03

 冒険者の朝は早い。夜寝るのが早いからだ。

 一班二時間の見張りは特に問題もなく終わる。最後の見張りだったクロとシュウトに起こされたメンバーは野営の後始末や食事などを済ませて隊列を組む。ジュリーが扉を開けると冒険者たちは通路の先へと進み出した。

 殿しんがりのコーが前を行くレイナに声をかけた。


「なぁ。昨日見張りの時、何を話してたんだ?」


「え?」


 振り向くレイナの頬がわずかに赤くなるのを隣を歩いていたゼンが見とめる。誰にも気づかれていないようだったが、先頭を歩くヒビキの耳も真っ赤になっていた。


「ど、どうして?」


 心の動揺が言動に繋がっているのだが、朴念仁の多いパーティでそれに気づける男どもはいないようだ。


「どうしてって、なんか様子が変だったというか何というか……」


 見張りの交代の際、コーはレイナに起こされた。その際の挙動が何となく不自然に感じたのだ。どこがどうとは言えない辺り人気俳優といえど恋愛経験の乏しさゆえにその原因に見当をつけられないようだ。

 ところが同じ、いや、彼以上にそっち方面に疎いだろうゼンが期せずして核心に迫る疑問を口にする。


「そういえば、コーさんを起こすのがレイナちゃんというのも不思議ですね」


 その質問は人生経験の豊富なクロに明確に理由を判らせた。彼はニヤニヤと笑い出すと、前を行くヒビキに対して意地悪く質問する。


「そうだな。普段ならヒビキがコーを蹴飛ばして起こすんじゃないか?」


「ク、クロさん!」


「そういえばそうだなぁ。まぁそういう意味でレイナちゃんに起こしてもらってありがたかったわけだけど」


「コー」


 ヒビキがどすの利いた声で語尾を上げるように彼の名を呼び、コーが思わず肩をすくめる。


「おお、怖い怖い」


 通路の途中で扉を見つけるが、サスケの発案で地図の作成を優先する。朝一番で体が温まっていないうちに戦闘になることを避けるためだ。通路地図を完成させることになったためゼンはこの時間を利用して昨日のロボットを調べた結果を報告することにした。

 ロボットが一般市場に流通されていないパーツが多く、ジュリーの発見したパーツから某国の軍事技術をベースにカスタムスクラッチされたものだろうということ。弱点になる部分をあえて組み込んでありプログラムがミクロンダンジョンというゲーム用にチューンされていなければ勝てたかどうか怪しいことなどを出来る限り平易な言葉(と、本人は思っている)で説明した。


「つまり、動く鎧リビングアーマーは本当ならもっとずっと強かったってことか?」


「ああ、パーツ強度だけ見ても戦闘で破壊するのは並大抵の攻撃じゃ難しかったと思う」


 先頭を歩くジュリーが後ろを振り向かずにコーに答える。


「構成パーツの八割が一般市場に流通していないものだったことも踏まえればもっと滑らかで俊敏に動かせたはずだ」


「あれよりもか!? あれ相当なものだったぞ」


「私もミクロンダンジョンで今まで見てきたロボットの中ではトップクラスの動きだったと思いますよ。市場で手に入るカスタムパーツで作られていたのであれば間違いなくベストチューンと称賛します」


「含みがあるな」


「ええ、軍事目的のロボットパーツであの程度じゃ、三流技術です」


「確かに俺たちが攻撃入れられるようじゃ、戦場で使えないよな」


 この一年、毎日欠かさず剣を振り続けてきた成果は確実にある。実戦経験も積んできた。そこには確かに自負がある。しかし、ジュリーはそれで歴戦の戦士でございと自惚れられるほど実力を過信してはいない。今この九人の冒険者の中でいえば戦闘能力を度外視しているゼンと戦闘力を護身に振ってるサスケの次であり、他の連中と比べ大きく劣っている。街での評価だっておそらく上位の戦力とはみなされないだろう。そんな彼の攻撃が曲がりなりにも決まるようでは戦闘ロボット失格ではないか。そう評価しているのだ。


「以前も話したと思いますが、この世界の設計者はゲーム世界であるという設計思想でダンジョンもモンスターも作っています。RPGらしくレベルという概念で配置するモンスターの強さを調整しているのも見て取れます。そこに何の意図が、どんな目的があるのかは知りませんが、多分その謎を解き明かすのが我々の使命です」


 行ける範囲の通路を地図に書き込んだ冒険者は、二日目の冒険を本格的に始める。最初に開けた部屋は例によって怪物がひしめいていた。みんな昨日より全体として体が重かったが、だからと言って遅れを取るほどのものではない。しかし、安全のため戦闘後の休憩を長めに取ることを取り決める。

 二つ目の扉の中は独房のような場所だった。便所があり水瓶が置かれ、藁の上に麻のシーツをかけられた寝床がある。


「……」


「……」


 レイナとヒビキが顔を見合わせ何か言いたそうにしているのに気がついたロムはトイレ休憩を提案し、順番に部屋で用を足すことになった。最初にヒビキが、次にレイナが用を足し、コーが入ろうとしたところでヒビキに止められる。


「なんだよ?」


「エチケットでしょ」


「なんのエチケットだよ?」


「そんなだからモテないんだよ」


「ウッセェな、何が問題なんだよ」


「ここで言わせる気?」


「言わなきゃ判んねぇだろ」


 そのやりとりを顔を赤くしてうつむきながら聞いているレイナの横でロムが頭を掻く。

ジュリーがレイナのそばに寄ってきて話しかけようとしたところでロムが声を掛ける。


「ジュリー、先に入りなよ。コーはまだ時間かかりそうだから」


「ん? ああ、じゃあそうするか」


 と、ジュリーがあっさり中へ入るのを見てまたコーがヒビキに文句を言いだす。


「ホラ見ろ、ジュリーが入っちまったじゃねぇか。あいつは良くてオレはダメなのかよ」


「……ロムを見習え!」


「なんでそこでロムが出てくんだ!」


 二人がそんな痴話喧嘩をしている間にジュリーが出てきてサスケに耳打ちをする。サスケは頷いて部屋に入っていった。


「何かあったのですか?」


「ああ、まぁ……勘、かな?」


 ジュリーとゼンの会話に注意を払いつつサスケを待っていたロムは、出てきたサスケの覆面越しの表情からジュリーの勘が正しかったことを知る。

 入ろうとするコーを止めてサスケは言った。


「恥ずかしかろうがもう一人誰かと入るべきでござる」


「なんでだよ?」


「部屋に仕掛けがござった」


 それで一気に緊張感がパーティに走る。


「最初によく調べておくべきでござった」


 と、言いながら地図を開く。第二階層は地面を掘って作られたダンジョンらしく、壁の向こうにダンジョン空間が存在していることの少ない構造をしていて、そこに何が仕掛けられていてもおかしくない。しかし、これまでこれと言って何も仕掛けられていなかったため、彼らの注意力が少し散漫になっていたのかもしれない。サスケが言うには壁の一部が開く仕掛けがなされていると言う。一種のトラップだが、発動条件が判らない。

「条件次第ではこのまま何も起こらない可能性は十分あるでござる。仕掛け自体が見せかけダミーという可能性もござる。


「なぜダミーなんか仕掛ける?」


「我々を精神的に追い詰めるためとか?」


「なるほど」


「気づいてしまった以上注意を払わないわけにも行きません」


「気づかなきゃよかったってことか?」


 シュウトの咎めるような物言いに少し顔をしかめたジュリーを視界の端に捉えつつ、ロムが反論する。


「気づかずトラップに引っかかる方がマズイだろ」


 それに対してシュウトは攻撃的な気配を向けてくる。ロムの方はそれを涼しく受け流すのでシュウトの気が殺気を孕む。


 「と、とにかく」と、シュウトが殺気をまとったのを感じ取ったゼンが割って入る。


「一人で用を足すのは不測の事態に対応できない可能性があるので必ず誰かと入ってください」


 しばしの沈黙があってシュウトはようやく舌打ちで殺気を消した。しかし、殺気がなくなっただけでロムに向ける怒気のような気配は消えていない。コーは大きくため息をついてロムの背中を軽く叩く。


「仕方ない。オレは小便だけだからそばに誰かいたって構わないさ。ロム行こう」


 そうして二人は連れ立って部屋の中へ入っていった。

 部屋の中に入ると、ロムとコーはサスケが地図上で示した壁を丁寧に観察する。なるほど何かが仕掛けられているとみられる壁の細工跡があった。


「用を足している間もう一人はこの壁に注意していればいいわけだな」


「ですね」


 顔を見合わせた二人は無言のまま互いに小さく微笑むと声を揃えてジャンケンを始める。勝ったコーが小用を足しながらロムに話しかけてくる。


「気をつけろよ」


「シュウトですか?」


「ああ、怪物にやられる前に仲間から寝首を掻かれるとか洒落にならねぇ」


「確かに……でも、いずれ避けて通れないんじゃないかなぁ……と」


「だろうな」


「でも、俺何かしましたかね?」


「したね」


「何を?」


 二人は話しながら交代する。


「恋の邪魔」


「…………」


 コーは意外と饒舌だった。


「シュウトはレイナちゃんが好きだ。でもレイナちゃんはシュウトに興味はない。好きでも嫌いでもない、興味がないってのは最悪の状態だ。その上レイナちゃんはお前のことが好きだ」


「その分析力、自分のために使えませんか?」


 苦笑しながらロムは言う。


「は?」


「ほら」


「なんだよ」


「コーさんはヒビキさんの事どう思ってんです?」


「え?」


「ま、好きなんでしょうけどね」


「ちょっ……」


「ヒビキさんも好きですよ、コーさんの事」


「まさか」


「ほらほら」


 用を足しおえたロムは棍を細工された壁に向かって構える。慌ててコーが横に並ぶ。


「ちゃっちゃと告ってみませんか?」


「なんで?」


「ダンジョンアタックに集中するためですよ」


「……で、何する気だよ?」


「いつ作動するかわからない罠に神経擦り減らすくらいならこっちから仕掛けて罠を破ろうかと」


「なるほど、オレ好みの作戦だ」


 そういったコーの表情がきりりと引き締まる。先ほどまでのふわふわした様子は微塵もない。これなら何があっても最善の対処ができるだろう。

 互いの視線が交差し壁に向き直ると、ロムは棍の突きを繰り出す。それは稽古のように一つ一つの動作を確かめるような正確さと強さを持って繰り出され続けた。何度目の突きが壁に穿たれた時か、それまでと全く違う音と手応えを感じ、ロムは引き戻した棍を構えたまま鋭く壁を見据えた。それは隣で集中していたコーにも判ったほどの違いだった。

 仕掛けは確かに壊された。レンガで積まれたその壁はガラガラと崩れ、中から培養液が抜かれつつある円筒形のガラス容器が、その中の異形の生命体が姿を現した。

 大きな角を持った牛の頭を持つ人型の怪物。いや、牛を人型にしたような怪物だ。


「こいつの名前なら知ってるぞ、ミノタウロスだ」


 そう呟いたコーの声ははっきり上ずっていた。無理もない。ミノタウロスはサイクロプスより大きく、目測で二メートル(実測二十センチ)はあった。腕は太く胸板は厚い。広背筋は正面から確認できるほど発達している。そんな上半身とは逆に下半身はしなやかそうな獣の脚だった。覚醒用の薬物が注入され、体が大きく跳ねる。目を見開いたミノタウロスが猛牛のように吠えると開き始めたガラス容器を内側から叩き壊し、のそりとこちらへ出てきた。

 雄叫びを聞きつけた仲間が部屋に入ってくると、彼らは一様にミノタウロスに瞠目する。

 壁の向こうから部屋へと入ってきたミノタウロスは鼻息も荒く冒険者たちを見回すとダッと駆け出し、ジュリーに体当たりをかます。その俊敏さに身構える以上のことが許されなかったジュリーはその強烈な衝撃に失神してしまう。


「お兄ちゃん!」


「コー、レイナ。入り口付近でゼンを守れ!」


 クロの指示で三人は素早く動く。その間にサスケがロムに守られるようにジュリーに近づき、手早く診断する。幸いと言えるのか、ジュリーに大きな外傷は見られない。鎧が彼を守ってくれたようだ。


脳震盪のうしんとうでござろう。運び出したいところだが、ダメージが判らないので不用意に動かしたくないでござる」


 ロムは牽制のために棍を振って威嚇しているヒビキと星球式槌矛モーニングスターを振り回しているシュウトを見やる。あの強く殺気を放っているミノタウロスに一人で挑むのは無謀だ。しかし、二人の武器は、特にモーニングスターはうまく連携しないと味方にダメージを与えかねない。今はまだ互いに牽制している段階だが、ミノタウロスの方にイラつきが見られる。人間同士の戦いなら好都合とほくそ笑むところだが戦闘力の計り知れない怪物相手に楽観はできない。ジュリーを一撃で倒した突進力も侮れない。ロムなら避けられないものではないが、狭い空間では逃げられない状況にならないとも限らないからだ。


 どう攻略するのがいいか?


 それはクロもヒビキも考えていたことだった。しかし、結論が出る前にミノタウロスが行動を起こす。頭を低く下げるとシュウトに突進した。頭を下げた時の向きで自分に来ると直感したシュウトは、横にステップしながら頭めがけてモーニングスターを振り下ろす。星球がミノタウロスの背中に直撃すると、怪物はり吠える。しかし、分厚い筋肉は鎧の役目を果たしたようでいつものように一撃必殺とはいかなかった。そして、半端な攻撃によってミノタウロスの怒りに火がついた。彼は、東京のダンジョン以来の戦慄を覚える事になる。命の危険を強く感じたのだ。

 攻撃を受けたミノタウロスは暴れ牛のようにシュウトだけを執拗に狙い突撃を繰り返す。シュウトは煩わしさからあまり体を防具で覆っていない。申し訳程度で胸にプロテクター、腕のガードと脛当てをつけている程度。全身を覆っているジュリーと違って直撃など受けるわけにはいかない。威嚇に声を上げてモーニングスターを振り回すが怒りに任せて突進してくるミノタウロスはそれらに構う様子がない。滅茶苦茶に振り回されるモーニングスターは何度もヒットしているが、力の乗らない攻撃ではミノタウロスが止まらない。恐怖がシュウトの体を強張らせ、反応が少しずつ遅れてくる。完全に避けたつもりが避けきれず、肩がぶつかり、足が引っかかる。

 足がもつれて倒れ込んだシュウトに狙いを定めてミノタウロスが立ち止まった時、その左右から喉元めがけて槍と棍が突き出された。それはどちらも確実に喉を捉え、気道を潰す。

 ミノタウロスが天を仰いで声にならない絶叫をあげる。そこにクロが飛び込んできて体重を乗せた斬撃を頸動脈があると思われる場所に繰り出す。その両手には確かな手応えが伝わってきた。わずかな間がありミノタウロスの首から血が噴き上がる。

 血を出し尽くしたミノタウロスが自身の血だまりに沈んだ後、ジュリーがようやく目を覚ました。


「オレは?」


「大丈夫ですか? ミノタウロスの体当たりをモロに食らって脳震盪を起こしていたようです」


「ああ、思い出した」


 その後ヒビキとレイナがジュリーの状態を確かめ、コーがシュウトの手当てをしている間にゼンを中心に壁の向こうの施設を調べることになった。


 そこは一言で言えば自動化された研究施設ラボであった。制御用の機械は外部と繋がっていてそこで操作されていたのだろう。ボタンやスイッチなど入力装置は一切見当たらない。代わりにゲーム的な意匠としてそれっぽいデザインのコンピューターがいくつかのパネルとランプでミノタウロスの生命バイタル兆候サインを表示していたようである。

 そのセット然とした外装を剥がしてみると、おなじみの基盤と配線が現れる。


「ジュリーに確認を取るまでもなく、基本的なコンピューターでござる」


「確かにうちのパソコンを開けても大差なさそうですね」


「でも、こっちはパソコンにはないないでしょ」

 と、ロムが指差したのは培養液や覚醒用の薬液を注入排出する機械などだった。こういった特殊用途の機械は需要が少なく受注生産や特注であることが多い。


「とは言え、ここから判ることなんてほとんどありませんけどね」


 組成などを調べることが出来れはあるいは出所を特定できる可能性もあるだろう。しかし、ここにはそんなものを調べられる装置があるわけもなく、外見から得られる情報などほとんどない。


「お手上げでしょうか」


「そんなことはないぜ」


 と、ジュリーがラボに入ってくる。


「特殊な装置には案外特徴があるもんなんだ」


 言いながら人差し指で配管などを撫でていく。


「軍事チップと違ってこの装置はあっちの国の技術だな。あそこは自国技術にこだわる傾向があるから特徴が顕著だ」


「しかし、あの国は日本とは仲が良くないですよね」


「公式のチャンネルは関係ないだろ。どのみち非合法活動だぞ、これは」


「それもそうですね」


 ゼンはいつもの仕草で思考の海に沈みかける。


「そろそろいいか」


 そこにクロが声をかける。


「よくはないんだけどな」


 と、ヒビキがいう。


「オレなら大丈夫だ」


「大丈夫なわけないだろ。医者に見せたら最低二週間は安静にしろって言われるんだ。環境が許さないから仕方ないけど、戦闘は禁止だ」


「じゃあ、隊列を組み直さなければいけませんね」


「ああ、シュウトも先頭には回せないか……」


 クロはメンバーの顔を見回して眉間にしわを寄せる。

 戦闘力のほとんどないゼンと地図作成マッピングを担っているサスケを移動させるわけにはいかない。怪我人をフォローしつつ戦うにはどういう隊列がいいのか?


「ロム」


「はい?」


殿しんがり、一人で出来そうか?」


「……まぁ、この階層で背後から襲われる可能性はほとんどありませんし、なんとかなるんじゃないですかね?」


 実際、ほとんど一本道であるこの第二階層では一度も背後から襲われたことがない。


「なら、先頭はコーとヒビキ。次がオレ。三列目にシュウト、サスケ。四列目にジュリー、レイナ。その後ろにゼン、最後がロムの順で行こう。通路で襲われることは少ないと思うが先頭はオレを含めた三人でローテーションすることで少しでも負担を減らそう。部屋に入っての戦闘は今まで通り全員で対処する」


「ジュリーはダメだからな」


 と、ヒビキが念を押すと彼は不満を態度で示すが抗議はしなかった。

 通路は単調に敵が配置されている部屋と部屋を繋いでいるだけであり、その敵はレベルを落としているのかコボルドやオークが配置されているだけという部屋を三つ通過して、それまでの扉と外装の違う扉の前に辿り着いた。

 扉はそれまでの無骨な、間仕切りとしての機能以上ではない扉と違ってゴシック様式の装飾オーナメントが施された金属扉であり、ドアノブには獅子があしらわれている。

 サスケが扉を調べるが特に罠らしきものはなく、慣れた手つきで手早く解錠するとクロが扉を開く。

 部屋の中に飛び込みかけたクロは危うく大鉈に胴を斬られそうになった。


「これは……」


「映画で手に汗握る見せ場になっているアレですね」


 扉の向こうは部屋というには細長い空間で、幅の広い通路のようだった。床は白黒の大理石でモザイク模様。入口から三振みふりの大鉈が規則正しく振るわれている。その奥には何もない空間が七メートルほど続き、開かれた扉がある。


「……鉈はともかくその先に何が仕掛けられているかが問題だな」


 誰もが唾を飲み込む。ロムは大きく深呼吸すると前に出た。


「俺から行きますね」


「ロム」


「多分、俺が一番消耗してないと思うんですよ」


 ミノタウロス戦以降、先頭を担い続けている三人や怪我の程度が他より重いシュウトとジュリーより危機対応に余裕がある。という主張だ。


「……判った。任せたぞ」


「じゃ」


 ロムは近所にでも出かけるような気安さで片手を挙げると、ゼンからランタンを受け取りするすると大鉈三本を掻い潜っていく。

 たまたま黒いタイルに立っていたロムは、周りの白いタイルを棍で突いていく。一枚が目測半畳ほどの大理石の硬質な音が響くだけで特に変化はない。それを確かめたロムは左右に安全圏を広げていく。奥行きでタイル三枚分の安全を確かめると、さらに奥へと探索範囲を広げていく。白いタイルを調べるときは黒いタイルの上に。黒いタイルを調べるときは白いタイルの上に移動する念の入れようだ。結果、二枚の黒タイルで発動した全ての黒タイルが蓋のように底抜ける罠をかわす事が出来た。

 そんな神経のすり減る前進を三メートルほど行くと、今度は正面の壁から仕込みの矢が飛んできたが、これを難なくかわすと壁横から槍が繰り出される罠が待ち受ける。ロムは一番手前の槍を壁の仕掛けから壊し抜き、その先の槍を間引くように壊して進み扉の向こうに辿り着く。

 天を仰いでフゥと大きく息をついたロムが振り返り、親指を突き立てサムズアッブしてみせる。

 クロが続きコー、シュウト、サスケ、ジュリーの順で進んでいく。最難関と思われた横槍はロムが間引いてくれたおかげでだいぶ楽にかわす事が出来た。


「ゼン行くよ」


 レイナが辿り着いたのを確認したヒビキがゼンを促す。隣にいるヒビキにはっきり聞こえるほどゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。彼が握っている杖の明かりに照らされた、みて取れるほど蒼ざめた顔には冷や汗が浮かんでいた。


「大丈夫、私がついてるから」


「は、はい……」


 ゼンは二度三度と深呼吸を繰り返し、ヒビキが肩を叩くリズムに合わせて数を数えカウントダウンして罠の回廊を進み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る