楽園のヒロイン

01

 若い女が一軒の家に走り込んでくる。


「奴らが来た! 手伝って」


 かなり大雑把に短く切りそろえられた黒髪が大きな体以上に男っぽさを強調しているが、男勝りと言えるほどではない。むしろ走り込みで鍛えられたくびれを感じさせないウエストから尻周り込みでも男ウケしそうな美人である。その恵体を革の鎧で覆い、手には金属バットのような棍棒クラブ……いや、バットそのものを握っている。


 家の中にいた二人の女は、それぞれに自分の武器を手に彼女の後に続く。

 一人は金属バットの女と年の近い女で整った顔立ちに腰まで届く長い黒髪、すらりと長い手足を持ちくびれたウエストに鍛えられた大きな腰回りとアンバランスではないかと思われるほど豊かな胸の持ち主だった。彼女は昔のアクションスターのような皮製の黒いツナギを着ていて手には三節棍さんせつこんを持っている。


 もう一人はまだあどけなさの残る少女だ。栗色の髪は肩にかかる程度にしてあり、露出の少ない厚手の生地で作られた服の上から金属製の胸当てと幅広のカチューシャのような鉢をして、腰には柄に花模様をあしらったレイピアを吊るしている。


 外へ飛び出した三人は石畳の狭い路地を走り抜け、広場を越えて北門へと急ぐ。

 たどり着いた門は既に混乱の中にあった。内側には傷ついた戦士が六人、救護班の手当てを受けている。門の外ではまだ戦闘が続いている激しい音と怒声がしている。


「数は?」


 長髪の女が、比較的傷の浅い青年に声をかける。


「今回は十二だ」


「たいした数じゃないじゃないか」


「いつもと違うやつがいるんだ」


 痛みに呻きながら青年は手短に状況を説明した。それによるといつもの犬顔コボルドだけでなく一回り大きい豚顔が混じっていてそれらに苦戦しているのだという。


「RPGやってたんならわかるだろ? オークってやつだ」


「敵のレベルが上がったってことか」


 栗毛の少女が振り返ると、そこにはいつの間にか大柄な中年と細身な感じの若者が立っていた。


「クロさん」


 長髪の女が中年に声をかける。


「話は後だ。ネバルたちを助けるぞ」


 集められた七人の加勢が武器を手にして一斉に門の外へ走り出す。門の外ではネバルたちが劣勢にさらされていた。すでにコボルドは倒しつくしていたようだが、六人が戦線を離脱していて残った三人が初めて対するオークにどう攻めていいのか戸惑っていたのだ。三人のうち一人はもう他の二人に庇われるように戦っていてすでに戦力外の状況だった。中型犬を人型二足歩行にしたような小柄なコボルドと違って豚に人の手足をつけたようなオークは不格好ながら百二、三十センチはあり、噛み付きや引っ掻きが主な攻撃方法だったコボルドと違って節くれだった棍棒を握っているのも攻撃を躊躇させる要因のようだ。


「ネバル、助けに来たぜ」


 クロと一緒にネバルに駆け寄る若者は耳にかかるほどの無造作ヘアで、革製の全身鎧に金属パーツが胸や腕・脛を覆っている。武器は幅広の刀身を持つ両手剣だ。


「助かったよ、コー」


 そのネバルはこちらも革製鎧だが、金属パーツはあしらわれていない。コボルドに噛み付かれたらしい左腕のパーツがかなりボロボロで、露出している左上腕部には打撲痕が見て取れる。


「大丈夫?」


 ネバルに駆け寄った短髪の女がその怪我を心配するのに全開スマイルでネバルがこたえた。


「アリカちゃん心配してくれんの? 大丈夫、アリカちゃんが戻ってくれたから勇気百倍、元気三百倍さ!」


「おーおー…よろしくやってろ」


 コーが呆れた調子で呟くのを口の端だけで笑って見せたクロが指示を出す。


「オレとコーとネバルが上手かみて、アカリとヒビキ、レイナが下手しもて、残りが真ん中だ。各組三人一組で一体に当たれ、卑怯でもなんでも戦いに勝って生きて戻る。約束だ!」


了解ラジャ!」


 クロとコー、それにネバルが上手のオークを取り囲む。日本刀を持ったがクロが正面で牽制している間に左右から後ろに回り込んだ二人がそれぞれの得物で同時に殴りつける。両手持ち剣のコーが延髄辺りをネバルが釘打ちバットを膝裏に叩き込み、ぐらついた所をクロが袈裟斬りに斬って落とす。

 下手の戦闘はヒビキの三節棍が二度三度とオークの頬を打ち据えた後アカリのフルスイングが棍棒を持つ腕をへし折り、痛みで絶叫をあげることで無防備になった喉の急所にヒビキが突きを入れることで決した。

 中央は三人で、後ろに回ったメンバーが剣を突くを繰り返すことで倒した。


「一対一でも勝てそうだったな」


 血を拭った剣を鞘に戻しながらコーがネバルに声をかける。


「いずれ一対一で戦わなければならないこともあるだろうが、可能な限り安全に行きたい。でなければジリ貧だ」


 クロはそうコーをたしなめて門の内側を見やる。

 そこには応急処置を待つ三人の戦士がいた。処置の終わった者はすでに「病院」に運ばれているのだろう。


(七人は痛いな……)


 いつもの襲撃なら怪我人も二、三人だったろう。それとて決してたいしたことのなわけじゃない。怪物の襲撃頻度は今や十日に一、二度だ。クロは陰鬱な曇天の描かれた天井を見上げて渋い顔を作った。


(何者かにさらわれて連れてこられたこの町での生活も半年になるだろうか?)


 彼が来た頃は月に一、二度の襲撃だった。先に来ていたアリカやネバル、ヒビキたちが恐怖に顔を引きつらせながら戦っていた。クロだって怖くないわけではない。ただ若い頃グレていて修羅場をくぐった経験があったので腹がくくれたというだけだ。そして、いつの間にか自警団の隊長のような立場になった。

 いまだに月に一度ここに連れてこられる者たちがいるので町の人口は今や百五十に近い。しかし、連れてこられた者たちが全員戦えるわけではない。そして、ここでは戦士は消耗品だった。クロが来てからだけでも戦死者は十人余りにのぼる。戦えなくなったものも少なくない。ただ、戦い慣れたものが多くなったからかここ最近は襲撃頻度が上がってもコボルドの十や二十で劣勢になることはなかった。だが、事態は変わった。一回り大きくて武器を持ってくるオークというのは厄介だ。実際、七人もの戦士が戦線を離脱する羽目になった。


(守勢にすぎるんだよなぁ……)


 門の外がどうなっているのか彼らはほとんど知らない。門外の探索は過去に何度か提案があったものの決死隊を編成するには町の規模が小さすぎた。怪物の襲撃が頻繁にある状況で探索に大人数を割くわけにはいかない。少数精鋭で行くのも問題があった。現状、自警団の主力は隊長のクロと信頼度も含めてレイナ以下ネバル、アカリ、ヒビキ、コーとここにいる六人が有力だが、六人全てがいなくなればそれも防衛体制が崩壊するし三、四人では戦力として足りない。


「帰りましょう?」


 最古参の住人の一人であるレイナに促されて生返事で門内に戻るクロは、なおも思案を続けていた。


「クロさん考えすぎ」


 それを指摘したのはヒビキである。純粋な戦闘力で剣道有段のクロに次ぐ実力がある。さらわれる前から面識があった。過去に二度共演している。


「コーちゃん並みに能天気にってのは困るけど、あんまり難しい顔ばかりしてられるとみんなの士気に関わりますよ」


「あ・スズネてめ、今オレの悪口言ったろ!」


「あらあら、よく悪口って気づいたわね。えらいえらい」


「スズちゃんいつもそうやってコーちゃんからかうのやめた方がいいよ」


 会話に割って入ったのは怪我人の応急処置に回っていた地味目の女性である。年の頃はヒビキと同じだろうか? 決して美人の部類ではないがアップにまとめ上げた髪のおかげかうなじが妙に色っぽい。彼女はヒビキと共にここに連れてこられたヒビキの友人の一人であった。戦闘に参加出来るような能力がない代わりに応急処置の知識とスキルがあり、なくてはならない戦力の一人だ。

 クロとはここにくる前の面識はないがコーとはあるようで割とズケズケと言いたいことを言うヒビキのフォローをすることがある。


「で? どうなんだ、マユ」


 コーが改まってマユに聞く。


「何がどうなのよ?」


「あいつらすぐに戦えるのか?」


 質問に答えず少しの間「病院」に送られる負傷者を見送ったマユはやがてコーに向き直り言う。


「日常生活に戻れるのが早い人で十日くらい? ちょっと難しい人が一人いる。ちゃんとした医療機関で然るべき処置が出来るんなら全員問題ないはずなんだけど……」


 それを聞いてコーは深いため息をついた。


「…そうか」


 今この場にいる中ではコーが一番最後に来た組である。どちらかといえば楽天的な男ではあったが、この過酷な境遇にはまだまだ慣れないようだ。


「さ、解散解散。体と心は休められるうちに休ませないと辛くなるからね」


 パンと手を叩いてネバルが言う。アリカと共にここに来てから一年以上が経っている。すでに古参組と言っていい。彼らと共にここに来たのは二十人ほどだった。まだ戦士で戦っているのは彼らの他には一人しかいない。心持ち右脚を引きずるような歩き方の彼を追ってアリカが続く。


「レイナ、ヒビキ、コー。待機組から交代要員を寄越すまで念のため門の見張りを頼む」


「了解」


 クロも去り、マユも含めた四人だけが門内に残った。


「とりあえず門閉めよっか」


「ああ、忘れてたな」


 マユに促されて四人で門を閉じる。

 内側からかんぬきをかけた後レイナが物見櫓に登る。

 街は高い城壁で囲われ出入り口はこの北門と南門の二つ。不思議なことに怪物が襲撃にくるのはいつもこの北門だった。南門からは定期的に物資が届く。この街がまだ怪物の襲撃にさらされる前、一度南門から探検隊が出たことがある。しかし、まだ探検隊が物見櫓から見えているところで突如現れた人造人間ホムンクルスに殺された。探検隊には自称元軍人という日系アメリカ人もいたのだが、肉眼で見た限りなすすべなく殺されていたと、物見の男は言っていた。そして、死体は人造人間によって何処かへ持ち去られた。以来、南門からは物資を受け取る以外のことはしていない。

 門の外は荒野がどこまでも続いているように見えるが、彼女は知っている。ここが閉鎖空間である事を。重くのしかかるように低く垂れ込めた雲も実は絵であり晴れることはない。その一方で夜があり、巧妙に隠してあるスプリンクラーのようなもので時々雨が降るなどする。


(ここはいったいどこだろう?)


 一年半はここで暮らしているレイナは、限られた情報を基に現在位置を考えて来た。南から時折吹く風は潮の香がするので海の近くではないかと想像する。夏は涼しく冬は関東育ちの彼女にとってなかなか厳しいことから東北か北海道だと漠然と思っているが確証はない。


(元の世界に戻りたい……)


 それはこの街に暮らすすべての人々の願いだったろう。


「何がしたいんだと思う?」


 レイナはずっと疑問に思っていたことをその日、初めて口にした。


「なんの話?」


 問いかけられたマユはその唐突な、主語のない質問に問い返す。


「ごめんなさい。…ここに私たちを閉じ込めて、何がしたいんだと思うかって話」


 レイナの疑問はおよそここの住民すべての疑問だったと言ってよかった。彼らはそれぞれに考え、それぞれに一定の見解を見出しているようだった。


「ああ…ホント、何がしたいのかしらね? っていうか、趣味の類なんじゃないかと思うわ」


 実際、集められた人々は定期的に届く物資によって文明水準こそ拉致前のようにはいかないものの、特に不自由なく暮らせている。十分の一世界とはいえ、百五十人からの生活を面倒見るとなると結構な経費になるはずである。それ以上に偵察衛星などのシステムから隠しおおせているこの場所にどれだけの技術と費用をかけているのか?

 オタクな兄を持っていて、その趣味に費やす情熱とお金については一定以上の理解を持っているつもりのレイナから見ても、趣味というにはお金をかけすぎているんじゃないかと思われてしょうがない。


「まぁ、どうしたって一生をここで暮らすなんて私は嫌だから、みんなで協力してなんとかしなきゃね」


 マユが意志の宿った笑顔をそう言ったので、レイナも涼しげな微笑みを浮かべて軽やかに「はい」と返事を返した。


(今はまだ、チャンスが来ないだけ)


 自分自身にそう言い聞かせて。

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