元悪徳貴族は今度こそ幸せに生きたい
真兎颯也
第一章
第1話 悪徳貴族、裏切られる
俺は執務室から窓の外を眺めていた。
ここからだと、屋敷の前が良く見える。
「……暴動はまだ収まらないのか」
屋敷の門の前には大勢の人々が集まっていた。
皆、手に鍬や鎌などを持って、怒りを
「申し訳ございません。警備の者が総出で対応に当たっているのですが、如何せん数が多く……」
背後に控えていた男が俺の疑問に答える。
彼は俺の腹違いの弟だ。
「片っ端から斬るなり魔法で倒すなりして殺せばいいだろう?」
「しかし、ほぼ全ての領民達がこの屋敷の前に集まっています。そんなことをすれば領地運営が成り立たなく……」
「やかましい! 私は領主だぞ。領主に逆らう者など領民ではない、とっとと殺してしまえ!」
朝起きた時から、領民達は俺の屋敷の前で暴動を起こしている。
領民である以上、警備にあたっていた私兵達も強く出ることができないようで、抑えるのが精一杯といった様子だ。
そんな均衡状態が半日近く続いた挙句、状況は一向に改善せず、その目処すら立っていない。
俺の苛立ちはピークに達していた。
……だから、気づけなかった。
「──兄様。やはり貴方は、領主に向いていません」
「? 何を言って……」
突如、胸に鈍い痛みが走る。
「……え?」
目をやれば、胸から剣が突き抜けていた。
血が滲み、白いシャツが次第に赤く染まっていく。
振り返ると、そこには沈痛な面持ちの弟がいた。
「申し訳ございません、兄様。領民とこの家を救うには、これしかなかったのです」
弟がゆっくりと離れる。
手には、血に濡れた剣が握られていた。
「フェル……お前」
「貴方はやりすぎました。領民からの信頼を失ったばかりか、他の領地での我が家の評価までも落としてしまったのですから」
剣が引き抜かれた途端、傷口から血が噴き出した。
手で押さえてはみたが、血はとめどなく流れ出てくる。
「今や我がリーリエ家は他の領地にまで悪徳貴族だという噂が広まっています。公爵家がこのような有様では、国王陛下にまでご迷惑がかかることは貴方にもわかるはずです」
その時、部屋の扉が乱暴に開かれた。
意識が朦朧とするなかでそちらに目をやると、鎧を着た私兵や外で騒ぎを起こしているはずの領民達がなだれこむように入ってくる。
「……領民も、警備の奴らも、初めから全員グルだったのか」
全身の力が抜けていき、俺は立っていられなくなって床に倒れ込んだ。
ここぞとばかりに、人々が俺の周りを取り囲む。
「ここに、貴方の味方はいません」
弟は少し離れた場所からそう言い放った。
その言葉を皮切りにして、人々は手に持っているものを俺の身体に向かって振り下ろし始めた。
皆口々に俺を罵る言葉を吐き、何度も凶器を振り下ろしてきては、その身を俺の血で染めていく。
誰も頭を狙ってこないため、凶器が突き刺さっては抜けていく感覚――激痛なんて生易しいものでは無い――が延々と脳に伝わってくる。
『いっそ、一思いに殺してくれ!』
そう叫びたかったが、そんな力ももう残っていない。
このまま永遠に痛みが続くように思えたが、突然全身の感覚が消えた。
それと同時に、急速に意識が薄れていく。
「さようなら、兄様」
本当に弟がそう言ったのか、はたまた俺の幻聴だったのか。
俺は最後の力を振り絞り、弟を見る。
「──」
彼の顔を見て、俺は思わずそう呟いていた。
もっとも声は全く出なかったので、弟には唇を少し動かしただけに見えただろうが。
それを最後に、俺の意識は深い闇に落ちていった。
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