04
ヒビキの右側には心配そうに彼女を見つめる
「さて」と、長めの沈黙を破ってクロが話し始めた。
「一通り情報は出揃った。タニさんの診断結果から見てもヒビキの主張に概ね事実との
ぐるりと部屋の中を見回すと、イサミは頷きヒロノブはあからさまな舌打ちをしていた。
「問題はどう処分するか……だな?」
「うん。正直、彼女は街の貴重な戦力だから失うわけにはいかない。情状酌量の余地もあるがしかし、あまりにも処分が軽すぎると街の規律という意味で示しがつかない。放っておくと街の治安に関わる問題に発展しかねない」
「あいつらと同じ目にあわせりゃいいんだ、目には目をって言うだろ」
ヒロノブが椅子の背もたれに踏ん反り返ってそう吐き捨てる。
「今言った通り彼女は貴重な戦力なんだよ、君に代わりが務まるのかい?」
そう言われると舌打ちをして目をそらすより他にない。暗闇の中、多少不意打ち気味だったとはいえ男四人を相手に大怪我を負わせて自分は無傷で済ませるなど、ヒロノブにはちょっと出来ない相談だ。彼らが街に着いてからまだ一度も襲撃にあっていないので実際の戦いがどう言うものかはわからなくとも街の人々の話やそのけが人の多さを目の当たりにすれば、彼にだって目の前の女がどれほど修羅場をくぐってなお五体満足に立っているか、その実力のほどは推して知るべしというものだ。
「見張りと戦闘の負担はこれ以上させるとパフォーマンスに差し支える。街の存続に関わるから私は反対するよ。ただでさえ貴重な医療知識を持った救護員がその業務にあたれなくなったんだ。……ああ、こっちのペナルティはきっちり償ってもらうよ」
タニがいう。イサミに向いているようでヒロノブに向けて話しているようだ。
「オレたちなら使い潰していいと思ってんのか?」
「いいや、むしろ潰れてもらうと困る」
冷徹にそう返されたヒロノブは何度目かの舌打ちの後足を組んで無言の貧乏ゆすりで不満を示す。
それまでずっと黙って事の経緯を見守っていたイサミが口を開く。
「彼らのしでかしたことはこっちでも落とし前はつけさせますわ。で、彼女の処遇は?」
「あの…」
と遠慮がちに手を挙げたのはこちらもほとんど発言していなかったレイナだ。
「特権剥奪なんでどうですか?」
「特権?」
ヒロノブがその言葉に反応する。
「ヒビキの特権といえば街中でのいざこざを解決するのに独断で裁決できる裁量権と街中での武器所持、街の運営に対する議決権か」
クロがその場で思いつく大きな特権を三つかぞえあげる。
裁量権は自警団が外敵防衛以外に江戸時代の町奉行同様警察権と裁判権を同時に有した街の治安維持も担っているという権能に由来する。大きな事件はともかく、小さないざこざは速やかに処理するため班長格の団員は判例に照らして裁決できると決められている。クロとヒビキそして自警団ではないが救護班長であるタニには特に判例のない事例や緊急を要する判断を独断で下せる特権が与えられていた。
街中での武器の所持権は緊急出動に素早く対応するために与えられる自警団の上位者特権である。彼らは武器を常時所持する代わりに出動要請には必ず応えるという義務が課せられている。この特権所持者には現在クロ、コー、ヒビキ、レイナの四名が選ばれている。
「武器所持は剥奪で問題ないだろう。そもそもヒビキなら武器などなくても自衛能力がある。議決権も一旦取り上げる方向で」
「あとは裁量権か…」
クロがタニの言を受けて腕を組む。
「取り上げて当然だろ、全部取り上げちまえよ」
ヒロノブが吠えるのをイサミがひと睨みで黙らせる。肚の中ではらわたが煮え繰り返る思いを抱えていた。
そもそも彼の仲間(ひいては自分の身内ということになる)が女を集団で襲い彼女に現行犯として叩きのめされたことが発端なのだ。こいつは本当にそこを理解しているのかと、人の目がなければ彼自身が蹴りの一つや二つかまして問い質したいくらいなのだ。友人であるその女を嬲られて逆上した結果過剰な暴力に及んだことが問題視されているのであって、どちらに非があるかはアウトサイドの人間であるイサミにも一目瞭然だった。仲間が大怪我を負わされたことに対する相応の罰について話し合ってはいるが、あまりにもこの件に過重な罰を与えるとこちらの罪に対する罰も当然の対価として支払わなければいけない。
(充のやつ、面倒なとこ押し付けやがって。テメェがちゃんとしつけてやらねぇからこのザマだ)
眉間にシワを寄せ、奥歯をギリリと噛み締めたイサミは心の中でゆっくり三つ数えたあと大きく深呼吸をする。
「裁量権はそのままで。そこまで取り上げるとお二人の負担が大きくなりすぎるでしょう」
ヒロノブがそれに反対の声を上げようとしたその時、慌ただしく走ってくる足音と荒っぽくドアを叩く音がする。
ここは重要な案件について話し合う場で、関係者以外の立ち入りを禁止されている。しかし、ここに集まる人物は街の主要人物であることが多く、緊急時の連絡手段としてノックの仕方が決められていた。二回二回五回と叩けば救護班の緊急事態。一回三回一回叩かれると街中での事件事故という具合だ。
そして、今は間断なく叩き続けられている。
「敵襲だ」
クロとヒビキ、レイナは瞬時にドアへ向かう。
「仲間呼んで来い」
イサミはヒロノブに指図する。
「なんでっすか?」
「どんなものか見たくねぇのか? 見ないでピーピー喚き続けるつもりか?」
そう言われれば反論のしようがない。すでに自警団の三人は部屋を出ている。ヒロノブは小さく舌打ちをして部屋を飛び出していった。
「門までは私が案内しよう」
タニが先導し、イサミが後に続く。小走り程度の速さだったというのに彼らはすぐに先行した三人に追いついた。
「なぜ急がない?」
当然の疑問だった。
「これでも急いでるんだ。歳なんでね、着いた頃には息が上がって戦えないなんてシャレにならないんだよ」
オークが現れる前までなら彼らも走っていた。その頃は見張りの守備隊の戦況が不利になった段階で応援要請が来るようになっていたからだ。今は見張りが敵を確認した段階で、最初から増援すると決めてある。リスクを減らす苦肉の策だ。だからこそ、現着の際に息が上がって戦えないなんて状況は本末転倒なのだ。
北門に着くとすでに戦闘が始まっていた。門を開き外へ出る前に救護班の一人に声をかける。
「今日はオークばかり二十七体、1分くらい前に戦闘が始まったばかりです」
「多いな」
「増援は全員来てます」
増援の他にヒロノブが呼び出したシュウトら新規組六人もいる。つまり、彼らが最後だったということだ。
「オレたちはどうすればいい?」
イサミがクロに訊ねる。
「今日は見ているだけでいい。そこの階段で門の上に登ることもできる」
と、鞘から抜いた刀で指し示しすと門の向こうへ走り出した。レイナとヒビキもそれにつづく。
「皆さんはどこで見物しますか?」
イサミは自分が呼びにやった六人を見回す。
彼らはオドオドとしながら言い訳などしつつ門の上へ登っていく。ヒロノブとシュウトは門の外へ出ることを主張した。
「なら、これを持っていくことだな」
タニに差し出されたのは初日に押収されていた彼らの武器だった。
「自分の身は自分で守る必要があるからな」
受け取った三人が門をくぐると目の前に広がっていたのは本物の戦場であった。イサミがカチ込んだ抗争現場以上の凄惨さで、ましてやシュウトが経験していた街の不良たちの喧嘩などまさに子供の喧嘩でしかないことが実感できた。
自警団は基本三人一組でオークにあたっている。二人が左右からできる限り怪我を負わないように牽制しながら攻め立てている。もう一人は乱戦で襲われないように後ろを守るっているようだった。それをローテーションで役割分担しているところを見ると、単にサポートというよりは休憩も兼ねているようだ。その戦闘を見るに一対一でも勝てなくはなさそうだが、豚に人の手足をつけたような不格好なオークは百二、三十センチと小柄ながら棍棒を持っていて恐怖を知らないのか怪我も恐れずゴリゴリと攻め立てて来る。戦い慣れていないものにはなかなかおぞましい相手だ。
そんなオークを逆に二体、三体と相手にしている男たちがいる。その中にヒビキやレイナを確認して、イサミは先ほどの裁判でのクロやタニの言いたいことがよく理解できた。彼女たちがいなければ他の戦士が三人一組での戦闘はできない。今でさえ、彼女たち以外の組はオークに殴られたりして少なからずダメージを受けている。一対一ではこれほど優位に戦闘を進められないだろう。戦闘力と人数を考えれば最終的に敗けはしないだろうが、下手をすると犠牲者が出かねない。
相手の勢力規模がわからない戦いでこちらに犠牲者は出したくない。
クロたちの言いたいことが良くわかる戦場だ。こんなのが十日と開けずに襲って来るなど、自分たちの抗争とは規模も質も違う。これはまさに戦争だった。
イサミは改めてその単独で戦っている男たちを見ていく。一人はクロだ。所作が綺麗で一見して剣術でも習っていたことが見て取れる。自警団長というのもその実力で選ばれているのだろうことが一目瞭然だった。次に目を惹いたのはヒビキだった。彼女はイサミでも知っているアクション女優ではあったが、実際に戦闘センスも高いようで三節棍を自在に操り敵を寄せ付けない。三人目はコーと呼ばれていた青年だ。どこにあのメーター級の幅広い剣身を持つ両手持ち剣を振り回す
目をひいたのがもう一人、レイナは対照的にヒラリヒラリと相手の攻撃をかわしながら、
(結局、オレたちが普段堅気の連中に怖がられてるってのも報復を恐れてってことか? 喧嘩の強さってのも雰囲気と場数によるものってことだな。経験値が違いすぎる)
彼は自分の周りが安全なのを確かめた上で一緒にいる二人を見、上から見下ろしている他の連中を見上げて見た。
皆一様に震えているようだ。これを自分たちもやらなければならないのかという恐怖が見て取れた。ヒロノブでさえその目に恐怖の色が浮かんでいた。ただ、シュウトだけは違うようだ。彼の目には別種の
(こいつはヤバイタイプだ)
その道で何年も生きているイサミをして背筋を凍らせる狂気である。いや、この手の狂気に幾度か出会っているそんなイサミだから感じられるものであったかもしれない。
そして、その狂気の視線の先にいたのは、その視線に気づいたのかこちらを振り向いた「レイナ」であった。
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