第7話  アンター攻略②


「奴らの最大の弱点ってのは――『群れ』で行動してる事だ」


 アンターに向かって迎撃し続ける小鳥遊に、俺は考え付いた推論を話す。


「ここで問題。大小のスケールは様々だが、決まって群れにはある共通点があるんだ。それはグループを作る上で欠かせないモノなんだけど、何だか分かるか?」

「……もしかして」


 ある程度アンターの群れを下がらせると、小鳥遊は『錬金術』のスキルで洞窟の岩から弾丸を作り出し、それを一発ずつシリンダーに込め直す。


「リーダー……ですか?」

「正解。群れってのは『統率』が取れてる事で初めて成り立つモノだからな。それにはまず『まとめ役』が必須だ。人であれ、野生動物であれ、虫であってもそこだけは変わらない」


 俺は効果が切れかけてきた付与を小鳥遊に掛け直しながら、


「アリの場合も一緒だ。奴らの小さな社会コロニーはその統率者で成り立ってる」

「アリでそれに当たるのって……」

「たった一匹の『女王』さ。本当に奴らがアリの特性を引き継いでるなら、女王を倒せば群れは瓦解するはずだ」


 俺が導き出した一つの解法。


 『群れ』そのものを殲滅せんめつする必要は全く無い。というか出来ない。


 だから『リーダー格』に狙いを絞って倒す。


 そうすれば群れは形態を維持できなくなって終わりだ。


 おまけにここはまだ『第十階層』。アンターのは『群れ』であれば脅威だが、『単体』なら雑魚同然。言ってみれば、雑魚モンスター代表格のスライムと同レベルなのだ。


 そもそもこの世界の新米冒険者も挑戦する迷宮ダンジョンで、チート持ちの召喚者がアンターを倒せない事がおかしいだろう。召喚者でも倒せない魔物がこんな所にうようよ居たら、世界はとっくに滅んでる。死亡率も魔物のレベルも低いから、ここは初心者向けの迷宮ダンジョンとされているのだ。


 とすると、この世界の冒険者は必然的にアンターの群れとバトって、実際に勝っている事になる。その中にはソロプレイヤーも居るはずだ。


 けども、勝てる。


 だから俺の答えは恐らく間違っていない。


 『女王』を消し去れば、後は単純な群れの焼却作業が待つだけだ。



「……けど、それをどうやって見つけ出すんですか? こんな大群の中で、しかもリーダーって事はがっちり他のアリから守られてますよね? 今でも小型の群れで手一杯なのに、『女王』を探す余裕があるとは思えませんが……」

「……うん、だからそれを今から考えようとしてる」

「根本的な解決になってないじゃないですか!!」

「まあね」

「まあねって!?」


 多分、『女王』を他のアンターと判別するのは簡単だろう。だって『女王』は明らかに図体が他のアリよりもデカいから。


 だが、この何万匹と居る黒い群れの中から見つけ出すのは中々に難しい。「黒豆の山の中に一粒だけ小豆が入ってるよ」と言われてる様なもので、普通なら「いや分かるかバカ野郎」と突っ込んでいる所だ。


 他の冒険者でも出来る、単純で安全安心な見つけ方。


 であれば、どうやって見極めるのか。


「……なあ、小鳥遊。お前のスキルに『炎弾』ってあったよな。それは火属性が付与された弾って認識で良いのか?」

「そうです。さっきからずっと使ってますよ」

「……え? って事は俺の付与は……」

「ぶっちゃけ、余計なお世話?」

「マジか……」


 良かれと思ってやってたのに……。


「でも、完全に無駄な訳じゃないですよ。雀の涙くらいには威力強化されてます」

「大して変わってないって事じゃんか」

「ええ、まあ」

「ええまあ、でさらっと受け流さんでくれ……」

「で、それがアリ対策にどんな関係があるんです? 数撃ちゃ当たるとか、まさかそんな事じゃないですよね」

「…………」

「……もし本気で言ってるなら、まず先輩の脳天をブチ抜きますよ」

「待て待て待て、俺まだ何も言ってないおいこっちに銃を向けんなアリを撃てよ!? いや、一応合ってるっちゃ合ってるんだが、そっちは『あわよくば』に過ぎない。本命はあくまで別だから!」

「別?」


 ガクガクガクと首を縦に振る俺を見て、小鳥遊は銃口を俺の額からアンターへと移した。


「そんなしらみ潰しにやってたらお前の魔力なんてたないだろう? 大体、『炎弾』に群れを全滅させられるくらいの威力も無いんじゃないのか? さっきから見てたが、迷宮ダンジョンの壁も破壊できてなかったし」

「……そうですけれど」

「でも、おつむの足りないあいつらにとっちゃ充分に恐怖の対象だろうな」

「……?」


 怪訝な顔をする小鳥遊に、俺はこう告げる。




「出てこないなら引きずり出してやるまでだ。今から話す事をやって欲しい。奴らの本能を逆手に取って、『女王』をあぶり出すぞ」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ――俺はおおよその作戦を小鳥遊に伝えた。


「……そんなうまく行きますかね?」

「分からん。後はアリ達の忠誠心を信じるしかないな」

「……取り敢えずやってみます」


 小鳥遊は何もない空間に手を伸ばすと、突如としてもう一挺いっちょうの銃が出現する。


 二挺の拳銃を携え、小鳥遊は洞窟の中心――すなわち、四方八方をアンターの群れに囲まれたど真ん中に立つ。


 その間に、俺は召喚者達に大声を張り上げて、


「皆、聞いてくれ!! これから『女王アリ』を探してそいつを叩く!! 一際デカい『女王』を見つけられれば儲けもんだが、多分無理だ!! だから射撃を始めた途端、今から言う場所を探して欲しい!!」


 そのを言うと、召喚者達もそろそろ限界が近いのか素直に従ってくれた。


 全員がそれぞれの配置に着くと、俺は小鳥遊に向かって右手を上げる。


 それに軽く頷いた小鳥遊は、二挺を高く掲げて――、




「ちゃんと見てて下さいよ」




 ――『炎弾』の乱れ撃ちを開始した。




 まるで打ち上げ花火かの様に、銃口から火の玉が放たれ、それは洞窟内を照らしたかと思うとアンターの群れを燃え散らしていく。


 満遍なく、水を撒く様に。


 狙いは付けなくても、アンターはどこにでも居るのだから関係ない。


 徐々に、徐々に、アンターの群れに所々穴ぼこが目立っていく。


 だけど、これだけじゃ決定打にならない。


「熱っち……!!」


 吹きすさぶ熱風。


 酸素濃度が薄くなっていく状況の中、俺達はを探すべく、しきりに首を上下左右に振りまくる。


 それは、間もなくして見つかった。


 名前も知らない誰かはその場所を指さし、力の限り叫んだ。




「あったぞ、『不自然にアリが密集してる場所』!! きっとあそこに『女王』が居る!!」




 俺ははっとして指の方向に視線を移す。


 そこは俺達の居る所よりも少し上。


 見上げれば確かに――異常な程にこんもりとアンターが重ね合っている箇所があった。




「小鳥遊、標的変更だ!! 皆も分かってるな!? 全員、洞窟が崩落しない程度にありったけの火力で集中砲火しろ!!!!」




 地を蹴る音がしたのは同時だった。


 召喚者達は各々の武器を持ち、そこへと向けて突撃していった。




「「「だあああああああああああらあああああああああああああああああああああ!!!!」」」




 瞬間、辺りは眩い光に包まれ、黒い塊が弾け飛んだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ――大切な物を守る。



 生物のさがとして、常に根底にあるものだ。



 それは本能であり、基本的には抗う事は出来ない。



 アンターにとっては大切な物――それが『女王』に当たる。



 自分に身の危険が迫れば、急所を守ろうとするだろう。



 もし、それが――『群れ』で起こったとしたら?


 

 『群れ』に危険が迫った場合――まず『一番立場が強い奴』を群れは守ろうとするんじゃないか?



 それを使わせてもらった。



 初めに『炎弾』を『群れ』全体にバラ撒く。



 すると、アンターは『炎弾』が自分達を殺せるモノだと分かっているから、咄嗟に『女王』を庇おうとするはずだ。



 必然的に、『女王』の居る場所はアンターが積み重なり――、



 『女王』の場所はモロバレになるという寸法だ。



 しかし――――。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 



 洞窟の事を考慮したせいもあったかもしれない。




 周囲のアンターがかなり加勢したせいもあったかもしれない。




 現段階でのありったけの火力を注ぎ込んだにも拘わらず。




 攻撃は『女王』まで届かなかった。




 加えて、アンターという盾を全て剥がされたは。




 俺達に絶望的な風景を無慈悲にも見せつけていた。




「嘘、だろ……!?」




 『女王』はしっかりと存在していた。



 他のアンターの2、3倍の体長で、妙に不釣り合いに大きな腹を持って、そこに鎮座していた。



 それは些細な事だ。



 問題は。



 

「何だよ……!?」




 『女王』は尋常ならざる速度で、




「おい……もう羽化してるぞ!!」

「皆、離れて!!」




 尋常ならざる速度で、




「兵隊アリが減らなかったのはこれが原因か……!!」



 奴らの脅威。



 それは『数』じゃない。



 産み落とした時点で羽化していく――その『繁殖速度』こそ、俺達がもっとも恐れるべき点だったのだ。



「先輩、不味いですって! アンターの群れは一旦崩壊しましたけど、この繁殖速度だとすぐに復活します!! せっかく『女王』の位置を割り出したのに、群れが復活したらまた雲隠れされますよ!!」


 小鳥遊が必死の形相で俺に訴えてくる。


 だが、何も思い浮かばない。


 殺ったと確信したのに、決めきれなかった。


 それだけが頭を支配している。


 ……なんてこったい。


 ヤバい。


 どうする、俺。


 種明かしが更なる絶望の爆弾となって投下された今、どうすれば良いんだ。


 攻撃できる程の体力が残っている奴はほとんど居ない。


 未だピンピンしてるのは、攻撃不可能の俺だけ。


 勝利を目前にして、誰も最後の一撃を与えられない。


畜生ちくしょう……!!」


 何も出来ないのか、俺は……!


 思わず俯きかけたその時――、




「諦めるな!!」




 ドッ!! と地を蹴り、『女王』を守る様に再形成されつつあるアンターの群れに飛び込む、一つの人影。


 その人影は何度も何度もぶつかり、アンターの群れを何度も崩して群れの再形成の妨害を図っている様だ。


「皆、諦めるな!! ここまで来たんだ、きっと活路はある! だから、諦めるな!」


 それを言っている人物には心当たりがあった。


 脂汗をこれでもかという程に流した、典型的オタク体形の男。


 誰あろう、デブ勇者であった。


「こなくそっ、こなくそっ、こなくそっ、こなくそっ!!」


 デブ勇者は一人、剣を片手に持ち体当たりを続ける。


 だが、繁殖に体当たりが追いついていない。とうとうデブ勇者の体にアンターが纏わり始めた。


「邪魔、するなよぉ!!」


 それを猛然と振り払い、デブ勇者は体当たりを繰り返す。『女王』を見失わない様に、群れに埋もれない様に、アンターの群れを散らす、散らす、散らす。


 その姿は、不思議と活力を与えてくれる様で――、


「……手伝う」

「!」

「そうだ……ここで終われるか!!」

「絶対に生きて帰るんだから!!」

「行くぞお前ら!! 勝って帰るんだー!!」


 他の召喚者達も触発され、なけなしの体力を振り絞って加勢する。


「……太ってても『勇者』か」


 何となく、あいつが『勇者』になれた理由が分かった気がした。


 俺も負けていられない……が、生憎あいにく、何も出来ないからどうしようもない。付与はさっき掛け直したから持続中だ。


 あれだけのアンターを倒して、全員レベルが上がっているからか、底を尽きかけていた体力もそれなりに回復している様だ。回復魔法も使いそうにない。


 とは言え、あれは延命措置にしかならない。次はどうすれば……。


「……あれ?」


 と、ここである違和感に気付く。



「何で……他人のステータスが分かったんだ?」



 レベルが上がっている、ましてや体力が回復しているなど一見しただけで判断できるものじゃない。


 少なくとも、ちょっと前の俺はこんな事は出来なかったはずだ。



「もしかして……」


 淡い期待を胸に、俺は何もない空間からステータスカードを取り出す。


 そこに書いてある文字の羅列は――、


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

オオカミ・コウキ

年齢:29 種族:人間 職業クラス:魔導士

レベル:13    UP!

体力:640/810  UP!

攻撃:0

防御:100    UP!

魔攻:420    UP!

魔防:230    UP!

敏捷:100    UP!

魔力:1320/1790 UP!

生命:1120    UP!


『スキル』

身体強化:Lv.1

魔法強化:Lv.1

体力回復:Lv.1

状態異常回復:Lv.1

火属性付与:Lv.3  UP!

水属性付与:Lv.1

雷属性付与:Lv.1

光属性付与:Lv.1  NEW!

闇属性付与:Lv.1  NEW!

異常付与・睡眠:Lv.1

異常付与・毒:Lv.1 NEW!


『固有スキル』

言語理解

童貞:Lv.1

鑑定:Lv.1     NEW!

創成魔法:Lv.1   NEW!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……なんか思ったより強くなってる。


 多分、付与を掛けると経験値は山分けされるのだろう。まさか労せずして経験値を手に入れてしまうとは思いもしなかった。


 これだけあれば使えるものが一個くらいは……、



 …………。



 ……無いんかい!!


 強いて言えば『異常付与』の二つくらいだ。ただこれは集団で向かって来て、かつ付与を掛ければ一発で倒せてしまうアンターにはあまり効果が無い。


 他に使えるのは……出たよ、用途不明固有スキル。


 『創成魔法』……何か作れるんだろうか。


 取り敢えず武器でも作ってみよう。今一番欲しい。適当に……剣とかで良いだろう。


 軽く念じてみると――、


「うおっ!?」


 ブォン、とビームサーベ〇の様な物が手の平から出た。


 ……成程、魔力で物体を形成できるスキルらしい。しかも殆ど重量を感じない。強度と切れ味が心配だが、まあ何とかなるだろう。


「……魔力で物体を形成……」


 そこで俺はふと考える。


 これ……事も出来るんじゃないか?


 付与というのは外界から掛けるだけなら問題ないが、それを武器『そのもの』に内包させて永久運用する事は不可能だ。付与は一時的な薬みたいなもので、魔力が切れると自然消滅してしまう。


 だが武器の『素材』、つまり作る過程において付与を掛けておけば、それは永久に持続する。


 ……要は料理に『隠し味』を先に入れるか入れないかの違いだ。後入れだと味がうまく馴染まないが、先に入れてしまえば味は均一に混ざって美味くなる。


 物は試しだ。


 俺は一度魔力剣を崩壊させ、改めて『火属性付与』をねじ込んだ剣を作ってみる。


 案の定、上手くいった。


 剣は先程と同じ形状と質量だが、刀身にはほのかに赤を混じらせ、僅かに熱を帯びている。


 これならアンターでも不自由なく立ち回れるだろう。



 しかし……作ったは良いが……。


 仮にこの魔力剣で攻撃したとしよう。



 それは物理攻撃に入るのか?

 それとも魔法攻撃の方に分類されるのか?



 これは俺にとって最大の懸念だ。


 何せ攻撃力は0。もし物理攻撃に入るなら、このスキルは全く意味を成さない事になる。


 正直、魔法攻撃でないと困る……というか、願うしかない。0か100しか無いのか、俺のスキルとステータスは。


「……仕方ない、行くか」


 うだうだ言ってたって結果はやらないと分からないのだ。


 俺は赤い剣を見様みよう見真似みまねで構える。


 標的は『女王』。俺が『創成魔法』を確認している間に随分と群れは復活してきており、『女王』はもうあと数十秒もすれば見失いそうだ。


 デブ勇者が筆頭となって、他の召喚者達も食い止めようとはしているが、アンターの繁殖速度に対応しきれていない。おまけに今度こそレベルアップによる体力回復は無い。いざとなれば俺が回復魔法を掛けるが、しょせんは延命措置だ。打開策にもならない。



 従って、ここで決めるしかない。



 『創世魔法』が吉と出るか凶と出るか。



 確率は二分の一だ。



「ご都合主義にでも祈っておくか……」



 そんなラノベ展開を願いながら。



 俺は赤い剣を携え、召喚者達の攻撃が途切れた時――『女王』目掛けて大きく跳んだ。



 『女王』とその他のアンターがこちらに気付く。



 明確な危険と察知したのだろうか、周囲のアンターが『女王』に覆いかぶさり、攻撃を通さんと盾を形成する。



 俺がそれに対して放つのは斬撃ではない。



 何故なら剣術スキルなんてご大層なものは持っていないからだ。何より自爆が怖い。



 だから、



 俺はアンターの盾に飛びつくと、深々と剣を突き刺した。



 どうやら俺は二分の一の確率を引き当てた様で――、



 直後、何度目かのバーベキュー音が洞窟を木霊する。



 全て焼かれたアンター、半分焼かれたアンター、一部分だけ焼かれたアンター――どうでも良い。



 重要なのは『女王』、ただ一匹のみ。



 少しずつ、少しずつ、剣を押し沈めていく。



「う、ぐ……っ、がああああ……‼」



 膨大な熱量と昇る黒煙、それとたかってくるアンターの残党に耐えながら、ゆっくりと。



 服も破れ、皮膚は咬み千切られ、肌は焼け。



 血みどろになりながらも生き永らえているのは、異常に高い生命力のおかげだろう。



 やがて、剣が止まる。



 これ以上は、奥へと進めない。



 剣を握る手に感じたのは、岩壁の触感。



 俺は柄尻まで沈めた剣を力一杯振り払うと、重力によって地面に落ちた。



 アンターの死骸を薙いで、あらわになった刀身の切っ先には大きな黒い異物。


 ぶすぶすとくすぶっており、まだ動いてはいたが、既に虫の息。


 それは体格にあまりに不釣り合いな、巨大な腹を持っていた。



 紛れもない。



 見紛うはずも無い。




「……『女王』の首、貰った」




 俺は寝そべりながら、切っ先の焼け焦げた『女王』を高々と突き上げる。


 それは勝利と敗北の合図でもあった。



 『女王』を失ったアンター達はどうする事も出来ず、ただおろおろと辺りを這い回る。


 その内、敵味方の判断もつかなくなったのか、アンター達は一斉に共食いをし始め、しばらくすると動かなくなった。


 全滅。


 終わってみれば、呆気ない程の幕切れ。


 あまりにもお粗末な結果に、俺以外が唖然としていると――。




「……はっはー、やっと終わったかい」




 唐突に、低い地鳴りの様な音がした。


 全員がびくりと肩を震わせ、反射的に武器を構える。



「そう身構えなくても大丈夫だよ。アンターは全滅したさ、安心して」



 まだ幼い少女の声――一斉に召喚者達の注目がそちらに向けられる。


 音源は、ここへ入る時に通った重厚な扉。


 そこから見える人影がパチパチと手を打ち鳴らす。


 ひょっとしなくても、正体は分かっている。


 ルカ・アルカナは俺達の苦労も知らず存ぜぬといった笑顔で扉の向こうに立っていた。




「いやあ皆さん、初の番人討伐おめでとう! まっさかここまで苦戦するなんて思ってなかったけど、何はともあれ無事で良かった良かった! 死人も居ないみたいだし!」




 ぷちっ。


 何かが切れた音がした。


 物理的では無く、精神的な意味で。


 ルカは腰に手を当て、満身創痍の俺達に軽い口調で話す。



「本当はアンターって開幕速攻で『女王』を殺っちゃう事がセオリーなんだけど、それ伝えるの忘れてたからマジで死ぬかなーと思ってたから生きてて良かった~。これで全滅なんて報告したらマスターになんてどやされる事やら、って心配してたんだよねー」



 ぶちぶちぶっちん。



「そのセオリー無視して突っ込んだ割には上出来、上出来! 一人も死ななかったのは凄いよ!!」



 ぶちぶちぶっちんぶっちんぶっちんちん。



 ……そろそろ限界だ。


 俺は仰向けのままルカに、少し苛立たし気な口振りで尋ねる。



「……ルカさん、一つ良いですかね」

「はい?」

「そのセオリー通りにやってれば、俺らはどのくらいでここを突破できたんですか……?」

「うーん、上手くやれば……10秒? とか、それぐらいかな」



 バチバチバチバチン!!



 ……今度はケーブルを何本にも束ねて、ひと思いに引き千切った音が聞こえた。



 これでもまだマシだったかもしれない。



 最後に、とどめの言葉が俺達のケーブルを断線させた。






「でもさ、最初にそんな事言っちゃったら面白くないじゃん!! むしろ結果オーライ?」






 洞窟内の空気が一瞬にして死んだ。



 我慢の限界はとっくに振り切っていて。



 召喚者達はこめかみに青筋を立てながら、手の平で命を弄ばれた不満を怒号と行動にして爆発させた。






「「「「「殺す!!!!」」」」」


「おっと、それだけはご勘弁願いたい……って、ちょっとこの人数はきついよ、ああ待った、うんごめんなさい許して下さいふざけてすみませんでしたいやあああああああ!!」






 ……どこにそんな体力が残っていたのかは知らないが、大の大人達が揃いも揃ってルカに飛びついていった。



 ……まあ、当然だよな。


 傍観している俺からすれば、幼女が集団に追いかけ回されているのは非常にやべー絵面にしか見えなかったが、俺は一人動けず、ルカが逃げ惑う姿を目で追う事しか出来ないのであった。



「お兄さん助けて!!!!」

「頑張れー」

「助けろ言ってんだろおおおおお!?」

「だって動けんので」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころすころすころすころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロス」

「ちくしょおおおおおおおおおおおお!!!!」

 



 ――こうして。


 まあ色々あったものの、アンターとの闘いはこれにて幕を閉じたのだった。



 

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