第6話 元悪徳貴族、襲われる?

 前世の記憶を取り戻してから2日目の朝。

 あの後、もっと詳しい話を聞けないかと父親の帰りを待っていたのだが、なかなか帰ってこなかった。

 母親にそれとなく聞いてみたところ、父親は王都へ向かったらしく、帰ってくるのは今日の夕方になるのだそうだ。

 彼が帰ってきたら、昨日調べられなかった呪いについて聞いてみよう。

 もしかすると、昨日調べて知ったことの詳しい内容も教えてもらえるかもしれない。

 そんなことを考えながら、母親の作った美味しい朝食を味わって食べていた。


「マーラさん、大変だ!」


 穏やかな食卓に、突如バンッと勢いよく玄関のドアが開かれた音が響く。

 見ると、真っ青な顔をした青年が息を切らして立っていた。


「村の近くにレッドベアーが現れました!」

「ごふっ!」

 

 俺は、飲み込もうとしていたパンが喉に詰まってむせた。


「村に向かってきてるの?」

「はいっ! 物凄い速さだったので襲われるのも時間の問題かと……」


 こんな小さな村にまでレッドベアーが襲撃してくるとは……。

 確かにこの村の近くにはレッドベアーが数多く生息する森があるけど、前世ではレッドベアーが村を襲いにきたなんて話は聞いたことがないぞ。

 平和じゃなくなったっていうのはこのことを指していたのだろうか?


「避難誘導は?」

「今やってます!」


 それにしても、やけに母親は落ち着いているな。やってきた若い男はかなり慌てているようだが、彼女の声に動揺は一切感じない。

 スープを飲み干して顔を上げると、いつの間にか母親は鎧を着ていた。

 先程までスカートにエプロンという出で立ちだったのに、今はズボンに白銀の軽鎧と、どこか騎士を思わせる格好になっている。


「ルカ。あなたも彼に避難場所へ連れていってもらいなさい」

「ふぇ?」


 驚きの余り呆然としていた俺は、間抜けな声を出してしまった。


「ここにいては危険よ。あなたはすぐに移動しなさい」

「でも、お母さんは?」

「お母さんなら心配いらないわ。レッドベアーなんて簡単にやっつけてあげる」


 腰にレイピアをつけて、母親は自信満々に微笑んだ。

 え、貴女が戦うんですか?


「心配しなくても大丈夫だよ。ルカ君のお母さんは王立騎士団の騎士様だから」

「元、だけどね。お父さんと結婚する時に辞めちゃったから」


 本当に騎士だったの!?

 しかも王立騎士団所属だったとか初耳……いや、ルカは知っていたかもな。


「ほら、早く避難しなさい。私だけじゃ守りながらは戦えないわ」


 俺は若い男に連れられ、避難場所へと向かう。母親は村の入口まで駆けていった。




 避難場所の集会場へ入ると、既に村の人は全員避難していた。


「ルカくん!」


 真っ先に気づいたミリムが、俺に駆け寄って来る。


「良かった……ルカくんが全然来ないから心配してたの」


 ミリムの青い瞳に、薄らと涙が浮かんでいる。

 本当に心から心配してくれていたらしい。なんて良い子なんだ。


「心配してくれてありがとう。ミリムも無事で良かったよ」


 嬉しくてにやけながら言うと、ミリムは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「ミリム?」

「……」


 具合が悪くなったのかと思い、俺がミリムの顔を覗き込もうとした時。


 ドォーン!


 外から何かが破壊された音がして、建物全体が揺れた。


「な、なんだ!?」


 俺はとっさにミリムを抱き寄せ、周囲を見回した。

 周りの大人達も何が起こったのかわからないようで、酷く怯えている。

 入口に目をやると、一人の男が恐る恐る外の様子を窺っていた。

 彼は大きく目を見開くと、血の気が引いた顔で叫んだ。


「さ、柵が壊された!」


 建物内に、たくさんの悲鳴が響き渡る。


「マーラさんは!?」

「彼女は無事だ! 柵は破られたが、彼女が抑えてくれている!」


 ――だが、それもいつまで持つか。

 抑えてくれているということは、母親が勝てるかわからない厳しい状態なのだろう。

 ……今の俺が行ったところで、何もできないのはわかっている。

 訓練を受けていない身体、しかも幼い子供の身体で魔獣と戦うのは無謀すぎる。

 でも、何もしないでここに留まり続けるのも良いとは思えない。

 最悪、母親が負けてしまえば、ここにいる全員が死んでしまうだろう。

 一度ここを抜け出して、母親の状況を確認するくらいなら今の俺でもできるはず。


「ミリム。ごめん、僕ちょっと……」


 ミリムを見ると、耳まで真っ赤な顔で気絶していた。


「ミリム、大丈夫!?」


 ガクガクと揺さぶっても反応無し。

 元々具合が悪いところに柵が壊されて魔獣が村の中に入ってきたという恐怖で、より体調が悪くなって失神してしまったのかもしれない。

 俺はミリムの母親を探して、彼女に事情を説明してミリムを預けた。


「わざわざありがとう。でもね、気絶の原因は多分違うと思うわよ」


 ミリムを抱きかかえた彼女は、そう言ってくすくすと笑った。

 俺は「?」となったが、今はこれを気にかけている場合ではない。

 適当な理由を述べてミリム達と別れ、誰にも見つからないよう、俺はこっそり裏口から抜け出した。

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