06
まるで鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で戦場を歩くロムの数歩後ろをレイナは歩いていた。コボルドもオークも彼に気を止めない。それが不思議でならない。
やがて次の標的を探していたサイクロプスが自身に向かって来るロムに気づいたらしく、にまりと口を開いて悠然とこちらに向かって歩き出した。
「単なる喧嘩屋レベルだな」
立ち止まったロムはそう呟くと、棍を大きく回して突きの構えをとる。サイクロプスは威嚇の叫びをあげて
レイナが振り下ろされるだろうそれを避けるために身構えた時にはサイクロプはロムの初撃を受けていた。
顔の三割は占めていた大きな目を撃ち抜かれたサイクロプスは耳をつんざく悲鳴をあげ、棍棒を落として両手で顔を覆う。がら空きの喉と
「ま、仕方ないか」
その声でようやく目の前の事態に理解が追い付いたレイナが慌ててトドメを刺す。
「ど、どうなってるの? なんでサイクロプスが倒れてたの?」
「俺が倒したから?」
「いやいやいや、クロさんたちがあんなに苦労してるサイクロプスだよ、一体何したの?」
「苦労してるのは武器のせいでしょ。ヒビキさんだって出来ると思うけどなぁ」
「あ・加勢に行かなきゃ」
「そうだね、どっちに行く?」
ロムの戦力分析では不利なのは四人がかりの方である。
「アリカさん達の方へ」
レイナも即座に判断した。
「了解。急ぐよ」
そう言うとロムは棍を突き出した構えのまま軽やかに走り出した。それはまさに突撃だ。進路の邪魔になるコボルドもオークもかき分けるように突き進む。楔を打ち込まれたように分断された怪物たちは棍に突かれたものは不意の衝撃で無様に倒れたり、隙が生まれて戦士たちに打ち倒される。その攻撃スタイルは棍というよりもはや槍だった。ロムは意図的に中国武術の棍としてではなく白兵戦最強兵器とも言える槍の有用性を示して見せているのだ。
その意図は少し離れたところで戦場を観察していたゼンに確かに伝わっていた。
「やりますね、ロム」
「あいつがやるのは判ってただろうに」
サイクロプスが一体倒されたことによって戦況は有利のうちに終息に向かっていて、この辺りにはもう襲って来る敵もいない。それでも一応警戒は怠らずに周囲に目配せしているジュリーもチラリとロムを探す。
「いえ戦闘そのものではなく、戦術的観点で言ってるんですよ」
「戦術?」
「この戦場、ファンタジー過ぎると思いませんか?」
ゼンはニタニタしながら戦場を見渡す。ジュリーはうんちく開陳が始まったと苦い顔をしながらそれに付き合う。
「陣形戦術が利用されているのに使用武器がRPG的というか、ダンジョンアタックの延長というか」
「言っている意味が判らねぇ」
「なるほど」
唸ったのはサスケである。そこは流石に忍者マニアと言うべきか。
「歴史的に考えれば戦場の主力武器は、洋の東西を問わず槍でござる」
「おお」
ジュリーもようやく合点がいったらしい。
「私もRPGオタクなせいか、妙な先入観というか固定観念に囚われていましたが、槍であればもっと安全で柔軟な戦術で戦える可能性があります。少なくともあのコボルド・オーク程度ならローリスクで退けられますよ」
「サイクロプスと戦っている連中抜きでもでござるか?」
「ええ、指揮官さえいれば」
「なら……」
ジュリーの顔に湧き上がる期待が浮かぶ。
「ええ」
ゼンはロムが二体目のサイクロプスの目を突いたのを見届けながら頷いた。
それは彼らにとって青天の霹靂であった。サイクロプス攻略の決め手に欠いて膠着していた戦闘に割って入ってきた棍が、ひと突きでサイクロプスの目を潰したのである。直後に飛び込んできた少女が痛みに叫び声をあげるサイクロプスの喉を一閃する。
「レイナ!?」
最初にそれを認知したのはアリカだった。
「後はよろしく」
青年はサイクロプスの戦闘不能を確認するとその場を離脱した。
「とどめ刺しといてね」
呆気にとられている四人に付け足すようにそう言ったレイナも彼の後に続く。まるで一陣の突風である。シュートとネバルが慌ててサイクロプスにトドメを刺す。
「圧倒的じゃないか」
と、つぶやいたのは二人の背中を見送るイサミだった。
最後のサイクロプスはまだ戦意を失っていなかった。全身に切り傷を無数に受けていたが、どれも致命的な深さには達していない。振り回される棍棒にクロもコーも踏み込みきれないためだ。牽制役のヒビキには疲労の色が見て取れる。
いつも長期戦になる。
コーは意を決してクロとヒビキに視線を送る。クロはわずかに眉根を寄せ、ヒビキは怒りをあらわにする。
「それはダメだ!」
ヒビキが何に怒っているのか、実のところコーは勘違いしている。コーが無茶な突撃でサイクロプス戦に決着をつけてきたのは一度や二度じゃない。その都度戦線離脱を余儀なくされているコーに事あるごとに苦言を呈して来ることから、戦略としての自分の役割についてもっと考えろとでも言いたいのだろうと思っていた。
「しかたねーじゃん!」
現状を打破するには戦況を大きく動かす一手が必要だ。今日はサイクロプスが三体もいる。味方の加勢を待ってはいられないどころか、早くもう一体を抑えなければいけないのだ。三人の中では彼の実力が一格落ちる。二人にこんなことはさせられない。意を決して突撃をしようとしたその時だ。緊迫した戦場にいるとは思えない調子で背後から声がかけられた。
「それは戦術的にも愚策だけど、恋愛査定的にもマイナスだなぁ」
振り返るとそこには棍を構えた新入りの青年とレイナがいた。
サイクロプスはコーの隙を捉えて棍棒を振り上げる。
「コーちゃん!」
ヒビキが叫ぶのとほぼ同時にロムが単眼に棍を突き入れる。クロがすかさずトドメを刺すとロムが笑顔を彼に向けてきた。
「さすが、本物の武道家は違う」
クロがロムと正対すると、彼は真正面からその視線を受け止めた。
「言いたいことがあるようだな」
クロの問いかけにロムは頷く。
「いいだろう。後で会合を開こう」
「ありがとうございます」
深くお辞儀をすると彼はレイナとともに仲間の元へ去って行く。
「あ、待って」
「ここはもういい、彼に話があるなら後を追うといい」
言われてヒビキも頭を下げて二人の後を追う。
戦況を見回し、あらかた戦闘が終わっているのを確認したコーがクロのそばに寄ってくる。
「助けられたな」
「ですね。今後だいぶ楽になりますよ」
「……どうかな」
刀を振って血を飛ばし、鞘に収めるとクロは事後処理に向かう。
追いついたヒビキは二人を呼び止める。振り返ったロムに対して少し躊躇した後、こう言った。
「助けてくれてありがとう」
すると、彼は少し意地悪げにニヤリと笑いかけてきた。
「誰をですかね?」
「意外と意地悪なんだね」
「そうかな?」
レイナに言われて頭をかくロムは、あっさり話題を変えてきた。
「いつもこんな戦い方をしてきたんですか?」
「え? あ、ああ。それがどうした?」
「非効率でハイリスクだなぁと思って」
ロムも御多分に洩れずオタクの端くれであり、毒舌なところがある。もっともそれを自覚しており、場合によって意図的に利用しているあたりタチが悪いと自分自身思っていた。
「効率的でローリスクな戦い方があると言いたいのか?」
「当然です」
その自信に溢れた返答にほんの少し苛立ちを漏らしたヒビキではあったが、反論はせずこちらも別の話題をふってきた。
「ロムだっけ? あたしと勝負してくれない?」
「今じゃなければいいですよ」
ロムも興味がある。やってみなければ判らない。そんなレベルの相手なのだ。
「あ、ただし武器なしで」
と、付け加えるのを忘れない。
その日の夜、例の会議室で会合が開かれた。
参加者は八人。呼びかけたロムとゼン。自警団からクロとヒビキ、レイナ。医療班からはタニが職工
「珍しいな、緊急会合で俺を呼び出すなんて」
「彼らがどうしても呼んで欲しいっいうからね」
クロが新入り二人に目配せをし、二人はハタサクに会釈する。
「へぇ」
「で? 議題はなんだい?」
タニが単刀直入に彼らに訊ねる。二人は顔を見合わせ互いに頷くと、ゼンが立ち上がった。
「戦術提案です」
「ほぅ」
「自警団の戦術提案にオレは必要か?」
「ええ、武器を揃えてもらう必要がありますからね」
ゼンはカップの水で口を湿らせ、今日の戦闘を観察した感想を語り始めた。
彼我の戦力差、陣形を用いた用兵への言及など分析好きなオタクの真骨頂ともいうべき的確な意見にやっさんは自分の顔がにやけていくのを感じていた。
「──それだけに個々の武器が戦術に合致していないのが残念でなりません」
「武器は自分に合ったものを使うべきだと思うが?」
と、反論したのはヒビキである。
「個々人単独での戦闘ならそうですね。しかし、ことは集団戦闘です。集団戦には集団戦の戦術というものがある。陣形戦術を提案したのは誰ですか?」
「戦術的にどうこうというほど厳密に導入されたわけじゃないんだが、前の自警団団長だった三国志好きの男だ」
「なるほど、中途半端にかじった知識だったわけですね」
「辛辣だなぁおい」
やっさんはついにこらえきれずに大声で笑い出した。
「何がおかしいんだ?」
ハタサクがやっさんを睨む。
「いやぁ、悪い悪い。すまんな、先を続けてくれ孔明さん」
先を促されたゼンは続ける。
「三国志演義では英雄豪傑の活躍を描く中で豪傑それぞれに専用武器とでもいうように武器について言及されることがあります。例えば呂布の
「ゼン、それは蛇足だよ」
「……失礼、私が言いたいのはせっかく陣形を組んで戦うのになぜ槍を用いないのかということです」
やっさんが後を継ぐ。
「要するによ、戦国時代の集団戦において主力兵器だった槍をなぜ使わないのかって言ってんだろ?」
「そうです。槍は遠い間合いを利用して敵を突くのが基本で取り扱いも簡便だと言われています。
「硬い木材の先端に鋭利な金属の刃を取り付けるだけで十分な性能を発揮するから量産も容易だぜ?」
やっさんのフォローを受けてハタサクも腕組みで思案し始めた。
「確かにな」
「だが長柄の武器は接近戦に弱い」
クロが心配しているのは乱戦になった場合である。
「その時は今まで通り自分の武器で戦えばいい」
ロムはこともなげに言う。
「みなさんダンジョンアタックの、ファンタジーのイメージに引きずられすぎなんです。足軽だって
「あたしたちにも槍を持てって?」
ヒビキが言う。しどろもどろになるゼンに代わってロムが答える。
「クロさんはともかくあなたやコーさんは槍を持つべきだと思うな。最初から槍ならサイクロプス相手にあんなに苦労はしてないと思うよ」
そもそもサイクロプス相手に足りなかったのは技量ではなく得物のリーチだったとロムは見ている。実際彼はヒビキなら自分と同等以上に棍を使いこなせると思っているし、槍なら棍と違って高い殺傷力も得られるからだ。
そう言われればヒビキも黙るしかない。確かに冷静に考えれば理は彼らにあるとすぐ判る。
「決まりだな」
タニがクロを促す。クロは少し間をあけてゼンに問うた。
「提案はこれだけではないのだろう?」
クロがここまで積極的に口を出さなかったことに言い知れない不安を感じていたゼンは背中を冷や汗が流れる感触を味わいながら、それでも努めて冷静な魔術師を演じてみせる。
「やはりお見通しですか」
例の鼻にかかった声の妙な節がついた話し方でだ。
「これが図に当たったならば、北門の向こうへ冒険に行かせて欲しいのです」
場の空気がずっしりと重くなり、長い沈黙が部屋を支配する。
誰もが現状維持でいいなどとは思っていない。これまで防戦一方でジリ貧の自警団はずっと打開策を求めていたし、怪我人が増え続けるだけの防衛戦は医療班だって望んではいない。少ない資源と乏しい技術で武具防具を提供し続ける苦労は職工でなくとも知っている。
「クロさん」
ヒビキが沈黙を破る。
「……判った。次の戦闘までに槍を一定数揃えることは決定事項として、それに合わせた戦術を君とやっさんで自警団に教えてもらうことも決定事項だ。北門の外の調査はその戦果を踏まえて改めて話し合うと言うことでいいな?」
「オレもかよ?」
「気づいていたんだろ? この戦術の有用性」
クロが抑揚なく問い詰めると、やっさんは不敵な笑みを浮かべて頭を掻いた。
彼は戦闘にはノータッチだった。他の住人と違いこの街に来た経緯が違う。一度も怪物と戦ったことがないどころかダンジョンアタックの経験さえないと言う境遇が、半ばこの街の義務となっている防衛戦への参加免除という特別待遇につながっいてた。そんな彼がどんな意見を言おうと感情論としてなかなか受け入れられないだろうことは、彼自身重々承知していたのだ。だからこそ、彼はあくまで一ジャーナリストとしてこの十分の一世界を取材することに専念し、沈黙することにした。
クロはそれを見抜いていたということだろう。
いや、もしかするとタニの入れ知恵かもしれないとやっさんがタニに視線を送ると、こちらもニヤリと笑い返して来た。
「有名ジャーナリストは辛いね」
「これで議題は終わりだな?」
ハタサクが腰を上げ帰ろうとするのをロムが止める。
「あと一つ」
「なんだ?」
「みんなに立ち会ってもらいたくて」
そういって彼はヒビキに視線を向ける。彼女は唇を引き結んで小さくうなずいた。
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