02

 その日は開店前に店に来た。

 ルームシェアをしている三人は開店の五分前には部屋を出てマンションの目の前、まだシャッターの上がっていない店の前に立つ。

 程なく中からシャッターが開けられ、店長が少し呆れた表情で彼らを迎え入れてくれた。


「まったく…楽しみにするにもほどがあるだろうよ」


 四十がらみで背は百七十半ば、恰幅もよくどちらかといえば筋肉質。

 四角い顔はしかし柔和な笑みをたたえていて決して威圧感はない。

 ジーンズ地だろうか店名のプリントされた藍錆あいさび色のエプロンがオモチャ屋というより模型屋のオヤジを連想させる。


「メンバーは四人じゃなかったのか?」


「ええ。我々は目の前に住んでいますが、一人だけ少し離れたところに住んでいますから」


 と、ゼンは向かいの七階建マンションの四階、自分たちが住んている部屋の窓を見上げながらいう。


「ロムなら駅に着いた連絡が来てる。すぐくるさ」


「ロム?」


伊達だてひろ。我々はロムと呼んでいます」


「なるほど、プレイヤーネームってやつだな。じゃあ君達も呼ばれたい名前があるんだね?」


「えぇ、私はゼン」


「オレはジュリー」


「サスケでござる」


 店主は軽く息を吐くような笑い声を一つ上げて感想を漏らす。


「存外普通だね」


そうりゅう…なんてのにくらべりゃあな」


 と、ジュリーが返すと今度は声を立てて笑い出した。


「ま、オタクってのはとかく変わった名前をつけたがるもんだ。蒼龍騎なんてのはまだマシな方だろうよ」


「確かにね」


 ゼンが鼻で笑ったところでその蒼龍騎こと沢崎和幸が入って来た。


「みんな揃ってねーのか?」


「いらっしゃい。早いね」


 店長に声をかけられた蒼龍騎は三人をちらりと流し見て照れたように笑いながら頭を掻く。


「こいつらが作ったって言う千葉のダンジョンに昨日行って来たんだよ」


「ほぅ、どうだった?」


 店長も強く興味を惹かれたらしい。


「はっきり言ってすごい。ゼンが作ったTRPGのシナリオはいくつかプレイしたことがあったんだ。よく練られたシナリオだったんでもちろん期待して行ったさ。そこで思い知ったね、こいつの本質。こいつはシナリオライターじゃない。ダンジョンクリエイターだよ。いや、『少々意地悪なトラッパー』なんて呼ばれてるけど少々なんてもんじゃねーな、あれは。てことで昨日は第一階層止まりでした」


「半日かけて第一階層止まり?」


「えぇ、気づいたら終了時間ってやつ。全員一致で来週の再アタック即決です」


「難しくてクリアできないんだろ?」


「そうなんですけどね、なんて言うか…立ち止まる感じじゃないんだよなぁ。次から次に手がかりは手に入るんです。先に進むんですよ。なのにどっかで何かが足りないんだ」


 そのやりとりを聞きながらゼンは不敵な笑みを浮かべる。

 そこにようやくロムが入って来た。


「遅れましたかね?」


「いらっしゃい! まぁ、待ってたかな」


 店長に促されてロムたちは店の奥にあった階下へ下る階段を降りてゆく。


「ようこそ『下町の迷宮亭』へ」


 地下に広がるスペースはミニ四駆など時々に流行はやった遊びのための企画スペースだったのだろう。

 手前に客席用の三段雛壇が用意され中央部にダンジョンフィールド、最奥さいおうにミクロンシステムが設置されている。

 ダンジョンフィールドの壁面には六十型超のモニターと左右三つの小型モニターが貼り付けてあり、観客がプレイの様子を見られるようにできている。


「観客の入場料は千円なんだ」


 店主マスターに支払いながら蒼龍騎が説明してくれ始めた。

 四人は縮小可能な衣類などを事前に着込み縮小できない武装やアイテムを店主に手渡し、ダンジョンフィールド横の通路を奥に進んで慣れた手順でDNA情報の解析・バイタルスキャナーを通過する。


 ミクロンシステムの民生利用が非合法化された現在、モグリのダンジョンはどこもミクロンシステムを一セットしか用意していない。

 裏流通で高額なのもあるがそれなりの場所を取ること、発覚のリスク軽減やメインのプレイフィールドをできる限り広く取ろうとすれば必然的に複数のミクロンシステムを設置するという選択肢は取りにくいからだ。

 ここ『下町の迷宮亭』もジーンクリエイティブ社製ミクロンシステムが一セット、そのため同時にプレイできる人数がシステムのDNA情報カード挿入スロットの数つまり六人となり、必然的に一度にプレイできるパーティがひと組に限られる。

 この制約は冒険者プレイヤー側に一つの恩恵をもたらした。

 すなわち一日一パーティなので一階層一時間という合法時代の時間制限制度が採用されなくなったこと。

 もちろん無制限なわけではないが、大抵は午前中に縮小処理を済ませ午後の時間いっぱいダンジョンを冒険し夕方には引き上げるというのが事実上のデファクト標準スタンダードルールになった。

 代わりにプレイ料金は一人二千円から万単位になった。

 非合法の闇市場であることも関係しているが、メインプレイヤー層が比較的若いオタク向けアスレチック型RPGというジャンルなので冒険者たちは常に金策に苦労している。


「全員、小さくなったようだな」


 最後に縮小されたロムがダンジョン入り口前の待機所に現れると彼らの上から声が降ってきた。

 店主の声である。


「ダンジョンの入り口に向かって右側に更衣室が用意してある。君たちの用意してきた装備品がその前に置いてあるからわかるだろう? 一応、午後一時スタートの予定だ」


 と、縮小された彼らからは壁掛け時計大にも見えるアナログ式の腕時計を見せて説明する。

 冒険者はそれぞれに頷くと装備品を確認しながら更衣室に入る。


 ゼンは肘・膝にバレーボールなどで選手がするようなサポーターを巻き、アウトドアベストのようなポケットだらけの中衣ベストを着て漆黒のローブを羽織はおる。

 右手にはファンタジー的デザインではなく機能を優先させた杖を握っている。


 サスケは綿めんの下着の上から非常に細かく編まれた鎖帷子を着込み、ファンタジー的にアレンジされたものではなく時代劇などで着られている上着に伊賀いがばかまという和装然とした墨染すみぞめの忍者しょうぞく手甲てっこう籠手こてすね当て、目だけ露出させた覆面ふくめんきん姿といういつもの格好だ。

 だが武器は一回り大きいものを用意している。

 刃渡り二十五センチ級の短刀を帯の後ろに差し込み、腰には厚手の生地で作られたきんちゃくぶくろふところにはダンジョンマップを書き込む方眼紙にシャープペンシルの芯らしき筆記具をしまい込む。


 もっとも装備が変わっているのがジュリーだろう。

 こんに塗られたシンプルなさやに収められたショートソードは身長に合わせて七十センチ級と短くし、代わりに両手でも握れるようにつかを長くして腰にいている。

 盾を持つことをやめたのは剣を両手で扱うことを想定した戦術的変化だ。

 代わりに綿入りのトレーナーの上に着込んでいるくさり帷子かたびらはチタン製でしちそで・膝上丈の筒型衣チュニックのようなデザインに。

 その上に練色ねりいろの麻製袖なし筒型衣を着る。

 防御力向上のために鈍色にびいろのアルミ合金製プレート装甲に変更されたアーマーは、西洋的デザインながら南蛮胴にそくという当世とうせいそくを参考とした機動力に配慮されたパーツ構成になっている。

 そして今まで被っていなかった特撮ヒーローものの防衛チームが被るヘルメットのような兜も用意していた。


 逆にもっとも変化のないのがロムである。

 筋肉の動きなどで技の始動が悟られないよう配慮されたゆったりとした藍色あいいろの拳法着で、裾は邪魔にならないように足首のあたりで布紐で縛られていて、袖は拳が見える程度に折り返してある。

 千葉のダンジョンの教訓から二メートルサイズのこんを持ち、腰には水と炊いた米が一粒それぞれ袋に入れて提げられている。

 もっとも重装備のジュリーが更衣室から出てくる頃には予定時刻が迫っていた。


「今日は満員御礼の盛況だよ。千葉のダンジョン唯一の完全制覇パーティ。君たちの噂は『ギルド』の中でも有名だ」


「ギルド?」


 ロムがジュリーの方を向く。


「ギルドってのは中世世界の組合のことなんだがRPGの世界じゃ冒険者組合ギルドってのがあってな…まぁ、ここじゃ下町の迷宮亭会員くらいの意味かな?」


「一度にこんなに集まると警察にマークされないかヒヤヒヤなんだが…仕方ない。さ、時間だ。楽しませてくれ」


 ブザーが鳴り入り口が開く。

 ジュリーが先頭に立ち、ゼンとサスケが並んで続く。殿しんがりをロムが務めるいつもの隊列だ。中はやや狭目の通路で棍を振り回すことは出来そうにない。床も壁もレンガを積んだようになっている。


「というか…実際に積んでますよね? このレンガ」


 十分の一というスケールにサイズを合わせたレンガを丁寧に積み上げているのはモデラーの真骨頂と言えるのだろうか? 彼らが千葉で作ったダンジョンはらしくは見せているが実際のレンガではない。サスケは壁をコツコツとつま先で蹴飛ばし


「積んでいるのではござらんな。何らかの板にプレート状のレンガ素材を貼っているのでござる。根気のいる作業ではあろうがな」


 と、地図作成に戻る。


「だろうな、多分パネルモジュールを作ってダンジョンを組み立てているんだと思うぜ。なるほど、賢いやり方だ。これならメンテナンスやリニューアルも簡単だ」


「非合法になってからリアリティ志向だったり一攫千金狙いの安易なダンジョンが規格を無視している中、サイズは違えど規格を決めて製作されているならマッピングもしやすいかもしれぬな」






 「ハハッ、すごいね」


 客席下手しもて側に設置されているスイッチングブースで店長が感嘆の声を上げる。

 下町の迷宮亭はダンジョン内のいたるところに設置してある小型カメラとマイクによって実況中継を楽しめるようにしてある。

 最初はダンジョンアタック中の安全確認のためだったのだが、ギルドメンバーが他のパーティのアタックをスポーツ中継のように楽しみたいと要望し今のようになった。

 このカメラの設置や遭遇戦エンカウンターの仕掛けなどの制御の都合もありジュリーが言った通りモジュール化したパーツの組み合わせでダンジョンを作っていた。

 ただサイズは古典的TRPGの単位に従ったフィートをあえて用いているので合法時代からの一ブロック十センチという統一規格とスケール感が異なっているのだが、予備知識のない最初の挑戦でしかも入り口をくぐったばかりの彼らに気づかれたことが嬉しい驚きだったのだ。


 客席は長時間座ることを想定して雛壇に座布団を敷いているのだが、今日はその三段に座りきれず床に直接座っている客がいる。

 そんな彼らは始まったばかりの四人の冒険が映し出されるメインモニターを食い入るように見つめていた。

 メインモニタの左右に3つづつ配置されているサブモニタには通り過ぎた後のカメラやこれから彼らが進むだろう先のカメラ映像が映し出されている。

 と言ってもそれらの映像はまともな光源がなくほとんどが暗闇を映している。

 今、ダンジョンの中に存在している光源といえば、ゼンが持つ杖の先だけだった。


「面白い」


 と唸ったのは蒼龍騎の隣にいた三十手前のやや太めの男だった。


「何が面白い?」


 蒼龍騎に訊ねられて男はしたり顔で周りに説明するように解説を始めた。


「僕らはRPGや過去のミクロンダンジョンをプレイした経験や思い込みから光源を用意するときに松明やランタンをイメージする。そしてやはりその思い込みからランタンを用意してきた。実際、ランタン型ミニライトなんてのが百円ショップあたりで手に入るからね、君らもそうだろ?」


 蒼龍騎をはじめ何人かが無意識に頷く。


「僕はミクロンダンジョンが現実世界のアスレチックゲームの一種であると考えていた。RPGを模したね。僕らのパーティは五人だがみんなそう考えていたと思うんだ。だから全員が戦士だ。体型からドワーフを自認してる奴もいるけどね」


 そんなジョークで客席に苦笑が漏れた。


「でも、ちょっと考えてみたまえ。ファンタジー世界には魔法という概念がある。どのゲームでも明かりの魔法はごく初期から使える初歩的なものだ。今彼が持っている杖を光源にしているのは明らかに『明かりの魔法』を再現したものだ。面白いだろ?」


 彼の解説は次第に熱を帯び、自然と周りの注目を集めて行く。


「面白いじゃないか、そうは思わないかい? 僕らはミクロンをクリアすることばかりに夢中になった結果ロールプレイングゲームの楽しみ方を忘れていたのさ。彼らはちゃんと本来の遊び方である『役柄を演じること』を実行しているんだ」


「面白い解釈だ。だがRPGは何もファンタジーばかりじゃないだろ?」


 と、反論してきたのはもう少し年齢層の高めで神経質そうな痩せぎすの男だった。


「そうですね。でもダンジョンアタックという表現が示す通り少なくともこれまでのミクロンダンジョンはファンタジー世界の地下迷宮を模したアトラクションだ。そして彼らはそうした設定を前提に自分たちの役割を演じている」


「ふぅむ」


「そういうことなんだ」


 黙ってしまった男の代わりに呟いたのは蒼龍騎の冒険仲間れん鳳凰ほうおうだった。

 しかし、突拍子もないつぶやきだったため、誰もがその意図を汲めず、蒼龍騎などは頭の上にいくつもの『?』を浮かべてしまう。


「何がそういうことなんだよ?」


「いや、千葉のダンジョンだよ。俺たちのパーティも基本ファイターだらけだろ? だけどゲームシナリオ制作者三田善治プロデュースのダンジョンだってんならファンタジーRPG的アプローチが必要なんじゃないかと思ってさ」


 それを聞いた会場中の観客がざわざわと騒ぎ出した。

 新しいダンジョンの情報だ。

 危険を冒してプレイしている筋金入りのプレイヤーたちが色めき立たないわけがない。

 不用意に口走ってしまった紅蓮の鳳凰だけでなく蒼龍騎や他の仲間まで詰め寄られることとなる。

 もちろん千葉のダンジョンのことを噂レベルで知っていたもの、今日のダンジョンアタック前に店主が言っていたように四人がそのダンジョンの唯一のクリアパーティであることを知っているものなどもいたのだが。

 騒ぎが思ったより大きくなりかけた時、店主が大きな咳払いをする。

 それに呼応して観客のざわめきが潮が引くように静まり、結果必然的にモニターに視線が戻って行く。

 そのメインモニターには今まさに最初の遭遇エンカウントが仕込まれている部屋の前にたどりついた四人の姿が映っていた。

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