第一章・エピローグ とあるギルド職員の眼鏡によれば。 sideルカ


「…………」


 二人の召喚者の背中を見送った後、ルカ・アルカナは首を傾げていた。


「……何で振り返んなかっただろ。あたしがそういう雰囲気にさせちゃったかな……」


 二人が自分達の世界にどっぷり浸っていたのか、それとも人があまり居なかったからなのかは知らないが、取り敢えず周囲の痛々しい視線には気が付かなかった様である。あそこは無理にでも引き留めるべきだったか。


「……ま、いっか」


 言わぬが花という言葉もある。当人達がそれで良いなら、そのままにしておこう。


 この記憶はそっと胸の内だけに留めておく事に決め、ルカは自分の受付カウンターに戻る。


(……さ、仕事はこれからこれから。今日は召喚者の相手で手一杯かなぁ……)


 憂鬱ゆううつな気分を晴らす様に、ルカは椅子の背もたれに体重を預け、うーんと思い切り体を反らす。


 面倒臭い一日になりそうだ、と天井を見上げながら考えていると、不意に顎先から声が掛けられる。


「――すみません、ここを出発したいんですけど……」


 思っていた傍から早速だ。


 ルカは天井を仰いでいた頭を下げ、本日三人目の召喚者に応対しようとする。


「あっ、はい。じゃあステータスカー……ド……を……」


 ルカの言葉は頭を下げていくにつれて徐々に速度を失い、遂には顔面さえも固まった。


 彼女はてっきり召喚者が来たのだと思っていたのだが……。


 声の主はカウンターに肘をつき、ルカに冷ややかな視線を送っていた。



「朝早いのに、その勤勉な勤務態度には本当に脱帽ですよ、ルカさん」

「…………マ、マスター。今日はやけに早いね……」

「そこまで意外でも無いだろう。単にお前達と同じ予想をしていただけだ。……で、これがお望みのカードなんだが、どうした? 受け取らないのか?」


 声の主――マスターと呼ばれた女性は意地の悪い笑みを浮かべ、どこからともなく取り出した自身のステータスカードでペチペチとルカを叩く。


「ほらほらどうした? ギルド職員は全力でお客様のご期待に応える精神じゃなかったのか?」

「……あの、マスター、ごめんなさいです。別にサボってた訳じゃなくてですね……」

「へぇ、それが謝る奴の言葉かぁ。いやあがっかりだよ本当に。誠心誠意の謝罪なら土下座くらいはあるかと思ったんだがなぁ」

「大変申し訳ございませんでした」


 ルカは自主的に(半ば強制的に)ネズミの如き速さでカウンターの上で土下座を敢行した。人が少ない時間帯で良かったと、ルカは内心安堵する。昼頃だったら心が刺し傷だらけになっていたはずだ。


「よろしい」


 女性は満足そうに頷くと、ステータスカードを軽く振って霧散させる。


「……久々に土下座したけど、性格の悪さは相変わらずで」

「失礼な。私は単純にお前らが縮こまっているのを見るのが趣味なだけだ。個人の嗜好にまで口を出すんじゃない」

「それっぽく言ってるけど、結局はサディストだよね? ギルドマスターがそんなんで大丈夫なの?」


 そんなルカの言葉は華麗にスルーされ、ギルドマスターと呼ばれた妙齢の女性は手に持っていた帳簿の様な物を団扇うちわ替わりに扇ぎ始めた。


 一見すれば、彼女はさぞうら若き乙女に見えるだろうが、実年齢はとうに40を超している。どんな手段を使ったかは知らないが、20代の頃から彼女は外見が変わっていないのだ。


 ルカもマスターとの付き合いはそれなりに長いが、会う度にいつか詐欺で訴えられるんじゃないかと思う。


 マスターは隣の壁に寄りかかり、流し目でルカに、


「もう降りて良いぞ。心配しないでも大丈夫だ、たかだか体を伸ばすくらいで減給する程、私の器は小さくない」

「じゃ、じゃあ失礼して……うんしょっと」

「悪い、やっぱり減給する」

「!?」

「冗談だよ。……だから早く降りろ。何でもう一回カウンターに上がったんだ」

「け、経験からして、マスターは基本的に有言実行の人だから……」

「私は悪魔か何かか」


 全く、とマスターは短く嘆息すると、片手の帳簿をおもむろに開き、今し方二人の召喚者が出て行った扉を見つめた。


「……で、あれがお前が贔屓ひいきにしていた二人か。名前は?」

「オオカミ・コウキとタカナシ・カナタ。どっちかって言うと、贔屓にしてたのはコウキの方だけど」

「コウキ……ああ、あいつか」


 マスターはふと思い出した様に声を上げる。


「面識あるの?」

「いや、無いが、召喚者のリストを総ざらいしてる時にやたらステータス値が低い魔導士の奴が居たのが衝撃的でな、それでたまたま覚えていた。……それよりもどういう風の吹き回しだ? お前の眼鏡に敵う奴が居ると聞いたから期待していたんだが……これならもう一人の方がよっぽど有望じゃないか」


 マスターは帳簿にあった二人のステータス値を怪訝そうに見比べる。


 片や底辺ステータス、片やトップクラスステータス、比べるまでも無く両者の差は歴然だ。


 しかし、ルカは「甘い」と言いたげに指を左右に振る。


「違うんだなぁ、これが」

「……じゃあ何だ。伸びしろにでも期待するとか不確定な事を言うつもりか?」

「当たらずとも遠からず。ってかね、そもそも職業クラスが魔導士だって事から異常だと思わなきゃ」

「……確かにな」


 現実世界でのRPGゲームでは、魔導士及び魔法使いというのは平凡な職だろう。


 だが、この異世界での魔導士の事情は少し違う。


「一般論で考えてみ。魔導士が最高適性の人なんて超が付くくらいレアケースなんだよ? しかも彼の適性値は魔導士だけが群を抜いてて、他の適性値は0に等しかった。不自然にも程がない?」

「作為的にしか思えないが、召喚者だからの一言で済ませられる……か」


 そう。


 この世界では、魔導士になるという例が極めて少ない。


 全体の割合から見ても、ギルドに登録している全冒険者の内、魔導士は約0.1%。


 超レア職業クラスなのだ。


 しかし、かと言って、別に魔導士が最高適性の人間が居ない訳では無い。


 少し珍しいというだけだ。


 真に魔導士が少ない理由は他にある。


「……だとしたら、こいつには運が無かったとしか言いようが無いな。他の職業クラスの適性値が一つでも高ければ、わざわざ魔導士という死路しろを選ばなくて済んだものの」

「死亡率94%……まさしく茨の道って言うに相応しいね」

「それじゃあまだ軽いな、あれは地獄の道と言った方が正しい。それも死に急ぎ野郎だけが通る、な」


 魔導士が他に比べて圧倒的に少ない理由。


 それは『死亡率の異常な高さ』。


 つまり、魔導士になるという事は自殺志願者、もしくはトチ狂った刺激欲求者スリラーに見られても仕方がないのだ。


「魔導士は基本的に魔法に関する以外の全てを捨てていると言っても過言ではないからな……魔物の物理攻撃に殺られるのは不思議じゃない。最近じゃ、ベテランの魔導士が雑魚魔物にあっさり殺されたなんて事例も上がってきた始末だ」

「敵に物理攻撃で狙われたら死は確定、なんて今の魔導士の間じゃ言われてるっぽいよ。魔法なら全然余裕だろうけど、魔法を使える程の知能がある魔物はそんなに多い訳じゃないし。新米は幾ら適性高くても避けるのが基本だよねー」

「なったとしても必然的にサポート要員だな。実際、サポート特化の魔導士がギルド登録者の中でもほとんどらしい」

「でも、それじゃより敵さんの注目を集めるだけで、結局死亡率が高くなっちゃうんだよなぁ。……古い古い魔法使いさん達なら、番人クラスの魔物を相手取るなんて朝飯前だったろうに」


 大して強くもない割に死亡率だけは高い。


 サポート要員だとしても、敵の恰好の的となるだけ。


 そんなメリットが無い職業クラスに誰もならないのは当然だ。



 ここで少し話は変わるが――。



 では、何故?




 魔法の使い手がごく少数なのにも拘わらず、魔法を利用した道具が普通に使われているのだろうか?




 マジックポーチも元は収納魔法というれっきとした魔法が元となっている。


 しかし、魔法というものは使用者の魔力を消費して、初めてその恩恵を生物は受けられるのだ。


 それが独立して機能する。


 魔法の担い手が少なければ、そんな技術は普及しようが無い。


 創れるはずが無いのだ。



 

 だが、答えは意外と簡単だ。


 トーマス・エジソンしかり、アルフレッド・ノーベル然り、ライト兄弟然り。


 彼らも何も無い所から何かを生み出した。


 それと同じで。


 遥か昔の先人達が創り出した――それだけの事。



 大昔は魔導士の数が多かったとか、そういうのは無い。


 状況は今と変わっちゃいない。



 ただし、たった数人――10人にも満たなかったが、とある魔導士達が今の魔道具、ひいては世界のシステムを構築した。


 いや、のだ。



「……お前、こんな冴えないのが『神に近付き過ぎた者達ウィッチーズ』に匹敵すると言うのか?」

「彼自身、『神に近付き過ぎた者達ウィッチーズ』と共通する点が幾つかある。でも現段階じゃ、あくまで『かもしれない』、としか言えないね」

「……『神に近付き過ぎた者達ウィッチーズ』は世間じゃ崇められてるが、私には狂人の集まりにしか思えん。魔導士のクセに、奴らは力と才を備え過ぎている。『竜殺し』、『生ける災害』、『虐殺機関』……奴らの偉業でどれだけ墓標が増えたと思っているんだ。お前はその卵を野放しにしておくつもりなのか?」


 きっ、と細められたマスターの目には軽蔑の念が、口調にはいつの間にか怒気がこもっていた。


 先程の静かな雰囲気は消え、彼女の周囲の空気は、数多の戦場を乗り越えてきた戦士のそれと同質だった。


 常人が付近に居れば肌は泡立ち、呼吸は長距離を走ってきたかのように荒くなり、その身を動かす鼓動は不規則に揺れていたであろう。


 しかし、ルカは全く臆する事なく、普段通りの淡々とした様子で、それでいてどこか楽し気に舌を回す。


「あたしは可能性を述べたまでだよ。彼が楽園と希望の卵になるのか、はたまた地獄と絶望の卵になるのかは、彼を取り巻く環境次第だろうさ」



 くつくつと、ルカは心底愉快そうに喉の奥を鳴らし、顔を恍惚こうこつに歪ませる。


「楽しみだねぇ……こんなにも胸が躍るのはいつ振りかなぁ……」

「……13年しか生きていない小娘が何を言う」

「おっと……そうだった。くっ……あはは」


 その表情にマスターは全身にぞわっと悪寒が奔るのを覚えた。


 だが皮肉にも、この時のルカの笑顔は年相応のものであった。

 

 まるでご褒美に何を買ってもらおうかという、そんな笑顔。


 その顔は、コウキ達に見せていた、のほほんとした穏やかなものとは違っていて。


 そこにルカ・アルカナという少女の面影は無かった。




「お兄さん、楽しみにしてるよ……。君がこの世界に、どんな風に揉まれて、どんな風に育てられるのかを……さ」




 窓から朝日が眩しく射し込んできたギルドに、少女の不気味な笑い声が響く。


 女性はそんな中、ただ恐怖に泡立つ二の腕をさする事しか出来なかった。


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