03

「完成でござる」


 サスケが最後の袋小路で呟いた。


「完成?」


 彼らの後をついて来ただけのロムには何がどうなっているのかわからない。

 ただ、彼らの冒険慣れだけがよくわかった。


 サスケの指示通りに迷路を進む。

 迷路には様々な仕掛けが施されていて冒険者を翻弄するようにできている。

 しかし、彼らは危機的状況を作らない。

 例えば床には落とし穴ピットと呼ばれるトラップが仕掛けられている。

 TRPGではおなじみのもっとも初歩的な罠だが、ただでさえリアリティにこだわり光源を手持ちのランタン一つに限定し足元が暗くなっている中、意識が別のことに持っていかれるような状況で効果的に配置されている。

 さすがはRPG業界で知らぬものはないとまで言われたゲームクリエイターやすりょう設計のダンジョン。

 ロムだけでのダンジョンアタックならその罠にことごとく引っかかっていたかもしれない。

 そんな罠をゼンが「おそらく」などと言いながらことごとく発見・回避して行くのだ。

 そうしてたどり着いたこの行き止まりでサスケが見せてくれたのは隙間なく描き込まれた第一階層の地図である。

 部屋の中で遭遇エンカウントした怪物モンスターの種類(キャラクターとしての名称やゲーム上の仕掛け・設定)や罠の位置、仕掛けのスペースまで書き込まれている。


「つまり第二階層に上がる階段が見つからないってことか? マニア泣かせだなぁ」


 ジュリーがまじまじと地図を見つめてホゥと息を吐く。


トラップばかりの階層フロアだったね」


 一時間近く歩き回って疲れたのか地べたに腰を下ろし壁に背を預けて休んでいるレイナがこれまでの感想をつぶやく。


「そうですね…どちらかというと上級者向のダンジョンですね。初心者には、派手な戦闘場面が用意されていない分、少々物足りないでしょう?」


「ん? …そうだな」


 視線を向けられたロムはそう返す。

 RPGと銘打っているそのイメージから怪物が出てくるのをバッタバッタと打ち倒すものと思っていたことから考えれば物足りなさは確かにあった。

 しかし、仕掛けられた罠を次々と回避し進む彼らと初めてのダンジョンアタックという物珍しさもあって決して退屈はしていない。


「しかし困りましたねぇ」


 ゼンは鼻に人差し指、あごに親指を当てぶつぶつと独り言を始める。


「普通に考えれば隠し扉シークレットドアを探すんでしょうが、もらった地図マップ枠が全て埋まっているとなるとどうにも手掛かりが…しらみ潰しにするような時間も残っていないでしょうし……」


「ちぇっ、そういうの捜すの得意じゃねぇからなぁ」


 ジュリーは八つ当たりに目の前の壁を蹴り飛ばす。


 「!」


 ロムはその音に違和感を覚え、試しとばかりに手近な壁をコンコンと叩いてみた。

 その音は確かに地図を書き込みながらサスケが入り口から続けてきた壁の硬質な打音と同じものだった。

 やはりジュリーの蹴飛ばした壁の、こもったにぶめの音とは明らかに違う。


「気づいたでござるな」


 覆面の奥でニタリと笑うのがわかる。


「どういうこと?」


 レイナに聞かれたサスケは再びマップを開いて指し示した。

 現在位置は入り口のある辺の対面で突き当たりになっている角に当たる部分である。


「このフロア枠は正しくないでござる」


「間違っているってこと?」


「より正確には『意図的』に隠してござる」


「隠す?」


 それに興味を示し再び地図を覗き込むジュリーに対し、サスケは地図を指差しながら説明し始めた。


「外から見たこのダンジョン、拙者の見立てでは僅かながら長辺と短辺がござった」


「長辺と短辺?」


「つまり、渡された正方形のフロア枠と違って実際は長方形だった…ということですね?」


「うむ」


「つまり、さっきお兄ちゃんが蹴ったところにシークレットドアがあるのね?」


「オレが蹴った?」


「音が違ってたでしょ?」


「音?」


 今ひとつ理解できていないジュリーに呆れた視線を向けるレイナ。

 その間にロムはゼンの持つランタンの揺れる灯りを頼りに隠し扉を見つけていた。

 ジュリーとゼンがランタンと顔を近づけ壁を確認すると、なるほど壁に幅にして六十センチ(実際には十分の一)ほどの間隔をあけ二箇所、床から天井に向けてまっすぐ縦に切れ込みがあるのがわかる。


「継ぎ目が綺麗すぎてこれでは動きそうにありませんよ」


「横には回転しない。床から五十センチと百五十センチあたりの目地が深くえぐれてるだろ?」


 言われてゼンがランタンを持ち上げると確かにその高さの目地は普段なら気にならない程度に深くえぐれ、レンガも角が丸くなっているようだ。


「縦回転扉ですか…さすがはトラップマスターの悪名高き安田GM監修のダンジョンというところでしょうかね?」


「お前がそれを言うかね?」


 そう言いながらジュリーは腰に吊るしていたショートソードを外して左手に握ると、壁に手を当て仲間を振り返る。


「じゃあオレから行かせてもらうぜ」


 と、壁に置いた右手に力を込める。


 それは縦回転の、それも上が向こう側に倒れて行く隠し扉だった。


「うおっ!」


 勢い良く回転する扉に乗り上げ壁の裏に消えて行くジュリー。


「大丈夫ですかぁ?」


 ゼンが壁の向こうに声をかけると「な、なんとか」と、ややくぐもった苦しそうな声が下の方から聞こえてくる。

 壁の向こうでは狭い通路のせいで頭を下に海老反りの姿勢でもがくジュリーの姿があった。


「中は狭そうです。気を付けましょう」


 四人はロム、レイナ、サスケ、ゼンの順に隠し扉をくぐる。

 ちなみに、五人の被害状況だが、


 ジュリー=自慢の盾(木製)の破損。

 サスケ=落ち方悪く、左手首捻挫。

 ゼン=通り抜けに失敗、おでこにコブ。

 ロムとレイナは無傷である。


「オレの盾があっ!」


  ジュリーのダメージが、精神的で一番大きいようだ。


「体が無事なら立派に防具の役を果たしておる。良かったではないか。拙者を見るがいい」


「あなたのは自業自得ですよ。格好などつけようとするから...あたたた」


 ロムとレイナは、顔を見合わせてため息をつくしかない。


「そろそろ先に進まねぇとタイムアップしちまうんじゃないか?」


 ひとしきり不幸を嘆く三人を見ていたロムが心持ち大きな声で先を促すと


「…そうでした」


 と、三人は重い腰を上げた。

 狭い通路の突き当たりには電卓のような液晶画面とテンキーの埋め込まれた壁があった。

 ジュリーがそのキーパッドをしょうていで押し込みIDを入力すると、液晶に数字が表示される。

 ゼンがその数字を指差し確認し間違いがないことを確かめると、ジュリーはエンターキーを叩くように押す。

 ファンファーレが鳴り、壁が天井を支点に奥へと開く。


「第一階層最初のクリア…だよな? オレたち」


「そうなりますね、たぶん」


 開いた通路の奥には階段があり、五人の冒険者は幾分の高揚感を覚えながら登って行く。

 登った先には右側に扉があり、開けると小部屋になっていた。


「出口は一つか」


「マップ作成の準備が整うまでしばし待たれよ」


 新たに取り出した地図用方眼紙を第一階層の地図と重ね合わせて座標を書き込む。


「第一階層がああでしたからね、この階層もトリッキーなダンジョンである可能性が高いですよ」


 それを聞いてうんざりと言う仕草と芝居がかった言い方でジュリーがぼやく。


「またオレ、トラップ担当かよ」


「俺、替わろうか?」


 最後尾で特に何もすることがなかったロムが言うと、


「それはそれでつまらん」


 と返ってくる。なんだかんだと先頭の役割を楽しんでいるのだろう。


「いいさ、最上階のドラゴンがオレの見せ場なのさっ!」


 サスケの合図を確認し、ジュリーは言いながら木製の扉を押し開く。


「うわっ!」


 開けた瞬間、目の前に迫ってきたのは三体の怪物だった。

 もちろんそれらは人形である。

 彼らの行く手をふさぐための単なる木偶でく人形だ。


「第一階層にあったのと同じパンチングマシーン型のモンスター…オークですね」


 第一階層は全体的には複雑な迷路だったが申し訳程度に部屋があり、中には固定された怪物が設置されていた。

 今、目の前にのは和製RPGのビジュアルとして描かれる典型的な豚型の怪物で、ジュリーの鳩尾みぞおちあたりの体高たいこうしかない人形フィギュアが台車に乗せられて前後に行ったり来たりしているものだった。

 「木偶」と書いたが正しくは発砲ウレタン製で、中心にはゲームセンターではお馴染みのパワー測定機が芯として内蔵されている。

 これが一定のパワーを感知すると〈やられた〉と判定して撤退するようにできているようだった。


「じゃあ私左ね」


 レイナがジュリーの横に立って言う。


「俺にもやらせてくれるよね?」


 後ろからロムも声をかけた。


「ま・独り占めも良くないし、みんなで楽しまなきゃな」


 腰のショートソードを抜きながらジュリーが言うとロムは右の、レイナは左のオークの前に立つ。

 ジュリーが中央のオークを殴りつけるのを合図に二人もオークに攻撃する。

 レイピアで肩口から袈裟けさ斬りに打ち据えるレイナの打撃は威力がありそうだったが一撃とはいかずウレタンの弾力に弾かれる。

 レイナは構え直すと一度下がって再び迫ってくるオークの胴を横薙ぎに払う。衝撃を受けたオークは動きを止め、やがて壁際まで退いて行く。


 ロムの方はタイミングを測るためだったのだろう、前後するオークを二度三度と見送り四度目に迫って来たオークの胸に下突きを打ち込む。

 カウンターブローのように放たれたそれは一撃で規定値を超え、やすやすと退けた。


 それぞれの受け持ち怪物を二人が期せずして視線を交わした後「さて」と視線を移した先、裂帛れっぱくの気合いとポクポクと手数だけは多いジュリーはしかし、なかなかダメージ判定の設定値を超えられずにいた。


「くそっ! オレのトコだけ設定値高かったんじゃねぇか?」


「なワケないよね」


 やっとの思いで倒し、肩で息をしながらぼやくジュリーに感情の乏しい一瞥いちべつをくれてボソリと呟くレイナのツッコミにロムは苦笑いで答える。

 三体のオーク人形が壁際、所定の位置に収まると出口となる部屋の扉からカチリと鍵の解除する音が聞こえる。


「ロックが解除されたでござる」


「よし、行くぞ」


 開けた扉の先は長めの廊下で正面突き当たりにはゼンが持つランタンの灯りでかろうじて扉が見える。


「一本道ですね」


「楽でいいや」


 先行する三人から大分遅れて地図を書き込んでいたサスケが呼び止める。


「しばし待たれ。暗くてマップが書けぬでござる」


「こっちに来てから書けばいいじゃねぇか」


「そうは行かぬ。正確な測量をせねばマッピングが破綻してしまうではござらぬか」


「そうですね、地図が正確でなければ攻略ができません」


「うむ、特にこのダンジョンはリアリティを追求するためにブロック数がわかりにくくなってござる」


 サスケの言うブロックとはミクロンダンジョンの基本単位のことで一ブロック十センチで統一されている。

 従来のダンジョンは壁や床にラインが引かれていたりタイルそのものがブロック単位になっていたりしたのだが、このダンジョンは壁も床も天井も十分の一スケールのレンガを模して造形されており、非常にわかりにくい。

 通路一つでもそれなりに時間がかかった地図作成マッピングを終えて扉を開くと、さっきと同じシチュエーションでオークが待ち構えていた。

 数は7体と増えている。


「どうやら第二階層はパワープレイ主体のシナリオになってるらしいな」


「パワープレイ?」


 苦々しく言い捨てたジュリーの言葉におうむ返しに問いかけるロム。

 答えたのは珍しくサスケだった。


「戦いばかりが続くのでそう呼ばれてござる。ゲームをしている気になるので特に初心者に好まれてござるがな…」


 その先にまだ何か言い足りない言葉があるようにロムには感じられた。しかし、サスケはそれ以上パワープレイについては言及せず、こう続ける。


「そなたの実力が試されるフロアでござる」


「なるほど。これが俺をスカウトした理由なわけね」


 ロムはそれまでのいまひとつ乗り気に見えなかった表情から一変、キラキラと目を輝かせるとトレーナーの袖をまくりながら軽く体の状態を確認し始める。


「じゃあ俺が三体。みんなは一人一体がノルマな」


「な、何!?」


 驚くジュリーを尻目に向かって右端のオークの前で直立姿勢をとり胸の前で手を合わせる。


「礼」


 中国拳法の礼の姿勢だ。

 精神を集中し全身に気を巡らす。

 ゆっくりと息を吸うと気合い一閃、迫り来るオークに右正拳突き。

 拳を引くのに合わせて体を回して隣のオークに右ひじを叩き込み更に回転する。

 その流れるような動きは一切とどこおることなく三体目のオークは後ろ回し蹴りをくらって後退する。

 当の本人は結果も見ずに後ろ向きのまま最初と同じ礼の姿勢をとる。


「礼」


「えっ!? もう倒したの?」


 隣でオークを殴りつけていたジュリーが驚きで攻撃の手を止めるほどの速さで彼はノルマの三体を倒していた。


「手伝おうか?」


 涼しい顔で尋ねられたジュリーはあえてロムに視線を向けないようにして殊更ことさらに目の前のオークに集中する。

 しかし、ぺしぺしと殴りつけるその攻撃はそれまでのいかにも戦闘中の戦士の叫びと違い「拒否、拒否、拒否」と言うものに変わっていた。

 そんなジュリーとサスケが四苦八苦しながらオークを倒している間にレイナも自分とゼンの分のオークを倒していた。


「二体倒したの?」


「うん、いつものことだから」


 彼には彼の言い分がある。

 「魔術師は、あまり肉弾戦が得意ではないので」と言うものだが、ファンタジー世界の設定などロムにはどうでもいいことだった。

 息の上がっているジュリーをせっつき開けた扉の先も通路だった。

 そのジュリーが三ブロックほど進むと今度は突然頭上から何かが降ってくる。


「うわわっ!」


 頭を抱えて屈み込むジュリーの上で揺れているのは天井からケーブルで吊られているコウモリだった。

 ロムがスナップを効かせたジャブを打ち込むと、そのコウモリはケーブルに手繰り寄せられて天井に戻って行く。


「同タイプのセンサーですね。ぶら下がっているので力が逃げる分倒すのに時間がかかりそう…」


 と、うんちくを述べていたゼンの言葉をさえぎるような絶叫とともに剣を振り回すジュリー。

 五、六匹だったろうか、それを一人で撃ち倒し進む。


「…このパターン……」


 地図に仕掛けの注釈を書き込みながらサスケが深刻そうに呟く。


「どうしたの?」


「危険な兆候でござる」


 ジュリーの後を追いかけようとしていたゼンもそれに反応してサスケを振り返った。


「ジュリー。剣をさやに戻さずに扉を開けるでござる」


 すでに扉の前に立っていたジュリーは何も言わずにその指示に従った。

 開けた扉の中は広めの部屋になっていた。

 中には耳の尖った緑がかった肌の醜悪な小人が三体、部屋の中を自由に動き回っていた。


「ランダムに走り回るゴブリンですね」


「こいつは…」


 ゼンもジュリーも目を細め、雰囲気が重くなったのをロムは感じた。


「何が問題なんだ?」


「タイムオーバーです」


 逃げるゴブリンを追いかけ回すジュリーを眺めながらゼンが解説を始める。 


 コンピューターゲームにしろテーブルトークにしろ、およそ覚え切れないルール内で行われる日常行動や、全然先に進まない謎解きよりも単純明解にしてプレイに参加しているという実感を得られる戦闘は、特に初心者に好まれがちである。

 しかし、実際には戦闘ほど全てにおいて無駄な行為はない。

 ミクロンダンジョンで言えば体力も使えば時間も浪費する。

 ミクロンダンジョンが制限時間のあるタイムトライアルであり、なおかつ残り時間がわからないシステムになっていることを考えると、このパワープレイ型のシナリオはプレイヤーにとって大問題だというのだ。


「今回のダンジョンデザイナーとされる安田氏はそのあたりの調整も絶妙なことで有名なのですが…」


「やはり入り口は施錠されてござる。三体とも倒さねば開かないようになっているとみて間違いござらん」


「うんちく垂れてないで手伝え!」


 気づくと一体は倒したらしく、もう一体に狙いをつけてレイナと挟み撃ちにすべく追い込んでいた。

 ロムが残る一体はと視線を巡らせると、偶然にも目の前を通り過ぎようと迫ってくるところだったのでカウンター気味に左フックを撃ち込んだ。

 倒されたゴブリンは自動掃除ロボットのように部屋の隅に移動する。


 最後の一体を倒したジュリーは膝に手をつき肩で大きく息をしている。


「大丈夫?」


 心配そうに背中をさするレイナに荒い息の下から半ば独り言のように「歳かな?」ジュリーが聞いた。

 その問いに対する答えは妹特有の遠慮のなさがこもっていた。


「単なる運動不足」


 それを聞いて、最後に大きくため息をつくジュリー。


「仕方ねぇ、先を急ごう」


 冒険者は先へ進む。


 第二階層はダンジョンとしては平易な一本道構造だった。

 しかし、完全に戦闘に特化したシナリオ設計がなされていて、速やかに・効率的に怪物を倒し先へ進む必要があるスピードと体力勝負のダンジョンになっていた。


 待ち受ける怪物は遭うごとにその行動パターンを増やして行く。

 腕を振り回すヤツ。

 台座の上で左右に揺れるヤツ。

 怪物特性を活かしたものもあった。

 例えば骸骨戦士スケルトンは胸骨の奥、心臓部に配置されたセンサーを直接攻撃しなければ倒せなかった。

 ケルベロスは三つの頭それぞれにセンサーがついていて全てヒットしなければ倒せなかったりといった具合だ。


「次は何だこんにゃろう!」


 ジュリーが無造作に扉を開けるとバネ式の発射音がして四本のミサイルが飛んで来た。


「ぬおっ!?」


「ぐぬっ!」


 一本は真正面からジュリーの額に、一本は筆記具を握るサスケの右手の甲にそれぞれ直撃。

 残りの二本のうち一本はロムが難なくかわし、最後の一本はロムに肩を引き寄せられたレイナの居た場所を通り過ぎる。


「──ってぇ…何があった?」


 額に出来たコブを痛そうに気にしながらジュリーがゼンに問いかける。

 サスケは手がしびれているのか落とした筆記具を拾いあぐねている。

 ゼンは扉と部屋の中、ミサイルの飛んで来た壁を調べると言った。


「ドアを開けるとおもちゃのミサイルが飛び出す仕掛けだったようですね。TRPGによくあるトラップですよ。戦闘続きでトラップのことを忘れさせられていました。ゲームマスター的にはしてやったりでしょうね」


「あの…」


 レイナはモジモジと上目遣いでロムを見上げる。


「ん?」


「ありがとう」


「あぁ。まぁ、とっさにやったことだし…肩、痛くなかった?」


「……うん」


 やがて、痛みの和らいだジュリーが自分の額を強打したおもちゃのミサイルを拾い上げ、ふるふると鉛筆のように振ると舌打ちをしてこう言った。


「この先これより過激なのがあったりして?」


 冗談は半分だった。

 少なくともジュリーはそのつもりだった筈だ。


「怖いこと言わないでくださいよ」


 ゼンが肩をすくめてみせる。


「でも、気をつけた方がいいよね?」


 歩き出すジュリーを追ってレイナが声をかける。


「あぁ、痛いのは嫌いだ」


 彼らは知らない。

 それが現実のものになることを。


 今はまだ。

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