02

 通りが騒がしくなった。

 そろそろ朝夕火が欲しくなる季節である。この世界は人工的だろうが外の世界と同様に日が伸びたり短くなる。そして今は日が沈もうかという時間帯であり火をおこそうかと暖炉の準備をしていたところだった。


「荷が到着したらしいよ」


 二階から降りて来たヒビキがそんなレイナに声をかけた。


「どうりで」


 レイナは特に興味を惹かれないという態度で淡々と手慣れた手順で火を熾す。


「相変わらず素っ気ないね、レイナは」


 ヒビキの後ろからマユが言う。


「荷物が来たってことは新しい人たちが来たってことよ? 興味ないの?」


 この街はレイナが来た時から三百人規模の街として作られていた。ミクロンダンジョンというRPGの延長線上に意図されたらしい伝統的な洋風建築を模した街だった。レイナが目覚めた時は街の中央に食料と、同様に拉致されたらしい十五人ほどと一緒に放置されていた。第一陣である。第二陣はそれから二月も経った頃だったろうか? 荷車に野菜や肉を乗せたものを引かされて霧深い中を北門からやって来た。


「んーん…特に」


 春のゲームエクスポでさらわれたレイナがいつここに連れてこられたか、おそらく拉致から一月以上経っていたとは思えないが以来ずっとここで暮らしている。あれから二度目の冬を迎えようとしている最古参だ。今更ワクワクするという感じでもなかった。


「あたしは興味あるよ」


 ヒビキは火がつきはじめた暖炉の前、レイナの隣にしゃがみこんで手をかざす。もっともまだ火は温もりを与えてはくれていない。


「ここんところ戦える人が不足していて厳しかったからね。今度の人たちはどうかな?」


 オークの出現以降、怪我人の離脱と復帰のバランスが大きく崩れ戦闘にかり出される頻度が増えていた。これまでも確かに戦士の離脱が復帰を上回ってはいたが、一度戦闘に参加すると次の戦闘は免除されていた。しかし、ヒビキもレイナもここ四度の戦闘全てに参加せざるを得ない状況だった。


「そもそも何人五体満足かって話よね」


 レイナは二人の話に割り込まない。彼女たちは生死をかけたダンジョンでの戦いをくぐり抜けてここに連れてこられており、赤龍にさらわれたレイナとは境遇が違うからだ。大体が合成獣キメラと戦い疲弊したところを人造人間ホムンクルスに拉致され、一応一定の医療的処置を施された後この街の生活物資を積んだ荷車をひかされて南門にたどり着く。今や百五十人以上が暮らす街の一月分の生活物資を怪我人も多いわずか数十人で運ばされるのだ。食料となる家畜も荷車を引いているとはいえ、これはなかなかの重労働だった。


「人より私は新鮮な野菜かな?」


 二人の話がひと段落したあたりで、レイナが晩御飯の準備を始めるために歩きながらそう言った。ヒビキもマユもそれに気づいてあとを追う。


「それはある。特に果物と葉物野菜はこの一週間くらいだもんね、生で食べられるのは」


 南門の内側にわずかばかりの畑が作られているが、太陽光が得られないらか元々土地が耕作に適していないためかイチゴやミニトマト、申し訳程度のジャガイモくらいしか収穫できない。もっとも十分の一サイズの彼らからすればそんな成りの悪いジャガイモでもおばけジャガイモであり、収穫の際には「おおきなかぶ」よろしく住民総出で引き抜くことになるわけだが。


 暖炉の前でナイフを使い三人が調理をしている。その様はさながら第一次世界大戦前のヨーロッパの農村家庭のようだ。食べやすい大きさに刻んだ食材をホイポイと暖炉に据えた鍋の中に放り込んでいく。鍋の横には飯盒はんごうらしきものが置かれている。この辺りに日本人を見て取れるとでも言えばいいだろうか?

 三人が穏やかな日常として夕飯の支度を続けていたところに玄関のノッカーが三度叩かれ来客を知らせる。レイナが出迎えると、そこにはアリカが立っていた。


「珍しいね、あんたがノックするなんて」


 来訪者に顔だけ向けてヒビキが声をかける。


「ボクだって礼儀はわきまえてるよ。ここに来るときは大抵緊急事態だからね。いや、それはいいんだ。ちょっと来てもらえないかな?」


「あたし?」


「いや、できればみんなに」


「ん・晩御飯火にかけてるからみんなって訳にいかないなぁ…」


「私が留守番してようか?」


 マユが自分を指差しそう言った。


「んーん……今んとこマユが必要な事態にはならないから、そうしてもらおうかな?」


 などと不穏なことを言う。

 その言葉にそれまでの日常モードだったヒビキの表情がサッと引き締まった。


「揉め事かい?」


「そう。今日はクロさん北門だから新しい人の世話役をコーと私でやってたんだけど…」


「コーがまたなんかやらかしたんだ」


 フンと鼻を鳴らして出かける準備をするヒビキにレイナは苦笑を添えてついていく。


「まぁ、コーもあんなだけどさ、今回は相手がちょっと…」


 まともじゃないとは直接言わない。しかし、その濁し方は明らかに相手に相当の問題があると匂わせていた。


「まぁいいさ、よくあることだ」


 外出の支度を終えた二人はアリカを先頭に南門へと向かう。南門にだどりつくと確かにちょっとした騒ぎになっていた。ヒビキがざっと数えただけで今回到着したのは三十人近く。単純に五、六パーティというところだろうか? 少し休めばすぐに戦えそうな人が十人以上はいる。戦闘に参加できないだろう人も十人くらいいるだろうか。ただ、人相・ガラの悪そうな男たちが多い感じでこのイザコザは彼らとのものらしい。少し離れたところでしばらく様子を見ていたが、一団の男たちとコーたち街側の人間で互いの主張を繰り返しているだけの押し問答が続いていることがわかる。


「レイナ、コーちゃん連れてクロさん呼んできて」


「え?」


 これは直感というより洞察力の結果である。


「コー」


 言い合い睨み合いの中に無造作に入っていったヒビキはいつもの「ちゃん」付けではなく呼び捨てにしてその隣に立つ。


「クロさん呼んできて」


 と、目配せでレイナを指す。


「ス…わかった」


 この辺りは二人の力関係というよりは気心の知れた仲というのだろうか、コーは反論も質問もせずにチラリとヒビキの見知らぬ少年を一瞥してからその場を外れた。


「すまない。この街の代表は今、北門の警備についているんだ。今呼びに行くので少し待っていてくれないか?」


 彼女はコーが少なくとも一通りこの街の説明をしているという前提で、まず相手を伺うことにした。この辺りは元の世界でも荒くれ者と言っていい男たちの中で渡り合ってきたヒビキとその経験の乏しいコーの差なのだろう。


「あいつが代表じゃねぇのかよ」


 コーが最後に一瞥していった少年がいう。値踏みというと若干の語弊もあるだろうが、今日到着した者達の年恰好などは当然目の端に入れている。目の前の少年はその中で一番歳若く見える。普通に考えて彼の後ろに黙って控えているチンピラ風の若者や、あえて後ろの方で様子を伺っているいかにもその筋らしい男達を差し置いて決定権を有しているようには見えない。ここに来るまでにアリカからざっと聞いていた話と重ね合わせると、何か納得のいかないことに対して彼が強硬に主張をしているということだろう。


「ここにきた経緯はみんな同じようなものだから確かに街の平均年齢は若いが、彼で代表が務まる規模ではないんだ。そっちの代表は君なのかい?」


「いや」


 少年が何かを言いかけるのを制したのは短い茶金の髪を逆立てた若者。細いがしまった体をしているのだがその表情はニヤけていた。その一言に少年は苛立ちまぎれに舌打ちする。


「見ての通り代表がいるような集団じゃねぇ」


「そうですか」


 信用ならない相手なのは一目見てわかる。確実にその筋の一人だ。しかし、彼女はわかりやすいほど態度を軟化させてみせる。


「こちらの事情もあり、少々気に触ることがあったかも知れません。彼からどこまで説明されているかわかりませんがこれからこの街で一緒に暮らさなければならないことですし、街のためにも協力していただきたいのです」


「ハッ、協力ね」


 少年が吐き捨てる。


「義務とかいってタダで働かせるんだろ? 雑用なんてやなこった」


「すんませんね、こんなやつで」


 茶金髪の男が済まなさそうには見えない態度で言葉だけを紡ぐ。


「ただ、何と無く想像もついてるでしょうがオレら真面目に働ける口じゃないもんで」


 要するに街のために働きたくないとそう主張しているのだ。なるほどコーでは収まりがつかないのも納得できた。正義感が強くて一本気な彼ではこの態度にカチンときて高尚な正論でも振りかざしそうだ。しかし、こんな言い分など過去にもあったじゃないかとヒビキは彼の青臭さに内心苦笑する。


「君はどんなことをさせられると思っているのかな?」


「この食いもん配ったり道具作って売ったりだろ」


 今日来た三十人を含めるとこの街は百八十人近い人口になる。日々の生活を行うには衣食住が必要で、住むところはまだ選べるほどに余裕があるし食料も潤沢に供給されている。しかし、食料は配るために小分け処理しなければならないし、管理する必要もある。着るものは自分たちで用意しなければならない。


「この街には確かにそういう仕事もある」


「そういう仕事も?」


 ヒビキの表現を聞きとがめたのはごく普通のサラリーマンだったのではないかと思われる三十前後の男だった。


「はい」


 ヒビキはクロが来るまでの間、改めてこの街の現状を説明することにた。


「先ほど説明を受けていたと思いますので繰り返しになるでしょうが、改めてこの街についてお話しさせていただきます」


 一つ間を置き、例の少年を正面から見据える。


「最後まで話を聞いていてね」


 ここは十分の一世界である。この辺りは彼らも現実として受け入れているだろう。何せここに送り込まれるのはミクロンダンジョンのプレイヤーばかりだし、彼らとともに荷をひいてきたのは巨大なウサギやブタである。住人のほとんどは彼ら同様、東京をはじめ福岡、仙台、札幌の特定のミクロンダンジョンで合成獣キメラと戦い生き残った後、人造人間ホムンクルスに捕まった者たちだ。それなりの手当てを受けて街の南、潮の香りがする霧の中で目を覚ますと人造人間にこの街へと追い立てられる。今はまだ秋口でそうでもないが冬が厳しいこと、潮の香りが南から漂って来ることなどから東北か北海道の海に近い場所に作られた地下秘密施設ではないかと考えている。

 現在この街には住人が約百五十人、今きた彼らを含めると百八十人になるが街には三百人は住めるほどの住宅が最初から用意されていた。街は中央に広場があって放射状に建物が立ち並ぶ近世ヨーロッパ風の街並みで高い城壁に囲まれている城塞都市になっており、決して快適ではないが清潔な生活ができる設備が整っているし食料などは彼らが運ばされたように定期的に届くので街の中にいる限り比較的安全に生きていける。しかし、衣服や雑貨は自分たちで作らなければならない。現代人でありここに来る前は既製品を買うばかりだった彼らにはこの縫製などの職人仕事がなかなか難しい。しかも十分の一サイズになっていることが布や革はともかく金属の精製と加工を難しくしている。


「そのため特に武具、防具の供給がなかなか需要に追いつきません」


「武具に防具?」


 と、サラリーマン風の男が聞き返し、それまで黙って聞いていた彼らが再びざわついた。


「はい、武器や鎧、盾のことです」


「つまり、そういった物が必要な敵がいるってことだな」


 にやけ顔の茶金髪の男の仲間とみられる角ばった顔立ちで筋肉質の男がいう。


「その通り」


 と答えたのはようやく到着した街の代表クロだった。


「ここでは街を守るために外敵と戦う戦士が必要なんだ」


 街は城壁に囲まれ北と南に門がある。南門は今日彼らのように定期的に新しい人と荷物届くだけの門だ。もっとも外には彼らが追い立てられた人造人間がおり、逃げ出そうとすれば襲って来るので、決して安心安全というわけではない。ただ、彼らは街には近寄らないので門の内側にさえいれば一応危険はない。


「だが、北門には定期的に怪物が襲って来る。我々はその襲撃から街を守らなければならないのです」


 クロは丁寧な説明を心がけている。

 現在住民約百五十人のうち戦闘可能な戦士は六十人あまり。以前は襲撃に備えて常時十人が一日三交代で門の見張りに詰めていた。しかし戦闘が激化したため怪我人が増え、慢性的な戦士不足の状態が続いている。だからと言って襲撃に備えないわけにはいかない。見張りの時間をずらしたり常駐人数を八人に減らして見張りのローテーションをやりくりし、襲撃があった場合は必ずB級待機組の仲間を投入して戦闘をするようになった。

 残りの住人のうち後方支援としての救護組が二十四人。戦闘不能な怪我人が五十人ほど(戦線に復帰できる見込みのあるのは二十人くらいで、それもこの数日というわけにはいかない)、そして武具などを作る職工に専属従事している人が十二人。

 そう、ここは単なる街ではなく住人全てが戦いに関わる防衛拠点・砦といえる場所だった。


「というわけで、あなたたちにもこの街を守る戦いに協力してもらいたいのです」


 新たに街の住民となる三十人は一様に自分の置かれた状況を認識しそれぞれに思考するため誰も言葉を発しない。


「特に戦闘は実際に命をかけることになる行為なので覚悟が必要になるでしょう。もう日も暮れます。今日は中心広場そばの宿でお休みになって、明日改めてこの街の生活の準備をしましょう。アリカ、ヒビキ、彼らを宿に案内してくれ。他のみんなは荷物の片付けだ」


 パンと一つ柏手を打ち、クロは暮れゆく一日の終わりを急がせた。

 集まっていた住民が荷をほどき、手慣れた動作で片付け始める。クロはアリカに先導されトボトボと歩く者の多い新しい住人の後ろ姿を見つめる。

 要注意と見た人物が四人。

 最後尾を歩くヒビキが一瞬だけクロを振り返り小さく頷いてみせる。元の世界でもそれなりの修羅場をくぐってきた仲間の存在はありがたい。怪物との戦闘で頼りになる仲間ならコーやネバル、レイナにアリカと何人もいるが、人々のいざこざを捌けるのは彼自身と彼女あとは救護班長くらいだろうか。


「さて…」


 クロはここでの自分の役割がもうないことを確認すると北門の警備へと戻っていった。

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