02
「ようこそ、冒険者の皆様!」
五人の冒険者は、受付のコンパニオンに出迎えられた。
露出度の極めて高いビキニアーマーは革の鎧を模していて前腕と脛もプロテクターが覆っている。
弘武たちの応対にあたった女性は弘武の印象では二十代半ばくらい。
亜麻色のショートボブで北米先住民風のヘアバンドをしており、大きめの瞳はカラーコンタクトだろうか? 髪色に揃えてあるようだ。
「お客様情報作成にお時間をいただいている間に当社および本製品のご説明をさせていただきます」
受付テーブルに用意された用紙にパーティメンバーの必要事項を記入する間、そのコンパニオンが話し始める。
それは一見参加者に説明しているようにみせて集まった見学者に対して行われているのだろう、マイクを通してよどみなくアナウンスされていた。
「当社ジーンクリエイティブはミクロンシステムに無限の可能性を見出し、
何も見ないで行われるその説明はアナウンサーや俳優・声優としての訓練を積んでいるのか、よどみなく心地よい。
「ダンジョン内のトラップ・エンカウンターも自動制御されておりますのでシステムの処理能力から最大六パーティ三十人までの複数パーティ同時プレイも可能です。なお、今回は安全面を考慮して同時プレイは三パーティに制限させていただいております。
さらに初回プレイ時に作成したDNA情報をICチップに記録したカードを発行いたしますのでゲームのたびに採決という無駄と苦痛を省けます。もちろんプレイ後は個人情報保護の観点からスキャンデータなどをホストコンピューターには残しません」
記入が終わった五人は、説明の続くコンパニオンの後に続いてミクロンシステムの前を横切る。
さながらガイドに連れられて歩く観光客のようだ。
「ミクロンシステムはご参加頂いている皆様ご存知かと思いますが、DNA情報とスキャンデータを利用した有機生命体縮小復元システムなので、従来はスキャンおよび縮小復元の際は何も身につけずに行われていましたが、技術研究の成果である新開発の縮小復元システムにより生物由来の衣服であれば同時縮小が可能になりました。特に女性プレーヤーには朗報ですね」
五つ並んだバイタルスキャナーのひとつの中で、服を脱いでスキャンを受けていた弘武はチラリと空港の手荷物検査機のような持ち物スキャナに目を向ける。
参加するとは思っていなかったため私服が何で出来ているのかなど考えてもいなかった。
少し不安な気持ちで服を着なおし、外に出るとすでに四人は待っていた。
ほぼ同時に縮小復元装置の上にあるランプがひとつ、またひとつ点灯しだした。
「一組リタイアしたようですね」
装置から出てくるこれもまたコスプレ衣装だろうファンタジックな服装の青年たちに弘武たちを案内していたコンパニオンが「お疲れ様でした」と声をかける。
そのパーティはもう一人が担当していたのだろう、腰まで届きそうな
彼らが出ていった後の装置内を点検確認したショートボブのコンパニオンが弘武たちを振り返り、最上級の営業スマイルでこういった。
「お待たせいたしました。それでは当社ダンジョンをお楽しみください」
言いながら発行されたばかりのDNA情報を記録したICチップ付きカードを手渡す。
「じゃあな、ロム」
一番奥、端の装置の前に緊張した面持ちで立ちつくした弘武を早速ニックネームで呼んだのは隣の
彼らはミクロンダンジョンの経験があるのだろう、何の
弘武は少し大きく息を吸い、ゆっくり吐き出すとコンパニオンに声をかけた。
「あ、お姉さん」
「何でしょう?」
「俺、初めてなんですけど…」
言いながらそれまでまじまじとは見ていなかった年上の女性と目が合ってしまい思わず視線を下に
そこには極めて露出度の高いビキニ型の革の胸当てに収まっている胸があった。
控えめながら胸当てによって寄せて上げられた存在感が思春期の少年の目を
慌てて今度は改めてその女性の顔に視線を戻す。
こうなると視線を外すことができなくなる。
そんな少年の心の動きを知ってか知らずか、板についている営業スマイルでマニュアル通りに優しく語りかけてくれた。
「ご安心ください。縮小中に正面モニターにゲームの説明が音声アナウンスとともに表示されますし、ダンジョンアタック前に係りの者が再度ご説明いたします」
縮小復元装置の中に弘武が入るとモニタが自動点灯し音声が流れてきた。
『ようこそ! ミクロンダンジョンの世界へ』
音の方を見ると待っていたように音声が続く。
『一番スロットにDNAカードを挿入してください』
画面にはスロットが映し出され、どこにどの向きで挿入するかわかりやすくアニメーション表示されている。
モニタの右側には画面と同じようにスロットが横三列縦二段に並んでいて番号が振られている。
彼は音声に従い一番と書かれているランプが点滅しているスロットにカードを挿入する。
画面はカード情報の認識に反応し人体モデルと「こちらを向いてまっすぐ立ってください」の文字を表示する。
『事前スキャンデータと現在状態とのマッチングを行いますのでモニターの正面に立ち、直立姿勢でお待ちください』
言われた通りにすると前後の壁面から光線が照射され彼の体を上から下まで降りてゆく。
それが終わるとまた音声ガイドが流れる。
『縮小プロセス終了まで10分ほどかかります。お待ちいただく間ルール説明ビデオをご覧ください』
画面が変わりチュートリアルが始まった。
『ようこそミクロンダンジョンへ。これから…』
その映像は非常にわかりやすく実にエンターテイメント性に富む飽きさせない演出で何度も見たくなるようなPVといった出来だった。その面白さに真剣に見入っているといつの間にか縮小プロセスが終了していたらしい。
『──それではそろそろ縮小プロセスも完了していることでしょう。小さな冒険世界をお楽しみください』
高い位置にあるモニタを見上げていた頭上からBGMとともに降ってくる音声にようやく我に返った弘武は何もかもが大きくなった世界を初めて見回した。
無意識に脱いでいたらしいベルトと靴。
その左の靴に片足だけ突っ込んだ状態の左足を抜きながら、ゆるくてずり落ちそうなズボンを抑える。
「俺、意外と天然素材着てたんだな」
それから改めて部屋を見回す。
モニタを正面に見て右手側が入り口。
今や体感二十メートルの巨大なドアだ。
左側を見るとこれもまた五メートルほど先にドアがある。
今の彼のサイズに合わせた小さなドアだ。
ご丁寧にドアの上には誘導灯が取り付けられている。
左手でズボンを抑えながら出口へ向かった弘武はドアノブに手をかけフッと一息吐き出すと意を決してドアを開ける。
開けられた扉に最初に気づいたのはジュリーだった。
「来たな」
「ようこそ十分の一の世界へ」
ロムが開けた扉の正面、カウンターを挟んでドイツの民族衣装風な装いの受付女性が挨拶をする。
その日本的な顔立ちには少々似合わない山吹色の髪をつむじに近い高い位置でポニーテールに結い上げ前髪を切りそろえている。
衣装は
「ここは出発までの準備を行う場所、ドラゴンの酒場亭です。ここでは武器や防具を貸し出しています。何か必要なものはございますか?」
そこはファンタジーゲーム世界の酒場を模した部屋になっていた。
店内は木製で調度品もオーク材に見える。
カウンターの向こう、女性の後ろは棚一面に衣装や武具・防具が陳列されており更衣室なのだろうカウンター横の壁面に五つの扉が並んでいる。
「みんなはもう借りたのか?」
四人ともカウンター前に揃って来たのを確認したロムの問いに答えたのはゼンだった。
「いいえ、私たちは自分たちで用意して来ましたから」
「……あ・そう…」
気持ちを立て直すのに数秒を要したロムだったが気を取り直してカウンターの後ろ、天井高三メートルはありそうな壁面いっぱいに陳列されている貸し出し品をざっと眺める。
今現在彼に必要なのは縮小できなかったベルトと靴。
それを探すとかなり高い位置に置かれている。
「布製のベタ靴と…このズボンのベルトループを通せる
女性スタッフは備え付けの
「武器はどうしますか?」
「いらない」
「え?」
ロムの返答に一瞬手を止め梯子の上からチラリと振り返って見せた彼女はしかし、特に何をいうでもなく要望の品を用意する。
「拳士…ですか?」
「そんな感じ」
訊かれて答えるロムは照れるでもなく格好つけるでもない極めて自然体だった。
「では、皆様お揃いのようなので、改めてゲームの説明をいたします」
梯子から降りて来たスタッフは、カウンターに用意の品を揃えて置くと、これも外の世界のコンパニオン同様よどみなくダンジョンの概要を説明し始めた。
「当ダンジョンはTRPGの世界で有名な
一通りの説明が終わると彼女はカウンターの下から紙片を一枚取り出した。
「これはフロアサイズが書かれた
それを受け取ったサスケは数秒それを見つめるとスタッフにフロアマップを向けてぼそりと呟くように訊ねる。
「このフロアサイズは本当に正確でござるか?」
「え? …はい」
「……あい判った」
「フロア前で招待状に書かれていたIDの入力をすることでタイムアタックスタートです。タイムオーバー、ギブアップ後はIDが無効になりますので必ずここにお戻りください」
「よっしゃ、行くぜ!」
ジュリーの熱血芝居掛かった一声でドラゴンの酒場亭を出て行く五人の背中に女性スタッフが声をかける。
「皆様のご健闘をお祈りします。頑張って」
と。
ドラゴンの酒場亭を出ると、ダンジョン入り口へ続く一本道の通路が伸びていた。
両脇の壁は中世ドイツ風の街並みが描かれた
「綺麗な街並みだね」
「ええ、通路まで凝っていますね」
四人の冒険者たちはその美麗なイラストを楽しみながらダンジョンへと歩いて行く。
先頭は戦士のジュリー。
胸、前腕と脛にレザーの防具をつけている。
縮小前に身につけていたものとは違いハードレザーの
左腕には防具に装着する形で木製の丸盾、腰に
二列目を歩く妹のレイナは若草色で短めのスカート、インナーに膝上丈の黒のスライディングパンツ。
キャメルのショートブーツはスエードで、あまり運動の妨げにならないよう控えめではあるがヒールが高くデザインされていて隣を歩くゼンよりわずかに高くなっている。
そのゼンは黒いローブを羽織り、手には節くれだった木製に見える杖を握っている。
三列目は忍者装束のサスケ。
ファンタジー的にアレンジされたものではなく時代劇などで着られている上着に伊賀袴という和装然とした黒の衣装に
刃渡り二十センチ級の短刀を帯の後ろに差し込み手にはダンジョンマップを書き込む方眼紙にシャープペンシルの芯らしき筆記具。
最後尾を物珍しそうにキョロキョロと書割を眺めながら歩くゆったりとした黒無地のトレーナーにベージュの綿パンというロムが逆に場違いに見える世界だ。
ダンジョン入り口にたどり着くと扉の横壁に電卓のようなテンキーと液晶ディスプレイがある。
ジュリーがパーティーIDを入力すると重厚な
それはロムにとって未知の空聞だった。
店内の空調による比較的快適な世界と違ってダンジョン内はカビ臭く、ひんやりとした湿気を帯びた空気が頬を撫でる。
コンコンとサスケが叩く壁は苔むしたレンガの手触りが非常にリアルだ。
「最新システムと宣伝するだけのことはあるな」
ジュリーが辺りを見回す。
「凝るのはいいけど先に進めないよ」
レイナのいうとおり扉の上につけられたライトが照らすのは体感五メートル先くらい。
そこから先は暗闇が広がっていた。
ゼンはジュリーより前に出て何歩が歩きながらぶつぶつと独り言をつぶやくとやがて
「大丈夫」
と古いアニメのキャラを真似た、少し鼻にかかった独特の抑揚がある落ち着いた声で言う。
「もうすぐ敵が現れます。それもあまり強くない単独の…」
言いかけた言葉通り敵は現れた。
台車に乗せられて人形が突進して来たのだ。
「倒してください! そのコボルド」
「え? わわっ!」
慌てて壁際に飛び退いたゼンの様子に瞬間的にパニックになったジュリーの横をすり抜けて小さな影が動いたかと思うと、腰にぶら下げていたレイピアでその「コボルド」を抜き打ちにした。
斬撃で倒れたコボルドの中からランタンが出てくる。
それをゼンが拾い上げると台車にくくりつけられたロープが巻き取られているのだろう、コロコロと台車が元来た道を引き退って行く。
ちょっとした沈黙が五人を支配する。
「さ、進みましょう」
それを合図に冒険者たちは隊列を戻し先に進む。
ロムには何か起こったのかさっぱり判らない。
「あのさ...」
「なぜ...と、聞きたいのでしょう?」
歩みを止めずにゼンが答える。
が、そこには主語も述語もない。
「なぜ」なんなのか、彼は本当にロムが聞きたいことを理解しているのだろうか。
ロムはそっちの方が気掛かりになる。
「簡単な事ですよ。これも一種のゲームですからね」
「ゼンさんそれ説明になってない。もっと詳しく説明してあげないと判らないでしょう」
「レイナ、『さん』づけはよせ。ゼンを『さん』づけで呼んだら下町のおっさんみたいになるだろ」
「……ま、構いませんがね…」
ゼンは一度チラリとロムを振り向くと以降は振り返ることなく説明を始めた。
「このダンジョンはリアリティを追求するにあたり雰囲気づくりのために照明設備がありません。そこで
ロムはそれをひどく暴力的な発言だと思った。
もっとも、この後彼らを待ち受ける運命はさらに苛酷で暴力的なのだが、このときのロムは平和な文明都市の一住民でしかない。
「──と言う訳なんですが、ニクい演出ですね」
と、なぜ自分がそれに気づいたかなどの長い自慢話にも似た説明が終わる頃、通路の角の先に明かりが揺れ近づいてくるのが見えた。
「おっ!」
それは男ばかりの四人組だった。
統一感には欠けるが各人それぞれ
「リタイアですか?」
ミクロンダンジョンはゲームの性格上タイムトライアルになっており制限時間をオーバーするとIDの無効化などゲームの続行が不可能になる。
そのためタイムオーバーになるとダンジョン内でアナウンスが流れプレイヤーは入り口(このダンジョンの場合ドラゴンの酒場亭)に戻らなければならない。
「ああ、どうしても第二フロアへの…」
パーティのリーダーらしきとあるゲームの主人公の格好をした長身の男が言いかけ、愛想笑いとも苦笑ともつかない声を上げる。
「いや、この手のゲームはネタバレしないのがマナーだな。君らも時間いっぱい楽しめよ」
そう言うと通路をすれ違いながら最後にロムの肩を軽く叩いて去っていった。
「…なんか、俺たちにもクリアできないだろうけど…みたいな言い方だったな」
若干気に
その悪くなりかけた雰囲気を払うようにジュリーがいつにも増して芝居染みた熱血漢ぶりを発揮する。
「おし!気合い入れ直して出発だ」
「ジュリー」
「ん?」
「すまぬがこのフロアの行き先決定、拙者に任せてくれぬか?」
「フロアマップにマッパーを刺激する何かがあるのですか?」
「マッパー?」
「迷路の地図を書く人よ」
ロムの独り言に反応してレイナが説明してくれる。
「うむ、最初から気になっていたのでござる」
「いいぜ、任せた」
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