第2話 元悪徳貴族、転生する

 俺は目を擦りながら起きあがった。

 窓からは朝日が射し込み、外では鳥達が忙しなく鳴いている。

 未だぼうっとする頭で、自分が置かれている状況を整理した。


 今の俺は“ルカ・スターチス”という、カルパーナ王国の端にあるハイネン村で、両親と暮らしている5歳の男の子らしい。


 前世の記憶を取り戻した影響なのか、ルカ・スターチスとしての記憶が曖昧になっており、今のところはこれくらいしか思い出せなかった。

 そのかわり、前世の記憶は完全に思い出しているようだ。


 前世の俺は、ガイウス・リーリエというカルパーナ王国の公爵だった。

 元は王立騎士団の第一部隊隊長だったが、利き腕の負傷と父上の死が重なり、俺が公爵位を継いだのだ。

 だが、長男でありながら家のことを顧みず、騎士としての腕ばかりを磨いていた俺に領地運営などできるはずもなかった。

 弟のフェルディナンドはいつも父上の仕事を手伝っていたので、彼の助言を得つつ何とか仕事をこなしている状態だった。

 しかし、弟の助言に従ってばかりの俺に部下の信頼は得られず、また社交界で俺は弟の傀儡くぐつだと噂された。

 騎士になった時に変なプライドは捨てたつもりだったが、そのように噂されているのを知ってから、俺は弟の助言に耳を貸さなくなった。

 そんな俺の無茶苦茶な運営により金は底を尽き、それによって税はどんどん引き上げられた。

 その結果、領民達の不満が募り、最終的に弟の裏切りにあって俺は殺されたのだ。


「……5歳児が思い出していいような内容ではないな」


 特に、死んだ時の様子を5歳の子供に見せたらトラウマものだろう。

 まあ、記憶を取り戻したせいで精神的には28歳の男と変わらないから、泣き喚くようなことは無いが。


「しかし、なんで前世の記憶なんて思い出したんだ?」


 生まれ変わったのだから恨みを晴らすため弟達に復讐を……などということは一切考えていない。

 正直、あの状況では反乱も選択肢の1つに入って当然だと思う。

 もちろん、他にもっと穏便なやり方はあっただろうと思わないこともないが、だからといって復讐を考えるほど俺は短気じゃない。


「ああ、そもそも俺を殺した奴らが死んでる可能性もあるのか」


 今はガイウスが死んでから何年経っているのだろう?

 場合によっては生きているかもしれないが、100年以上経っていたら流石に死んでいるだろう。

 ……もしかすると、弟は生きているかもしれないが。


「……前世のことを考えるのはやめよう。今の俺はルカ・スターチスなんだ。このまま小さな村でのんびり暮らして、今度こそジジイになって安らかに死にたい」


 誰かに恨まれて殺されるのは、もう懲り懲りだ。

 その時、部屋のドアをノックする音がした。


「ルカ、起きてる?」


 若い女性の声。

 俺が「うん」と返事をすると、ドアが開き、エプロンを着けた女性が現れる。

 この女性がルカの母親なのだろう。


「おはよう、ルカ。なんか1人で喋ってたみたいだけど、変な夢でも見たの?」


 あ、聞こえてたのか。

 声の音量は抑えていたつもりだったが、壁が薄いのかもしれない。気をつけねば。


「おはよう、お母さ……ん。べ、別に変な夢を見たわけじゃないから、心配しないで」


 危ない、ついうっかり「お母様」と呼びそうになった。

 ルカ・スターチスがどのように母親を呼んでいたのか思い出せないが、平民で「お母様」と呼ぶ子供はいないだろう。


「そう? ならいいんだけど、無理はしないでね。今日は午前中ミリムちゃん達に読み書きを教えるって約束してるんでしょう?」

「ミリムちゃん?」


 しまった、聞き返してしまった。

 もしこれでルカ・スターチスとしての記憶が無いのがバレたら、何かに取り憑かれたとか偽物だとか言われて厄介なことになりかねない。

 記憶を取り戻したばかりで俺自身混乱しているのだとは思うが、流石にうっかりしすぎだ。


「あら、まだ寝ぼけてるの?」


 幸いなことに、母親は俺が寝ぼけているのだと思ってくれたようだ。


「ミリムちゃんは村長さんの娘さんでしょう。ルカと同い年だから、いつも仲良くしてもらってるじゃない」


 お母さん、ありがとうございます。

 そこまで言われてようやく思い出せた。

 ミリム・ハイネン。

 このハイネン村の村長であるルドルフ・ハイネンの娘で、金髪碧眼の快活な少女だ。

 この村で俺と同じ5歳なのはミリムだけであり、俺達より上の年齢の子達はみんな学校に通っている。

 だから、俺達より年下の子供たちは俺とミリムが面倒を見ていた。


「ほら、早く支度しなさい。ご飯冷めちゃうし、何より女の子を待たせちゃダメよ」

「は、はーい」


 俺は慌てて顔を洗いに行く。

 その時、背後で母親が訝しげに俺を見つめているのに気づくことは無かった。

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