03

 冒険者たちは最初の扉の前に立っていた。

 扉は木製で鍵穴はない。

 サスケが調べた限り特に仕掛けもないようだった。


「わざわざ扉を用意しているってことは、当然何かがあるってことだよな?」


「そうとも限りませんが、第一階層ですしまだシナリオが動いていないことを考えれば何かはあるでしょうね」


「願わくば怪物モンスターであってほしいね」


 すらりと腰の剣を抜くと、ジュリーは無造作に扉を開けた。

 開けた先は彼らの想定通り部屋となっていた。

 さっと部屋に散会した四人はぐるりと部屋を見渡す。

 ゼンの杖は部屋いっぱいを照らすだけの光量を持っているようだ。

 ドアの向こう正面に二体の豚型の怪物、和製RPGのビジュアルとして描かれる典型的なオークだ。

 ブーンという通電した気配があり、オークが前後に移動を始めた。


「打撃反応型のモンスターだな。ロムは見ていてくれ」


 ジュリーは言うとサスケに目配せをして右手のオークの前に出ると剣を両手で握り正眼に構える。

 オークはジュリーの胸あたりの体長なので普段の構えより少し低いのが違和感になっていたが、落ち着いて準備ができる今のうちに慣れておけばいい。

 意識的にゆっくり息を吐き出し、腹式呼吸で息を吸いながら剣を上段にふりあげる。

 前後するオークが前に出てくるタイミングに合わせて二歩、間合いを詰めながら腹から声を出し剣を振り下ろす。

 オークは悲鳴を上げて壁際に戻っていった。

 一撃で倒したのは初めてだった。


 サスケは左手のオークと対峙すると腰から短刀を抜き逆手に握る。

 彼も前後に移動するオークの動きを見定めて姿勢を低くしながら体当たりでもするように突っ込むとわずかに体をひねって短刀を首筋に当てる。

 こちらも一撃で倒せたらしく悲鳴をあげながら所定の位置へ戻っていった。

 二人は互いの武器をしまうとニヤけた顔(もっともサスケは覆面をしているが)で無言のハイタッチをする。


「合格なのでしょうか?」


 ゼンがロムに訊ねる。


なミクロンダンジョンをやるだけなら合格かな。とりあえず及第点だ」


「厳しいねぇ」


 会心の一撃に酔いたかったジュリーは大げさな表現でいじけてみせる。

 しかし、ロムの言いたいことも重々承知している。

 彼らが挑もうとしているのはの、いやあの日以上の戦いになるかもしれないダンジョンなのだ。


「マップの方はOKでござる。おそらくこのダンジョン、一ブロック半フィートでござろう。通路幅が一ブロックとして十五センチでござる」


「なるほど、体感百五十センチ…狭いわけだ」


 ロムが棍をぐるりと振り回す。


「どうせならTRPGのスタンダードに合わせて一ブロック十フィートを採用してくれればよかったのですがね」


「最近の和製RPGはメートル換算だろ?」


 などと軽口を言い合いながら四人は先へ進む。


 第一階層は地図マップこそ複雑な分岐をしていたが用意されたリドルは(ゼン曰く)それほど難しくなく、配置された怪物もジュリーが中心となって倒して行く。

 ロムは数の多い時に手伝う程度で事が足りた。


 千葉のダンジョンで虫と戦ってから二、三ヶ月ほどが経っている。

 あのダンジョンで痛感した自身の攻撃力の貧弱さ。

 その克服のためにジュリーは毎日欠かさず木刀を振り続けていた。

 ロムの助言に従い最初の一週間は型を覚えるために太極拳のようにゆっくりと振った。

 その後徐々に振る速度を上げていった。

 今でも全力で振ると切っ先がぶれる。

 いや、ぶれたのがわかるようになったといった方がいいか。

 愚直な努力は確実な成果を生む。

 どれほど才能がなくてもたどりつける境地はある。

 素人の成長は目に見えるものだ。


「地味だな」


 観客の感想だ。

 実際彼らの戦闘は眼を見張るものが何もない。

 ほとんど淡々と設置されている怪物を作業のように倒してゆく。


「でも、あいつらあんな地味な奴らじゃなかった気がするんだけどなぁ」


「そうそう、三人とも形から入るタイプだったよな」


 蒼龍騎など二、三の親交のある男たちがミクロン合法時代の記憶やTRPGのセッションなどでの彼らを思い出しながら口にする。


「境遇が人を変えるってやつか?」


 店主が苦そうな表情を浮かべて呟いた。

 蒼龍騎たちは黙り込む。

 事情を知らない他の観客たちが店主の発言をいぶかしそうに周りへの目配せで確認しようとするが、事情を知るものは言っていいものか迷った挙句口をつぐむだけだった。


「どう言う意味ですか?」


 好奇心に負けて店主に問いただしたのは高校生の少年だった。

 今日の観客最年少。

 聞いてはいけない雰囲気を察し大人な対応ができるわけではなく、また純粋にオタク的好奇心に負けて聞いたようである。

 もちろん他の観客も大人としての配慮で口を噤んでいただけで興味がないとは決して言えないわけで、ほぼ全員の視線が店主に集中する。


「例の事件の被害者なんだよ、彼らは」


「それでもプレイしてるなんてよっぽど好きだったんですね」


 高校生の冒険仲間の一人が大惨事を経験してなおミクロンダンジョンに挑み続ける彼らをそう評する。


「違うんだ、それだけじゃないんだよ」


 どうしても黙っていられなくなった蒼龍騎が言いかけた時、店主が再び咳払いをした。

 蒼龍騎が店長を見ると、その目は「それ以上は言うな」と語っている。


「まぁ、どうしても知りたきゃ後で彼らに聞くんだな」


 そう言うと店長はちらりと時計を確認し一つ息をつく。


「それはそうと…速いな」


 四人の冒険者はそろそろ第一階層をクリアしようとしていた。


「役割分担ができてるからですよ」


 解説を始めたのは例の三十手前のやや太めの男だった。


「観ているぶんには確かに地味でつまらないかもしれないけれど、戦闘は最小限で移動も無駄がない。地図作成者マッパーによっぽど信頼があるんでしょうね、ルート選択の決断も早い。僕らはつい全ての扉を開けてみたくなるたちだけど、彼らはクリアを最優先に行動しているらしい。ゲームプレーヤーとしてどちらが正しいかはわからないけど、冒険者としては絶対正しい」


「冒険者として絶対正しいってなんだよそりゃ」


 先ほども反論していた神経質そうな痩せぎすの男がまたツッコミを入れる。


「冒険はそもそも危険なものだよ。でもリスクには避けられるリスクととるべきリスクがある。例えばホラ、彼らが素通りした部屋」


 と彼が指差す通り、四人はその部屋の前を素通りしていた。

 そこは単独の部屋になっていて怪物が配置されているのだが、彼らは一顧だにしない。

 サスケの作成しているフロアマップはほぼ完成していてそこが単なる部屋でありどこかへ繋がっているわけではないことがすでに判明しているからだ。

 すでに第一階層をクリアする鍵は手に入れておりそこに何があったとしても「絶対に必要なもの」ではないと言う確信が彼らにはある。


「これ、案外凄いことだよ。ゲーム的にはお宝があるかもって思うでしょ? 普通。でも、こう言う部屋には大抵強めの敵が配置されてるんだよね」


 実際、この部屋に配置されている怪物は人感センサーが組み込まれていて近づくと棍棒を振るようになっているオーガで、その攻撃パターンは縦振り横振りの二パターンをランダムに行うものだった。

 今、観戦している観客は例外なく何度も痛い目を見ているなかなか厄介な敵だった。


 冒険者はいくつかの謎を解いて手に入れた鍵で第一階層の最深部の扉の前に立っていた。

 赤錆びたように加工された鉄製扉にはなぜか木製のドアノブがあり鍵穴がある。サスケが中をのぞいた時には当たり前のように暗闇があった。


「TRPGなどやっているとGMのダイス判定の都合で何かが見えることがありますが、普通は何も見えませんよね」


「まぁな」


 ゼンのちょうにも似たつぶやきにジュリーは相槌あいづちをうつ。


「それもまたおかしな話だと思うけどね」


 と、反論したのはロムだった。生き物がいるのであればその中で生活しているのだから光源を用意しているのではないのか? と言うささやかな疑問を出発点とした反論である。


「いやいや、ファンタジー世界の生き物には熱感知による暗視インフラビジョンって言う特殊能力を持った種族がいてな…」


 とジュリーが解説を始めるのをゼンが遮る。


「そうですね、コンピューターゲームのシナリオですと時々ありえないモンスターの配置に出くわすことがありますね。例えば深い地下迷宮の奥底、鍵のかかった部屋の中に通常種族のモンスターが配置されていたりね。どうやって喰いつないでいたのだろう? なんて考えますよ。もちろん、私はしませんが時々TRPGのシナリオでも見かけますね」


「なるほどな。気にしたこともなかったが、そう考えるとおかしな話だ」


 ジュリーは、右手に持った鍵で耳の後ろをかきながら言うとその鍵を無造作に鍵穴に突っ込んだ。


「ん? ちょっと配慮に足りなかったかな?」


 自分の行動があまりにも短慮だと気付いたのだろう、ちらりとロムとゼンを振り向き苦笑いをした。


「次は気をつけてくださいね」


「…わかった」


 言って、差し込んだ鍵を回す。

 カチリとロックの外れる音と振動が伝わってくる。

 それを確認すると鞘から剣を引き抜き三人に目配せをする。

 サスケは地図と筆記具を懐にしまい無言で頷き、ロムはわずかに目を細める。ゼンはジュリーの代わりにドアノブを握ると力任せに押し開く。


 踊り込んだジュリーとサスケはゼンの明かりを頼りにぐるりの中を見回す。

 部屋としては体感八畳くらいだろうか。

 扉の正面には解放された通路があり第二階層へ上る階段が見えるが、その通路を塞ぐように大柄のオーガが立ちはだかっていた。

 オーガは、冒険者に反応したらしく右手に持った棍棒を横薙ぎに振ってきた。


「やべっ」


 いくらか距離に余裕はあったのだがとっさのことに焦ったジュリーは大きく仰け反り、サスケも部屋の隅に身を屈める。

 ロムは、部屋の中をちらりとのぞいただけで中に入ろうとしない。

 それを訝しげに見やるゼンもまた中へは入っていない。


「手伝わないんですか?」


「第二階層はこんなのばっかになるんじゃないの?」


「でしょうね」


「なら手伝わないよ。これくらい倒してくれないと」


「スパルタですね」


 実際問題、確実に安全が確保されている今回のダンジョンアタックは、大前提としてロムに戦闘をさせないと言うのが事前の取り決めだった。

 ジュリーが提案したものである。

 今回のダンジョンは素性身元の確かなオモチャ屋店主が運営している。

 何人ものプレイヤーがすでに楽しみ、こうしてダンジョンアタックを観戦するサービスまで行っているのだから彼らが探しているダンジョンではないことなど明らかで、だからこそ彼らはこの確実な機会を利用して自分たちの現在のレベルとこれからの戦いを見越した経験値の向上をテーマにダンジョンアタックしていた。


「くそっ! 縦に振るのか横に振るのかどっちかにしやがれ!」


 近づく二人に反応して棍棒を振るうオーガの攻撃をかいくぐれず悪態をつくジュリーにロムはあえて小馬鹿にするように声をかける。


「そんな敵いねーよ」


「ぐぬ…そうだよな……」


「頑張れ〜」


「どうすりゃいいんだ」


 ダメージ覚悟で懐へ潜り込むか? と、覚悟を決めたジュリーの変化を察知してかロムが機先を制する。


「まだ第一階層だからね、不用意に怪我なんかしないでよ」


 言われてしまうとその作戦は取りにくい。

 なるほどここはまだ序盤である。

 ここで怪我をすると言うことはすなわち残りのフロアをロムに負担させることになる。


「そろそろ助言が必要なんじゃないですか?」


 五分が経とうとした頃、ゼンが助け舟を出す。


「相手をよく見ること。基本中の基本さ」


 それはジュリーも実践しているつもりだった。

 しかし、ランダムに振るわれる棍棒は始動が早く振りの方向がわかってからでは遅いのである。


「剣道の極意にせんってのがあるんだけど知ってるかい?」


「大雑把に言ってカウンターを狙うことですよね?」


「流派によって解釈もかなり違うみたいだけど。今、敵はこちらが攻撃を仕掛けようとする動きに反応して棍棒を振ってる。これは形上せんせんに当たるんだ。後の先ってのは相手に攻撃を仕掛けさせてそれより早く自分の攻撃を当てることで、今二人がやろうとしているのがこの後の先なんだ」


「なにやら難しそうですね」


「そう、実際難しい。実践するのも言葉にするのもね」


「じゃあどうすればいいってんだ?」


 ジュリーがオーガから距離をとってロムの前まで戻ってきた。


「始動を読むのは難しいけど、動作の終わりはわかりやすい。目の前の敵だと棍棒を振った後、一回元のポジションに戻すって動作が組み込まれてる。その動作はこちらへの反応じゃなくルーティンだから一定のリズムだ」


「つまり振った直後から元のポジションに戻すまでの間を狙うってことか?」


「もっと限定すると振った直後、元のポジションに戻ろうと動くまでの間。完全に停止するからそこを狙うわけ」


 気づかなかった。

 ジュリーは改めてサスケに反応し、棍棒を縦に振り下ろしたオーガを見つめる。

 ロムの言う通り下まで振り下ろしたことで動作は終了し一旦停止状態になり、そこから元のポジションに戻る動作が始まっている。

 停止から動作までは一秒と言ったところか。

 しかし、それだけの時間があれば一太刀打ち込むことはできそうだ。


 彼は左から右への横振りに狙いを定め、オーガの反応を促す。

 そう言う時に限ってなかなか横薙ぎに振ってくれないオーガに苛立ちを感じつつ、じっとチャンスを伺うと、七回目に望んだ横薙ぎの攻撃が始まった。

 棍棒が振り抜かれる。

 完全に伸びきった右腕を確認し、大上段からショートソードを振り下ろす。

 時間にして一秒に満たない攻防はジュリーに勝利をもたらした。

 悲鳴を上げるとオーガはくるりくるりとスピンしながら通路の前から退ける。


 観客席からは低い歓声が上がった。

 みんな上の階を遠慮して叫びこそしなかったが、彼らがダメージ覚悟でなければ攻略できなかった難敵オーガを無傷で倒したのだから賞賛されて当然だった。

 四人の冒険者は、通路から伸びる階段で第二階層を目指す。

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