第9話 元悪徳貴族、疑われる

「な、何を言ってるの、お父さん。僕はルカだよ」


 突然のことに驚いたが、何となくこういうふうになるだろうと予想はついていた。

 家に帰る前の会話中、父親に妙な顔をされたからな。

 たぶん、あの時にはもう俺のことを疑ってたんだろう。


「誤魔化さなくてもいい。君は、ルカではないだろう?」


 彼は、俺がルカではないと確信を持っているらしい。

 どこかで確信を持たれるような行動をしてしまったのだろうか?


「私が君を怪しいと思った理由は2つある。1つ目は君がマーラのことを褒めた時、ただ褒めただけだったよね?」


 俺は頷いた。

 それの何がおかしいのだろうか。


「以前のルカは褒めはするけど、その後に彼女のことを心配するんだ。『でも、危ないから一人では戦わないで』と言って」


 ……なるほどな。

 今回は敵が強かったため危ないところだったが、彼女はかなり腕の立つ騎士だったのだとわかる腕前をしていた。

 俺は実際に戦う様子を見ていたから、それがわかったのだ。

 しかし、ルカは母親がどう戦っているのか見たことが無いだろう。

 彼女の実力を知らないなら、心配して当然なのだ。


「2つ目は夕食の後、マーラから今日の戦いの時に起こったことを聞いた時だ。君はレッドベアーに向かって魔術を使ったね?」


 あ、バレてたのか。

 結構気をつけたつもりだったんだがな。


「マーラが村の人に集会所から抜け出した人がいないか聞いて回ったそうだ。そうしたら、ある時からルカのことを見かけた人がいないことに気づいたらしい」


 隠れて出たことが裏目に出たか。

 聞いて回られるということは、魔術を使える人がこの村には俺の両親以外いないのかもしれない。

 魔術を使わないで母親を助けられる方法を考えるべきだったな。


「マーラを助けてくれたことには感謝している。ただ、なぜ君が魔術を使えたのかが気になってね」


 俺は、父親の言い方に違和感を覚えた。


「……俺は魔術の使い方を知っている」

「認めるんだ。ルカじゃないって」


 しまった、嵌められた。

 そう思った時にはもう遅く、父親はニッコリと良い笑顔をこちらに向けている。


「魔術の使い方を知っていても、ルカには魔術が使えないはずなんだよ」


 知っていても使えない?


「魔力量が少なすぎてか?」


 人は生まれついての魔力量の平均が100くらいらしい。

 しかし、中には魔力量が極端に少ない状態で生まれてくる子もいる。

 確か、記録されている最低値は10だったかな。

 魔獣の中には人の魔力を奪う厄介な奴もいるので、魔力量が少ない子供は魔力量を増やす処置を受ける。

 限界ギリギリまで魔力枯渇を引き起こすと身体が命の危機を感じて魔力量をわずかに増やすので、故意に魔力枯渇を引き起こして増加させる方法が取られるのだ。

 もしルカの魔力量が少なくても、魔力を抜き取る装置を使ってそれを行い、赤ん坊の時に100くらいまで増加させているはずだ。

 俺が使った魔術は中級魔術にあたるが、魔力消費は比較的少ない。

 魔力量が100くらいあれば、魔力枯渇を起こすことなく発動できる。


「少なすぎる、なんてレベルじゃないよ」


 父親が告げたのは、衝撃的な事実だった。


「ルカは、魔力量が『1』しかないんだ」

「なんだって!?」


 そんな数値は、どんな生物の魔力量でも聞いたことがない。

 魔術を使わない生物であっても、10くらいの魔力量を持っている。

 それだけしか魔力量がないなら、魔力枯渇を引き起こして増加させるという方法は使えない。

 魔力を抜き取る装置が1回で抜き取れる最低量は『1』だったはず。

 自分で魔力を放出させようにも子供のうちはそれが上手くできないことが多く、そもそもできたとしてもそんな値では死んでしまう可能性が非常に高い。


「だから、君が魔術を使えたのが不思議でね。魔力は肉体を流れるものだから、たとえ別の魂が入り込んだとしても魔力が増えるなんてことは無いはずなんだけど……」

「だが、普通に使えたぞ? 特に違和感もなく、前世と同じ感覚で」

「え、前世?」


 父親が目を丸くする。

 そういえば、言ってなかったな。

 俺は簡単に、今の俺の状態を説明した。

 ただし、俺がガイウス・リーリエであることは伏せて。

 今その事を話したら、ややこしいことになりそうだからな。


「ルカの記憶を上書きするような形で前世を思い出したのか。でも、そうなるとやっぱりおかしいな……」


 父親の反応は、思っていたよりあっさりとしたものだった。

 自分の息子が他人になったようなものなんだから、もう少しショックを受けてもいいと思うのだが。

 彼がショックを受けないようにかなり気を使って話していたので、肩透かしを食らった気分だ。


「意外にショック受けてないな」

「え? だって、君はルカじゃないけど、ルカなんだろう?」


 平然とした顔で、父親はそう言った。


「ルカの記憶が全くない訳では無いみたいだし、君が自分をルカの前世だと言ってるのは今世の君はルカ・スターチスだって認識があるからだよね」

「それは……そうだけども」


 俺は面食らってしまっていた。

 だって、俺は自分をガイウスだと思っているし、ルカは俺とは違うと思っている。

 それなのに、父親は俺をルカ・スターチス――自分の息子だと言うのだ。


「じゃあ、やっぱり君はルカだよ。君は私の息子だし、私は君の父親だ」


 父親は端正な顔をくしゃりと歪ませて、嬉しそうに微笑んでいる。

 その笑顔に、俺は何故か安心して。

 その理由に気づいた瞬間、「あ……」と小さな声を漏らしていた。


 きっと、ずっと不安だったのだろう。

 俺がルカとしての記憶を失い、ガイウスとしての記憶を思い出してしまったこと。

 これを両親に知られたら、気味悪がられてしまうのではないか。

 もしかすると、見放されて捨てられてしまうのではないか、と。

 精神的には大人だと思っていても、両親に嫌われ、見放されたくないという子供らしい思いがどこかにあったようだ。

 それが父親にちゃんと受け入れてもらえたことで、消え去っていくのを感じた。

 そして、俺は今、彼のことをちゃんとだと思えている。


「……変わってるな、は」


 前世では自分の父親を「父上」と呼んでいたから、呼び慣れていなくて少し照れ臭い。

 いっそ父上と呼ぼうかとも思ったが、何となく違和感があったのでやめた。

 前世の父親は「父上」、今世の父親は「父さん」と呼び分けることにしよう。


「……ははっ、それ、よく言われるよ」


 父さんは目玉が飛び出そうなくらい驚いていたが、すぐに笑顔を見せた。

 父上は常に厳格な人だったが、父さんは普段は柔和な人のようだ。

 どちらも食えない人物であることは間違いなさそうだが。


「君……いや、ルカに納得してもらえたみたいだから、話を戻したいんだけど」


 そういえば、俺の魔力について話していたんだったな。


「やっぱり、今の魔力量をきちんと計測するべきだと思うんだよね」

「まあ、それが手っ取り早いよな。明日にでも測りに行くか?」


 魔力量を正確に測る場合、魔力測定器を用いる。

 魔力測定器は非常に高価な代物で、病院などの医療機関には置いてあるものの、一般家庭で置いてある家は無いだろう。

 というか、魔力量を気にするのは魔術師か魔術師を目指す者くらいなので、普通はあっても無くても困らない代物だ。


「いや、今測ろう」


 そう言って、父さんが奥から取り出したのは、よくあるタイプの魔力測定器だった。

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