02
「ようこそ。まずはこちらの書類に必要事項をご記入ください」
メガネの男に促されるままに事務手続きを進める四人は完全に雰囲気に呑まれていた。
ただ一人ある種の場慣れで冷静だったロムはそんな四人を半ば無視して部屋の様子を確認する。
窓のないその部屋は元々は会議室だったのだろうか、それなりの広さはあるがミクロンダンジョンを提供するには少々手狭のようだ。設置されているダンジョンは「賢者の迷宮亭」と比べても外観上ふたまわりは小さく見える。
特筆すべきはダンジョンフィールドを小さくする最大の要因とも言える三台のミクロンシステムだ。
ジーンクリエイティブ社製のシステムが他社製システムと比べて劇的に小型化されていたとはいえ人が入るものである以上それなりの容積が必要であり、自ずとダウンサイジングには限界がある。そんな機械がスチールロッカーのように壁際に並んで三台も設置されていた。
ミクロンシステムは民生利用を禁じられている機械だ。
入手するのも容易ではないはずのそれを発覚リスク込みで三台も調達するなど相当豪胆と言えたし、よほど金回りがいいとも取れる。
(賭博と違ってそんなに利益が出るとも思えないんだけど…)
ロムは小難しく諸注意を口頭で説明する男の話を半ば聞き流しながら、三人の男の様子も観察する。
「説明は以上です。ダンジョンアタックは五人でいいですか?」
「ええ」
「いえ、この四人で」
と、肯定しかけたゼンを遮ってロムが言う。
「予約は五人ですし、当日キャンセルは返金できませんがよろしいですか?」
「はい。すいません」
男たちはちらりと視線を交わしあい小さく頷きあった。
「わかりました。料金は前払いですので今お支払いください」
五人分の精算を済ますと、案内の男がミクロンシステムに誘導する。
「こいつに入ってください」
「え? そっちは?」
蒼龍騎が隣に並ぶ二台のシステムを指差すと、男は二ヘラと笑ってこう答える。
「調子悪いんすよ、すんません」
「それじゃしょうがないか」
と、納得する蒼龍騎はボストンバッグをロムに預けてミクロンシステムに入って行く。
案内の男は値踏みするような視線で挑戦する残りの三人を一瞥すると仲間の元へ戻って行った。
それを確認してジュリーが小声でロムに問いかける。
「何があった?」
「ちょっと気になることがあって」とは言いにくい。
これは拳法家としての勘である。
しかし、それをそのまま伝えてしまうのが彼らにとって良いとも思えなかった。こちらも勘である。
仕方なく彼は無理やりな屁理屈をつける。
「んーん。俺が参加すると結局俺に頼っちゃうでしょ? 今日は彼もいるし、みんなだけで頑張ってよ」
縮小プロセスの始まったシステムを視線だけで指し示して軽い調子でそう答える。
ただし、ダンジョンの中も危険な気がしていた。
もう一人、せめてあの時のレイナくらい戦える戦力が欲しい。
ロムは痛切にその戦力不足を嘆きたかった。
ジュリーもサスケも強くなっている。
純粋なパワーで言えばやはり非力な少女より成人男性である彼らの方があるだろう。
武器の扱いにも慣れてきて力の伝え方は上手くなっている。
しかし、決定的に足りないものがある。
戦闘時における応用力と瞬時の判断力だ。
もちろん彼女がなにがしかの危機的状況に陥った時、パニックにならないとは言えない。
それでもまだ彼女の方が戦力として期待できると、ロムの戦力分析は
「わかった。そもそも今回もロムには戦わせないってのが目標だったんだ。いない方がかえって覚悟も決まるってもんだ」
「あまり評判の良くないダンジョンなのでできればロムにも一緒にダンジョンアタックして欲しかったのですが…」
ゼンはそこで区切って「ダンジョンの外に何か見過ごせない懸念があるのでしょう」と言いかけた続きを飲み込んだ。ロムの意図を読み取ったからだ。
外の懸念はロムに任せておけばまず間違いはない。自分たちは自分たちでダンジョンアタックに集中しなければならない。そうできなければむしろ中の自分たちの方が危ないかもしれない。
彼は無意識に奥歯を強く噛み締め今日のために用意した新しい冒険用の
四人が縮小プロセスを済ませ、それぞれの装備を装着・確認すると先頭を歩くジュリーが実寸で見下ろしていたロムに親指を突き立てて見せる。
四人の冒険者はウェイティングスペースからダンジョンフィールドへの入り口である扉をあけてその狂気の迷宮に踏み込んで行く。
入り口の目の前が階段になっている。
四人の冒険者はしばし呆然とそれを見上げる。
「これはまた斬新ですね」
「ま・まぁ、のぼる以外にないしな」
ジュリーは深呼吸をすると慎重に階段を登り始めた。
それを蒼龍騎、ゼン、サスケと続く。
アパートの外階段のようなつづら折れの階段を登り詰めるとプラスティック製の扉があり、開けるとマンションの廊下のようなまっすぐの通路がムギ球の明かりに照らされ伸びていた。
等間隔にこれも一見してプラスティック製とわかる光沢ある扉が並んでいる。
ここでも冒険者は呆然とさせられた。
「隊列を考えましょう」
ゼンが眉間にしわを寄せて提案する。
「後ろから襲われるリスクを避けるためにジュリーと蒼龍騎で前後を守ってもらうつもりでしたが、ここは二人を先頭にひと部屋づつしらみつぶしに開けていくのがいいと思います」
「わかった」
蒼龍騎は頷いてジュリーの隣に並ぶ。
「雑だな。
「ええ、ここは迷宮では無いようです」
ゼンはその変哲を感じ取って息を飲む。
「みなさん、認識を改めてください」
「え?」
蒼龍騎がゼンを振り返るのとジュリーが鞘から剣を抜くのが重なる。
「このダンジョンはファンタジー世界のダンジョンではなくホラーゲームのフィールド…そういう意識でなければ痛い目を見ますよ」
言いながらゼンは無意識に右手に握っていた
彼はあの事故以来冒険用の杖をいくつか試作している。
前回使用した冒険支援・補助用の杖もその一つだった。
今回は戦闘用としてやりたいこと・出来ることを最大限詰め込んだ試作品で、ファンタジー世界で魔法使いが持つような神秘性はなく無骨な
「蒼龍騎、抜いとけ」
ジュリーが肩に担いだショートソードでトントンと肩をたたく。
言われて彼も刃渡り七十センチ級のショートソードを引き抜きアニメのキャラクターのように下げた手に握る。
「ロムに怒られるでござるよ」
サスケに言われて慌てて肩からソードを下ろすジュリーは、照れ隠しに少し不用心なほど大股で最初の扉の前に立つ。
女児向け着せ替え人形用ハウスに用いられるようなその扉は開閉できる間仕切り程度のもので、そこには雰囲気を重視したリアリティの追求やシナリオ上の意図など一切感じられない。
ならばとジュリーは蒼龍騎に目配せすると扉を蹴飛ばして部屋の中に踊り込んだ。
予想通り部屋になっている。
しかし、部屋の中は明かりがない。
その中で何かが動き出している音がする。
「ゼン!」
ジュリーの叫びにゼンが慌てて杖のボタンをまさぐる。
だが急がなければと思うことで焦りが生じ、手元のスイッチのどれが何に繋がっているのか混乱してしまう。
杖にあるボタンはほとんどが攻撃用のものであり不用意におせば自分にダメージを与えかねない。
いや、自分へのダメージならば自業自得と思えても仲間への攻撃にでもなったらとそんな考えが冷静さを奪う。
「ええと、ああ! 自分でホラーゲームのつもりでとか言っておきながらすべき準備をしないなんて…」
そう、これはゼンの初歩的ミスである。
本来なら扉を開ける前に明かりをつけるべきだった。
いや、むしろダンジョンに入る前につけるべきだったのではなかったか。
通路に明かりがあったことで油断していたなどというのは冒険者として失格だと、自分が自分で不甲斐ない。
そして試作品とはいえ、こういう事態を想定していないスイッチ周りの配慮の足りなさ。
せめて攻撃系と支援系の操作くらいはっきり違いが分かるようにすべきだったのだ。
なぜそんなことに思いが至らなかったのか。
ゼンは杖を左手に持ち替え、「これは何、これは何それ」と右手で指差し確認しながらスイッチの名前をつぶやいていく。
ようやく目的のスイッチを見つけ杖に明かりを灯すと、部屋の中には三体の腐乱死体(アンデッド)に囲まれ防戦一方のジュリーと蒼龍騎がいた。
ジュリーにつられて部屋の中に踊り込んだのを彼は後悔していた。
暗闇の中何かが動き出した音がした。機械の駆動音だというのは経験でわかった。
その何かは赤外線感知なのか確実にこちらを捕捉し近づいている。とっさに左腕に装着している盾で頭を隠し、右手の剣をあてずっぽうに振り回す。
何度か対象に当たった手応えは感じたが、そんな振り方では強いダメージは与えられないのだろう、やすやすと詰め寄られ防戦一方となった。
さすがにジュリーにもらった金属鎧はダメージを通さないが一方的に攻撃されるのは精神的に堪える。
そのジュリーは手応えで一体は倒したと感じていたが、こちらも防戦一方だった。
特に自身の攻撃力を補うために盾を捨てた攻撃特化スタイルになっていたため一方的に殴られると反撃が難しい。
「サスケ」
明かりがついて状況を確認したゼンはサスケに助成を促す。
ラテックス製のボディは劣化して崩れているせいか余計におどろおどろしい。そんな腐乱死体が三体、ねちりと粘つく腕で戦士二人を無造作に殴り続けていた。
蒼龍騎は盾で頭を庇い小さく丸くなって耐えている。ジュリーもボクサーがガードするように腕の中に顔を隠して耐えていた。
壁際にもう一体。こちらは誰かが倒したのだろう。
サスケは新しい武器として背負った刀ではなく今まで使っていた帯に差し込んでいた短刀を抜くと、蒼龍騎側の一体を狙いまず足蹴にする。
大きくぐらついたそれに短刀での攻撃をためらった。
蹴り込んだ足の裏に粘つくゴムの感触を感じたからだ。手持ちの短刀ではあのボディに刃を取られ大きなダメージが与えられそうにないと悟ったからだ。
サスケはもう一度同じ的に前蹴りを繰り出すと短く鋭く彼の名を呼んだ。
呼ばれた蒼龍騎は攻撃圧が和らいだこともあり声に振り向く。覆面から覗く目が怪物を倒せと訴えている。
暗闇の中不意を打たれて一方的に攻撃されていたが、落ち着きさえすれば対処はできる。
ラテックス製のボディを被せられているせいか制約があるのだろうかそれとも間接部がひび割れ硬くなっていたりするためか。どちらかといえば動きは鈍く、反撃は難しくない。
再び迫る怪物に彼は改めて左手の盾で殴りつけ、ぐらついた胴にショートソードを叩きつける。
刃の角度が悪かったのか劣化ラテックスの影響か、握る右手に力の伝わった手応えがこない。
「くそっ!」
悪態をついて大きく振り上げると上から力任せに振り下ろす。
サスケの二度の蹴りと先ほどの一撃もあり、ダメージが規定値を超えたのだろう。直立姿勢になると壁際に後退していった。
その間、明るくなったことで相手を視認できたジュリーは一度力ずくで残りの二体を押し込み、さっと下がって距離を取る。
そこから右の怪物に返し胴を打ち込みすれ違いざまに背中から袈裟懸けに撃ち下ろす。
逃げるための返し胴はともかく、袈裟懸けがラテックスに阻まれてこれもうまく力が載っていない。
ジュリーは続けざま再度まだ振り返っていない背中に横腹めがけて剣を
それが致命打となり、三体目の怪物は攻撃をやめて後退する。
三対一と数で逆転してしまえばあとは一方的に殴りつけてやれば済む話。終わってみれば圧勝だった。
「すいません。私のせいで苦戦させてしまいました」
ゼンが気落ちした声で謝る。
「いや、オレも不用意だった。せっかく忠告されたってのによ」
「忠告した本人がこのザマでは…」
「それはそうだが、いい経験になった。そしてこの鎧はすげぇや」
蒼龍騎が胸当てを二度拳で叩いてみせる。
その鎧はジュリーが事件後、千葉のダンジョンを攻略するまで身につけていた鎧である。
ジュリー自身は機動力を優先して胸当てと前腕部、脛当のみを装着していたが、蒼龍騎は彼の助言通り腹部のパーツにヘルメットも装着している。
もっとも上腕部と大腿部のパーツは動きの邪魔になるため省略していた。
その
「そういってもらえるのは嬉しいや。まぁ、あれくらいの相手なら鎧無しでも大して痛くなかったと思うがな」
照れくさいのもあるのだろう、もともと芝居くさい話し方がより芝居がかって聞こえる。
「先へ急ぐでござる」
「ん? あぁ、そうだな」
マンションの廊下を思わせる通路に並ぶ扉を彼らは一つ一つ開けていく。
中は若干の外観的差異(ラテックスが溶けて劣化したことによる崩れのせいかもしれない)と数に違いはあったが概ね腐乱死体が単調に襲ってくる安易なゾンビゲームのようなフロアだった。
最初の
彼らは難なく全ての部屋を攻略して通路正面の扉の前に立つ。
「本当にホラーゲームだったな」
蒼龍騎の感想はその単調さ、安易さによる拍子抜けだった。
そして、それが安堵がもたらした緊張感からの解放、つまり気が抜けた状態なのがジュリーにもわかった。
(これか、ロムがよく言ういちいち気を抜くなってやつは)
思えばこのダンジョンの最初でそれまで経験したことのない構造に呆気にとられて危機に陥ったのもロムの指摘した気の抜けた状態のまま不測の事態に陥り思考が止まってしまったことが原因と言えた。あるいは意表をつくダンジョン構造が意図的にそう言う精神状態を生み出す仕掛けだったのだとしても、そこで気を抜いてはいけないのだと思い知らされた。
今回はたまたまダンジョンの冒頭で弱い部類の敵だったからよかったものの、エクスポのダンジョンで彼に怪我を負わせたゴーレムのような相手だったとしたらどうなるのか?
そんな事態で今日のようにロムがいないときはどうするつもりなのか?
「考えなきゃいけないな…」
そんな思考をしていてそれは無意識に口をついていた。
「何を考えるって?」
「いや、なんでもない。さ、気合いを入れ直して先に進もう」
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