08
「サスケ、ジュリー!」
鋭く呼びながら走ってくるロム。
二人は彼を振り返ることもなく、まるで打ち合わせでもしていたのかと思えるような流れるような連携で左右の腕をけん制する。
棍棒を握る右手の二の腕を押し返すようにジュリーが剣を振り、左手はサスケが小脇に抱えるように押さえつける。
そこに走りこんで来たロムはゼンの杖の石突きを下から突き上げるように左目に狙いをつけ繰り出す。
ロムの棍の先よりふた回りほど細い杖の先は
食人鬼が割れんばかりの絶叫を響かせ手当たり次第に棍棒を振り回す。やがてひときわ大きく叫ぶと膝をつき、こうべを垂れて動かなくなった。
出口の扉の鍵は食人鬼の収められていたガラスケースの中にあった。
ケースの天井に丁字のレバーがあり、それを引くと鍵が開くような仕掛けになっていたのだ。
扉の向こうは通路になっており、通路の先は上り階段。
その先は観客が完全制覇を讃えるために待ち受けていた屋上である。
感動の興奮で誰の表情も上気していた。
誰とはなしに始まった拍手は場所の性質上控えめなものではあったけれどスタンディングオベーションであり、四人の冒険者には面映ゆい歓迎だった。
屋上に近づいて来た観客は口々に賞賛を述べては一人また一人と下町の迷宮亭と呼ばれる地下スペースを出ていく。
残ったのは店長と蒼龍騎だけになった。
「まずは下町の迷宮亭初の完全制覇おめでとう。例の件はひとまず元に戻ってからだ」
店長に促されて四人は避難用滑り台で屋上から滑り降り、順番にミクロンシステムで元の大きさに戻っていく。
観客席に緩やかに車座になった五人はバインダーに挟んだ紙をめくりながらどこから話そうかと考えている店長を無言で見つめていた。
「まずは『ゲームエクスポミクロンダンジョン崩壊事故』の件から話そうか。…といってもこの件の当事者であり、ずっと追っている君たちにはすでに既知の事実ばかりだと思うけど、まぁ…私が言うのもなんだけど第三者目線ってのは存外当事者が見落としていることに気づかせてくれることもあるかもしれないんでね」
「お願いします」
真剣な表情で居住まいを正したジュリーが頭を下げる。
「警察発表によると君たちを含めた四パーティ十九人とダンジョン手前の準備スペース『ドラゴンの酒場亭』にいたコンパニオン計二十人で死者行方不明者が四人。君の妹さんが赤龍(レッドドラゴン)に連れ去られたのが行方不明者だとすれば死者は三人ってことだな」
「ええ、我々以外は第一階層を冒険中でダンジョンの崩落に巻き込まれて二名が圧死、一名が失血死だそうです。コンパニオンは大きな怪我はありませんでしたが他の十一名も大怪我で四名が一時重体、今も一人意識不明の重体だそうです」
「その重体の一人は俺なんだけど」
ロムがこめかみを書きながらさらに補足する。
「連日ニュースになっていたが、なまじリアルなダンジョンセットだったからまさに大災害で廃墟になったみたいな映像だった」
蒼龍騎が当時を思い返して顔をしかめる。
店長が話を続ける。
「国会が紛糾して国内でミクロンシステムの民生利用が非合法になるのはまぁ、ヒステリックなクレーマーの多い国民性と事なかれ主義の横行する我が国ではままあることなんだが、なぜか国際的に民生利用ができなくなった」
「ネット界隈ではあの事件で有用な運用が見込めるとかなんとかで軍事利用をするために民生利用を非合法化した。とか噂されていたな」
「実際軍事利用の研究は進められているだろうが、民生利用を禁止する必然性はない。むしろ都市伝説でまことしやかに流されている人体への影響を懸念しているって方がありそうな理由だが」
「そんな噂があるんだ?」
ロムがゼンに視線を向けて訊ねた。
「まぁ、縮小復元のたびに細胞を間引いたり補っているのですから全くの無害というのも考えにくいですが、今の所動物実験などを通した学術研究の論文などでもそういった影響についての言及はありません」
そう言われてロムだけでなくジュリーや蒼龍騎もホッとした表情を見せた。
「で、少女をつかんで飛んだ赤龍なんだが君たちも知っての通り全く行方が知れない。飛び立つと同時にダンジョンが崩落したんだろ? その場にいた人々の視線がダンジョンに集中しただろうことは想像に難くないんだが、会場はゲームエクスポだ。他のブースの人々まで揃ってミクロンダンジョンに目を向けていたなんて考えられないよな?」
「ドラゴンが飛んだことに驚きの声をあげた者が数名いたでござる。一人や二人ドラゴンに目を向け続けていた者がいてもおかしくはござらぬというのに誰も行方を知らないというのが不可思議でござる」
「そうなんだ。当時の新聞やTV、週刊誌もその辺りに疑問を持っていたようで当時会場にいた出店者や客を相当数取材しているんだが、どっちに行ったかもわからない」
三人はうつむき、ロムはじっと店長を見つめる。
「で、私なりに仮説を立ててみた。どこにも行っていないのではないか…とね」
「どういう意味ですか? 店長」
蒼龍騎が聞き返す。
「上昇しただけで移動していなかったんじゃないかって考えさ。私は理論物理学を専攻していてね、仮説を実証してみたくなったんだ。これでもオモチャ屋の親父だ。あの手のイベントごとに繋がれる程度にはツテがあって、そのツテをたどってコンパニオンの何人かに接触できた」
ジュリーが身を乗り出す。
「どんなコンパニオン?」
「どんなって?」
「どんなコだったかって」
「おそらくジュリーは当日ブースを担当していたかどうかを知りたいのだと思います」
「ああ、大丈夫。そこはちゃんと確認してるよ。一人は事故当時休憩中だったというコでブースから離れて休憩スペースにいたんで、赤龍についてはわからないということだった。もう一人は受付対応をしていたというコだ」
店長はバインダーの紙を行ったり来たりとめくりながら続ける。
「彼女はブースを囲んでいた客の『おお!』というどよめきでまず一度ダンジョンを見ている。屋上に君たちが出てきた時のようだな。ちらりと見ただけですぐ次の参加者への説明に戻ったらしい。二度目はダンジョン崩壊直後だ。大き音がして客の声が異様だったので目を向けるとダンジョンが崩れていくところだったそうで、ブースの技術担当をもう一人のコンパニオンに呼びに行かせて自分は客の整理に動いたってことだから…随分と冷静な判断ができるコだな」
「で、赤龍は?」
「そう急かすなよ。彼女の記憶によれば赤龍は上に飛び上がって視界から消えた」
「それだけですか?」
ゼンが不服そうに問いかけると、店長は彼に顔を向けて頷く。
「それだけだ」
「ふむ、確かに拙者の記憶も手の届かないところへ飛び上がったところまででござる」
「オレたちの場合、その直後に床が抜けたから何が何だかってのもあるけどな」
「赤龍が空を飛んだことやその大きさからいっても大容量バッテリーが内蔵されていたとは考えにくいからな。その後どうやって回収したかは見当もつかないけど、遠くまで移動したとは考えられない。私の仮説はそれほど間違っていないと思うよ。上には何らかの仕掛けがあって一時的に赤龍を隠しておいてどさくさに紛れて回収したってのがまぁ、私の仮説だけれど」
「しかし、どうしてそんなことしたんだろうな?」
店長が好意で用意してくれたペットボトルのジュースを紙コップに注ぎながら蒼龍騎が素朴な疑問をつぶやく。
ジュリーたち誰もがすっかり失念していた疑問である。
いや、無意識に考えないようにしていたものかもしれない。
「理由はともかくジーンクリエイティブ社が関係しているのは間違いない。君たちもそう思っているんだろ?」
「ええ、ジーンクリエイティブ社は調べて見ましたが、事件後廃業してしまい足取りが追えませんでした」
ゼンが答えるのに積極的な反応は示さず、店長は伏し目がちに資料に目を通しながらこう言った。
「表向きは廃業になっているけどな、組織としては存在してそうだぞ」
「そりゃあ…」
絶句するより他になかった。
「確証はない。ただ十中八九ジーンクリエイティブ社を利用した組織は残ってる」
そこで店長は手書きのコピーを一枚、回し読めと差し出した。
それは車座に座っていた蒼龍騎、サスケ、ジュリー、ゼンと渡り、ゼンの隣にいたロムが覗き込む。
書かれていたのは表である。
そこには過去に摘発された二十近いダンジョンや下町の迷宮亭と交流のあるダンジョンの名前とミクロンシステムの型番が書かれていた。
「……全て同じですね」
手に持って食い入るように見つめていたゼンが呟いた。
ミクロンシステムのことである。
「そう、全てジーンクリエイティブ社製だ」
「闇市場に流れているシステムのほぼ全てがジーンクリエイティブ社製というのも考えてみるとおかしな話ですねぇ…」
「何がおかしいんだ?」
ジュリーが顎に親指を鼻に人差し指を当てて考え込んでいるゼンを見る。
彼は自分の頭の中を整理するついでのように話し出した。
要約すると次のような話だった。
まず、民生利用が禁止された段階で既存のシステムはメーカーの自主回収から廃棄処分されている。
販売から何年も経った古い機械ではないし高価でもある。
まして使用用途の大半がゲーム「ミクロンダンジョン」用にアミューズメント施設で利用されていたものであるから国の指導も手伝ってそのほとんどが回収されているし、研究施設のものも国際機関によって登録管理されているため容易に闇市場に流せるものではない。
他のメーカー製ミクロンシステムが市場に少ないのはその点で当然と言えた。
問題はジーンクリエイティブ社製ミクロンシステムの方だ。
ベンチャー企業として起業してから事故まで二年足らずで、事故後程なく廃業している。
事故のあったイベントに出展した以外に実績のない会社のシステムが量産されていたとはどう考えても思えない。
摘発されたダンジョンのシステムは警察に押収されているから再び市場に戻ってくる可能性もない。
なのに闇市場には今も常時一、二台は売りに出されているというのだからジーンクリエイティブ社が組織として今も存在しているかもしれないという意見は否定できない。
「いずれにしろジーンクリエイティブ社を直接追うのは不可能だ。ダンジョンアタックを繰り返すという君たちの方法は間違っちゃいない。ただ手当たり次第にダンジョンを見つけて闇雲にアタックしても徒労に終わる可能性は高い」
事実店長の指摘通りこれまでの都合六件のダンジョンは全て無関係だったし、彼らのリサーチではこれ以上ダンジョンを見つけられそうになく手詰まり感が漂っていた。
「そこでこれだ」
と、ジュリーに手渡した紙には、三件のダンジョンの情報が書かれていた。
うち二件は住所欄に「東京」「北海道」と書かれているだけだったが、もう一件には名古屋の住所と「
「東京と北海道のダンジョンは時間がなくて特定できなかった。都市伝説じみた噂で似たような話が仙台と福岡でもあるみたいなんだが…」
「どんな噂ですか?」
「そのダンジョンに挑むと戻ってこないってやつだ」
「なるほど、確かに気になる噂ですね」
「名古屋のダンジョンは別口でござるか?」
サスケに訊かれた店長はジュリーの持つ紙を指差しながらなんとも嫌そうな表情で答える。
「んーん…そこにそのダンジョンの情報が書いてある通りで一言で言えば評判が悪い。こっちは多分ハズレだと思うがどうする?」
尋ねられた四人は互いに視線を交わすと無言で頷きあった。
そしてジュリーがいつもの少し芝居がかった口調で力強く宣言をする。
「行くよ、力試しに」
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