05

 二日が経った。この二日、日課にしている早朝の套路の後、ロムは今やいっちょうの拳法着を着てゼンらと連れ立って街の散策をしていた。

 彼らはまだ街に慣れるため自由に過ごしていいことになっていた。彼らが街の仕事を担わされるのは住む家を割り振られてからと聞かされている。


「話によれば今日あたり、家の割り振りが決まるそうですが」


 街並みを興味深そうに見回しながらゼンが呟く。


「基本的にはパーティをバラすらしいな」


「親しい仲間だけで纏まって孤立しないためだそうですが、その考え方はどうなんでしょうね?」


 元来がオタク気質で中学高校とスクールカーストの下位層を形成していた彼らには、そのヒエラルキーの高かっただろう人間が決めたとみられるルールに居心地の悪さを感じていた。鎖帷子はともかくローブや忍者服を返してもらってアイデンティティーを保っているみんなと違い、支給された貫頭衣チュニック姿のジュリーは我が身の頼りなさもあってひときわその政策に否定的である。


「街の規模と人口に大きな差があるのでしょうが、ずいぶん使われていない区画が多いですね」


 街のマッピングをしながら事細かに建造物を観察してはサスケとともに地図に書き込むゼンとは違い、ロムは人々の様子を観察していた。

 街全体の様子が暗い。

 ざっと概要は聞かされていたが、街行く人の怪我の程度がひどい。足を引きずる程度はいい方で腕のない者なども多い。


「だいたい終わったでござる」


「だいたい?」


「行くなと言われているスラム地区を残して終了ということですね」


 街の防衛最前線、北門近くにあるそこは「スラム」とは呼ばれているが本来の意味とは違い「非常に治安の悪い一画」程度の意味で使われているようだった。


「なるほど。で、行かないのか?」


 ジュリーが仲間を見回す。


「俺は構わないけど、多分がいるんだと思うよ」


「あぁ……正直会いたくねぇな」


 渋い顔で吐き捨てるジュリーは気分を変えるつもりでこう言った。


「ロム、久しぶりに稽古つけてくれよ。ダンジョンから何日経ったのか判らねぇが途中で筋トレしたくらいで体がなまってると思うんだよな」


「拙者もお願いしたいでござる」


「いいよ」


 ロムの二つ返事を受け、四人は北門へと移動する。

 北門には自警団が見張りをするための詰所があり、武具や防具を保管する武器庫がある。街中で武器を携帯することは治安維持の観点からごく一部の例外を除いて禁止されており、彼らの装備もそこに集められている。もちろん殺傷力のある彼ら自身の武器で模擬戦をするつもりはない。


「お兄ちゃん」


 北門には見張りの昼班として玲奈がいたようだ。この街では女性は基本複数で行動しなければならないことになっており、パートナーとしてヒビキもいる。他に彼らが見知った人はいないようだ。


「何しに来たの?」


「体を動かそうと思って」


 ジュリーはレイナに話しかけられ、少しおもゆそうに答える。


「稽古か?」


「そんなところです」


 ヒビキの問いに答えたのはロムである。


「じゃあ、稽古用の武器を出してやろう」


 と、見張りの一人が武器庫に向かう。彼らは後をついて行った。レイナとヒビキも興味深そうにその様子を眺める。


「防具はどうする?」


 武器庫を開けてくれた男が振り返ってくる。


「すべて装着させてください」


「すべて?」


「稽古なのに?」


「稽古だからですよ」


「模擬戦というかもはや実戦だからな」


 ジュリーの回答に俄然興味をそそられたらしいヒビキは自警団のメンバーに指示を出し、模擬戦のできる空間を作り出す。その間にジュリーとサスケは鎧を着込む。

 サスケは非常に細かい鎖で編まれた鎖帷子を着込み、目だけを露出させている平頭巾に鉢金をする。腰には四十センチ相当の木刀を差し込み、手には刃渡り八十センチ相当という長めの木刀を握る。

 ジュリーは南蛮胴具足を現代風に改良した甲冑を身につける。装着の簡便さも考えられているようでものの五分ほどで全身を覆うと兜も被って、こちらは標準的な七十センチほどの木剣を手に取った。


「大丈夫なの? お兄ちゃん」


 レイナの心配は稽古とはいえ勝負になるのか? ということである。しかし、ジュリーの返答はトンチンカンだ。


「まぁ、筋肉痛も無くなったことだし、全力でやれるさ」


 それに反応したのはサスケであった。


「筋肉痛?」


「あぁ。ホラ、一度目覚めた時かなりハードに筋トレしただろ? 次に目覚めた時はそれなりに筋肉痛だったんだ」


「ある程度の日数が計算できますね」


 ゼンが人差し指を鼻に、親指を顎に触れるいつもの仕草で考え事を始める。


「君は何を持つ?」


 ヒビキがロムに問いかける。


「いらない」


「え? いや、しかし……」


 戸惑うヒビキを無視してロムが二人に声をかける。


「準備はいいかい?」


「拙者はいつでも」


「オレもいいぜ」


「二対一でやる気なのか!?」


 場所を作って遠巻きに輪を作っていた自警団員たちもざわつき出す。彼我の強弱が判らないでは生きていけないような、生死を賭けて怪物と戦ってきた歴戦の戦士ばかりだ。実力に差があることくらいおおよその察しはついていた。彼らの経験から言ってジュリーとサスケは彼らと同程度か少し下だろうとすでに値踏みが済んでいる。ロムは彼らより明らかに強い。実際、ヒビキはその立ち居振る舞いや彼が持ち込んだ棍の出来から、少なくとも自分と同程度には強いと感じていた。


「まぁ、模擬戦だし」


 と、ロムはこともなげに人垣の真ん中に進みでる。

 ジュリーとサスケも中に入ってきて対峙する。

 ロムの抱拳礼を合図にサッとそれぞれに構えを取って間合いを図る。

 ジュリーは正眼に構えて切っ先をピタリとロムに向けている。サスケは少し前傾姿勢で腕に沿うように木刀を逆手に握る。

 対するロムは腰を落として右の拳を軽く握り、心持ち肘が曲がる程度に伸ばして脇を締めている。

 ジュリーとサスケは視線も交わさずロムを挟むように左右に移動する。

 その間、構えた拳の先を見つめたままロムは微動だにしない。

 やがて、ジュリーはロムの視界に残る程度の位置で止まり、サスケは死角まで移動して止まる。

 サスケが止まって半拍もせずにジュリーが動き出し真っ直ぐ木剣を打ち下ろす。それと連動するようにサスケも大きな体を低く屈めてショルダータックルでもするように体をねじりながらロムの腰をめがけて木刀を叩きつけようとする。どちらも骨も砕けよという勢いだ。しかし、ロムは先に振り下ろされたジュリーの木剣を彼の腕に手を巻きつけるように絡め取って右に流し、自身の身をかわしながらその木剣でサスケの攻撃を迎え撃つ。堅い木が打ち合う乾いた音が響く。ジュリーは右足を引き横薙ぎに剣を振るもそこにはすでにロムの体はない。サスケはその剣の軌道の向こうに飛び退っているロムを追いかけるように前進するが、跳んで返ってきたロムの掌底を横面に受けそうになって左の籠手でかろうじて受け止める。

 最初の攻防以降も攻撃は一方的にジュリーとサスケから繰り出され、そのことごとくをロムが躱し、受け凌がれるを繰り返した。

 時間にしておよそ十分というところだったろう。一振り一振りが渾身で全力の攻撃だった。もし、一撃でも当たっていたら大怪我必至の破壊力を秘めていた。レイナの目から見ると二人の戦闘力は見違えるほどで、怪物の襲撃に対しても十分な戦力として見込めるほどの成長である。


(そんな二人相手に徒手空拳で、わずかに息を上気させる程度で凌ぎ切るとか……)


 ヒビキは息が上がって手をつき膝をついて呼吸を乱している二人を見下ろしながら、背中をぞくぞくと駆け上がる感覚に打ち震えていた。


「バケモノめ」


 そう呟いたのは自警団の男たちではない。北門の西端にある建物の五階窓から様子を見ていた男だ。そこはの一角であり、彼はシュウトの仲間の一人である。

 その声に六人の紅一点であり元々は死んだ仲間の情婦だった女との情事の後、ぼんやりと物思いに耽っていたシュウトが反応した。彼は女に貸していた腕を引き抜くと裸のまま窓際まで歩いてくる。


「例の新入りだよ」


 男があごで窓の外を指す。ことのあらましを聞いたシュウトは一つ鼻で笑うとこういった。


「あいつら相手ならオレでもできるさ」


 狂戦士バーサーカーの墓標亭で介入されるまで二人を相手に立ち回っていた記憶を思い返す。あの時、反撃こそ出来なかったがやられるイメージは一切湧かなかった。今なら一方的に殴り倒すことだって出来るという自信と、沸々と湧き上がるあの時の己の不甲斐なさがジュリーたちへの憎悪となってシュウトの心に暗い炎を燃やす。そして、自分のせいであることを棚に上げ彼に好意を示そうとしないレイナへの無自覚な恋慕の感情が、ジュリーの妹という事実と混ざり合い嗜虐的な性衝動へと駆り立てる。

 シュウトはもう一度女を抱こうとベッドへ進みかけて足を止めた。


「なんだ?」


 また目の前で見せつけられるのかとうんざりしかけた男は、窓の外を振り返るシュウトに声をかけつつ自分でも窓の外に視線を向けた。ここ五階の窓からは城壁が見下ろせる。その城壁の向こうに砂煙が見えた。


「敵だ。行くぞ」


 彼らがここをねぐらにしているのはこのためである。そもそもにおいて社会に適応出来ず、それゆえにすさみ暴力衝動が抑えられずその道に堕ちかけていた彼らは、庇護者となってくれていた充というくびきから抜け出しこの世界に流れてきた。ここは、怪物相手という条件付きだが暴力が肯定されている。いや、むしろ怪物相手の暴力なら称賛もされる。その複雑な心地の良さが彼らのアイデンティティであり、かろうじて街の構成員で居続けられる所以だった。

 シュウトは戦闘モードに切り替わると脱ぎ散らかして居た服を手早く着て階下へ降りて行く。残された男は下卑た笑いを浮かべると情事の後のまどろみの中にいた女の頬をいやらしく舐めて起こす。


「何? あんたもしたいの? シュウトは?」


 元の情夫が目の前で怪物に殺され、自暴自棄になってしまった二十代半ばの女はシーツを剥いで、傷だらけだが戦いで程よくしまった身体を男の前に晒す。


「そうしたいとこだが、シュウトが北門に向かって部屋を飛び出しちまった」


 そう言われた女の顔がそれまでのとろんとした表情から感情の消えた暗く凄みのあるものに変わる。一糸まとわぬまま部屋をでると彼女の鎧を置いている自室へと悠然と歩いて行った。残された男は一度窓の外、動きが慌ただしくなった北門の自警団に目をやってから仲間を呼びに部屋を出て行った。


 北門は臨戦態勢に入る。伝令が戦士を呼びに街へと走る。残ったメンバーは武器庫から武器を運び出し並べる。その手際の良さは相当の場数を踏んでいることの証だ。


「オレたちも手伝おう」


「お兄ちゃん!」


「心配すんな。見たろ? 今の戦い」


 まだわずかに肩で息をしているジュリーとサスケを見てヒビキはわずかに逡巡するも、四人一組で動くならという条件付きで許可する。

 三人は互いに頷き合って自分の武器を手に取る。ジュリーは腰にショートソードを吊るして日本刀を背負う。サスケも日本刀を背負って帯の後ろに短刀を挟み込む。ゼンはスタッフを抱えるように持ち、ロムは棍を拾い上げると一度大きく頭上で振り回した。


「ヒビキさん、私もお兄ちゃんたちと一緒でいいですか?」


「ああ、その方がいいかもしれないね」


 見張り組の準備が整った頃、シュウトたち六人が北門に現れる。


「相変わらず早いな……」


 という誰かのつぶやきを聞き流しつつ、ロムは六人を一瞥しただけで、ヒビキの指示を待つ姿勢をとる。ゼンもサスケも敢えて彼らを見ないように心掛けたが、ただ一人ジュリーだけがシュウトと視線を交わした。


「なんだ? てめぇ」


 シュウトがジュリーに詰め寄ろうとするのをヒビキが間に入って抑える。


「敵は外だ」


 短く舌打ちをしたシュウトは仲間を連れ立って北門の前に立つ。


「何体だ?」


「コボルド三十、オーク三十、サイクロプスが三体だ」


 見張り塔から降りて来ていた男が答える。


「オレらの邪魔だけはすんなよ」


 吐き捨てるようにいうシュウトに自警団のメンバーが殺気立つ。ゼンには邪魔をするのはむしろ彼らの方、という無言の抗議に思えた。


「早く開けな」


 女がイライラと催促するのを開門操作用のハンドル前に立つ男が冷たく拒否した。


「まだ全員到着していない」


 女が「来たよ」と顎で指し示す先にクロたちの姿が確認できた。男は気を取り直すためか、ほぅと息を吐いてからハンドルを回し始めた。北門が重そうにゆっくりと開き、待ちかねたように六人が飛び出して行く。それを見届けてからヒビキは先発隊となる昼班を門の外へ進発させた。


「行きましょう」


 とレイナに促されてロムたちも後に続く。

 続々と到着する自警団の戦士を五人一組に編成していくヒビキは順次彼らを送り出し、クロとコーとともに門の外へ出る。


「サイクロプスが三体だって?」


 コーがヒビキに問いかける。いつもは一体か二体のサイクロプスが今日は三体ということに少し動揺しているようだった。無理もない。主力メンバーに怪我が増えた最大の原因が対サイクロプス戦闘だった。戦力としてアテにされている彼らは常にサイクロプスとの戦いを強いられている。クロやヒビキでさえ一対一では防戦一方の相手であり、主力メンバーが連携してなんとか倒して来た怪物である。今日はクロとヒビキとコーで一組。イサミ、ネバル、アリカ、シュートで一組作っているが、もうひと組足りない。戦力的な観点で言えばもう一組はシュウトたち六人が当たるのが妥当だろう。しかし、彼らは一度たりともサイクロプスとやろうとはしない。


「先に倒した方がもう一体を倒す。これしかない」


 クロはコーに覚悟を求める。


「それしかないのは判ってますよ」


 鬨が上がり自警団が突撃を開始する。各隊統率は取れている。散開した彼らはいつもの通り無秩序に襲ってくるコボルドを囲むようにして各個撃破していく。シュウトたちはオークを選んで嬲り殺しているように見える。


「相変わらず反吐がでる」


 その戦いぶりに舌打ちするコーをたしなめて、クロは三体のサイクロプスを値踏みする。それぞれは距離をとっていて連携は見られないのでこちらも各個撃破が可能だろう。サイズ的には中央の一体が他の二体より一回り大きい。


(さて、どちらを選択するか)


 クロは安全策をとって向かって右手の一体に狙いを定める。イサミ組も同様の判断をしたらしく左手に移動を開始したのが視界の端に映った。


「オレたちはどうしたらいい?」


 ジュリーはゼンを振り返る。隊形としてゼンを中心に前をジュリー、左右をサスケとレイナ、後方にロムという布陣で戦闘区域のはずれに陣取っていた。


「まずコボルドと戦ってみましょう。話によると一番戦闘力が劣っているようですからね」


「じゃあ、手近なあいつから」


 と、ジュリーが剣で指し示す一体を目指す。こちらの接近に気付いたらしいそのコボルドは汚い声で一言吠えるとこちらに向かって突進してきた。声を聞きつけ周りの三体も後を追う。


「気をつけて」


 レイナが言う。


「心配ない」


 ジュリーは日本刀を抜き放ち狙った一体を迎え撃つため立ち止まる。ゼンはそれを見越していたのだろう。被弾しない距離で歩を止め杖を構えている。レイナとサスケはジュリーを追い越し後続の三体と先頭の一体の間に入った。


「深く撃ち込まず!」


 ジュリーは声に出して自分に言い聞かせ、コボルドの首を狙って刀を振り下ろす。それでもタイミングが遅かったのか、かなり深く斬りつけることになったが骨にまでは到達せず、刃こぼれなしで最初の敵に飛沫しぶきを上げさせた。

 サスケは腰に手挟んでいた短刀を逆手抜き打ちに、体を捻るようにして首を搔き切る。

 その間にレイナは残りの二体を撃ち倒していた。


「一対一なら負ける気がしないぞ」


「気を引き締めねば足元をすくわれるでござる」


「次はオークです」


 ゼンはジュリーとサスケにすぐさま次の目標を指示することで、命を奪う不快感をアドレナリンによる戦闘の高揚感で押さえ込ませる。

 最も近いオークは近くに二体だが、そこに向かうと乱戦の中に入り込むことになる。無手のコボルドと違ってオークは棍棒クラブを振るってくるので注意が必要だ。その危険度の分二人が慎重になると言う判断をゼンが下したものとみて、ロムは彼が冷静な判断力を維持していると評価したが、エクスポ以来彼らの戦いぶりを知らないレイナは驕りと見て取った。


「オークとコボルドは強さが違うよ。無理しないでコボルドを狙おうよ」


「いいや、ゼンの判断は正しい」


 それをジュリーが否定するものだからますますレイナは危機感を募らせる。なおも主張しようとするレイナの肩をロムは掴んだ。


「なんとかする」


 先ほどの模擬戦で圧倒的な力を見せつけたロムが言った言葉はレイナに相当の安心感を与えてくれた。実際にはロムは何もする気は無い。周りの戦闘状況から判断してオークであっても一対一なら負けようがないと思っていたからだ。被弾したとしても彼の鎧を貫くほどの打撃力はないともみている。

 事実、二人はレイナの力を借りることもなく一体ずつきっちり倒して見せた。


「この二年半、あなたを救うために彼らがどれほど努力して来たか……信頼してあげてください。決して無茶はさせませんから」


 見違えるほど強くなっていた二人を見るレイナにゼンは優しく語りかけた。


「……うん」


 その逞しさに涙ぐみそうになるレイナにジュリーが声をかける。


「戦闘中だぞ」


 そこはすでに乱戦になっている。オークを倒した二人は、すでに次のコボルドの攻撃から身をかわし、反撃の機会を伺っていた。


「ロム、乱戦から一旦抜けますよ」


「了解」


 ゼンに頼まれたロムは彼の背後から鋭い突きを放ち、瞬く間に二体のコボルドの喉を撃ち抜くと二人に代わって前へ出る。いや、それは彼らにとって反転の合図だった。殿しんがりを担うロムが襲いかかる四、五体の怪物を退けている間に四人はきっちり乱戦から抜け出していた。

 レイナにはもう全てが驚天動地と言っていいほどの攻防だった。


「なんとかなるな」


 呼吸を整えながらジュリーが言う。初陣としては十分すぎる戦果だ。ジュリーはすでに四体、サスケも三体倒している。


「あとはこちらにくる敵だけを倒すことに専念しましょう」


「それがいい。初めての集団戦で今までと勝手が違うでござるからな、不用意に乱戦に巻き込まれると大怪我をしかねん」


 それを聞いてレイナは冷静だと舌を巻く。


「少し距離をとってゼンを守る。それでいいな?」


 ジュリーが仲間を見回す。


「二人に任せるよ」


「ロム?」


「あれを倒さなきゃ戦況がひっくり返される」


 と、棍で指し示す先には乱戦に割って入り、自警団メンバーを文字通り蹴散らすサイクロプスがいた。事前の申し合わせで一般の戦士はサイクロプスに近づかない、近づいて来たならば逃げることになっており大きな被害には至っていないが、その度に戦線を崩されて戦況が膠着しかけている。他二体のサイクロプスは押してはいるが倒すまでには至っていない。


「無茶だよ」


 と、思ったのはレイナ一人のようだった。三人はロムに絶対の信頼を置いているようで、笑って送り出す気でいる。


「ど、どうしても行くって言うなら私も行く!」


 普段レイナは華奢ではあるがしなやかで機動力の高いことを買われて貴重な遊軍戦力として対サイクロプス戦力からは外されている。彼女一人加わるだけで大抵の戦況をひっくり返せる。そんな決定的戦力まで参加してしまうと戦況が悪化した際に踏ん張りが効かなくなるからだ。


「危なくなったら守るから」


 レイナがロムを見つめて頬を染め、切々と訴える。


「じゃあ、任せたよ」


 可笑しそうに笑うと、ロムはサイクロプスに向かって散歩でもするように歩き出した。

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