第5話 元悪徳貴族、調べる
読み書き教室は午前で無事に終了し、昼食をとった後、俺は父親の書斎へと向かった。
ミリムの話では、ルカの父親は「ガイウス様の呪い」を解くための方法を探しているらしい。
つまり、父親の書斎に行けば何かしらの情報は得られると踏んだのだ。
ちなみに、昼食を食べ終わった後、母親は近所の人の畑仕事を手伝いに行っている。
調べてる途中に入ってこられると困るのでちょうど良かった。
幸いにも書斎には鍵がかかっておらず、中にはすんなり入ることが出来た。
「……ほとんど鍵付きの本棚じゃないか」
しかし、壁を埋め尽くすほど立ち並んだ本棚はほぼ全てにガラス扉がついており、錠前によって開けられないようになっていた。
一つだけガラス扉のついていない本棚があったので、俺はその前に移動する。
そこで、重大な問題に気がついた。
「身長が足りなくて届かない……」
この部屋にある本棚は、大人の男性が手を伸ばせば一番上にある本が取れるであろう高さのものだ。
前世の俺であれば簡単に届くが、今の俺は5歳児だ。背伸びしても、手が届くのは本棚の真ん中より少し下くらいまで。
母親に頼めば上の方にある本も読めるだろうが、あいにく今は出かけている。仮にいたとしても、何を調べているかバレたくないので頼りにくい。
「仕方ない。届く範囲内で目ぼしい本がないか探すか」
そう思って探すと、一番下の段に「カルパーナ王国の歴史」と書かれたシリーズ物らしい本を見つけた。
少々重かったが、なんとか最新巻を取り出す。
「これは……年代記だな」
巻頭には年表があり、俺が死んだ年から記述が始まっていた。
その2年後に、俺の知りたかった情報に関する記述があった。
「第一王子と第二王子……王妃様まで同じ年に亡くなっているのか!?」
下にページ数が記載されていたので、そのページを開く。
そこにはより詳しい情報が記されていた。
第一王子は魔獣討伐の際に突如現れたドラゴンにより意識不明の重体になり、同じ日に隣国へ訪問していた第二王子も謎の病により意識不明になったらしい。
そして、御二人とも3日後に亡くなられていた。
王妃様は御子息が御二人同時に亡くなってしまったことにショックを受けて倒れてしまい、その半年後に儚くなってしまわれたそうだ。
このことに俺は心を痛めたが、それと同時に不可解にも思った。
それは、王子達の亡くなり方だ。
第一王子が討伐に向かった場所はドラゴンの縄張りからはかなり離れた所にあり、それまでドラゴンの目撃情報もないような場所であった。
第二王子が向かわれた国では流行り病など無かったし、第二王子自身も前日までは至って普通に生活していたという。
なにより、王子達が同時に亡くなったというのが一番引っかかる。
「偶然では片付けられないな。情報が少ないから一概には言えないが、誰かが意図的に仕組んだものかもしれない」
わだかまりは残るが、これ以上考えても意味が無い。
俺は再び年表を見る。
王子達や王妃様が亡くなられた翌年、前国王陛下も体調を崩され、王位を退いていた。
その王位を継いだのが、俺の弟だった。
継承権を持たない者が王位を継ぐ場合、前国王陛下を支えてきた大臣達に認められる必要がある。
詳細が載ったページを読むと、やはり領地運営を立て直したという弟の功績が決め手となったらしい。
また、リーリエ家を継ぐ者がいなかったことから、その領地は分家であるリーネン伯爵家が治めることになったと書かれていた。
弟がいなくなった後の領地がどうなったのか心配していたが、これなら大丈夫だろう。
少しだけ安堵した俺は、何となく次のページをめくった。
『旧リーリエ公爵領、魔獣の大軍により廃墟と化す』
……一瞬、見間違えだと思った。
しかし、何度見ても見出しにはそう書かれている。
この年代記は出来事ごとに見出しがあり、その後に本文が続いていた。
動揺して忙しなくなった心臓の音を聞きながら、俺は本文に目を移した。
事件は真夜中に発生したとされているが、正確な時間は不明のようだ。
発見された時、既に王都と同程度の広さを持つ領地内の建物が全て焼け落ち、そこかしこに人々の無残な死体があったという。
生存者はいなかったが、調査により原因は「レッドベアー」の襲撃によるものだと判明した。
レッドベアーとは、赤い毛の熊のような大型魔獣のことである。
魔獣とは、簡単に説明すると魔術を使う獣のことだ。魔術を使う分、普通の獣よりも強い個体が多い。
そんな魔獣レッドベアーの赤い毛が、領地内のあちこちに落ちていたらしい。
それに、レッドベアーの得意とする魔術は火属性のもの。
建物が燃えていた理由も彼らが魔術を使ったためと考えられる。
この説明は一見すると筋が通っているように思える。
だが、前世の知識からすると、これはありえない。
レッドベアーは、実は他の魔獣よりもかなり温厚な性格をしている。
魔獣は縄張りを持たなかったり、あったとしてもその縄張りを出て動き回ったりするやつが大半なのだが、レッドベアーは縄張りの中から出てくることがほとんど無い。
また、遭遇してもこちらに危害を加える気がないとわかれば襲って来ることも無い。
そんな彼らが縄張りを出て、しかも広大な土地を一晩で焼け野原にしてしまえるほど大勢で攻めてきたとは考えられないのだ。
「これも誰かが仕組んだのか……?」
他に資料は無いだろうか?
そう思って、本棚の方を向いた時だった。
「……ルカ、何をしているの?」
ドスの効いた女性の声。
背筋に冷たいものを感じながら声の方を向くと、ドアの前に母親が立っていた。
「ちょ、ちょっと調べ物があって……」
「前にも書斎に勝手に入ってお父さんに怒られたでしょう?」
勝手に入っちゃダメだったのか。
まあ、鍵がかかっているとはいえ研究資料が置かれているから、もし誰かに見られたら困るもんな。
「ごめんなさい……」
「お父さんには内緒にしておくから、早く片付けなさい」
俺は慌てて本を棚に戻した。
母親に書斎から出るのを見守られ、書斎には入らないようにと再度釘を刺される。
「書斎以外に調べたいことが載っている本があるとは思えないんだがな……」
母親に聞こえないよう俺は小声でボヤく。
結局、その日は情報収集を諦めざるを得なかった。
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