第8話 診える目

この世界にやってきて、初めての仕事が医者の真似ごととは思わなかったよ。


役所の受付嬢ヴァハラの依頼で、傷を負った父親を回復させる仕事を得た龍治は、ヴァハラとともに目的地を目指して歩みを進めていた。


「自分のスピリティを使うのは今回が初めてなので、あまり期待しないでください。」


「はい。無理を言ってしまい申し訳ありません。」


「今、父親はどこに?」


「今は軍人病院にいます。関係者以外入室禁止になっていますが、家族の許可で入室できますので、心配しないでください。それと、病室は完全に隔離されていますので、龍治さんのスピリティを公衆の面前で披露するわけではありませんので、その点も心配しないでください。」


「はい、お気遣いいただきありがとうございます」

(この子は本当に礼儀正しいな)


軍人病院につくと、龍治はヴァハラに案内され、いくつかの書類に記入を済ませて、病室へと向かった。


「ここです。お父さん、今日もお見舞いに来たからね。今日は私の知り合いを連れてきたの。」


元の世界の病院に限りなく近い。いや、まさしくそれだ。酸素、点滴、多くのチューブにつながれて、ヴァハラの父親はそこに眠っていた。


「じゃぁさっそくやってみるね。」


「はい、お願いします。」


スピリティの使い方は、前もってフィリィに聞いておいた。

(使い方は簡単だ。自分の命と対話するような感じで、意識して使ってみるだけ、もちろんなんのリスクを負わずに使える。でも、俺のスピリティは例外の可能性がある。なんせこの世界に数人しかいないといわれる伝説的な代物だ。何かあってもおかしくない。今回は偶然にも病院にいる。何かあっても処置してくれるだろう。)


「ヴァハラさん、俺にもしものことがあったらその時はよろしく頼むよ。」


「はい、任せてください。」


(よし、やってみるか。)


龍治は自分の中にいるもう一人の自分に話しかけるように、そっと両手を胸にあてた。そして、その両手を前にいるヴァハラの父親に向けた。


(なんだこれ...見える...そうか、人体の内部の様子が見えているのか。おそらく自分にしか見えてないな。特に自分の体に違和感はない。よし、確かムバクとの戦闘時に傷を負ったって言ってたな。脳を見てみよう。いや、特に損傷しているような箇所はみあたらない)


龍治はいったんスピリティはを使うのをやめた。


「ヴァハラさんちょっと協力してもらえませんか?」


「ええ、もちろんいいですよ。どうですか治せますか?」


「ちょっと待ってくださいね、自分には医療の知識が無いので今からヴァハラさんの脳と比較してみようと思います。」


「はい、お願いします。」


そう言うと龍治はヴァハラの脳を見始めた。


(いたって問題はないなでも、親父さんと見えている色が違うな...脳の真ん中あたりか、正常な状態であれば緑に見えるのか、だとすれば…)


(よし、親父さんをもう一回見てみよう。やっぱりそうか、異常があれば緑以外の色で見えるのか、脳の中心部の損傷が激しいのか?黒く見えている部分があって深くまでは見えないな。おそらくこれが原因だろう。)


「どうでしょうか、何かわかりましたか?」


龍治は一度能力を解除する。


「多分、脳の損傷があります。おそらくですが...確信はありませんが、そこを修復すれば目が覚めるかもしれません。やってみますね」


「分かりました。あまり無理しないでください。先ほどから、汗の量が増えている気がします。」


龍治は気がついていなかったのだ。自分が多くのスタミナを消費していることに。


「はい?あ、本当だ、でもなんともないから、やってみるよ」


(確かに、汗の量が尋常じゃないな。でもまだ何ともない。とりあえず、修復だな、よし、手をあてて意識する。再生。元の脳に...)


次の瞬間、病室に光が走る。それはほんの一瞬、ヴァハラは目を閉じてしまっていた。そして光が落ち着いていき、目を開けると、そこには意識がないはずだった。父親が起きてこちらを見ていた。




「ヴァハラか...?」




「お父さんっ…」――――


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