05
女が三人集まると
ここでも例外ではないようだった。
冬に入り日中でも底冷えのする街では二十四時間暖炉に火が入っているのが当たり前だった。その暖かい暖炉の前で三人はそれぞれに割り当てられた作業をしている。
ヒビキは汚れ仕事用作業着にエプロン姿で力仕事に分類される保存食作り。あまり暖かいと食材の傷みが早いというので暖炉から遠いところに座らせられ、今日捌かれたばかりのウサギ肉で塩漬けの仕込みをしている。
「もっと暖炉の
「ダメよ、本当なら台所とか外でやらなきゃならないのを特別にリビングで作業させてるんだから」
窓から差し込む日差しの中でふんわりとした
「マユは日向であったかいからいいだろうけど、こっちは冷たい食材触りながら寒いとこで作業してんだよ。愚痴ったっていいじゃないか」
「じゃあ、代わる?」
「う…」
小さくうめくとそれ以上は言えないヒビキであった。裁縫は正直からっきしなのだ。もっともマユにしても決して得意なわけではない。そんなやりとりを微笑ましく聞いているのはこちらも保存食作りで暖炉の前を占拠しているレイナである。昨日襲撃があったばかりなのでこちらも火力を調整しながら鍋の様子を伺っているのは彼女が一番そのての知識が豊富だったからである。味付けに関しては味覚音痴かと言えるほど下手なヒビキはもとよりマユよりも美味いのはここでの生活が長いと言う以上に才能なのかもしれない。
こう書くとヒビキは家事全般が壊滅的に思えるかもしれない。しかし、泥や埃、
そこに三度玄関を叩く音がした。
ビクリと
立っていた。
「定期便が見えたって」
短く返事をするとレイナは二人を部屋に通す。
「お仕事よ」
「やった」
ヒビキは洗面器にお湯を張り素早く手を洗うと二階の自室に着替えに上がる。その間にレイナも念のため革の胸当てをしてベルトにレイピアを吊るす。数分でいつものつなぎのレザースーツに着替えてきたヒビキが留守番をする三人に声をかけてレイナとともに
吐く息が白い。
「……まだ、ダメみたいね」
レイナが小さく背中を丸めながら伏し目がちに言う。
「同じ街にいる間は立ち直るのは難しいかもしれない。それでも家の中では笑って過ごせるようになったんだし」
「そうね…」
「話は変わるけど、今回も東京組はいないと思う?」
と、ヒビキが訊いてくる。
ここ二回、つまりシュウトたちが来た日を最後に東京のダンジョンから来た冒険者ががいないのだ。一度目はたまたまかとみんなが思った。日本最大の人口規模を誇る首都圏のダンジョンから送られてくる冒険者が一人もいないなどと言うのは、他の地域から少なくともパーティ一組必ず存在することを考えれば確率的にほとんどないとは言えありえないことではない。それが前回も
「訊いた話じゃシュウトとノブヒロは別々のパーティだったらしいじゃん。つか、ノブヒロはイサミたちとシュウトのパーティ探してダンジョンアタックしたって話だし、あいつら名古屋がシマだって話じゃん? そっち系のトラブルでダンジョン潰したんじゃないかな?」
「だとしたら少なくともあの人たちは助かってるんじゃないかな?」
「レイナは楽観的だなぁ」
「ポジティブにいなきゃ、ここではやってけないでしょ?」
「まぁ、そだね」
二人が南門に到着して数分後に『定期便』が到着した。門が開けられ、一行と荷物が門をくぐる。みんなかなりの怪我を負っているようだ。その為の配慮なのかいつもより荷運びを兼ねた家畜が多い。
「到着された皆様、お疲れ様です」
全ての荷が門の中に入ったのを確認して、門衛が門を閉じるのを待ってヒビキが声を張った。
「皆様におかれましては全く状況がわからないことと思いますので……」
レイナは、ヒビキが淡々と事務的に話を進めていくのを聞くとは無しに聞きながら到着した一行を見渡す。今回到着したのは十三人。ここ半年でもっとも少ない人数だ。怪我の程度も一様にひどいようで、すぐにでも医療班に引き継いだほうがいいように思える。
彼女は近くにいた門衛の一人に急いで救護班を呼びに行ってもらうよう頼むと、三々五々と物資を片付けるために集まって来る住人を確認する。皆一様にできる限りの厚着をして来ていたが冬の寒さに慣れていないからだろう、ブルブルと震えて動きが鈍い。彼らの中に例の男たちは見当たらない。それを確認して改めて今回の一行に視線を戻した時、一人だけ仕草の割に血色のいい男がいるのに気付いた。凄惨な現場に慣れた彼女の経験に裏打ちされた洞察力が見つけたと言っていい。周りがみんな怪我をしているのでらしく振舞っているだけ、彼は無傷だ。それが配慮なのか保身なのかはさすがにわからないが、そこにはある種の
レイナの視線に気づいたらしいその男はバツの悪そうな顔で前にいる男の背中に隠れるように移動する。その後、改めて彼女の顔を確認するかのように背中越しに顔だけ出してじっと見つめて来た。レイナはそれを涼しく見つめ返す。男はやがて顔を引っ込めた。
ヒビキは一通り説明をしていたが、今日は戦闘に関しての話をしていない。これは現状、彼らには無理だという判断からの配慮だった。やがて、小走りに一団が走り寄って来る音が後ろから聞こえて来たのを合図にするように話を切り上げると、その集団を確認するように振り返る。タニを先頭とした救護班であった。レイナを見ると小さく微笑んで来る。控えめで決して表立って行動しようとしないが的確な判断でそつなく事態に対応する。そんな彼女だからこそ最古参でありながら今も一線で戦っていられるのだろうとヒビキは感心するしかない。彼女は元の世界ではただの女子中学生(正確にはすでに卒業はしていた)だったのだ。運動神経はいい方だった。単身での戦闘センスにも光るものがある。だが、それ以上に彼女には危険に対する反応の良さと素早い決断力、一人でなんとかしようと思わない思慮深さが、つまり危機回避能力の高さがあった。
住人が慣れた様子で検品を始め、救護班が今回の一行の怪我の具合を確認しているのを見ているレイナにヒビキが声をかける。
「帰ろっか」
「あ・うん、ゴメン。ちょっと待っててもらえる?」
あの事件以来、女性は例外なく二人以上で行動するというルールが追加されていた。そのためレイナが帰らない限りヒビキも帰るわけにいかなかった。部屋割りでも五、六人で一軒の家をシェアするように配慮されている。そもそも街全体で女性の比率は一割強でレイナたちの家の周り四軒の家に集められることになった。彼女たちが相変わらず三人で住んでいるのは環境をできる限り変えないようにというタニたちのマユに対する配慮だ。
「まぁ、私はいいけど…何かあるのかい?」
「おじさんがね」
「おじさん?」
言われてヒビキは診察の順番を待つ人たちをみる。レイナから見てどれくらい年上なら「おじさん」になるのかと少し悩みかけたが、明らかにおじさんという男が目についた。おどおどしているようで妙に落ち着いた気配を漂わせた少々汚い印象のある男だ。単純に第一印象で言えば四十代のホームレス。
「おじさんがどうしたのさ」
「んーん…なんとなく。私を見てたから」
「ロリコンか」
「そういうんじゃなかったんだよね」
などと話しているところに鎧を着た男が走り込んできた。
その場が一気に緊張する。
それが意味するところはたった一つだからだ。
「敵襲!?」
ザワザワと動揺が走る。
「みんなはいつも通り検品を続けて。チェックの終わったものから倉庫に運んでください」
凜とした透明感のある心地よい声でレイナが言う。止まっていた住人たちの手が動き出したのを確認すると、タニに近づく。
「あとはこっちでやっとくよ、早く行った方がいい。二人が遅れるとそれだけ味方が苦しくなる」
「よろしくお願いします」
二人は浅く頭を下げると
「なぁ、何があった? てきしゅうってなんだ?」
鎧の男とレイナにヒビキ、三人の数歩後を歩きながら声をかけてくる。
「文字通り敵が襲ってきたんだよ」
男が振り返りながら答える。
「敵? 物騒な世界だな。援軍が必要なほどって何人ぐらいきたんだ?」
それを聞いて三人が立ち止まる。
男は二人に問う。
「ちゃんと話してないのか?」
「今日の人たちはみんな大怪我をしていて…」
「ピンピンしてんじゃん!」
最後まで言わせず声を荒げた男に「おじさん」が先を急ぐようにと手振りで促しながらこう言った。
「あー、俺もふらふらしてたし、みんな歩くのもやっとってやつばっかりだったんだ。ねーちゃんたちを責めちゃいけねぇや」
その物言いにムッとした態度を隠しもせず歩き出す。三人もその後に続く。ヒビキが「おじさん」に改めて「敵」の話を説明する。彼は青ざめるどころかにやけ出してブルブルと震え始めた。恐怖で震えているのではない。興奮で打ち震えているのだ。
「で、何体だったんだ?」
ヒビキが街の中心広場を横切った辺りで先頭を行く男に訊ねると、彼は振り向くこともなくぶっきら棒に「十」と答えた。
「十?」
「ねーちゃん、そいつは多いのかい?」
「むしろ少ない方」
「それでなんで応援が必要なんだい?」
「戦士は全員戦闘参加が義務だから」
レイナがそう言おうとするのを制するように男が言った言葉に、レイナとヒビキは衝撃を受けた。
「今までと違う種類が来たからだ」
それが何を意味するのか「おじさん」にはわからないので三人の緊張感が伝わらない。男は説明を続ける。
それによると敵はコボルドが九匹に
敵の数は確かに少ない。しかし昨日も襲撃を受けたばかりでこちらはけが人が多く、自警団の人数が揃っていない。昨日は総力戦だったのではないかと思えるほどの大群で攻めて来たので何人かの戦死者を出している。主戦力だったネバルやアリカ、シュート、戦力として当てにできたイサミたちも多くが深手を負っていた。何より単眼であるという以外外見的に人と変わらない敵と対峙できそうなのはクロとヒビキ、あとはシュウトにコーくらいだろうかという状況なのだ。
北門に辿り着いた時、まだ戦闘は始まっていなかった。門内にはまともに戦える戦士が全て集まっていたがその数は二十に届かない。
「来たか」
クロがレイナたちに気づいてこちらを見る。
「まだ始まってなかったんですね」
ヒビキがクロに近づきながら言う。
「向こうが警戒しているのか近づいてこないんだ」
「知能がある?」
「レイナもそう思うか」
「でも、このままってわけにもいかないだろ。増援なんか来られたらただでさえジリ貧な状況だってのに」
クロの隣にいたコーが言う。
確かにこのまま睨み合っていてもこちらの
「コボルドはなんとかなるだろう。問題はサイクロプスだ。どれくらい強いのか、どんな攻撃をしてくるか予想できないからな」
「人数使って囲めばいいだろ」
シュウトがイラついたトゲのある言い方で提案する。
「誰がやる?」
「…チッ、オレがやってやんよ」
クロは自身とヒビキをシュウトとともにサイクロプス戦に投入することを決め、五人一組のチームを編成してコーを班長に据える。レイナには遊撃として単独でフォローに回ってもらうことにした。
レイナは思い出したように「おじさん」を見つけ、
「おじさんは…」
「やっさんだ」
「やっさんさんは念のためにそこの階段から門に上がっていてください」
「わかった。それと『さん』は二回もいらない」
そういって、階段を登り始めた。
「よし、行くぞ」
クロの号令一下、北門が開かれ戦士たちは的に向かって走り出した。
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