06
五人一組三班の先頭を走るコーは
「やっぱり知性があるぞ」
いつもなら威嚇に反応しててんでに襲いかかって来るコボルドがじれながらも指示に従っていることに驚きながらも、クロはヒビキ、シュウトとともに集団から少し遅れて粛々と右手に進む。
「サイクロプスが向こうに行かないかな?」
「あいつにどこまでの知性があるかわからないが、こっちの方が強いとわかってるよ」
確かにクロの言う通りコボルドを制しつつもサイクロプスの注意はこちらに多く向けられている。これまでの力任せの襲撃とは様相が違う。どのタイミングでどちらが戦端を開くか? ちょっとした合戦の様相を呈している。
「コボルドがコーたちに向いているからこちら側に薄い部分がある。そこをヒビキとシュウトで切り開いてくれ」
「テメェがやれよ」
「サイクロプスを一時的に一人で抑えてくれるならやってもいいぞ」
言われてシュウトは舌打ちを残して黙り込む。ここ数ヶ月の戦いで流石に自身とクロの実力差くらいは認識しているようだし、戦闘力が未知数のサイクロプスと一対一でやり合うのも今の状態を考えればリクスが高いと言う判断くらいできているようだ。
クロは肩に担いでいた刀を一度振り上げる。コーはそれを確認して、先頭の五人を魚鱗陣形に維持しつつ後続の二班に左右に開くよう指示を出す。人数的に貧弱ではあるが鶴翼の陣である。陣が完成すると改めて鬨をあげて突撃を開始する。それに合わせてクロたちも突撃する。
レイナは鶴翼の後ろをさらに左に進み背後へ回る。
二度目の鬨にコボルドがこらえきれず、広げた翼めがけて襲って来るのをコーの号令が迎え撃つ。
「三人一組だ! 一対一になるなよ! オレはこのまま押し出してコボルドを左右に分断する、各個撃破!」
クロは突きを繰り出すことでサイクロプスの牽制に成功する。その間にヒビキとシュウトは出遅れたコボルドを一体づつ殴り倒す。ヒビキは三節棍でコボルドの後頭部を往復殴打したあと腰めがけて厚底になっているヒールで蹴り出す。シュウトは
サイクロプスが唸り、それに反応したコボルドが一匹だけ振り返ったが、背中を向けていたヒビキとの間にレイナが割り込んでサイクロプスは完全に孤立した。
「やるもんだねぇ」
門に登って一連の動きを見ていたやっさんは率直に言葉にしていた。
「しかし誰だよ近代化以前の陣形戦術なんて教えられたオタク野郎は」
コーの部隊は二倍強の兵力で六体のコボルドを倒していく。数的有利はあるものの決して圧倒できたわけではない。二日続きの戦闘であり、誰もが怪我を負っていて動きが鈍い。それでも一人でコボルドとやりあえるコーがいて、サイクロプスに呼び戻された一体をレイナが引き受けたことで誰一人離脱することなくコボルドを屠っていく。
サイクロプスは取り囲んだ三人を寄せ付けまいと
数分の膠着が生まれる。
振り回されるスパイククラブを掻い潜って一撃必殺というのは難しい。誰かが打ち合って動きを止めなければならないだろうがヒビキの三節棍やクロの刀ではクラブと打ち合うには硬度が足りないし、かといってシュウトのモーニングスターもリーチが短くリスクが高い。よってコーたちがコボルドを
サイクロプス攻略に苦慮していたクロを拍子抜けするような解決策で救ったのはレイナだった。彼女はベルトに挟んでいた護身用のナイフを棒手裏剣のように打ち込んだのだ。ナイフはサイクロプスの脇あたりに刺さる。痛みで動きが止まったのをクロとヒビキが見逃すはずもなく、リーチの長いヒビキの三節棍がクラブを握っていた右前腕を打ち付け、一拍遅れてクロが袈裟斬りに打ちおろす。悲鳴とともに鮮血が吹き出す中、それでもクロに攻撃を加えようとしていたサイクロプスの腹めがけて出遅れたシュウトがホームランスイングの一撃を見舞い、くの字になったサイクロプスの頭を打ち砕く。
レイナはその時のシュウトの表情にゾッとした。恐怖に歪んでいたのか愉悦に歪んでいたのかはわからないが、それは確かに笑みだったからだ。
「レイナ、助かった」
大きく息を吐き、全身に返り血を浴びたままのクロが言う。自分の姿に遠慮したのか、近づこうとはしないところにレイナに対する最大限の配慮を感じてヒビキは彼を改めて尊敬の眼差しで見つめる。
「やっぱり弓兵は必要じゃないっすか?」
一連のやりとりをコーも見ていたのだろう、クロの隣に来るとそう言った。実は何度も進言していたのだ。
「コーちゃんの言う通りですよ、クロさん」
ヒビキも、もちろんコーもクロが弓兵設立に難色を示している理由はわかっている。まず現在の主力兵器である打撃兵器と違って加工技術が高度な弓と消耗品である矢を資源の乏しい現状で量産できるかといえば難しい。しかもここは十分の一世界だ。元の世界のように威力と飛距離を生み出す弓矢になるかは未知数である。接近戦で振り回せばある程度戦果の望める打撃兵器と違い物量で弾幕を張ると言った戦術の望めない以上弓兵には戦士以上に熟練が必要なことも二の足を踏む要因だった。しかし、ことはもうそうも言っていられない
「殺傷力は高くなくってもいいんですよ、さっきの投げナイフみたいに接敵する前にタメージを与えてくれれば」
「…そうだな」
クロは頭を砕かれうつぶせに倒れているほとんど人と変わらないサイクロプスの亡骸を見下ろして呟いた。
門内に戻って来たレイナをやっさんが待ち受けていた。ヒビキは二人の間にレイナをかばうように割って入る。
「この
そう尋ねられたやっさんはニヤリと笑うと頭をぽりぽりとかきむしりながら下を向く。クロはその仕草がどこから話して何を隠すのかを考えていると言う風に見えた。
「コー、後始末を頼む」
通常、戦闘の後始末は自警団の団長であるクロの指揮下で行われているが、時折今日のように誰かに指揮を委ねることがある。戦闘の後始末より重要と思われる案件が発生した時なのだけれど、そういう事案は大抵戦闘の前に発生している場合が多くいつもならコーたちにもだいたい雰囲気でわかることが多いのだが今日はいつもと違う突発的な事案のようだ。
「何かあったんですか?」
「ちょっとな」
クロは言葉を濁してその場を離れると、レイナとヒビキ、やっさんを連れて街へと歩き出した。
やっさんが連れてこられたのは中心広場に面した集会場の三階にある会議室。
クロは道すがらすれ違った救護班の男にタニを呼びに行かせており、今は彼の到着を待っている。やっさんはランプに照らされた近世ヨーロッパ建築の室内を興味深そうに眺めている。中央に円卓の置かれた広めの会議室だ。円卓には十二人分の椅子が用意されていて背もたれには十二星座の
「とりあえず好きなところに座ってください」
クロに促され手近な椅子に腰を下ろす。対面には睨みつけるように座っているヒビキ。この街どころか日本でも有数の武闘派と言えるヒビキの殺気を
「あとでもう一人来ることになっていますが、いつ来るかわからないので始めさせてもらいます」
「尋問かい?」
クロはそれには答えず質問を始める。
「説明を受けていると思いますが、この街の住人は特殊な経緯で集まっているので基本的に素性を確認することはないのですが…」
「俺はただのホームレスだよ」
「ホームレスがミクロンダンジョンなんてやるのかよ」
鋭い目つきでヒビキが言う。その言動はまさに尋問のようだ。
「やんねぇよ」
「ミクロンダンジョンをプレイしない人間がなんでここに来るんだよ」
目の前の男は鼻で笑うと円卓に肘をつき、鼻先で手を組むとその奥からヒビキをしてぞくりとくる視線を向けて低い声で呟いた。
「捕まったんだよ。首を突っ込みすぎてな?」
「興味深いね」
声に振り返ったやっさんは今扉を開けて入って来た男を見上げて右の口角だけを吊り上げた。
「おやおや、メディア嫌いの若き天才
「オレを知ってるってのはよっぽどの情報通だぞ? 誰だいあんた?」
「元ジャーナリスト。まぁ、今はしがないホームレスのやっさんだ」
タニはやっさんの顔が見られる席に座るとクロに話しかける。
「面白い人材が来たもんだな」
「びっくりだよ」
そう言って肩をすくめるクロに対してやっさんも鼻を鳴らしてこう言った。
「こっちもだ。噂では聞いてたが、黒川陸斗に響木涼音、戦闘には浅見洸汰も参加してたな? ミクロンダンジョンで失踪したんじゃないかと言われてる有名人があと何人かいるが、みんなこの街にいるのか?」
「誰のことを言っているのかはわからないが、あなたの知っている人間は何人かいるはずだ」
やっさんがそれを受けて何かを話しかけるのを遮るようにヒビキが詰問する。
「その件は後でいくらでも話してやるよ。今はあんたの件だ」
「そうだな…」
やっさんは思いの外あっさりと事の経緯を語り出した。
彼の言うところによれば、とあるきっかけから非合法化された後のミクロンダンジョンに謎の組織が関与しているようだと興味が湧いて調べていたら男たちに拉致されて人生初めての縮小を体験し、ダンジョンアタックの生き残りと一緒にここに送り込まれたのだと言う。
「どこまで調べたんだい?」
要点をかいつまんだ簡潔な語りはさすがは元ジャーナリストというところだろうか。しかし世間擦れしていないレイナはともかく、ここにはクロやタニなど駆け引きにおいて経験豊富な男たちがいた。あまりにも簡潔過ぎで胡散臭いのだ。語るべきことを語っていないのである。だからと言ってそこをストレートにつついても答えるわけのないことも熟知している。これがヒビキなら直球でそれを尋ねただろう。が、ヒビキはクロとタニを立てて口を挟まない。
「何が訊きたい?」
「そうだな…今日を含めてここ三度、東京のダンジョンで捕まった人たちが来てないんだが、何か知ってるか?」
「東京のダンジョンは潰れた。文字通り潰れた」
「どういうことだ?」
「言った通りだよ。ビルにトラックが突っ込んで崩壊だ。実を言うとな、たまたまその時プレイしてたってやつらと知り合って興味を持ったんだ」
「ミクロンダンジョンに?」
そう尋ねたのはレイナである。どう考えてもダンジョンに興味を持つタイプの人間とは思えない。この街ではレイナに一番近いタイプと言える。
「さっきも話した通り興味を持ったのはゲームの裏に組織めいたものがちらついてることにさ」
「そこがわからないんだ。オレたちはそんな話を聞いたことがない。ここに来るまでは疑ってもいなかった。なのにあなたはどうして組織的関与を疑えたんだ?」
「オレが疑ってたんじゃあない。あいつらが確信してたんだ」
「あいつら?」
「ああ、オレが知り合った冒険者って言うの? そいつらがな」
それを聞いた四人は互いの顔を見合わせる。唇が乾いたのかレイナは無意識に舐めていた。
「陰謀論者ってやつか?」
タニの質問にシニカルに鼻を鳴らすと大仰に椅子の背もたれに寄りかかる。
「陰謀論? この状況が何ら陰謀などと言うものではありませんってか?」
そう言われてはぐうの音も出ない。
「そもそもの経緯からしておかしいことだらけなんだよ。ゲームエクスポで死亡事故が起こったのはともかく、事故からひと月足らずで世界規模で民生利用の禁止が決まってる。にも関わらず事故から三ヶ月後には
レイナは話の中で出てきたあの日を思い出して体を固くする。その変化に気づいたのか単に話題が出たことを気遣ってか、握られた拳にヒビキがそっと手を添えてくれた。
「あんたらは知らないだろうが、非合法ダンジョンのミクロンシステムはほぼジーンクリエイティブ社の装置だ。エクスポに出展していてその事故を…いや、事件を起こした『これから参入します』って宣伝してた開業わずか二年のベンチャー企業だよ。事故直後には廃業した企業の発売もされてない装置が量産されていたって知ったら誰だっておかしいと思うだろ?」
彼はそこまで一気にまくし立てたことに気恥ずかしさを覚えたのか、ニヘラとみんなに笑いかけると
「ま・そんなこんなで興味本位に首突っ込んだ結果がこの状況だ」
と、自嘲する。
「…なるほど」
「本題だ」
考え込んだクロに変わってヒビキが切り込んできた。
「この娘に何の用があったのさ」
「ああ、
「だったら何なのさ」
「いいこと教えてやろうと思ってな」
その言葉にレイナは顔を上げやっさんの目を見つめる。やっさんは目尻を下げるとこの絶望的な世界で彼女に希望の光を
「あいつら必ずここに来るよ。君を救いにね」
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