03
三日が経った。
街の新しい住人となった人々は街のルールに従い数人ごとに住人の家に割り振られる。これは街のルールを教わるという意味と旧来のパーティだけでかたまり孤立することを防ぐための措置だった。この間、彼らも概ね大人しくしていたが、最初にコーと対立したシュウトという少年だけがトラブルを起こし続けていた。
「嫌んなるって、ホント。昨日割り振られた家でマッサン殴って怪我させたんだってよ」
シュートは北門の見張りで持て余している時間を潰すため、仲間にそう愚痴っていた。
「そんで、お前ん
「ああ、たまたま同じ名前だからってそりゃないだろってな?」
「同じ名前ってだけじゃないでしょ?」
「ま、オレはマッサンと違って戦士だからな」
「そのせいでお荷物つきとはよ」
シュートは今日見張りの昼班に当たっていたのだが、トラブルメーカーのシュウトを家に置いてくるわけにもいかず連れて来ていた。そのシュウトは少し離れたところで昼
初日に起こしたいざこざと今話題に出た昨日の件とでシュウトの評判はすこぶる悪いわけだが、この言い方は本人を前にして少々言い過ぎである。レイナはそれをたしなめた。
「そうはいってもよぉ、レイナちゃん…」
シュートの愚痴にしろシュウトへの心無い言われようにしろ、レイナにも原因の一端はよく理解している。オークが現れるまでは十人一組三交代だったが、怪我人が増えて人数が揃わなくなったため現在の見張りは八人一組で編成されている。襲撃があった際はそのうち一人がB級待機の戦士に援軍を求める手筈になっており、戦闘は十五人で行う。日々の負担や癒える暇もないケガにストレスを募らせているのだ。現代文明社会から切り離されていて発散手段が少ないのも理由だろう。だからと言って許されるものではない。街の中で対立などできる情勢じゃあないのだ。
「黙って聞いてりゃテメェら…」
沸点の低いシュウトがしていたかどうかという我慢の限界に達し、シュートたちに歩み寄ってくる。
「ちょっと有名人だからっていい気になってんじゃねーぞ!」
シュウトは身長で十二センチは差のあるシュートを睨み上げるように顔を近づける。いわゆるガンを飛ばすというやつだ。しかし、シュートの方はそれを涼しく受け流している。
「有名なのは事実だけど、いい気になってるとかっていうのとは違うなぁ」
「じゃ、何余裕ブッこいてんだ? あ?」
「余裕なのは、お前より強いからだよ」
ここまでくると売り言葉に買い言葉である。いや、むしろシュートの方から喧嘩を売ったんじゃないかとレイナは一連の流れから思った。
「武器持ってっからって粋がってんじゃねーぞ!」
「んー…お前が武器を持っていてもおんなじだと思うわ」
この街で武器の携帯を許されているのは当然ながら戦士だけである。まだこの街に来たばかりで、しかも戦士として協力することを拒否しているシュウトには与えられていない。もちろん戦士といえども街中で武器を携帯できるのはごく一握りであり、残念ながらシュートはその中に入っていない。
謎の組織はミクロンダンジョンの冒険者として携帯していた武器をなぜか取り上げずにこの街に寄越してくれる。しかし街中の治安維持、安全管理のために武器は一旦ここ北門に集められて武器庫に保管され、戦士として見張りに立つ際に班のリーダーから都度手渡される。もっとも、ダンジョンアタックに使っていた武器など実際の怪物たちとの戦いにおいてはほとんど役に立たないので、改良を加えるか自分にあった武器を新しく作るのが一般的だ。
ちなみに住人が女性のみの家には護身用の武器を置くことが許されている。
「試してみるか?」
シュートが言う。
「ぶっ殺してやんよ」
シュウトが吼える。
「シュートさん」
レイナが止めに入ろうとするが、機先を制してシュートが言う。
「どの道戦えるヤツには訓練があるんだ。ここでやったって構わないと思わね?」
用意がいいと言うのか、気を利かせたのか。仲間の一人が訓練用の木剣を二本、武器庫から持って来て二人に渡す。
「
「当然だろ?」
「舐めんじゃねぇ!」
シュウトが一気に踏み込んで殴りつけるがそんな無造作な攻撃がシュートに届くはずもなく、かわされた剣の先が地面を叩く。その剣先を素早く踏みつけたシュートはピタリとシュウトの目と鼻の先に木剣を突きつける。
「お前こそ大人を舐めてんじゃねぇよ」
低くドスの利いた声で凄んでみせているが、背中には一筋の冷や汗が流れていた。
レイナもその一連の攻防を見てシュートと同じ戦慄を感じていた。少年の撒き散らしているのは紛れもない殺気だった。それはコボルドどころかオークの放つ以上の鋭さで向けられる殺気だ。西洋の刀を模した剣を構えもせず無造作に振り出したため綺麗に振れずスピードが乗らなかったにも関わらず繰り出された撃剣の鋭さもすでに今この見張り班メンバーと遜色ない。勝負勘も天性のものだろう。勝てばいい式のいささか汚い戦法だが躊躇なく不意をうち踏み込みも鋭く迷いがなかった。惜しむらくは大声での威嚇と同時だったことで対応しやすかったことか。
現実世界の街中での喧嘩なら十分以上の戦闘力だ。
しかし、残念ながらここには生死を賭けた日常がある。彼我の経験値は天と地ほども差があると言っていい。少なくとも今の彼に負ける戦士は一人もいないだろう。
(けど……)
戦闘に関する
「はい、そこまで。シュートさんもシュウトくんもそれ以上やるのは私が許しません」
「てめぇが指図すんな!」
シュウトが吼える。
「今日の班長はレイナちゃんだ。指図すんのも当たり前だろ」
「女に班長なんかさせてんのか? いい気なもんだ、所詮おままごとじゃねぇか」
「何言ってんだお前、この街で彼女より強い奴なんて五人もいないぞ」
呆れた顔で見下ろしているシュートがそれでも諭すように言い添える。シュウトは一瞬驚愕に目を見開いた後、仇を見るような目つきでレイナを睨みつけたがレイナは表情一つ変えない。
「こんな状態で同居させるのは無理ですから、シュウトくんの同居先は今日中に変更してもらいましょう」
「ああ、助かる」
シュートは(いろんな意味で)と心の中で付け足す。
円卓を囲んでいる六人はそれぞれに苦い表情を浮かべていた。
議題はもちろんシュウトの処遇についてである。
夕番を終えたレイナがクロに話を持ち込んで開かれたこの会議にはクロとレイナの他にコーとヒビキ、いずれも街中で武器を所持することが許されているメンバーだ。それに新しく来たメンバーの中からシュウトと関係のなかった東北訛りの体育会系青年ケンジ、シュウトの知り合いからは角ばった顔立ちで筋肉質の男イサミが呼ばれていた。
日付はとうに変わっている。
その日までの経緯と仮の措置としてシュウトに北門の見張り用仮眠室で夜勤番と一緒に寝泊まりさせていることまでが説明されている。
「武本さんのとこで暮らしちゃダメだったんですか?」
ケンジが緊張した面持ちで発言する。無理もない。目の前に居並んでいるのはウルトラマンの主役で人気の俳優浅見洸汰に黒川陸斗、今世紀最強のアクション女優と言われる響木涼音であり、話題に出ているのはサッカー元日本代表だった武本修斗である。ヒビキの隣にいる少女も彼女に見劣りしない輝きを持っている。これにミクロン番組で一躍人気者になった持田ねばると共演していた女子プロ野球選手加藤亜里香までいると言うのだ。そして隣には明らかにその筋の男。しがない新入社員だった一般人がなんの因果でこんな状況に置かれているのかと頭を抱えたくなるのも仕方がない。
「我々は安全のために二人を一緒にすべきじゃないと判断しました」
「賢明だ。下手したら怪我だけじゃ済まなくなる」
そう発言したのはイサミ。クロがシュウトの知り合いの中から彼を選んだのは初日の様子からもっとも話の通じそうな人間と見たからである。一見して堅気ではないのはレイナにもわかった。しかし、ほかの連中がチンピラの域を出ていない中で彼だけは別の雰囲気を醸し出していた。彼らと違ってミクロンダンジョンなどにアタックするようには見えない。なのに彼はここにいる。理由は推し量れないが彼がメンバーにならなければいけない事情があったのだろう。
「身内の恥だからここだけの話にしてもらいたいんだが…遠藤修斗、あいつがうちのもんと東京のダンジョンで行方不明になったってことで追ってきたのがオレたちのパーティだ。どうも先行した奴らは何をしでかすかわからなくてな、オレと組んできたのもオレの直接の舎弟じゃあないんで正直オレでどこまで抑えられるかわからねぇ。だが、組のメンツってのがある。できる限り協力しよう」
「よろしく」
クロとイサミの視線が交差する。こちらも肚の座りようは尋常じゃない。
「で? あんたはどうしたい?」
「しばらくは怪我の具合がひどいショウゴくんの看病ということでシュウトくんとヒロノブくんを空いている家に住まわせようと思っている」
即座にコーが反対した。
イサミの見立てでは内々で話し合われているはずの案件だ。ここでは六人しか集まっていないが内政組が一人もいない。
街の現状はあらまし聞いた。
絶対的に不足している防衛戦力を維持することがこの街の生命線であり街の代表が自警団のトップであるクロに任されていることから考えて、彼の発言力に多少の優位性はあるだろうとしても街中の運営について内政を執る人物が別に存在しているはずだ。基本配給と自足で賄っている世界に救護と職工で専属従事者がいる。そこには班長と親方がいると説明を受けている。つまり少なくともどちらかとは(怪我人ショウゴが関連していることから少なくとも救護班長とは)事前に了解を取り付けているはずだった。
にも関わらずコーは反対の意思を表明している
「特別扱いは街の秩序を乱します。ルールは守るべきだと思います」
「ルールの中で秩序を乱してるから特別な処置か必要なんじゃない」
反論したのはヒビキである。
「ならば罪には罰じゃないのか?」
「牢にでも閉じ込めておけって?」
街に人が来てから一度も使われていないが、確かにここには
「何か問題でも?」
「人手不足なのよ」
「協力の意思がないヤツが何をしてくれるっていうんだ」
「最初から戦闘に協力的な人なんてほとんどいなかったでしょ」
むぐとコーは言葉を飲み込んだ。実際コーも持ち前の正義感から即座に協力は申し出たが、実際初陣では足手まといと言っていいほど何もできなかった。
「コー。これは治安の維持という観点からの措置なんだ。彼が、いや、小さないざこざも含めると彼らが街に与えている影響は放っておくわけにいかない」
「でもですよ、クロさん」
「コーちゃんは融通が利かなすぎ」
「ここでちゃん付けすんな」
コーはむすっと腕を組むと不承不承と同意の意思を示した。
「クロさん、戦闘には参加させるんですか?」
「ん? んーん…まぁ、人手不足は深刻だからな」
レイナに質問され、ちらりとケンジに視線を向けるとビクリと体を震わせた。実際、怪我の程度にもよるが軍役はほとんど強制に近いものがある。男も女も関係ない。例外は医療知識と技術がある人間が救護班に配属されるくらいで、職工に専従している者はほとんどが戦闘力を失っている。
「班割りは後日改めて考える。その時は協力をお願いします」
クロはイサミに頭を下げた。
「努力しましょう」
レイナとヒビキが我が家に戻ったのは二時を回った辺りだったろう。暖炉には火が残っている。リビングにマユの姿はない。おそらく自室で寝ているのだろうと二人はまず薪を焼べて冷えかけた部屋を暖めてから部屋着に着替えようとしてその異変に気が付いた。主戦力である二人は戦闘や会合などでよく呼び出しを受ける。夜遅くに帰ってくることも多くいつもなら明かりが付いているはずだった。たまたまかと思おうとした矢先、二階からギシリと音がしたのだ。
二人はさっと互いに視線だけで意思を確認するとレイナは腰に佩いたレイピアを抜き、ヒビキは三節棍を取り出す。共に大きな音の出る金属製の鎧は身につけていない。なるべく音を立てず階段を登り、音の出所を確認するため耳をすます。
ヒビキの三節棍を握る手が震える。
それは恐怖によるものではない。
彼女はレイナに来るなとひと睨み利かせると修羅のようにマユの部屋に突入した。
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