第20話 『生ける災害』
「――――し、どっ……や……?」
「俺は……が、レ……」
「ん――じゃ……で」
聴覚が
天地が無い空間を彷徨う様な感覚を覚えながら、俺は体の活動を再開させる。
「んっ…………」
頭上の光源に霞む瞳を細めてぐしぐしと擦りつつ、俺は身を起こす。
そしてここが医務室である事も、鼻腔につく独特な刺激臭で察せた。
何故この様な状況下に置かれているのか。
確か小鳥遊がフード男を刺して、奴が倒れて……そこから記憶はぷっつりだ。
……というか、割と最近こんなんばっかな様な……二週間弱で三回も気絶してるとかシャレにならん。このペースだと絶対いつか死ぬ。
とにかく、大会は終わったらしい。その事実だけに今は
と、ほっと一息していると、少し離れたベッドに座っていた人物がこちらに気付いたのか、他所に向いていた視線を俺に映した。
「あっ、先輩。おはようございます」
「おお、おはよう……」
「……あれ、何かこのやり取り、前にもしませんでした?」
「確かに……もう出来ればしたくないけどな」
この会話、すなわち俺が気絶したという事だ。これと気絶からのベッド覚醒がハッピーセット化してしまうのは困る。何でって俺の寿命が着々と減っていってる指標になっちゃうからに決まっている。
……なんか第1、3話並みにバリッバリにフラグを建設している様な気がするが、まああまり深く考えないでおくとして、俺は小鳥遊に状況説明を求める。
「……で、今どうなってるんだ?」
「大会が終わって、この医務室で負傷者全員の治療をしてました。もうほとんど終わって、あの腕失くした二人で最後です」
そう言って、小鳥遊は医務室の奥の方を指さす。ベッドに寝かされているのは……レオさんだろうか。
じっとしているのも何なので、俺は小鳥遊を連れてそのベッドの様子を近くで窺ってみる。
ベッドには何故かレオさんが縛られており、脇にはこれから処刑でも始めるのかの様に、人間サイズ(と言っても3メートル弱)に戻ったマキシさんとクズタニが控えている。
そこから先の展開は中々にグロい感じだった。
「『治癒術』……っと」
「……や、何かムズムズするんやけど……大丈夫なんか?」
「治療っていう点であればね。君らが普段使ってるのは『回復魔法』らしいけど、オレが使ったのは『治癒術』だから体の再生を促進させただけ。これは特に後遺症は残らないのがメリット。デメリットとしては神経も凄い勢いで再生するから世界三大激痛以上の痛みが伴うって事かな」
その瞬間、レオさんの体が縛ってあるにも拘わらず、ぐいーん!! とエビの様に反りかえった。
「あだっだだあだいだいいあいりっいぢあいあいだいだぢあぢあいぢふぁりいあだい!!!!!!!!!」
「おっとヤバい。二人とも押さえつけて、10秒しないで終わるから」
跳ね馬の如くびょんびょんと浮き上がろうとするベッドを、マキシさんとクズタニの二人で必死に押しとどめる。
どったんばったんとベッドの四脚が医務室の床を抜く勢いで地団駄を踏む事、数秒。
「はい、お疲れ様~」
「ゼーハーゼーハーゼーハーゼーハーゼーハー……!!」
「……おい、むしろ治療する前より疲れていないか?」
「そりゃそうさ。あくまで再生速度を上げただけだから、体力は本人から搾り取られるに決まってるだろう?」
「……これを、次は俺がやるのか」
「『治癒術』って人間相手に使ったのは初めてなんだよね、実は。正直ここまで痛がるのは予想外だったから、君は局所麻酔かけてからやっとこうか」
「最初……っ、から……そう……せぇや……」
……阿鼻叫喚の地獄であった。
これが映画だったらR15指定入っていてもおかしくない。気が狂う痛みはああいう事を言うのかと知った今日この頃です。
そんなドン引きしている俺に、汗だくのレオさんのギチギチの拘束を解いていく
「あ、起きた? ちょーっと待ってて、こっち済ませちゃうから」
彼は言いながら、次のモルモットへの実験準備を着々と進めていく。
だが肋骨が折れるんじゃないかという勢いで息をついているレオさんはその言葉を無視し、誰もが気になっているであろう疑念を晴らすが如く、簡潔に吐き捨てた。
「じゃあ、こっちには構ってもらおか……っ、はぁ……なあ、あんさん、本当に――何者や」
「それには答え難いね」
まるで水面に一石を投じた様なレオさんの問いかけに、フード男は手を休めずに即答した。
マキシさんを特大のベッドに寝かせ、『治癒術』を発動させる手筈を整えると、フード男は淡々とした調子で説く。
「そこの三人なら良いんだけどね……レオニダス、マキシマム、君らは駄目だ」
「なんで……っ、や」
「煮え切らない答えって事は分かってるさ。しかし、今は駄目なんだ。心苦しいんだが、勘弁してくれないか」
「へぇ……あんさんが俺に言うた事よりかはマシかと思うんやけど?」
「……まあ確かに、申し訳なかったと思う」
「だったら、一つくらいは……ええやろ? 例えば、俺らに教えられへん理由くらいは」
「…………」
マキシさんに『治癒術』を掛けながら、フード男は
告げていいものかと決めかねているらしいフード男に、俺は進言する。
「あの……流石に理由、それと名前くらいは良いのでは? あなたの都合は知りませんが、それじゃ誰でも納得できませんって」
「…………」
フード男は俯いて押し黙り、医務室にしばしの沈黙が訪れる。
「…………」
実時間にすれば、それはさしたる経過は無かっただろう。しかし、その静寂の中は時が滞っている様な不思議な空間を創り出していた。
「…………はぁ」
マキシさんの『治癒術』による治療が終わると、やがてフード男は諦めた様に嘆息する。
床に転がっていたレオさんの前に立ち、彼を見下ろしたままに呟いた。
「……オレが君達だけに教えられない理由。それは、まだその時じゃないからだ」
「つまり、時が来れば分かるって事か?」
「急かさずとも、その内ね」
「……まあ、それで一応納得って事にしておくわ。で、あんさんの名前は?」
フード男はその質問に、戸惑いを隠す様に一度瞑目する。
「本名は言いたくないんだ。これからはこの名で呼んでくれ」
「……?」
「これはオレ自身への戒めを含めているからね」
そして、告げる。
「『
……どういう意味で付けられたんだ?
フード男……もとい
何かの罪を犯した証を名前として残す。
彼には、一体どんな過去があったのだろう。
「ふーん……
「納得して貰えた?」
「正直、不完全燃焼やが……これでチャラって事にしといたる」
「助かるよ」
「……そろそろ時間だ」
「行こうか。君らはこれだけの話じゃ済まないよ。やる事は山程あるんだ」
「え、やる事って……?」
「それはお楽しみに取っておこう。すぐに出発の準備して。後、彼らに挨拶する事があれば手短に」
「【繋げ、架けろ、超えろ、失せろ。オレの前に次元は無し】」
それを口にしただけで、扉は暴風にでも煽られた様に勢いよく開く。
原理は到底理解に及ばない。だが少なくとも、極彩色にも無彩色とも取れないその光の向こう側に、ありふれた廊下が存在しない事だけは確かだった。
「この扉はあまり長くは保たない。オレは先に行ってるから、君らは用を終えたらおいで。レオニダス、マキシマム、今日の所は失礼するけど、また近い内に会おう」
それだけ言い残すと、
「……勝手だなぁ、あの人」
「強い奴は往々にしてそうや。協調性を持て言う方が無理なんやろ」
光の先を見据えながら、レオさんは密かに毒づく。
……まあ、確かにそうなのかもしれん。
じゃあ何で境遇一緒なのに転生・召喚ラノベ主人公達はハーレムまで持っていけるんだか……何でだろうね、引き籠もり野郎が基本モテる訳無いのに。お前マジ何なの、愛と勇気と優しさで出来てんの? だったら何で現代で
内心でそんな破綻理論を開く前に畳むと、小鳥遊が俺の腕をくいと引っ張って催促する。
「先輩、行かないんですか?」
「ん? ああ、そうだな……って、まずあの二人にお礼言ってからにしないと」
異世界でもビジネスマナーを忘れない俺は、治った腕をゴキゴキと鳴らしている二人に会釈する。
「レオさん、マキシさん、今日はありがとうございました」
「はは、別にそんなんええのに。むしろ感謝するんはこっちや。あんさんらのおかげで貴重な体験させてもろたしな」
「俺もレオと同じだ。かつてあれまでの強者を拝めた事は無い。まだ俺達の知らない強さがあると思い知る良い機会になった。今度は闘技場ではなく、呑み屋で会いたいものだな」
戦闘時とはまるで別人の様に、二人は和やかな笑みで返してくれる。
……最初こそアレだったが、やっぱり良い人達だ。現代社会の冷え切ったビジネスライクに晒されてきた俺にはそれが心に染みて仕方ない。
人間って良いもの……いや、人間じゃなかった。
訂正しよう。霊長類って良いものですね。
……用法として正解なのか、これ?
獣人とか巨人とか生物学的にどこに分類されんの……と、結構
「おい、クズデブ」
「合体させんなよ!?」
「どっちでも良いんだから、くっつけたって問題ないだろ」
「両方取るんじゃなくて片方にするとかいう選択は無かったの!?」
「何か二人に伝える事が無いんだったらもう行くぞ。このどこでもド○長く保たないって言ってたし」
「著作権著作権!! って、何で僕がツッコミに回ってんだ……」
それ、かなり今更の様な気がする。
俺がいじり役に回ったらツッコミ役が誰も居ないしね。お前が代役になるのは必然なんだよ。
まあそんな事はどうでも良いんだ。俺は再度、クズタニに尋ねると、当の本人からは予想外の言葉が返ってきた。
「僕は行きませんよ。あの人と話すの、なんか嫌なんで」
これ以上ない感情論を語ってきやがった。
「お前……この世界の情報を得られるチャンスなんだぞ。感情に任せて棒に振る気か?」
「嫌です。僕のプライドが許さない」
「よくそんなんで社会の荒波を生きて来られたな……」
「自宅警備員の肩書を持つ僕には関係なかった。それだけの事です」
「……そっかー」
……無職という事を開き直った中二病ニートに客観論を持ち出しても無駄だったか。
神様も随分と面倒なタイプに主人公職を与えやがって。人を創った割には目が腐ってるのか。
いや、別に無職を否定している訳じゃない。というかこいつが特殊過ぎるだけだ。心の底から就職する気が無い奴なんて初めて見た。
……もう好きにさせておこう。嫌々でも、話しておけば後々の糧になるだろうに。独立独歩は勝手だが、損得計算をしてからにしろよな……。
「……分かった。別に止めはしないし、強制する義務も無いしな。あっちには俺から上手く伝えておく」
「そんな事しなくても良いですよ、ストレートに言って貰えれば」
「それを言うこっちの身にもなれよ……」
「じゃあ言わなくて良いですよ」
……駄目だ、こいつと話してるとイライラしてくる。俺もクズタニをいじっていたから強くは出れないが、敢えて述べさせて貰えばただの屁理屈野郎はゴミクズ野郎という事だ。
何だか思春期の子供を相手している教師の気分にでもなってくる。こんなに大変なんだな、先生って……。
……ここら辺でよしておこう。このままではダラダラと文字数を地味に稼いでいくだけだ。
「……先輩、まだですか」
「……ああ、すぐ行く」
待つのにも飽き飽きしている小鳥遊に促され、俺は異次元に通じているであろう扉の前に立つ。
扉の中の次元は絶えず流転しており、螺旋を描く様子は俺達をある種の催眠にでも掛けるかの様だった。
俺はすうと深呼吸すると、最後にもう一度だけ振り返る。
「じゃあ、またどこかで」
「おお、機会があればな。えー……あれ、名前何やったっけ?」
そう言えば、まだ名乗った覚えが無い。思い返せば色々とバタバタしてたせいで、協同戦線は場の雰囲気のみでの一時的な同盟を組んだだけに過ぎなかった。今になってみれば、誰が裏切っても不自然じゃない綱渡りのチームだったんだよな……良く結託できてたもんだ。
俺は苦笑混じりに、初めて己の名前を明かす。
「……狼紘希です。それと、こっちは小鳥遊彼方」
「コウキとカナタね……よっしゃ、覚えたわ。俺も一応、知っとるやろうけど改めて――レオニダス・ティグレや。今後ともよろしゅう」
「では、俺も名乗っておこう――マキシマム・リーゼだ。お前達とまた会える事を心待ちにしている」
「……これ、僕も言っておいた方が良い感じ?」
「「「「クズじゃないのか?」」」」
「すっかり定着しやがって!!」
ぎゃーぎゃーとクズタニは噛みついてくるが、いちいちクレーム対応をしている暇は無い。
俺達は最低限の別れの挨拶を済ませると。
ようやっと、異次元の渦へと身を投じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「行ってもーたな」
この場から去った同業者が通って行った扉を何度も開け閉めしながら、レオニダスはぽつりと零す。
扉はぱかぱかと
頭の切り替えの速い彼には珍しい行動に、マキシマムは普段なら想像しえない様な言葉を放る。
「……寂しいのか?」
「アホ、んな訳あらへんわ。俺達の関係なんて、元は今日たまたま鉢合わせただけの赤の他人やで? 感傷すんのは変やろ。……せやけど」
「どうした?」
「なーんか引っ掛かってん……下らん事やけど、大事な様な……」
うーん? とレオニダスは渋い顔で首を傾げる。マキシマムも記憶からそれらしきものを探ってはみるものの、特に心当たりは無かった。
と、そこでコンコンと扉が打ち鳴らされる。
「しっつれい、しま、すっ……!」
昔懐かしのドアノブを捻って入って来たのは、やけに重量感のある革袋幾つかを持った女性スタッフだった。
どさり!! と乱暴にスタッフは革袋を床に放り落とす。
「い、よいしょ!! ……っとお。あー疲れた……女子にこんなの持たせるなですよ全く……」
「……心の声漏れとるで」
「あっ、す、すみません! つ、つい……」
「構へんよ、俺達も似た様な事はあるしな。で、どうしたんや?」
うっかり不満を聞かれてしまったスタッフは顔をほのかに朱に染めつつ、床の革袋を指し示して、
「え、ええと……実は皆さんに賞金をお届けに参りました。ここでは生き残った方々に一人ずつ100万を渡すのが決まりなので……。今回は乱入してきた町長を除いて、生き残ったオオカミ様、タカナシ様、クズタニ様、リーゼ様にお渡しする事になっております」
「ああ、
月一回で開催されるカプア剣闘士大会。そこに賭けられる金というのは非常に巨額だ。それこそリアルに豪邸が数件は建てられそうな感じで。
剣闘士として参加できる人数は最大50人。競馬や競艇に比べると数が多いので、オッズは基本的にバラける。その分、配当は高めだ。
参加者への賞金は内容、怪我の重度に拘らず、時間切れまでフィールドに残っていれば100万。一見おいしそうなイベントだが、ぶっちゃけた話、そこそこのキャリアを積んだ冒険者の方が儲かる。
メリットとすれば、冒険者は各地を転々とするのに対し、剣闘士は定住が可能という事くらいだろうか。そのため、冒険者片手間に剣闘士、というのが主流となっている。
「で、こうして参った訳ですが……肝心の方々はどちらへ?」
「……あっ、それや!」
「え?」
「……確かに、奴らに金を渡していなかったな」
それを知りもしない女性スタッフは、よっこらせと革袋の二つをマキシマムとクズタニに手渡す。
「取り敢えず、先にリーゼ様とクズタニ様にはこれを。後の二人がいらっしゃらない場合、このお金は回収って事になってしまうのですが……」
『金』、『回収』。その言葉に、レオニダスの耳が反応する。
付き合いの長いマキシマムにしか分からない微かな笑みを漏らすと、彼は床の革袋に触れる。
「なあ、姉ちゃん」
「わ、私ですか?」
「この金、俺が本人達に渡しちゃアカンか?」
「え、それはちょっと……横領される恐れがあるからって、駄目だったと思うんですが……」
「別に預かっとくだけやし。それに俺は結構金持っとるから。横領なんてせえへんよ」
「えっと、じゃあ確認を取って……」
「俺、ここのオーナーとは顔見知りやし、問題あらへんって」
読者の皆様もお分かりだろう。彼の狙いがスケスケ過ぎて、マキシマムも呆れて嘆息する。
結果。
「じゃあお願いしますね!」
「任せとき」
レオニダスの押し切りであった。
扉がぱたりと閉まった事を確認すると、レオニダスはじゃらりと金属音を鳴らす革袋を嬉々として手に取る。
「いよっし!!」
「いよっし、ではないだろう。横領するつもりか」
「平等に三等分な!!」
「人の話を聞け」
この人達が良い人達なのは疑い様も無いよ?
そんな人達も、根っこはやっぱり一緒だ。
……この世界、基本的に守銭奴ばっかです。
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