第19話 協同戦線③
確かに触れた。
確かに届いたのだ。
俺の中指は、僅かにフード男を。
だが。
無我夢中で手を伸ばしたその先に希望は無く。
ただ、絶望があるのみだった。
「――驚いた。少し君達を見直したよ」
目を丸くして称賛の言葉を口にするのは、泰然と両腕を翼の様に広げるフード男だ。
俺とレオさんはその左右の掌で――止まっていた。
小さな掌に阻まれた俺達は、そこから一ミリたりとも進む事が出来ない。
「よく頭を捻った方だ。でもね……『
どんなに青筋を立てても、どんなに息を荒げても、どんなに体を震わせても。
無駄なのだ。
『
「お察しの通り、オレは状態異常が極端な弱点だ。二秒もあれば死ねる領域、呪いみたいなものだよ。最強のチートを得た代わりのね」
やっと、分かった。
否、分かっていた上でやっていた。
「着眼点も悪くない。こんな短時間で『
俺が馬鹿だった。
だから、これは認識じゃなくて、再確認だ。
「それがブラフである可能性は考えなかったのかい?」
――――予想通りの結末だった、と。
「そこまで出来てたら満点だった。まあ、分かった所でどうにもならないけど。……そうだね、うん、久々に楽しめたよ。やっぱり戦いはこのくらいのスリルが無きゃね」
喜色満面の笑みでフード男は俺とレオさんを交互に見やると、その地獄の呪文を唱えた。
「『
直後、
ぱん、と。
レオさんは不可解に体を捻じらせて吹っ飛び、小鳥遊が建造した『
悲鳴も叫喚も一切上げず、レオさんはもう片方の腕も消失して倒れ伏した。
「……これが終わったら彼らにも先程の非礼を詫びよう。腕を治す約束もあるしね。……っと、肝心な事を忘れてた。この後、時間取れるかい? ゆっくりと話したいんだけど」
フード男は指先の血の一滴をちろりと舐め、朗らかにそう尋ねる。
俺は奴の掌に指を押し当てたまま自然と脱力し、体の震えをぴたと止めた。
放射状に撒き散らされたレオさんの鮮血は、とても赤々としていて、やたらチカチカと映る。
それはある種の催眠の様な効果をもたらしていたのかもしれない。
それでとうとう狂った様だった。
何故って――、
「……は、はは」
俺は、怖いくらいに笑顔だったのだから。
「……どうした?」
フード男に眉をひそめられ、俺は慌てて空いている手で弧を描く口元を隠す。
取り敢えず、深呼吸をして落ち着いてみる。
しかし、それでも笑みは収まらない。
原因は大方想像がついていた。
「ふ、はは。いや、随分と楽観的だなあ、って感じちゃいまして」
それは言葉に出来る。
なら、吐き出してしまえば良いんだろうか?
「ちょっとした質問なんですけど」
「……?」
「『
「そうだけど……」
ああ、きっとそうだ。
「俺の予想は答えに限りなく近い。それで良いんですよね?」
「……そう、だね」
言ってしまえ、狼紘希。
「ねぇ、フードさん……俺が本当に、ブラフを想定していなかったとお思いですか?」
「…………」
途端、フード男から表情が失せ、静寂が俺達を包む。
どうやら、当たりだ。
フード男は死んだ顔のままだったが、どこか焦りを含んでいる様な気持ち速めの口調で。
「――ちょっと予定変更だ。君にはここで一回倒れてもらおう。終わったら治してあげるから――手足の骨を数本頂戴するよ」
わざわざ奴に俺を倒すメリットは無い。
にも拘わらず宣告をしたという事は、
じゃあ後は痛みに耐えれば良い。
奴が死の魔法を紡ぐ。
対し、俺は面と向かって、フード男にこれほどかというまでの不敵な笑みを浮かべて告げた。
「答え合わせは終わりました」
「『
「ここからは――実践と行きましょう」
瞬間、俺の右腕はおかしな曲がり方をして、身体ごと宙へ引っこ抜かれる。
瞬間、闘技場に血潮が舞う。
「おろ……?」
俺のではない。
腕が複雑に曲がっているが、俺のじゃない。
出所は。
奴の、両腕。
フード男の両腕は――肘から先にかけて、跡形もなく消失していた。
クズタニか?
違う。
小鳥遊か?
違う。
マキシさんか?
違う。
レオさんか?
違う。
俺か?
断じて違う。
思い返してみよう――この闘技場には、今何人居る?
「……ワシを忘れてもらっては困るのう?」
「……ああ、あんたはやっぱりクソジジィだ」
細身の刀を携える老躯。
誰あろう――カプア町長、その人だ。
別に、この展開は約束されていた訳では無い。
残念ながら偶然にも近い。
しかし、ここまでの想像は容易だった。
『
それは『
受けなければ返せない。食らわなければカウンターが成立しない。『
つまる所、攻撃しなければ発動しない。
裏を返せば、『
全てがブラフだったとしても、これだけは揺るがない。
どうせ遅かれ早かれ、俺とレオさんが『
だから、奴は第三者が狩る事、そして欠点を正確に突く必要があった。
この場でその条件を満たせるのは町長だけ。
おまけにあの質問で、奴の欠点を引き出せた。
合図なんて無かったが――少しヒントを出せば、フード男が決定的な隙を晒している所に食いつく。
「ぅぎあ……っ!!!!」
結構な高さから落とされた俺は、ぐにゃんぐにゃんの右腕で何とか衝撃を緩和させる。
「ぎぃ……!!!!」
激痛が脳まで響いてくる。現代温室育ちの都会っ子にはかなり辛いが、もう一本使用不能にするよりかは幾分かマシだ。俺はごろごろと砂に塗れて転がり、やっと止まる事が出来た。
ズキンズキンと拍動に合わせて増す痛みに身悶えながらも、怪我の具合を確かめてみる。
フード男の『
可動域を越えた肩はぷらんぷらん、その下の脇は深いとまでは行かずとも裂けており、腕は不可思議に折れ曲がって
素人目でも、とても使える状態にない事は判別できた。
……まあ、腕そのものが消えたレオさん達とかに比べればまだ良かったな。これはこれで凄く痛いから今にも失神はしそうだが……アドレナリンかエンドルフィンでも分泌されてるんだろう、行動に支障はさほど来たさない程には痛覚が慣れてきた。
それに回復魔法を掛ける魔力も残されていない。ちらと客席に鎮座する巨大な時計盤を見やれば……針は制限時間の極至近距離に迫っていた。
「時間が無い……」
自分に言い聞かせる様に呟くと、俺は性懲りもなく、再度フード男に駆け出した。
右はもう使えない。であれば、今度は左だ。
わざわざ何のために残存魔力を果たしてまで付与を掛けたと思ってる? 左手はあくまで右を外した用の保険だったが、まさかここで活躍の場が与えられるとは。保険は大事だね。
さて、長々と語ってきたが……次で最後になるだろう。
『
フード男の戦闘姿勢は依然として変化は無かった。両腕を失い、行動が大幅に制限されていてもなお、奴は劇的にパワーダウンしていない。
むしろ、奴は突っ立っているだけだ。だが、それでも町長とは互角の戦いを繰り広げている。奴はやられっ放しなのに、こんな表現は変だが。
ここでも『
でも、関係ない。
俺は町長とフード男の交戦区域に入った。剣風と『
そして、辿り着く。
この世で最高に死に近い場所の根本に。
「おおあぁぁぁあああああぁ!!!!」
「――――っ!」
俺は倒れ込みながら、闇雲に奴の足首に左手を伸ばした。
突然の脅威にフード男の顔が驚愕に染まり――、
――この瞬間、奴の意識は俺と町長に全て注がれる。
他の事はお構いなしに、真っ先に命の危険がある
しかし、実はそれは二者択一だ。
理由は奴の『
『物理攻撃』を取るか、『魔法』を取るか――だ。
先程、フード男がちろりと舐めた血液。あれは奴のものだ。
何故なら、人間一人を前方に吹っ飛ばす威力のある衝撃を放てば、自分に液体なんて付着しないから。
追い風にバケツの水を撒くのと同じで、液体が戻ってくる事は無い。
何より、奴の外套にそれ以外の血は一滴も掛かっていないのがその証拠。
そして、フード男は状態異常になっていない。物理と魔法を組み合わせた攻撃で、奴に付与が効かなかったとすれば、その原因は看破できる。
レオさんの攻撃は浅くとも通った。だが、状態異常にはならなかった。
それはつまり、『
その状況を、もう一度作り出す。
交戦中の
今度はどちらも致命傷となる選択を迫り――、
「『
どっちを取ったのかは知らない。
どうでも良いから。
刹那――何の変哲もない剣が、フード男の腹部を突き破った。
「お……?」
奴は腹部から突き出た剣に、愕然として視線を落とす。
町長の仕込み杖ではない。
剣は背面から生えてきたのだから。
フード男を穿ったのは。
直後、剣の柄が陽炎の様に揺らめく。
華奢で細く、白く透き通る手が露わになり、終ぞ全身が現れる。
「っ……はあっ、はあ……っ」
顔を汗で濡らして息を荒げる小鳥遊は、震える指先を剣から解放すると共に地面に崩れ折れた。
予想だにしていなかったのか、フード男は刀身を軽く掴みながら苦笑する。
「まさか……伏兵が居たとはね」
今の今までずっと『隠蔽魔法』の恩恵を受けていた小鳥遊単体にはフード男を倒す能力は無い。剣も狙撃銃の材料にくべてしまったため、彼女は無骨な狙撃銃を携えるのみで近接武器を持ち合わせていなかった。
ただし、闘技場に捨てられてた剣を拾ったのなら話は別。
と言っても、それだけではただの剣だ。フード男を倒す手段には成り得ない。
だから、使ったのは特別仕様の物だ。
「勇者君の剣を使うとは……最後の最後でやられたよ」
クズタニのチートスキル、『
あらかじめ付与済みの武器。
物理と魔法をいっぺんに返せない『
しかし、フード男は『
これこそ『
――『意識下にある攻撃しか返せない』。
物理と魔法を一度に返せない。受けるには取捨選択をする必要がある。
視点を変えてみれば、『
取捨選択、言い換えれば任意変更。
それを行うなら攻撃を把握し、ある程度狙いを付けてから『
意識の外側にある攻撃は適応外、という事だ。
だから奴の注意を俺と町長に釘付けにさせた。
生物の自己防衛本能は、形だけは人間にも残っている。
命の危機に晒された時――生物はどうにかして生きようとする。
脅威を捨て去らなければいけない。そういう思考が働く。
本能による反射は、化物だって抗えないだろう?
たかが一瞬、されど一瞬。どうしても意識はこちらに向くから、その惹き付け様はさぞかし強烈だったはずだ。
「……これなら、大丈夫」
フード男は負けたというのに満足し切った穏やかな表情で言う。
多少、剣に掛けていた『睡眠付与』の効果があるのだろうが。
一応、付与は俺が持ち得る全てをバラバラに皆に掛けていた。万が一、効かないものがあったりしたら面倒だし。クズタニの剣に掛けていたのはたまたまそれだった。
串刺しになっているのに赤黒い液体が少しも出ない胴体から剣を引き抜きながら、とろりとした声で。
「君達になら――」
その言葉は消え入る様に途切れる。
ぱたり、とフード男はまるで糸が切れたかの様に地に伏せった。
俺もそこで緊張が一気に解けたのだろう。
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