第6話 アンター攻略
――さあ、考えるんだ。
俺は一応の武器である杖を握り締めながら、うじゃうじゃと蠢くアンタ―の大群と
魔物、と言っても、その前に奴らは虫だ。
某ゲームのタイプ相性の理論に
――虫は何に弱い?
「誰か手頃なのは……」
俺はきょろきょろと辺りを見渡し、近くでアンターの群れに応戦している召喚者に声をかける。
「大丈夫か?」
「これが大丈夫に見えます……かっ!!」
似たような体格の召喚者ばかりなので背後からだと分からなかったが、偶然にも声をかけたのは脂汗を顔いっぱい掻いているあのデブ勇者だった。ステータス平均値軒並み7倍越えでも、単なる物量の塊であるアンターの群れに対抗するのはいささか骨が折れるらしい。
「っていうか、手伝って下さいよ! このままじゃ全員お陀仏です!!」
「……申し訳ないんだけど、俺は全く攻撃手段を持ってないから戦えないんだよね」
「……チートは?」
「……それに関してはノーコメントで。そんな訳だから俺は君らのサポートに徹する。ちょっと一つ、試してもらいたい事があるんだ」
俺はデブ勇者の背中に手を触れ、持て余していたスキルをようやっと解放する。
「【炎神よ、
すると、血管を伝って俺の手に魔力が集まり、赤く発光する。しかしそれは手に留まらず、すぐにデブ勇者の体の中へと吸い込まれる様に、しゅぽん、と入っていってしまう。
直後、応戦中の勇者の右手の甲に光る赤い紋章が刻まれた。
同時に、長剣の周囲の空気が風景をぐにゃりと歪める。
痛みも熱さも全くなく、突如として現れた赤い紋章にデブ勇者は悲鳴を上げた。
「うわっ!! なっ、何したんです!?」
「良いから、そのままアリに攻撃しろ!!」
言われるがまま、デブ勇者は長剣をアンターの群れに目掛けて振り下ろすと――ジュウウウウウッッ!!
およそ剣には似つかわしくないバーベキュー音が上がり、そこから黒煙が立ち昇る。
剣に触れたアンターは無残にも黒焦げになっており、黒煙の発生源はそれの様だ。
「え……ちょっとだけ倒せた?」
「よし、まずは弱点一個だ」
ザザザザザザ!! と焼却処分された仲間を見て一気に後退したアンターの群れに、俺は思わずほくそ笑む。
俺がさっきデブ勇者に掛けたのは『火属性付与』の魔法だ。原理は不明だが、これを掛けると攻撃に火属性が追加されて、火が苦手な魔物に有効らしい。
この世界にタイプ相性というのがあるなら――と、ふと思い付いたアイディアだったが、大当たりだ。ポケモ〇には感謝だな。
何はともあれ、これは大きな収穫になり得るだろう。
俺はデブ勇者の背中を押し、
「流石だ、『勇者』様。その調子でガンガンアリを倒していってくれ。俺は他の奴らにも、君にやったのと同じ魔法を掛けてくる。それまで何とか出来ないか?」
いかにも『お前を頼りにしてるぜ』感を漂わせたお願いでデブ勇者の気分が乗ってくれれば、ここら辺はほったらかしといても勝手にアンターは減っていくだろう。そっちの方が手間が省けて楽だ。
「……はっ」
デブ勇者はそんな俺の言葉を鼻で笑い飛ばし、やれやれと言った感じで肩を
「僕は『勇者』ですよ? 愚問ですね。むしろこのまま一人でも良いくらいです」
「……あ、そう」
……さっきお前、「これが大丈夫に見えるか」とか言ってなかったっけ。俺が付与を掛けなかったら今頃アリの
ちょっと予定外だが、取り敢えずデブの気分は乗ってきた様だ。
「まあ、精々ゆっくりと作業してて下さい。その間に全部片付けますので」
「……」
……何で自分だけで弱点見つけましたみたいなドヤ顔してんだ、こいつは。全ては俺の活躍あってこその活路なんだが。
というかそれ以前に、人が下手にお願いしてやったらいきなり強気に出やがったのがムカつく。
「僕は勇者だ。そう、誰よりも――」
「ああうん分かったじゃあよろしく」
面倒そうな言葉を
チートのために付与なぞ必要の無かった召喚者達も、初見らしい付与魔法に始めは驚くものの――、
「おお、ダメージ通ってる!」
「これなら行けるんじゃない!?」
「焼きまくれー!!」
一度その制圧力を目の当たりにすると、途端に攻めに転じ、オラオラと勝手にアンターの群れを燃え散らしていってくれた。順応性が早くて助かる。
アンターの弱点を突いた事で、戦況は俺達に傾いている様に見えた。
――しかし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――俺が洞窟内の全員に付与を掛け終わった頃。
流石にこれだけやれば、と思って戦況を確認した時だ。
「減って、ない……?」
全員に付与は掛け終わった。
皆、息を切らしながらも戦っている。
それでもなお、減らない。
「あいつらはそんなに多いのか……?」
……いいや、そんなはずは無い。
召喚者約20人、その全員に付与を掛け、全員が既に相当数のアンターを倒している。つまり減ってはいるのだ。
変化が目に見えないというのはおかしな話じゃないだろうか。
「じゃあ何なんだ……奴らが減らない理由って」
何か引っ掛かる。
その何かって――――、
と、俺が思案にふけっていると、頭上から影がかかった。
「へ?」
振り返ってみればまるで巨人の手の様に、一つの塊となったアンターの群れの一部が俺に噛みつかんとしていた。
――ヤバい、死ぬ。
だが、気付いた所でどうしようも出来ない。
俺は反射的に
「――引っ込んでろ!!」
数発の銃声と共に、ジュウウウウウウウウッッ!! という鉄板焼きの様な音が耳朶を打つ。
恐る恐る目を開けてみた時には、アンターの群れは消え去っており、そこにはただ燻る黒い異物があるだけだった。
「……ったく、どこ見てんですか!」
「お、おお、助かったよ……」
どうやら小鳥遊がすんでの所で助けてくれたらしい。やっと糸口を掴んだかもしれないのに、危うくバッドエンドになる所だった。
小鳥遊は未だ勢いの衰えないアンターの群れに撃ち込みながら、
「っていうか働いて下さいよ。ここで何もしなかったら死にますって。せめて攻撃を……」
「……悪い、それ無理」
「え?」
「俺、攻撃手段持ってないからさ」
「はい!?」
「ちょっとの間守っててくれないか? あともう少しな気がするんだ」
「えっ、守るって……ああもう!!」
そうこうしている内に、先程の群れと同じ小規模の群れが本群れから複数吐き出された。小鳥遊は近づけさせない様に、それぞれの群れに炎を纏った弾を放っていく。
俺は小鳥遊そっちのけで、幾分か火の加護で温かくなった洞窟の地面に腰を下ろした。そして思考を再開する。
……何が引っ掛かってるんだ。
考えろ。奴らはたかだかアリだぞ? アリ如きに人間様が負けてたまるか。
ルカの言葉を思い出してみよう。
『あたしはもう助言はしたつもりだよ? それを踏まえれば死にゃしないと思うから、多分』
要するに、ルカは会話の中でヒントは出していたという事だ。
じゃあ、あいつは何を話していた?
『アンタ―はアリが魔物になった姿でね、アリの特性をそのまま引き継いでるんだ』
それは分かってる。
『顎の力とか毒針とかもそうなんだけど、一番厄介なのは「群れ」を成す習性だね。普通のアリなら数百とか数千で群れを作るけど――奴らは「万」単位で群れを作る』
実感してる。
『その圧倒的物量で奴らは容赦なく得物を狩っていく。よっぽど威力のある広範囲攻撃じゃない限り、完全に根絶やしにする事も出来ない。ここは
だから一撃必殺は出来ないのも分かってる。
うん。
…………。
……どこにヒントがあったんだよ!?
何なんだ、ヒントって。分からん、分からんぞ、分からな過ぎる。
「……っ! くっそ、全然減らない!!」
目の前では進撃してくるアンターの群れに小鳥遊が銃を乱射している。顔中に汗を掻き、余裕など欠片も無さそうだ。
早く楽にさせてやらないと……。
より一層、焦燥感が掻き立てられた時――苛立ちを隠せない小鳥遊がこんな事を言った。
「これが本当に十階層なの!?」
瞬間。
電光の如く、思考が頭を駆け巡った。
まだ浅い十階層。
アリの特性を丸々引き継いだ魔物。
群れ。
減らない。
火に弱い。
つまり――――?
「……これだ」
これしかない。
「小鳥遊」
「何……っですか!?」
「ここはまだ十階層だよな?」
「それが!?」
「奴らはアリの特性をそのまま引き継いでるんだよな?」
「ええ、そうです……ねっ!」
「奴らは、減ってないんだよな?」
「一体何が言いたいんですか!? こんな無駄話してる暇は無いんですよ!!」
「無駄じゃないさ」
俺は立ち上がり、小鳥遊の横に並ぶ。
「分かったんだ。奴らの決定的な弱点が」
「なっ……」
小鳥遊は思わず俺を見上げる。
「奴らを叩くなら、多分これしかないと思う」
「これしかないって……あれは倒せないんじゃ……」
「倒す必要は無い。群れ自体を、な」
それが、奴らの長所であって、弱点。
群れであるからこそ。
単体でないからこそ。
減らないからこそ。
第十階層であるからこそ。
「欠点とも、武器とも言える弱点だ」
確証は無い。
だが、確信できる。
「群れの『核』を叩く。協力してくれないか、小鳥遊」
アリに迫害されるなんて真っ平御免だ。
人間様の力を見せつけて。
奴らに自然界の上下関係っていうものを教えてやろう。
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