって見えなかったのだろう。


「どのくらいあった?」


 数値を見た父さんの顔が、みるみる険しくなっていく。

 数値を表示する画面は父さんの方を向いているため、俺からは見えない。

 何か、妙な値でも出たのか?


「……ルカも見た方が良い」


 父さんは魔力測定器を動かして、俺にも画面が見えるようにした。

 画面には『561,700』と表示されていた。


「魔力量、かなり増加してるな」


 『1』からこの値になったのだから、急増したにも程がある。

 しかも、この量、優秀な魔術師くらいあるぞ。

 魔術師を除いて魔術を使う者(騎士など)の魔力量は10万~20万くらいが一般的だ。

 一方、魔術師は30万~60万くらいの魔力量を持つ。

 50万以上の魔力量を持つ魔術師は小さい頃から魔術の訓練を受けている者が多く、それ故に非常に優秀であることが多い。

 ただ、これはあくまで一般的にそういうことが多いというだけで、60万を超える魔力量を持っていても魔術に込める魔力の調節が下手な魔術師もいる。

 それに、魔力量が50万を超えてても魔術師ではなく騎士をやっている奴だっている。

 ――俺みたいに。


「……あれ?」


 ここで、俺はこの値に見覚えがあることに気づいた。

 前世では騎士時代に定期検診で毎回魔力量を測られていたが、辞めてから3年――今世も含めれば8年ほど経っているため、正確な魔力量を記憶していない。

 だが、前世で最後に見た魔力量は、このくらいあったような気がする。

 これ、まさか前世の魔力量と同じじゃないよな?


「ルカ。そういえば、君の前世の名前を聞いてなかったね」


 父さんの声が若干低くなっている。

 な、何故今それを言ってくるんですかね?


「私はこの数値に見覚えがあるけど、ルカも見覚えがあるだろう?」


 俺は素直に頷く。


「今のルカの魔力量は、前世の魔力量と同じだね?」

「……多分な」


 はっきりとは覚えていないため、断言はできない。


「私は、これと同じだけの魔力量を持っていた人物を知っている」


 父さんはしっかりと俺の目を見ている。


「ルカの前世は、ガイウス・リーリエ公爵様だね?」


 その声は、少しばかり震えていた。

 俺の正体を疑っていた時より、遥かに上回る緊張感が流れる。


「……ちょっと違うな。公爵じゃなくて、公爵だ」


 父さんがなぜガイウスの魔力量を知っていたのか、大体予想はついている。

 騎士時代の定期検診。その結果が保存されて残っていたのだろう。


「では、認めるんだね? ガイウス様だと」

「ああ。俺はガイウス・リーリエだよ」


 父さんは顎に手を当て、考え込んでいる。

 俺がガイウスだと分かって、どうしようか考えているのだろうか。

 自分が解こうとしている呪いをかけた張本人が目の前にいるんだもんな。

 いや、実際には呪いなんてかけてないが。

 というか、まだその呪いがどういったものなのかすら把握していない。


「……やはり、あの仮説は……」


 父さんが何やらブツブツと呟き始めた。

 俺、どうなるんだろうな?

 尋問されても、呪いについては何も知らないとしか答えられない。

 でも、それが嘘だと思われたら、ずっと尋問され続けるかもな。

 最悪、拷問にかけられるか……いや、5歳の子供にそんなことはしないか。しないよな?


「ルカ……いいえ、ここから先は、ガイウス様として質問させていただきます」


 俺が最悪な事態になることを想像をしていると、父さんが畏まってそう言ってきた。

 俺も姿勢を正し、何を聞かれるのだろうと身構えた。


「ガイウス様。あなたは……」


 そこで、父さんは躊躇うように言葉を詰まらせる。

 俺は固唾を飲んで、彼が口を開くのを待った。


「あなたは……呪いをかけてはいませんね?」

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