第8話 この世界の『脅威』とは。
日が昇り始め、人々が少しずつ起きてくる時間帯。
「よし……こんなもんかな」
既に朝食を済ました俺はギルドの宿泊所の一室にて、自分の荷物を整理していた。
着替え、日用品、財布、地図……などなど、それらがベッドの上を占拠している。
忘れている物が無いかを確認すると、俺は腰に付けていたポーチを外してそれらを押し込む、というよりかは流し込んだ。容積的にそんな量の荷物が入るはずが無いのだが、不思議な事にそれらは何の抵抗も無くするりと入っていく。
「……便利だよな、マジックポーチ。四次元ポケットみたい」
このマジックポーチなる入れ物はギルドから支給された物だ。魔法によって容積は完全に無視されており、箱の中は異次元に繋がっているらしい。そのため、ほぼ無限に物質を収納する事が出来て、どんなに詰め込んでも重さは増えないのだとか。
持ち主との魔法的なリンクによって、一度入れた物は一瞬で手元に持ってこれる様で、ルカがギルドの手引書を取り出した時や、俺達が自由に武器を出し入れ出来ていたのはこれのおかげだ。
……まあ、今後ここから武器を取り出す事は半永久的に無いだろうが。
「……行くか」
出かけるにしてはあまりにも身軽な恰好で、俺は一週間ちょっと過ごした部屋を名残惜しくも後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
すっかり見慣れてしまったギルドの一階に降りると、同じ召喚者達がまばらに集まっていた。その中には
「悪い、待たせたな」
「いえ、私も今来た所なので」
わざわざこんな時間に小鳥遊まで起こしたのは理由がある。
「お、二人ともお早うさん……」
そんな俺達の元に、ギルド職員の制服を着た少女が眠たげな目を擦りながら近づいてきた。
「お早う、ルカ。お前も早いな」
「すぐに出発する召喚者が幾らか居ると思ってねー、いつもより大分早起きしたんだよ……っと」
少し寝癖の付いた髪をわしゃわしゃと掻き、ルカは大きく伸びをしつつ、
「……で、お兄さん達も出るんでしょ? もう」
「ああ、一週間もありがとな」
そう。俺達は今日、ここを発つ。
アンター討伐という一つの区切りをつけた俺達は、この新米冒険者の街から出る事をギルドから正式に許可されたのだ。
「寂しくなるな~。一週間延長しない?」
「そういう訳にもいかないだろ。お前、ここのマスターさんから急かされてるんじゃないのか? 『追い出せ』って」
「……あたし、そんな事言ったっけ」
「いや、言っては無いけど、そんな感じが滲み出てたから」
「……まあ、そうだね。確かに言われてるよ。『金にならねぇ物をいつまでも置いておけるか、ギルドの資金が食い潰されてるおかげで、職員の給料今月出ねーんだぞ』って」
「……俺ら本当に邪魔だな……」
マスターにとってはただの穀潰しである。
「マスターさんに言っといてくれ、『お世話になりました』って」
「顔も見てない人間にそれを言うかい? 仮にそれ聞いたらウチのマスター怒るよー。ボコってから馬車馬の如く働かせるんじゃないかな。さっさとここから逃げた方がよっぽど『お世話になりました』っていう気持ちが出るよ」
「……やっぱ言わんといてくれ」
……ここのマスターには出来れば一生会いたくない。
「ま、それはさておき、もう行くんでしょ? 手続きするから、ステータスカード持って受付来て」
「ん、分かった」
だいぶ話が逸れてしまったが、とにもかくにも俺達は旅に出るのだ。
本音を言えば、ぶっちゃけ帰りたいとかそういう気持ちは無いからこの街に住んでも良いのだが、せっかくだから異世界ライフを満喫したい。俺なんかやっとまともに戦える様になった割に、アリに
しかもアンター討伐時は100人も居たから5つのグループに分けて、それぞれがアンターが出現する
まあ取り敢えず、異世界は戦ってこそ異世界だろう、という結論を大多数の召喚者が出したため、俺達もそれに便乗する形でここを出る運びとなった。
しかし、一部の召喚者は残ってダラダラと過ごす奴も居るらしい。何でもニートとポンコツ女神と爆裂娘とドM騎士がなんやかんやで活躍する某ライトノベルから影響を受けたのだとか。あれは主人公がほぼ運だけで乗り切ってるから物語が成り立つのであって、ここのステータス欄には運なんてもんは無いから、そんな上手い具合に事が行くはずあるまいに。自己投影しても悲惨な結果を招くだけだ。……いや、命を最優先で守るなら俺達の方が馬鹿だという事にはなるのだが。
と、そうこう思案している内に手続きが完了した様だ。ルカは二人のステータスカードを俺達に手渡す。
「……ほい、これで終わり。街を出る時は関所の人にこれ見せてね。通行証になるから」
「悪いな、何から何まで……」
「気にする事無いって。いつかの時にお代は払ってくれれば良いんだから」
「……え、金、取んの?」
「ウチらも慈善事業でやってるんじゃないんでね、この業界じゃ、世話を焼いた相手には『出世払い』が暗黙の了解なんだよ」
「……そっちの都合で召喚されたのに?」
「こっちだって好きで召喚した訳じゃない。何故か勝手に魔法陣が起動して、何故か勝手にお兄さん達が来て、勝手に冒険者になったってだけ。むしろギルドのルールに感謝した方が良いよ、下手したらマスターに捕まって強制労働させられるんだからさ」
……俺達は流れ的に冒険者になってしまっただけなのだが。というか、最初に焚き付けた張本人はお前じゃなかったか。
なんだか悪徳商法にでも騙された気分だが、一宿一飯どころか一週間の面倒を見てもらったのだからそれくらいの義理は果たすべきだろう。
「……分かったよ、約束する」
「毎度あり~」
……ギルドのルールでも縛ってある辺り、この業界の人間は基本的に
「旅の最低限の注意事項は……昨日話したし、良っか」
じゃあこれで最後かな、と言いながら、ルカは召喚された日と同じ様に手引書を取り出した。
パラパラとページを捲っていき、その手はある所で止まる。
「……ちょっと長いけど、我慢してね」
ルカは一度咳払いをすると、これまでの無邪気な声音とは打って変わって、落ち着いた口調で朗読し始めた。
「――さて、召喚者の皆さんがこれを職員の口から聞いているという事は、あなた方は無事試練を突破し、ギルドマスターからの許可も得る事が出来たのでしょう。謹んでお祝いを申し上げます」
……マニュアルの書き出しかよこれ……。
誰が書いたのかという疑問は、今はぐっと飲み込んでおいた。
「これから旅に出る事に不安を抱いている方も
さっき職員から金を請求されたんですが、それは金ありきの関係って事で良いんですかね?
「守銭奴も中には居るかもしれませんが、その時は頑張って下さい」
……これを書いた奴は予言者か何かだったんだろうか。
……というか予想してるんだったらそのアドバイスも書けよ!? 頑張って下さいってそれは無いだろ!!
「余談はこれくらいにして、本題に入りましょう」
初めからそうしてくれ……。
「一応書いておきますが、本題を最初に持ってくるのは重かったんじゃないかな、とか思ったからどうでも良い事をだらだらと述べていた訳では断じてありません」
早よしろよ!! ここまでで何文字使ってると思ってんだ、サブタイトルの内容まで辿り着かないで次回持ち越しにする気かマニュアルの分際で!!
「召喚された日にお話しだと思いますが、あなた方がこの世界へと来た理由はご存じでしょうか?」
それは分かっている。
この世界を『脅威』から守る事。
それを倒せば、俺達は元の世界に帰れると。
「この世界を『脅威』から守る事――それで間違っておりません。では、ここからです。
その『脅威』とは――どういうモノであるのか、存じておられますか?」
「「え……?」」
思わず、二人共声が漏れてしまった。
だってそんな事、考えた事が無かったからだ。
どこかに魔物を従えている魔王の様なラスボスが居て、そいつを倒せばハッピーエンド。
それが『当然』じゃないのか?
「『脅威』の正体――それは誰にも分からないのです。少なくとも、現時点では……」
「おいおいおいおい、ちょっと待て。どういう事だ? 敵が分かってない状況で俺達は召喚されたのか!?」
「まあ待ちなって。まだ続きはあるんだから、質問はその時に」
焦らない焦らない、とルカはカウンターに身を乗り出した俺を
「……っ」
……ひとまずは続きを聞こう。
俺が落ち着いたのを見ると、ルカは再び手引書の文章に目を走らせる。
「……少なくとも、現時点では敵が何なのか、どの様な存在なのか、居るのかどうかも分かっていません。
……しかし、確実に言える事があります。
あの召喚魔法は神性を帯びた……神の見通す能力を持った魔法なのです。
私達があの魔法陣に組み込んだ命令は一つ。
『世界に危機が迫った時、この世界を守る戦士を』――それだけです。
神の見通す力は絶対。万が一にも誤る事はありません。
つまりあの魔法が起動したという事は、既に危機は近くに在るのです。
それが何なのかまでは特定できませんが……頼れるのはあなた方、召喚者だけなのです。
だから、どうかご慈悲を。
他人の世界と割り切らず、この世界を見捨てないで欲しい。
とても美しいこの世界を。
どうか、よろしくお願いします。
初代本部ギルドマスター カイル・アドモール」
「……という訳さ」
ルカは深く嘆息すると、読み終わったギルドの手引書をカウンターに放り投げた。
「今読んだのは初代ギルドマスター――ギルド創設者が後世に遺した文言だよ。初代がいかにこの世界を想っていたか……そう言えば聞こえは良いけど、実際には他力本願も
ルカの言っている事は至極真っ当に思えた。
要は自分の世界じゃ誰も太刀打ち出来ないから、強引に異世界から手を借りる。
ライトノベルでは異世界転生・召喚された主人公達はかなり楽しく生活しているから良いが……、
実の所、随分と自分本位な考えで召喚されているんじゃないだろうか。
「……ま、あたしがこれに口出しする権利なんて本当は無いんだけどね。あたし達の力じゃどうにもならないってのが現実問題としてもうあるから。自分のケツを自分で拭けないなんて、
ルカは自嘲気味に笑う。
本来なら自分達の役割を見ず知らずの奴らに取られるというのは、どこかやるせないのだろう。
「……けど多分、初代もお前と同じ事を思ってたんじゃないか? 考え無しに押し付けてるだけの奴なら『見捨てないで欲しい』なんて書かないだろうし」
「どうだかねぇ」
ルカは椅子に踏ん反り返り、大袈裟に腕を開いてみせる。それは自分達を――この世界の住人達を
「取り敢えず、だ。お兄さん方には申し訳ないけど、『脅威』と称される敵さんはギルドでもさっぱり分からんって訳。おまけに生物であるかも不明。何せ『世界の脅威』ってまとめられちゃってるからね、自然災害なのか、人的被害なのか、魔物による災害なのか、それらを裏で糸引いてる奴が居るのか、もしくはそれらがいっぺんにやって来るのかとか、一切ね。そんでもってそれがいつ起こるのかも分からない。とにかく分からない事だらけ。とにかく不透明。だからお兄さん達にはどうにかやって貰うしかないんだよ」
「……何の手掛かりも無しでか」
「一応、『三年以内』に起こる事にはなってる。詳しい時期は何とも」
そう言って、ルカは両手を気だるげに挙げた。「お手上げ」という意味だろう。
流石の小鳥遊も呆気にとられたのか、額に手を当てて微妙な表情をしていた。
「……かなりふわふわしてないかな」
「全くもって同感だけど、あたしが決めた事じゃないしね」
「勘弁してくれ……MMORPGの世界じゃないんだぞ」
「えむえむ……何て?」
「いや、何でもない……」
……暗中模索、とは実にこの事だ。
まさか目的から自分で探さねばならんとは。
目的がそもそも無いならまだしも、宝箱感覚で「目的はどっかにあるから探してね」ってそんな鬼畜ゲーがあるか。しかも時限式で、開けたら世界破壊レベルの宝箱なんて見つけたくもない。
暗闇の密室の中、手探りでいつ爆発するか分からない時限爆弾探している様なものだ。
見つからなかったら死。
見つかっても無力化できなかったら死。
「――詰んでんじゃねーか!!」
「まだ詰む何十手か手前だよ」
「気付いてないだけで実際は王手掛けられてるかもしれないんですけど!?」
「…………………………確かに!」
「推理小説ものの主人公みたいなマジ顔で反応するの止めろよ!! しかもそれこんな序盤じゃ使っちゃいけない奴だろうが、もっと最終局面で出すもん!!」
「真実がいつも一つの様に、目的もいつも一つ!! 逆に分かり易いと思わない?」
「思わんがな!! それはある程度ヒントが出されてる状況だからであって、ノーヒントで真実なんざ出せるはずあるか!! ってかそれヤバいって、大丈夫なのか!?」
こんなやり取りをしている内にも爆弾は正確にその時を刻んでいる。
何なら、たった今爆発したっておかしくないのだ。
朝っぱらなのにぎゃあぎゃあと続くボケとツッコミの応酬に、小鳥遊がおずおずと割って入る。
「……あの、先輩」
「うん!?」
「だったらこんな事してる場合じゃないのでは……」
「え……あ、ああ、そりゃそうだよな。悪い、ちょっと白熱しちゃって……」
「全く、駄目な大人だねぇ」
「元はと言えばお前のせいなんですけど!?」
しらばっくれるルカに最後のツッコミを入れ、俺達は彼女から受け取ったステータスカードをポーチに収納する。
気を取り直して、ルカは俺達に尋ねる。
「二人は最初にどこ行くつもりなの?」
「えっと……『カプア』って街に行こうと思ってる」
ここからあまり遠くなく、それなりに栄えている街を調べてみた所、条件的に良い所がそこしかなかったのだ。港もあって人の出入りも多いらしく、何よりここと同じギルドがある。そこに行けば取り敢えずは稼げるだろうと踏んで、目的地に指定したのだ。
特に悪い評判も無かったし、反対はされないと思っていたのだが、カプアと聞いた途端、ルカは意外と言いたげに目を見開いた。
「カプア? 本当に?」
「え? 別に悪くないだろ?」
「うーん……悪かないけど……」
「駄目なのか?」
「いや、止めはしないよ。ただ、お兄さん達に合ってるかな……?」
渋い顔をして首を捻るルカ。
合ってるかな……とは、どういう意味だろうか。
「まあ行った方が早いね。あっちのギルドにはあたしからも連絡しておくよ」
「おお、ありがとう」
「ありがとう、ルカちゃん」
「まずは二人共、この世界での生活を満喫してね。『脅威』の事はその次で良いから」
「分かった。そんなうかうかしていられる余裕があればな」
「ま、気楽に行きなよ、召喚者さん」
ドン、とルカは俺達二人の背中を押す。
「いってらっしゃい」
小さく呟いてから、ルカは俺達を突き放した。
「「行ってきます」」
その送り出しに、俺達も振り返る事はしなかった。
扉に向けて真っ直ぐに、力強く歩き。
俺達は一週間過ごしたここから。
ようやく異世界への第一歩を踏み出した。
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