第23話 『変革者』
「「「…………」」」
カチリ、と電気ケトルのスイッチが切れる音がした。
それを皮切りに、
「……あ、一つ言い忘れてた。オレの仇名の
付け足し終えると、彼はポットの蓋をチン、と閉じた。
「「…………」」
――――
それしか、表現の仕様が無い様に思えた。
しかし、俺達に同情する権利は一切無い。彼の味わったものは筆舌に尽くし難く、それを分かった様な気になるのは最高の侮辱に値する。
だから聴衆に徹する。感情移入してはいけない、知った風に口を利く事は俺の――いや、人間としての道徳に反するから――。
俺は、有り体な言葉しか返せなかった。
否、返さなかった。
「……そう、だったんですか」
「重く受け止める必要は無いよ。これはオレの事であって、君らには関係ない。現代で例えれば関ヶ原の戦いみたいなものさ。400年以上前の出来事なんて実感湧かないだろう?」
「……確かにそうですけれど、要は大量殺人の容疑者が目の前に居る様なもんですよ。どうリアクション取ったら正解なのか分からないですって」
「……参ったな。なまじそういう経験があるだけに反論できない」
彼はテーブルの菓子を摘まみ上げ、ポットから紅茶を順々にカップへと注いでいく。
芳しい香りを漂わせる紅茶が入れられたカップの内の二つを俺達の前に滑らせると、
「……やっぱり、どうにも自分の話は苦手だ。悪いね、オレから言っておいて」
「いえ、そんな……」
「この後も死臭がする話がちょいちょい随所に盛り込まれてるから、まあさらっと歴史の授業を聞き流す程度で付き合ってくれ」
「こんなビターブラックなのがまだあるんですか……」
「残念ながら、『
「……死に化粧?」
「しかも施す側のね」
……その内、重い空気で圧死するんじゃないか、俺。
というか、そんな組織の人達と俺が同類って……喜んで良いんだか嘆けば良いんだか。
全てが
……嫌だな。世界救いに来たのに、世界破壊の根源になるとかどこぞの主人公だよ。それは主人公よりもライバルがやるべき役じゃないのか。明らかに配役ミスってるぞ、神様。
……ん? でも、俺がライバルだとしたら不自然じゃないか……すると主人公は誰だ?
……ああ、あのデブ野郎しか思いつかない。
仮にあいつが主人公になったら来たるべき覚醒シーンが痩せるという行為そのものになるぞ。戦闘ものとして、それは迫力に欠け過ぎだろう。
……まあ、小太りな中学生が主人公の作品を知ってはいるが……あれは仮想空間の中だし、そもそも主人公の性格が良いしな。感情論オンリーで行動するデブとは訳が違い過ぎる。
うん、と頷いて、奴が主人公ではないという事に結論を付ける。
「……そろそろ話して良い? 何か下らなそうな事を考えてそうだけど……」
「戦闘ものにおける主人公論を現実的に考えてみただけですよ」
「……現実的か、それ?」
と、そこで、今まで黙っていた小鳥遊がある疑問を投げた。
「あの、ちょっと良いですか。その『
「うん、それで間違ってない。だけど、オレ達の世間一般からの評価は全くの別の事に向けられている」
「……別の事?」
「冒険者ギルド創設、魔法の開発、魔道具の発明。主にこの三つだ」
「……ん? ギルド創設?」
『
どれも相当な功績らしいのは何となく察せるのだが――その一つだけに妙な違和感を感じた。
「ギルドを創ったって……創設者はカイル何とかさんじゃ?」
「ああ、そうだよ。創設者はカイル・アドモール、それに偽りは無い。――答えは分かるだろう?」
「……『
呟いた言葉に
「ギルド創設なんて、かなりの事をやったと思うよ。当時は雇用の場は少ないわ食糧難だわで、町中にガリガリの死体がある事は珍しくなかった。でもギルドが創られた事で貧困もある程度緩和されて、国防もわざわざ魔物退治に人員を駆り出さなくて済む様になったしね。国も民も万々歳って寸法さ」
「そりゃ偉業にもなるわな……世界恐慌並みの危機を脱するなんて人間業じゃない」
「発案はオレ。転生してきた身として、ギルドという文化を持ち込まない選択肢は無かったからね。それを形にしたのがカイル。だから創設者は奴になってるんだよ」
……順調に転生主人公街道を進んでいるな。
異世界に自分の世界の文化を持ち込めるのは完全に召喚者達の特権だ。しかも
「それと魔法の開発っていうのは……民間用に魔法を使いやすくしただけで、大した事はしてないんだけど意外と反響がデカくってね。交通手段とかが格段に飛躍したから貿易が栄えに栄えちゃって……その数年間だけで新たに幾つもの独立国が出来て、今やその内の5つは大国になってる」
…………。
「次に魔道具の発明なんだけど、さっきものづくりが得意な奴が知り合いに居るって言っただろう? そいつ、ギルドを創って80年くらいしてから転生してきてね。『
…………。
……もう、何だ。一言で称せば、アレだ。
天よ、二物も三物も与え過ぎだ。
最初から嫌な予感はしていたが、今の流行りを全部ぶちこんできやがった。
魔法作って、建国して、生産スキルで無双とか……この話だけで一本ずつラノベ書けるぞ。
……どうも『
「……ますます自信失くした」
「待て待て。オレは初めに言っただろう、『君からは同じ匂いがする』って」
「……? それはあなたの様に突発性の爆弾が埋まってるって事では?」
「その可能性も正直否めないが……もっとポジティブに捉えて良い。君にはそのくらいの力が眠ってるんじゃないか――オレはそう睨んでるんだよ」
仮にそうであったら俺は諸手を上げるんだが……今までそんな片鱗が一切見られなかったのに覚醒とか、脈絡が無いにも程がある。
当人もであるが、いつも近くに居る人物さえも気付かないのに、その才能があるとは夢にも思わない。
そして
「……どうも反応が良くないね」
「数時間前に会った赤の他人から血液型占いよりも信ぴょう性が無い事を言われましても……」
俺のごもっともな応答に、
うんうんと唸りながら彼は暫く思案を巡らせると――思い立った様に俺達に呟いた。
「よし、ちょっと来てくれる」
今日何度目であろう「来て」に、俺達はうんざりしつつも腰を上げる。
ダイニングを出て、この世界にそぐわないフローリングの廊下を進んでいく。
歩きながら、俺達は左右をきょろきょろと舐め回す様に観察していた。他人の内装を遠慮なしに物色するのは
来た時はその現代様式に注目が行っていたが……こうして確認するとかなりの部屋数がある。二階に繋がっている階段もあったので、そちらも同様に広いのだろうか。
……というか、長いな廊下。こんな事をしている間、かれこれ5分は歩いているが……一向に着く気配が無い。外からは普通の家だったのに、どんだけ縦長だったんだこの建物。
ひょっとしてこれも魔法のおかげなんだろうか、と思っていると、唐突に
「着いたよ、ここがこの家の最奥部だ。オレ自身も滅多に来ない」
家主でさえもそう評する最奥部とは――行き止まり。
しかし、そこだけは明らかに周囲の壁とは違う材質で造られていた。厚い鉄扉が備えられており、それは先へは行かせんと侵入者を阻んでいる。
「……まさか、嘘だろ」
「そんな……っ」
「久々だな、この感覚」
やがてそれは大口を開き、内側から光を覗かせた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます