第2話 召喚されました(犠牲を伴って)。


 ――視界を埋め尽くすのは暗闇だった。



 それを認識して、俺の意識は完全に覚醒する。


 背中の感触から、俺は仰向けになっているらしい。ひとまず、俺は手探りで周囲をベタベタ触ってみて、何も無い事を確認してから起き上がる。


 さて、俺はどうなったんだろうか。


 というか、現在進行形でどうなっているんだろうか。


 急に幾何学模様が輝きを増した所までは覚えている。


 けど、そこから意識がホワイトアウトして……気が付けばここに寝そべっていたという訳だ。俺が辛うじて覚えているのはそれだけ。


 さて、普段の俺ならこの状況をどう捉えようか。


 現実的に考えて、ここまでが壮大なドッキリ企画じゃないのか?


『検証! 聖地で異世界召喚の魔法陣が発動したら、オタク共はどうするのか!?』的な。それであそこまで演出した訳だ。こんな部屋まで用意しているとは、なかなか気合が入っている。うん、そうか、そういう事か。これで全てが解決――、



 ――俺はだいぶ混乱している様だ。


 何だよ、壮大なドッキリって。アホか俺。第一、そんな事したんなら犯罪だよ。そうまでして俺らを拉致らちった意味が何処どこにある?



 本当は俺だって今起こっている事実を受け入れたい。自分が憧れていた事だし、それを理解してあの幾何学模様の中に居たのだから。


 いや、あるいはとっくに受け入れているのかもしれない。


 ただ、それを裏付ける決定的な証拠がこの暗闇には無いだけで。


 恐らく、妄想が現実へと置き換わる瞬間の喜び――それを存分に味わいたい。


 その欲求のために、俺は『この状況で考えられる現実』を――ぶっちゃけ心にもない事を――頭の中に並べては否定していた。



 それを続ける事、体感3分。周囲からちらほらと呻き声が上がり始めた頃――遂にその時は来た。



 ギギギ……と、重苦しい扉が開く様な音がゆっくりと響く。真っ暗闇に一筋の光が射し、それは段々と明るさと太さを増していく。


 やがて扉が完全に開け放たれた時、そこから続く光の道に一つの人影を見た。


「……大きな音がしたから何事かと思って来てみれば……これは、たまげたねぇ」


 人影はまだ12歳くらいの少女だった。外見の割には年老いた様な口調で、少女は驚嘆の声を漏らす。


 少女が虚空を掴む様な仕草をすると――何も無かった空間から一冊の小冊子の様な物が出現し、すとんと少女の手に収まる。


「さぁて、この場合はどうすれば、と……」

 

 少女はぱらぱらと冊子をめくっていき、あるページで苦笑いを浮かべた。

 

「……探せばこういう時の対処って載ってるもんだね。すっかり形だけになったギルドの手引書にも書いてあるんだから、昔のお上は下らない迷信を信じてたと思ってたけど……案外、馬鹿に出来なさそうだね。そう思わないかい? お兄さん方」


 そう言って、少女は未だ状況をよく飲み込めていない俺達の中の誰かに向かって悪戯いたずらっぽくウインクする。


 ……ヤバい、今ので俺の童貞力が危うく爆発しかけたぞ。いかん、気を確かに持て、俺よ。別に俺はロリコンでも何でもないただのノーマルな成人男性だ。幼女に欲情するのは世間的にアカン事は承知しているだろう。


 ……そう自分に言い聞かせている間に、何人かが後ろでバタバタと倒れた様な音がしていたが、気のせいという事にしておいた。後ろを振り向いたら、「赤信号、皆で渡れば怖くない」精神で自分も倒れてしまいそうだったから。


「そんじゃま……手引書通りにやりますか」


 少女が冊子を閉じると同時、手にしていたそれは跡形も無く霧散し、消える。


 まさに『魔法』としか形容できない現象を再度目撃した俺は、つらつらと並べた有りもしない現実を完全否定し、やっとの事で『自分が望んだ可能性』を肯定した。


 少女は襟元を正すと、まるで客人をもてなすかの様にうやうやしく頭を下げて、こう告げる。


「お客人方、ようこそ『我らの世界』へ。……おっと、あなた方の世界では『異世界』――そう言うのでしたね」


 少女はクスクスと笑いながら、顔を上げる。


「まずは突然の召喚に深くお詫び申し上げます――と言いたい所なのですが、恐らくあなた方はあの魔法陣の意味を理解されてここに居られるのでしょう? 周囲の人間達の様に逃げる事も無く、むしろ嬉々として魔法陣に踏み入ったのではありませんか?」


 俺を含めて異を唱える者は誰も居ない。事実、少女の述べている事は正確に的を射ていた。


「ま、そうでない方ももちろん居られるでしょうが、それは仕方ないとしか言えませんね。帰りたいのであれば、手段は主に一つしかありません」


 少女は口元に人差し指を当て、子供とは思えない妖艶な雰囲気をかもし出しながら言う。




「――この世界に迫っている危機に立ち向かって頂く事。それが、こちらから提示できる方法です」




 ――そんなテンプレ理由に、俺以外のオタク共は歓喜の雄叫びを上げた。



「「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」」


「うおっ!?」



 空間に音が反響し、空気は震え、ずっしりとした重量を伴って、俺の内臓を携帯みたくバイブさせる。


「「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」」


 まだ雄叫びは止む気配を見せない。それどころかオタ芸を踊り出す奴までが居る始末。


 この状況を作り出した少女も、笑顔を引きつらせてドン引きしていた。扉を閉じかけてすらいた。


 俺も少女程では無いが軽く引いていた。あれらと自分が同類だと思うと、なんか恥ずかしい。


「ん……う、うるさっ」


 と、そんなオタク空間で、微かに声がする。


 聞き馴染みのある声だ。


 この声は――、


「うわ、眩し……」

「……小鳥遊たかなし、居たのか……」

「はあ……って先輩、これ、どういう状況ですか……?」


 光の道を挟んだ先に居たのは、やっと気が付いたらしい、寝ぼけ眼の小鳥遊だった。どうやら一緒に召喚させられた様だ。まあ、召喚の直前まで俺の傍(そば)に居たんだから当然っちゃ当然なんだが。


「何です、あの集団……なんか踊ってる人も居るんですけど……」


 小鳥遊は発狂オタク共によるうおおおおおの大合唱に引き気味だった。いや、誰だって初見なら確実に引くだろうから、この反応は正解と言える。


 取り敢えず、俺はここまでの経緯を説明してやる事にする。


「小鳥遊、俺の予想通りの展開だ」

「はあ……何がです?」

「どうやら俺達は異世界に召喚されたらしい。この集団はそれに歓喜した奴ら」

「うん……うん? えっ、はっ?」

「じゃ、もう一回言ってやる。良く聞け、俺達は――」

「ぶふふぉっ!!?」


 俺が異世界、と言いかけた途端、小鳥遊は普段なら想像もつかない程の勢いで盛大に噴き出した。


 腹を抱えて笑いをこらえる小鳥遊に、俺は心配になって近付こうとする。


「お、おい、小鳥遊どうした? 召喚された時に頭でも打ったのか?」

「ぶ、ふっ!! ちょっ、先輩、こっち来ないで下さい……!!」

「えっ、なんで?」

「良いから……!!」

「っごっふ!! ……あっ、あっはははははは!! 傑作、傑作過ぎるよお兄さん! ふあっはっはははははっ!!」


 俺が光に照らされると、何故か小鳥遊だけでなく少女まで涙を浮かべて笑い出す。それどころか、いつの間にかオタク達も雄叫びを止め、クスクスと笑う声が聞こえていた。


 俺が何かしたのか? いや、でも俺がした事なんて精々明かりの下に出て来ただけだし……。


 心当たりが無かった俺だが――ふと、自分の体に違和感を感じた。


 確か、俺が召喚前に着ていたのはスーツだ。しかし、今はなんかこう……立ち上がって気付いたのだが、股の辺りが妙にスース―する。


 ……あれ、俺もしかして全裸か?


 恐る恐る、視線を下に落とす。


 すると飛び込んできたのは汚いおっさんの体――ならまだマシだったかもしれない。


 俺が身に着けていたのは『女物のスカート』だった。


 それだけじゃない。目線を徐々に上にやっていくと、服にはやたらとふわふわしたフリルが全体的に付いており、胸にはどでかいリボン、黒を基調としたコスプレみたいな衣装。


 俺も何度か見た事があるこの衣装はゴシックロリータ――いわゆる、ゴスロリという代物だった。


 原宿とかに居るバイブス上げめな女子ならまだしも、30目前のおっさんが着ればただの変態である。


「なん――っじゃあこりゃあああああ!?」

「うははははは!!!! ウケる、超ウケるわお兄さん!!」

「あはっはははははははは!!!! せ、先輩、女装癖があったんですか!? あはははは!!」

「んな性癖持ってる訳無いだろ!! ちょっ、これ本当に何でだよ、俺スーツ着てたよね!?」


 暗闇の空間は大爆笑の渦となる。近くに居る二人に至っては床を叩いてすらいる。


 人の気も知らないで笑うこいつらには後で一人ずつ鉄拳制裁でも喰らわせてやる事にして。


 本当に何がなんだか分からない。自分で着替えた覚えも無いし、恐らく俺達の世界の物を異世界に持ち込めないとかの理由で適当に服を合わせられたんだろう。それにしたってこのチョイスは非常に頂けないが。


「ぷ……くっ……!」

「どんだけ笑うんだお前。そろそろキレても良いんだぞ俺は」

「す、すみません……! ごふっ……!」

「後で覚えとけ」


 そう言ってみたが、小鳥遊の笑いは一向に収まる気配が無い。


 流石の俺だって怒る時は怒るし、イラつく時はイラつく。隣で大笑いしている幼女もそれは一緒だったが、そこは大人として容認した。


 取り敢えず先にこいつに拳骨(げんこつ)を味わって貰おうと、俺が大きく振りかぶった時――。



 

「………………………………………………………………………………………………」




 俺は絶句し、右手を振りかざしたまま固まった。


「はは………はぁ、笑った笑った……って、先輩?」


 笑いから解放されたらしい小鳥遊が、右手を掲げて石の様に固まっている俺に首を傾げる。


 現在、小鳥遊は扉からの光に頭だけ出している状態であり、体だけは暗闇に紛れている。しかし、目を凝らせば光源が近いためうっすらと視認する事が出来る。


 俺は別に見ようと思って見た訳じゃない。ただ目に入ってしまっただけだ。


 俺はあくまで表面上冷静になろうと努めるが、心臓はバックバクだった。


 俺は小鳥遊に報復の意味も込めてこう言う。


「……小鳥遊、お前、俺、笑えない」

「? どうして急にそんな片言に……」

「小鳥遊」








「お前、そんな布切れ一枚の恰好で俺の事は笑えんよ」







「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」







 静寂が流れる。



 小鳥遊は無言で一旦暗闇の中に引っ込み、もぞもぞごそごそと何かやった後。





「――――先に言いやがれクソ野郎が!!!!」

「はぐほぉ!!?」


 ――闇から駆けて出て来た、一枚だけのペラペラの布をタオルの様に巻いた小鳥遊の助走の威力を乗せた完璧な飛び膝蹴りが、俺の鼻っ面に綺麗に入った。


 俺は慣性の法則に従い、後頭部を思いっ切り床に強打する。



 ――ああ、こんな事になるなら言わない方が良かったかも。


 知らぬが仏とはこの事だ。


 けど、それに見合うお代はきっちりと頂戴した。


 ぶっちゃけ暗闇で輪郭りんかくぐらいしか見えてなかったが、小鳥遊は――全体的にスレンダーだが、かなり


 きっとハーレム系主人公は痛みを対価にラッキースケベを繰り返せるんだなあ………という事を身をもって実感しながら。


 俺は異世界に召喚されて早々、またもや気絶した。

 

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