02

 中には扉を背にした石像が立っていた。ライオンの体に胸から上の女性が乗っており、腕は鷲の翼になっている。その姿は古代エジプト王朝の守護者ではなくギリシャ神話の怪物スフィンクスのそれだ。


謎解きリドルですね」


 ゼンが呟いたのがきっかけだったのか、スフィンクスの石像は目を見開いて冒険者たちに問いかけてくる。


「汝らに問う。朝には四本足、昼は二本足、夜になると三本足になるのはいかなるものか」


「古典中の古典だな。答えは『人』だ。赤ん坊の時は手と足でハイハイをする。大きくなると日本の足で立って歩くようになり。やがて年をとると杖を使って三本足になる」


 自慢げにジュリーが答えると、スフィンクスはおもむろに立ち上がって場所を譲る。石像が背負っていた扉が自動的に開き、その先の通路が口を開けた。


「閉まらねぇのか?」


 そう言ったのはシュウトだった。冒険者の視線が彼に集まる。

 誰もが彼の意図を測りかねているかに見えたが、ただ一人ロムだけが思い当たったようで開いた扉を閉じようと試みた。しかし、自動開閉の仕掛けはベルト式ではなくギア式であるようで動きそうにない。


「先へ進むしかなさそうだな」


 シュウトが呟いたことでゼンもようやく彼が何を考えていたのか判った。


「スフィンクスに襲われる危険もありますからね。先がどうなっているか判りませんが、行ける所まで行きましょう」


 その先は通路の行き止まりに扉があり部屋の中には怪物モンスターが現れるを繰り返す、危惧通りの一本道だった。そんな不毛な戦闘を四度繰り返した後、彼らは再び行く手を塞ぐフルプレートアーマーがあるだけの部屋にたどり着いた。


「今度はどんな問題だ?」


 身構えるジュリーの予想とは少し違い、鎧は意図的な合成音声で勝負を挑んでくる。


「我ガ息ノ根ヲ止メヨ」


 動き出した鎧リビングアーマーはスラリと剣を抜き放ち、まずは最も近くにいたレイナを狙って剣を振る。レイナはひらりとそれをかわして抜き胴を放つ。しかし、全身を鎧に覆われている敵はダメージを受けているのか傍目には判らない。

 冒険者はサッと部屋の中に展開し、次々に撃ちかかる。しかし、彼らの攻撃はプレートをへこませるだけでダメージを与えられている気がしない。

 唯一戦闘に参加せず、自身の守りをロムに委ねてひたすらに動く鎧を観察し続けていたゼンは、やがて自分の頭の中を整理するためだろう。いつもの顎に親指を当て、鼻の頭を人差し指で叩く仕草をしながらブツブツとロムに問いかけてくる。


「これはロボットですよね」


「だろうね」


 ロムだけではない。彼らがこの目の前の鎧がミクロンダンジョンでは本来あるべき姿とも言える敵ロボットであると頭では判っている。あとはどういう条件ならダメージ判定して機能が停止するかだ。これだけ殴りつけてまだ動き続けているからにはヒットポイント制のダメージ判定ではない事はまぁ間違いないだろう。


「で、が言った言葉が『我ガ息ノ根ヲ止メヨ』」


「何を試せばいいんだ?」


「突きです。問題はどこを狙えばいいか……」


 ダメージの累積で破壊判定がなされるのであれば、ゲームセンターでおなじみのパンチングマシーンなどに使われているような測定センサーが仕込まれているだろう。それはどこを叩いてもそれなりに反応してくれる。しかし突きで特定の場所を攻撃するような場合のセンサーは的になるセンサーに当てなければならない。それはどれほどの大きさでどこに仕込まれているのか?


「このダンジョンの設計者はゲームであることを強く意識しています。おそらく自身に課した制約かなにかなのでしょう。とすればどこかにヒントが隠されているはず。それさえ判ればいいのですが……」


「息の根ってのを見つければいいってことか?」


 ロムはいましがたゼンが呟いていた鎧の言葉に反応する。知らず知らずのうちにオタク特有の言葉足らずなゼンたちと意思の疎通が出来ている自分に苦笑しながら意識をその命題に向ける。

 考えられる部位は多くない。おそらく文字通り『息の根』を攻撃すればいいと見た。とすれば呼吸関係のどこかに違いない。ロムはジュリーとサスケにゼンの護衛を代わってもらうとヒビキの隣に移動する。


「何か閃いたのかい?」


 問いかけられて手短にゼンとのやりとりを説明すると、ヒビキは感心したように背後のゼンを見やる。


「で? 君はどこだと思う」


「喉ってとこじゃないかと」


「甘いねぇ」


「甘いっすか?」


「人には急所が多いんだよ」


「それは一応把握してます」


「じゃあ息が止まる急所は?」


「……鳩尾?」


「答え合わせといこうじゃないか」


 ヒビキはニヤリと笑ってみせると突きの構えをとる。


「まずは喉」


 と、鋭く棍を築き上げる。だが突きの衝撃で仰け反りはしたものの動きが止まる気配はない。


「どこが鳩尾なんだか」


 そう言いながらも彼女は正確に正中線を捉え、鳩尾と思われる場所を穿つ。一瞬動きが止まったものの鎧はすぐに剣を振るい始める。振り下ろされる剣を避けるため崩された体制でヒビキが悪態をつく。


「シビアすぎ」


 なおも執拗にヒビキを狙って攻撃を仕掛けてくる鎧に右側面からコーが体当たりをかますと、姿勢制御のため攻撃が止む。動きの止まったそのほんの数秒をロムは見逃さなかった。手足を使ってバランスを取ろうとしたために無防備に彼の前にさらけ出された腹のヒビキが穿った鎧の凹みの少し上、棍の先が半分重なるくらいの位置に突き入れる。動く鎧は電子音声で苦悶の声をあげ、膝をついてのち崩折れた。






 完全に機能を停止していることを確認した後、サスケを中心に鎧を剥ぎ取ると中には彼らが思っていた通り制御機械が詰まっていた。


「ざっと見た感じですが、知らないパーツが多いですね」


 ゼンが再起動しないようにいくつかのパーツを抜き取り配線を切断した後で念入りに調べ始めると、クロがこの部屋での休息を提案した。


「スフィンクスの部屋と違い扉が自動で開いたり部屋の中に危険な状態の敵もいませんからね。何より時間が遅い。おそらく今は夜の八時半過ぎといったところです」


 各パーツを光にかざし角度を変えながらゼンが賛意を示す。


「じゃあ、見張りの順番を決めよう」


「見張り?」


 シュウトがジュリーを睨む。


「ああ、ここは敵地のど真ん中だ。何が起こるかわからないからな」


「そうだな。九人いることだし、三時間三交代……」


 そう言いかけたクロをゼンが遮る。相変わらず視線はロボットのパーツからは離さない。


「いえ、二時間四交代で行きましょう」


「なぜ?」


 コーが問いかける。


「トータルの睡眠時間をそのままに一人当たりの負担を減らすためです」


「なるほど」


「じゃあ、最初の見張りは……」


「我々にしてください。このままこのロボットを調べたいので」


「わかった。二番目以降は……そうだな、ヒビキとレイナ、コーとロム、最後にオレとシュウトの順だ」


 見張りの順番が決まると、彼らはそれぞれ場所を確保して休息をとる。硬い床ではあったがマントにくるまり横になると、これまでの緊張と何度も繰り返された戦闘による疲労からだろう眠気が一気に彼らを深い眠りの底へ引き込んだ。


「本当に見たことのないパーツばかりだな」


「ええ。どれも市場に流通している一般的なパーツより数段性能が良さそうなんですよね」


 サスケに索敵を丸投げして、ゼンとジュリーはパーツの精査に没頭した。やがて


「これは見たことがあるぞ」


 と、ジュリーが指差したパーツをゼンは慎重に基盤から取り外す。


「これは?」


「姿勢制御用のパーツで某国の軍事用人型ロボットに使われていたものだ。某国はこの第三世代モデルを利用しているって話だが……」


「ということはこれは初期型?」


「ああ、正式採用された第一世代だ」


「なぜそんなものが? というか、そもそもどうしてあなたがこのパーツの存在を知っているんですか?」


 醒めた視線を送るゼンに対して、彼はいつにも増して芝居臭い言い回しでこう答える。


「理系学部は伊達じゃないのさ」


「理系学部とかいうレベルの機密ではありませんよね?」


「そうだな」


 それまで会話に入ってこなかったサスケがしびれを切らしたのかこう割り込んできた。


「はっきり答えたらどうでござる? 非合法な手段なのでござろう?」


「レイナの行方を捜す過程で色々ハッキングしてたら見つけたのさ」


「よく無事でしたね」


「敵対スパイが掴んだ情報だったっぽくてな」


「あの国ですか? 最近新型自立型人型兵器ロボットの配備計画を発表した」


 ゼンの問いにジュリーは妖しい笑みを浮かべることで答える。


「それはそれは……」


 一通り調べた結果とその軍事用パーツとの兼ね合いから、彼らは某国の軍事技術を基に作られたロボットであることは間違いないという結論に至った。


「ゲーム用に制御されていただろうプログラムと停止装置が仕込まれていなければ我々に勝ち目があったかどうか……」


 背筋に寒いものを感じながら、ゼンは新しい油をランタンに補充する。サスケがヒビキをジュリーがレイナを起こして見張りの交代を告げると、彼女たちは眠い目をこすりながら起き上がった。


「今ランタンオイルを入れ替えたところです。これが……」


 と、予備の一本を取り出しレイナに渡す。


「なくなる頃に交代です」


「わかった。おやすみなさい」


 レイナたちに声をかけられた三人は一気に眠気に襲われて、寝支度もそこそこに倒れこむように眠りについた。

 しばしの静寂が部屋を包む。やがてレイナはヒビキに話しかけた。


「ヒビキさんはぶっちゃけコーさんのこと好きですよね?」


 突然ち込まれた爆弾発言に一気に目が覚めたヒビキは、顔を紅潮させてしどろもどろになる。それを面白そうに見ながらレイナはさらに畳み掛ける。


「実際どうなんですか? 二人の仲は。はたから見てるとコーさんもヒビキさんのこと好きそうですけど」


「レ、レイナ!」


「ここに来る前からですか?」


「…………」


 ヒビキは二の句も継げない。


「今日はそこんとこぜひ訊かせてください」


 二人きりの時間はまだたっぷり二時間近くもある。ヒビキは観念すると同時に反撃の一撃を放った。


「じゃあ、私が話したらレイナも話してね? 好きなんでしょ? ロムのこと」


 レイナは頬を染めて俯いた。

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