第8話 元悪徳貴族、父親と会う
音を立てないように集会場の裏口をこっそり開けると、村の人達が歓声を上げていた。
母親がやって来た様子はないが、入口で戦いを見守っていた村人がいたから、多分その人が母親の勝利を皆に伝えたのだろう。
「柵を壊された時はどうなるかと思ったが、やはりマーラさんは強いな!」
「大きなレッドベアーみたいだから、毛皮が高く売れるんじゃないか?」
「肉も沢山取れそうだ。今夜は熊鍋だな!」
先程まで不安と恐怖に満ちた顔をしていたのが嘘のように、村人達は笑いながらレッドベアーから採れる素材について話していた。
熊鍋って……食うんだ、レッドベアー。
前世では大人しいレッドベアーを倒す機会なんてそうそうなかったから、食えるのも知らなかったぞ。
でもまあ、和やかな雰囲気の村人達を見ていると、守りきれて良かったと思う。
母親の到着を入口で待つ人達を少し離れた所で見ていると、不意に袖を引っ張られた。
「ミリム。もう大丈夫なの?」
引っ張っていたのはミリムだった。
俺の問いかけに彼女は小さく頷く。
「ご、ごめんね。急に意識飛んじゃって」
「気にしないで。ミリムは怖かったんだよね。でも、僕のお母さんが倒してくれたからもう大丈夫だよ」
俺はミリムの手を握り、安心させるように言った。
彼女は耳まで真っ赤になりながら、俺に握られている自分の手を見ていた。
「……若いわねぇ」
声がした方を見ると、母親がニヤニヤと笑いながら立っていた。
俺は慌ててミリムの手を離す。
「お、お母さん、いつの間に」
「今からこんなんじゃ、将来は女泣かせになりそうね」
おいおい、5歳児なんてことを言うんだ。
「ミリムちゃんを泣かせたら、お母さんは許さないからね」
「泣かせるようなことはしないよ」
苦笑しながら言うと、母親に頭を撫でられた。
「お母さんとの約束よ?」
大人になってから誰かに頭を撫でられるなんて……。
見た目は子供だから周囲の目は問題無いが、なんとなく恥ずかしくて顔が熱くなる。
「さて、これから忙しくなるわよ。遺体は片付けないといけないし、壊れた柵も直さなくちゃいけないし」
母親はしばらく俺を撫で回していたが、そう言って俺の頭から手を離した。
ようやく解放された感じがして、俺は少しホッとする。
「僕も手伝うよ」
「ありがとう。じゃあ、ルカは柵の修復を手伝ってあげて」
他の大人達が集会場を出ていくのが見える。
ミリムも俺と共に手伝いたいというので、二人で大人達の後に続いて外に出て柵の修復を手伝った。
手伝ったって言っても、柵に使う木材を運んだだけなんだがな。
レッドベアーの解体は昼前に終わっていたらしく、途中の昼休憩にはレッドベアーの肉を使った鍋が皆に振る舞われた。
意外とクセのない甘い肉だった。柔らかく煮込まれてて普通に美味しかったし、熊鍋にして食べようと言い出すのも頷ける味だった。
その後も作業を続けたが、柵は広範囲で壊されており、修復が終わる頃には日が暮れかけていた。
皆が家に戻っていき、俺も母親と家に帰ろうとしていたのだが、その時村の前に1台の馬車が止まったのに気づいた。
「あら、帰ってきたわね」
馬車から降りてきたのは、黒いローブを着た中肉中背の男だ。
母親の口ぶりから、彼がルカの父親なのだろう。
「おや、出迎えなんて珍しいね?」
父親がこちらに気づいて近づいてくる。
顔はルカに似ている気もするが、こちらは爽やかな好青年といった感じだ。
ルカは可愛い系だから、どちらかと言うと母親似なのかもしれない。
「違うわ。レッドベアーに柵を壊されたから、今まで修復作業を手伝っていたのよ」
「そうだったのか。怪我は……無さそうだね。流石、元副隊長殿」
母親は副隊長だったのか。
レッドベアーの攻撃を避けつつ攻撃できていたからかなり腕の立つ人だとは思っていたが、それなら納得だ。
「止めてよ。副隊長やってたのは半年くらいだし、そもそも働いてたのも5年以上前なんだから」
「いやぁ、それでも怪我無くレッドベアーを倒せるなんて凄いと思うよ。ねぇ、ルカ?」
「うん! お母さんは強くて綺麗で、僕の自慢のお母さんだよ!」
俺は当たり障りの無いことを言ったつもりだったのだが、何故か父親は不思議そうに俺の顔を見つめていた。
「お父さん?」
「……ああ、何でもないよ。それより、マーラは疲れてない?」
はぐらかされたか。
これ以上聞いても疑われるだけだから聞けないが、気になるな。
「あら、私はこの程度じゃ疲れないわよ。あなたの方こそ長旅で疲れてるでしょう。美味しい夕食作るから、出来上がるまでゆっくり休んでて」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
その後は特に何もなく家に帰り、昨日より少し豪華な夕食を味わった。
夫婦のイチャイチャシーンもあったが、俺は食事に夢中だったから何も見ていない。
美男美女が仲睦まじく食べさせあっている様子なんて見ちゃいないぞ。
互いに顔を赤らめて恥ずかしそうにしていて、爆ぜろと思ったということも無いからな!
「ルカ、話がある」
そんな夕食の後、俺は父親に呼び出された。
俺と二人だけで話がしたいということで、父親の書斎に移動する。
俺が中に入ると、父親は内側から鍵をかけた。
「そこの椅子に座って」
父親が指差した椅子に腰掛ける。
彼はランプの明かりをつけると、俺と向かい合うように座った。
「さて、回りくどいのは苦手でね。単刀直入に聞かせてもらう」
父親の鋭い眼光が、俺を射抜く。
「――君は誰だ?」
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