04

 下町の迷宮亭に店長マスターと蒼龍騎。そして復元の終わったサスケにゼンとミクロンシステムから出て来たジュリーが揃う。あとはロムが元に戻るのを待つだけとなった。


「お疲れ」


 店長が声をかけ、ホットココアを差し出す。


「ありがとうございます」


 それを受け取ったジュリーは疲れ切った表情で観客席に座り込む。サスケもゼンもココアでひとごこついたのだろう。蒼龍騎が買ってくれたコンビニ弁当を食べている。


「それにしたって公衆電話から電話がかかって来た時にはびっくりしたぜ」


「悪かったな。事故でプリペイド携帯無くしてたし、ここに直接連絡するわけにいかなくてな」


「構わないけどな」






 連絡を受けた蒼龍騎が呼び出された公園に行ってみると、そこにはホームレスらしき男が立っていた。

 警戒心を一気に高めながら近寄ると酒臭い息でニタリと顔を近づけてこう言ってきた。


「蒼龍騎だな?」


「ああ」


「そう緊張しなさんなって。俺は報酬もらえるものさえもらえればそれでいい」


 蒼龍騎は二、三秒黙って男を見つめたあと、大きめのコンビニの袋を差し出した。中には焼酎とさかなが入っている。それをしつけに目の前で確認すると、アゴでついて来いと合図をする。

 案内されたのは男のねぐら。


「連れてきたぞ」


 男がつぶやくと、ねぐらの中から四人の小さな冒険者が出てきた。蒼龍騎の表情がようやく和らいだかと思うと一気にくしゃくしゃに泣き崩れた。


「時間的に言っても場所柄で言っても人に見られることは滅多にないだろうが、感動の再会は適当に切り上げてくれるとオレが助かる」


「ああ、そうだな」


 蒼龍騎が少しムッとした声で言う。

 しかし、ロムにはそれが男の優しさなのに気づいていた。

 そして蒼龍騎がコートのポケットに左右二人づつ冒険者を入れてここ、下町の迷宮亭に連れてきたのだ。


「で? 何か掴めたのか?」


 マスターが珍しくロムを待ちきれずに訊いてくる。


「肝心なところが……」


 ゼンがこの長い一日を掻い摘んで話終える頃、ロムが元に戻ってくる。


「……なるほど、組織の尻尾を掴みかけたところで事故に巻き込まれたってことだな?」


「ええ、せっかくの手掛かりがまた振り出しですよ」


 悔しそうに俯くゼンにココアを受け取ったロムが言う。


「振り出しじゃあない。手がかりは確かに掴んだ。色々とね」


「え?」


 ロムは珍しく雄弁に話し出す。


「まず、組織が存在していることがわかった。組織が今でも組織として存在しているってこともね。それも今回のダンジョンからかなりの規模なのがわかる。そんな存在、どんなに隠そうとしても隠しきれるもんじゃない」


「そうだな。下町の迷宮亭ここも気づけば七十人規模の組合ギルドだ。どこから情報が漏れているのやら」


 そう言って店長が蒼龍騎を見ると、彼は苦笑いでこたえた。


「店長が調べてくれたダンジョンに今回のダンジョンによく似たダンジョンの情報があっただろ?」


「確実にあるのは北海道、噂では仙台と福岡にもあるらしい…ってアレか?」


「福岡は遠くてまだ確かめられてないが、仙台の方はどうやら存在が確実だ」


 店長が追加情報を捕捉する。


「つまり、北海道か仙台……次のダンジョンはどちらかに絞るってことですね?」


「北海道に絞ることを提案するでござる」


「なぜ?」


 サスケの提案にゼンが問い返す。


「仙台は少々近すぎるでござる」


 サスケの主張は明確だった。相手は下町の迷宮亭のようなカメラやマイクによる観察はしていないが、何らかの手段でダンジョン内の情報をある程度把握していた。最後の階層での怪物モンスターの投入があまりにもタイミングが良すぎると言うのが根拠である。


「仙台は警戒される可能性が高いでござるで、北海道に絞ろうと言うのが拙者の言い分でござる」


「なるほど、組織の中で情報共有がどれほどなされているかは推し量れませんが、北海道であれば我々の情報を誤魔化しやすいと言うことは言えますね」


「そうか。じゃあこちらで引き続き情報にあたってみよう」


 そう言う店長に「いえ」とロムが申し出を断る。


「これ以上店長に迷惑はかけられませんよ。ずいぶん下町の迷宮亭ギルドを危険に晒してるんでしょう?」


 言われて店長は口をつぐむ。先ほど軽口でギルトメンバーが増えたことを他人ひとのせいにして見せていたが、実際には下町の迷宮亭ギルド店長マスターの肩書きを使って情報を収集していたことが原因だった。


「店長以外にアテはあるのか?」


 蒼龍騎が聞く。


「蛇の道は蛇だよ」






 事故から一月余りが過ぎていた。

 世間はそろそろ年末のイベント準備を始めようかと言う季節だ。

 その日、ロムは男のねぐらを訪れていた。手には一升瓶と肴を入れた買い物袋。


「やっさん?」


 やっさんと呼ばれた男はねぐらから出てきて手渡された差し入れを見ながら言う。


「面白かったゼェ。やっぱいいなぁヤバイ界隈は」


「そんな趣味してっから身を持ち崩したんだろうが」


「まぁな。しかしお前さんも案外こっちっ側だろうよ」


「畑違いだよ。で?」


 やっさんは臭う上着のポケットから記憶装置メモリーを取り出すと適当に放り投げてよこす。そこは武道の達人だ。ロムはそれほど慌てることなく掴み取る。


「全部だろうね?」


「ああ。面白そうだからバックアップはとってるがな」


「アタックする日が決まったら教えっから、それまでは週刊誌なんかにリークしちゃダメだから」


「わーってるよ」


 そう言ったやっさんは用は済んだとばかりに背を向け、ねぐらに戻っていく。


「首突っ込み過ぎて浮かぶなよ」


 ロムはその背中にそう声をかけてからその場を立ち去った。






 年が明け一月も終わろうとしている頃、ロムの姿は名古屋にある狂戦士バーサーカーの墓標亭にあった。


「まったく……大したタマだよ、お前」


 坂本みつるひろを面白そうに見つめながら言う。


「使われてるのはこっちだと思いますけどね」


 充は明らかにその筋の人間である。そんな彼と対等に渡り歩く未成年がどれほどの肝か、充は面白くてしょうがない。


「こっちの世界に欲しいんだがなぁ」


「お断りします」


 爽やかに。そして間髪入れずきっぱりと拒絶する。


「……だろうな。ま、舎弟どもの尻拭いをしてもらうんだ。できる範囲で協力するし、してもらおう」


「それなんですが…」


 ロムは懸念を表明する。


「遠藤しゅう…ですか?」


「あいつは構わんよ。オレたちを敵に回したガキだ」


 言葉は抑制的だったが、全身から立ち上る怒気に弘武の背筋がゾクゾクする。


(やっぱあの時ガチでやりあってたら勝てたかどうか)


 そう思わせる。


「さて、本題だ」


 充は地図の印刷された紙を手渡す。さっと目を通した弘武は一通り確認すると、視線を充に戻す。


「お前からもらった情報をもとに調べた結果、奴らの系列は福岡・広島・仙台と札幌…。忍者野郎はいい勘してる。奴らの本拠地は北海道で間違い無い。ただ……」


「……ただ?」


「札幌じゃあなさそうだ」


「え?」


「人をかっさらうのに都合がいいからダンジョンは大都市に開いているが、どうも別の場所に移しているらしい。なんのためにさらっているのか、どこに送っているのかは縄張り違いで調べられないが…さて、こっから先はお前らに預ける」


「ありがとうございます」






 名古屋から戻ったロムはその足でやっさんのねぐらへ向かった。しかし、そこにやっさんの姿はない。どころかねぐらさえ片付けられていた。

 仕方なく帰ろうとすると、一人の男が近づいてくる。やっさんよりこざっぱりしたなりだがやはりホームレスのようだ。年の頃は還暦は過ぎているだろうか。立ち止まり彼がくるのを待っていると、男は怪しい挙動でロムに尋ねる。


「ロム……さんかい?」


「やっさんのお知り合い?」


「ああ」


 どうも辺りをビクビクと警戒しているようだ。


「やっさん…どうしたんですか?」


「連れてかれちまったんだ。作業着姿の男三、四人に」


「何か頼まれました?」


 そう言う雰囲気が全身からにじみ出ている。人の良さそうな男だ。その善良さ故に社会に馴染めずホームレスをしている。そんなタイプだろうかと値踏みしていると、ようやく意を決したようで、顔を近づけてくる。


「連れてかれる二、三前だ。『オレになんかあったらロムってあんちゃんに伝言頼む』って言われてよ」


 そこでなけなしの勇気を使い切ったのか一度彼から距離を取り、再びビクビクと辺りを見回してからようやくその伝言をつぶやいてくれた。


「『捕まれ』あー…いや『抗うな、捕まれ』だ」


「『抗うな、捕まれ』……?」


「ああ、なんのことかわからなかったが、やっさんは自身が捕まって行きやがった。たいして抵抗しないでな」


「…そうですか、ありがとうございます。コレ、おじさんに」


 そういって彼は、やっさんへの差し入れのつもりで買った酒と肴をその男に手渡した。


「悪いね」


 そういって男は差し入れを受け取ると、そそくさと自分のねぐらだろか、元来た場所へと帰っていった。その後ろ姿を見送ったロムは、彼らの待つマンションへと向かう。


「こんばんは」


 部屋に入ると、三人はそれぞれの作業の手を止め、リビングに集合して来た。


「おかえり」


 ジュリーがお茶の用意をする。


「どうでござった」


 ロムは無言で充に渡されたプリントをサスケに手渡す。渡されたサスケも無言で人数分のコピーを取りに席を立つ。


「札幌が本命だってさ」


「北海道は遠いなぁ…」


 ロムにお茶を出し、自分は飲みかけのマグカップの紅茶を飲んでジュリーが言う。


「経費もかかりますね。予算やスケジュールの都合を考えると、やはり決行は三月に入ってからでしょうね」


「二ヶ月も先か……」


 レイナをさらわれて二年が過ぎようとしていた。ようやく掴んだ彼女へ続く手がかりである。はやる気持ちは誰もが理解している。しかし、相手が相手だけに万全の準備を整えたかったのもまた事実だ。

 この二ヶ月、ジリジリと焦れる日々を過ごして来た。失った装備品を改良しながら作り直し、武技の訓練を続け気を紛らせて来た日々をまだ後二ヶ月続けなければならない。なんともどかしいことだろう。

 コピーを取り終えたサスケが戻って来て、みんなに配る。三人が事故後初めて手にする情報だった。この二ヶ月、ロムはいくら責付せっついても決して情報を渡そうとしなかった。彼らが自分たちで動くことの危険リスクを回避することと装備品の製作と訓練の時間を確保するためだった。


「福岡・広島・仙台…ここは無視するんだな」


「何をどう調べたのかはあえて聞いてないんだけど、奴らの本拠地は北海道だってさ」


「あえて『本拠地は北海道』…ですか……」


「相変わらず鋭いね。さらった冒険者は北海道のどこかへ集められているってことらしい。縄張りの都合でそこまでは調べられなかったって」


「あえて冒険者として拉致すると言うことに意味がありそうですね」


「なんだいそりゃ?」


「あ・いえ、単なる拉致ならわざわざ検挙のリスクを冒してまでミクロンダンジョンを経営して、人をさらう必要がありますか? あのダンジョンでは人が怪物に殺されているんですよ」


 ジュリーはあの衝撃的な絵面ビジュアルを思い出してしまい込み上げてくるものをグッと堪える。


「それと……」


 とても言いにくそうな沈黙が続く。


「やっさんが作業着姿の男たちにさらわれたってことだ」


 ようやく聞かされた事実に強い衝撃を受ける三人。


「どうも虎の尻尾を踏んづけちまったらしい。伝言を聞いた」


 三人が衝撃から幾分戻って来たのを待ったロムが彼らの顔を見回して、改めて一呼吸おく。


「『抗うな、捕まれ』だってさ」


「なんだよ、それ」


 ジュリーの隣で親指を顎に、人差し指を鼻にトントンと当てていたゼンが言う。


「……なるほど。あの時、我々は人造人間ホムンクルスに強く抵抗してしまいましたが、あそこは捕まるべきだったと言うことなのでしょうね」


「あいつらに捕まるのは抵抗あるがな…」


 ジュリーが嫌そうに呟き、サスケが無言で相槌をうつ。


「とにかく情報は揃いました。あとは我々の準備が整い次第行動に移すと言うことでいいですね?」


 ゼンの問いかけに三人は無言でうなづいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る