04
街の住人たちの一角がざわついたのに最初に気づいたのはサスケだった。チラリと視線だけ向けるとその中心には顔を覆って泣いている少女がいて、周りの人々がおろおろしていた。そこに見知った中年が近寄っていくのを確認した彼は、記憶の中からその人物を照合する。
「ジュリー、ゼン。やっさんがいたでござる」
二人を小突きながらぼそりと呟くと、二人も視線をそちらに向けた。
「あ……」
やや間があってジュリーが小さく呟いたかと思うとふるふると震えだし立ち上がる。
「ジュリー?」
ゼンがその様子を
「レイナっ!」
叫んだ向こうで泣いていた少女がこちらを向く。サスケもゼンもその姿を確認した。
生きていた。
無事に生きていた。
レイナの方も彼らを認めたようで堪えていた声が溢れ出し、しゃがみこんでおいおいと泣き出したため、コーが説明を中断するほどの事態になった。
「どうしたんだ?」とジェスチャーでヒビキの説明を求めるコーの元へ近寄り、ヒビキが耳打ちする。
「レイナの兄貴たちが来たらしい」
「ホントか?」
ヒビキは力強く頷く。
「……収拾つかねーな。仕方ない、説明は別れる過程で個別にしてもらうとしてとりあえずここは解散しよう」
「レイナの関係者には残ってもらってよ?」
「誰々だ?」
訊かれたヒビキは四人を指をさす。
小さく頷いたコーは手早くまとめこの場をお開きにする。
集まった住人たちが荷物をほどき、手慣れた様子で検品仕分けを始める。コーはヒビキと一緒に今日来た人々の所持品が積まれた荷車に近づく。ヒビキはまだ泣きじゃくっているレイナの肩を抱き、その横にはやっさんも付き添っている。
「ああ、その四人にはちょっと残っていてもらう」
今日来た人々を中央広場
「お兄ちゃん…」
「元気だったか?」
レイナはうんうんとただただ頷くしか出来ず、泣き続ける。
ヒビキは改めて彼らを見る。レイナの兄はレイナと比べて整った感じはないがなるほど顔の造りは似ている。
「で、我々を呼び止めたのは感動の再会のためだけでしょうか?」
小柄で小太りの男が鼻にかかった声で妙な節ついた話し方でコーに話しかけて来た。
「ああ、すまない。まずは自己紹介をしてもらえないかな」
「ゼンです」
「サスケ」
大きな男はぶっきらぼうに名前だけを呟く。
「ああ、ジュリーだ。こっちはロム」
レイナの兄はセリフじみた言い方だ。
「ここでもニックネームで呼び合うの?」
もう一人の青年が少し嫌そうにコーに訊ねる。
「普段呼び慣れている名前で呼んている。嫌かい?」
「まぁいいけど」
「君たちの話はレイナとやっさんからある程度は聞いている。それで、君たちはどれくらいこの事件のことを知っているのか教えてもらいたいんだ」
「情報の密度ならやっさんの方が詳しいと思うけど?」
ロムがやっさんの方を見る。
「オレの情報は何ヶ月も前の情報だ。お前ら新しい情報掴んでねぇのか?」
「少しなら」
「充分だ。これから主だった人たちを集めるからそこで話をしてくれ」
「わかりました」
「オレたちの武器はどうなるんだ?」
「通例なら一旦こちらで預からせてもらうことになる」
コーがそう言うとロム以外の三人が渋い顔になった。
「何か、問題でも?」
ヒビキが問う。
「我々の武器は少し特殊でして……」
「どれだ?」
彼らはそれぞれの所持品を荷の中から取り出して目の前に広げてみせる。
「これは……」
コーとヒビキが息を飲むのも無理はない。
防具は機能性を追求した本格的な金属鎧だ。
武器の方もまた本物だった。主武装は真剣であり、予備の刃引きされた刀剣もここで造られた武器以上の殺傷力を今すぐにも発揮しそうだ。そして、ゼンの杖はいくつものスイッチがついていてそれが彼の攻撃力を補っているのだと容易に察しがつく。
彼らは
「確かに
コーは装備品を片付けるために待っていた自警団のメンバーに後を託して防具を持つ。レイナがそれを手伝いヒビキは武器を手に取った。
「これは……」
ロムの棍を手に取ったきり動かなくなったヒビキにロムが自慢するように話しかける。
「すごいでしょ? 俺の要望通りに作ってくれたんだ」
ロムはヒビキが(もちろんコーも)有名人であることを当然知っている。特にヒビキがアクションスターとして、いや武闘家として実力があることも知っている。だからこそ彼の棍を持った瞬間その性能に気付いたのがわかったのだ。
「要望通り?」
棍は究極的には単なる棒である。
しかし、材質や長さ太さによってその特性が変わり、剣術などと同様にその特性を利用した使い方もある。この縮小世界でヒビキたち腕に覚えのある戦士が最も苦労しているのがこの「武器の再現度」だったのだ。たとえ材質が同じであってもサイズが違えば特性が変わる。棍でいえばしなりたわみ、強度やバランスが歴然と違う。ヒビキが三節棍を使っているのはその誤差が少ないからだ。その三節棍でさえ未だに試行錯誤を続けている。
例の会議室でテーブルの上に並べられた武装を見つめながらヒビキはクロたちが来るのを待っていた。その様子は心ここに在らずといった有様でコーは珍しいこともあるもんだと呆れていた。
「遅くなってすまないね」
扉を開けて連れ立って入ってきたのはクロとタニ、そしてイサミの三人。会議室で待っていたコー、ヒビキ、レイナにやっさんを足した七人が現在のこの街の最高意思決定権を持つメンバーである。
そう、クロが自分たちの自己紹介をすると、タニが「自警団メンバーに偏りすぎてるけどな」と肩をすくめて付け足した。
「さて」と組んだ手をテーブルに置いてクロが参加者を見回すと、四人のためにざっとこの街の概要を経緯とともに語る。語り慣れているのかとても簡潔で判りやすい。いくつかの質疑に答えた後、やっさんを指名して事の発端でありレイナが拐われたゲームエクスポミクロンダンジョン崩壊事故からこれまでにやっさんが調べたミクロンがらみの事件などの説明がなされた。こちらの方は特に目新しい情報ではなかったようで四人から特に質問などはなかった。
「こちらからの情報は以上だ」
クロはそう言うと一度椅子の背もたれに体を預ける。
「そういえば、食事がまだだったな」
「用意させているよ。続きは食べながらといこうか」
タニはそう言うと立ち上がって一度退出する。戻ってきた彼の後からはマユとアリカが温かい食事を持って入ってきてそれぞれの前に配膳していく。食事を取り始めてしばらくはとりとめもない会話が続いた。特にレイナとジュリーが家族の話題で盛り上がるのを微笑ましく見ている大人たちという図がしばらく続き、いつしか話題は戦闘の話に移っていった。
「君たちはあのダンジョンを通ってきた割には怪我が軽いね」
最初に口火を切ったのはタニだった。
「虫のフロアはともかくクリーチャーと戦ってその程度で済んだ冒険者は私の知る限りそこの二人だけだ」
と視線をクロとヒビキに向ける。
「つまり君たちは彼らに匹敵する実力を持っているという認識でいいのかな?」
「まさか。我々はあなたたちと違って十分な準備をしていただけですよ」
それは謙遜ではなく事実である。実際の実力のほどは測りようがなくとも芸能界でも屈指の実力と言われる剣道有段者の
「そう。すごいんですよ、彼らの装備」
食事のために壁際に追いやられていた武具防具を指してヒビキが言う。
「ほう、そんなにすごいのかい?」
「見ますか?」
「ぜひとも」
食事が一段落していたこともあり、食器が片付けられ再びテーブルに装備品が並べられた。
「本格的だな」
と漏らしたのはクロである。俳優としてそれなりのキャリアを持つ彼は歴史物の映画に出演した経験もあり、武将として鎧を身につけたことがある。
そこはオタクの性というところだろうか、褒められたことに気を良くしたのか作ったジュリーが得意げに長々と説明を始める。
「これが量産出来れば街の防衛もずいぶん楽になるのにな」
タニが言うと、不思議そうにロムが問う。
「防衛?」
「話を聞いてなかったのかい? この街には時々怪物の襲撃があるんだ」
「それは聞いていたよ。俺が聞きたいのはずっと街に籠もっているつもりなのかって事」
それを聞いてコーが少し強い調子で反論する。
「ミクロンダンジョンとは違うんだよ」
「でも、出来ればこちらから討って出たいのは事実よ、コーちゃん」
「討って出たくても頭数が足りないってのはスズネも言ってる事だろうが」
「頭数ってのはどれくらいを想定しているのですか?」
「ん? うん、過去に編成された調査隊は二パーティ。八人と十二人だったかな?」
タニが答える。この中では彼がレイナに次いで古株だった。最初の調査隊は襲撃が始まる前、南門から出た探検隊が
その調査隊のことはアリカも覚えている。彼らがいなくなったことで戦力が大幅にダウンし、ヒビキが来るまでに随分と戦死者が出た。ネバルが足を引きずるようになるほどの大怪我をしたのもその頃のことだ。
「当時とは状況が違うから一概には言えないが、同等以上の編成は必要だろう」
「そんな戦力は現状割けないよ」
クロが言う。
現有戦力としてはここにいるクロ、ヒビキ、コー、アリカ、イサミにレイナ。他にはネバルとシュート、不和に目をつぶれるならシュウトたち六人も計算に入れられるだろう。しかし、その全員を調査に出すと街の防衛戦力が崩壊する。
「なるほどね」
ロムは一応納得の態度を示した。新参である彼にはそれ以上言う資格がないと思ったからだ。
「でも、状況を変える必要があることは認識しているんでしょう?」
「変える手段があるのか?」
コーが訊く。
「あると言えるものかどうか……」
ここに来るまでに打てる手は打って来ている。しかし、その布石が目論見通りに効くかどうかは正直賭けみたいなものもあってここで全てを話す気にはならない。
「まぁ、いくつか言えることはありますがね」
言葉を濁したロムに代わってゼンは小さく咳払いをすると自分の見解を話し始めた。
「一つ目がここが北海道の海沿いのどこかであると言うこと」
「なぜ北海道だと?」
タニが訊ねる。海沿いであることは街の住人も大方そうではないかと思っている。北海道というのはその候補地として確かに有力ではあった。
「我々は東京のダンジョンで事故に遭った後、ある筋に頼んで系列とみられる地方のダンジョンの調査を行ってもらっています。その結果北海道のどこかに組織の本拠地があるというところまで突き止めています。そしてここが我々が捕まったダンジョンのある札幌より随分寒いこと、集められた冒険者が南から送り出されていること、その背後から潮の香りが漂って来たことなどから推察するに南に海がある札幌より寒い地域という結論が導き出せます」
この辺りロムはいつもかなり独善的だと思うが、ゼンの考察が間違っていることはほとんどないこともまた事実だ。
「直近の天気ニュースによれば道南と呼ばれている地域は海沿いでも既にそれなりに暖かくなっていましたから、候補としては知床半島か太平洋沿岸。知床にこの規模の秘密施設を作るのは地理的にも世界遺産であるという状況的にも難しいと考えればもう少し範囲も狭められます」
「なるほど、道東のどこかということだな?」
「もう少し狭められると思いますよ」
ゼンの考察は止まらない。
「我々が運ばされた物資、定期的に一度に大量に購入するという調達のことを考えるとそれなりの規模の街でなければ怪しまれるのではないでしょうか?」
「少しずつ買えば…」
「生鮮食品をですか?」
コーの発言を即座に否定する様はオタクの遠慮のなさか。
「最低でも十万人規模の都市近く、郊外だろうとして都市から五十キロと離れていないだろうと思います」
「その規模の街といえば…」
誰もが頭の中に北海道地図を思い浮かべる。海沿いの大きな都市…というより彼らが道東で名前が浮かぶ都市は一つしかなかった。
「釧路か」
誰とはなく呟いた街の名にゼンはニヤリと笑って見せた。
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