第6話 面白いですね、トゥエリアスさまって
館へと招待したアルジェントには、とりあえず、作り置きしてあった菓子類をいろいろと出してみた。
「美味しい」
まるで幼い子供のような笑顔だ。とりあえず、クッキーは数も少なかったので、すぐになくなった。
スコーンも出してみた。大皿に山盛りにして、ジャムの類もあるだけ並べてみると、全てのジャムを試していた。気に入ったのは、コケモモらしい。
ビスケット。これはまあ、楓蜜が合うだろうと思ったが、うん。これも食い尽くされた。
飲み物は紅茶で、砂糖の代わりにジャムを食べるロシアンティーにしていた。いや、これは私が教えたわけではないんだが。
他には干し果物の類も用意した。ただこれは、甘いものは食べていたが酸味が強いもの……具体的には、夏蜜柑の薄切りと柚の細切りは気に入らなかったらしい。ああ、後は生姜の砂糖漬けも欠片だけだったな。
まあ、それでも喜んで食べてくれるのを見ていると作り手としてはとてもうれしい。ついつい追加で出し続けた結果──、ほぼ、食い尽くされた。
ああ、言い忘れていたが、私たち妖魔に空腹という概念はない。食べたものは飲み込んだ段階で身体に吸収されるので、実は満腹という概念もない。
本人が満足するまで食べ続けることが出来るのだ。
「……もう、ない?」
愕然とした表情で、アルジェントがつぶやく。
「悪い、それで全部だ」
いや、だからな。
私たち妖魔は食事が必要ではないから、人間と違って常時材料があるとかいうことはないんだよ。
まあ、人間と違って腹を壊したりということもないし、そこはいい。ちなみに、毒だったり腐っていたりすると、全身に毒素が回るのでめちゃくちゃ苦しむぞ。誰かに中和を頼むか、自力で中和しきるまでな。しかもどんな毒でも、妖魔は死なない。…痛みではないので、痛覚を切っても無駄。なかなか、大変なことになる。まあそれは、この国にいる限り縁がないから、いいとして。
「……ごちそうさまでした」
手を合わせてそんなことを言ったアルジェントの瞳が、朱に変わった。
なんだ、珈琲に蜂蜜を出してやろうかと思ったのに。真赭に出すか。
「……真赭?」
じっと、目を見る。……見られている。
「……美味しそうでした」
え。えっと。なに、つまり。
「わたしの分はありませんか、そうですか……」
拗ねてる。真赭がめっちゃ拗ねてる。
取りあえずこの場合、……蜂蜜珈琲を出してみよう。
「……美味しいですけど、お茶請けがほしいです……」
あー、うん、そうだよな。ほしいよな。
身体が一つだと、こういう時に可哀想だな。食べ終わるまで主導権を渡さなかったらしいし。いや、そもそもがアルジェントの身体だが。
そして作ることは嫌じゃないんだが、時間はかかるし、小麦粉以外の材料が切れている。というか、日持ちしないから、その気になったときに買い出しに行くことにしていてな。まあ調味料の類はそこそこあるんだが……まあ、取りあえず今、同じものを出すことは出来ないということだ。
「……次の市で買い出したら作ってやるから、とりあえずこっちで我慢してくれ」
彼奴からもらったはいいが、飲まずにいた赤の発泡ワインと、スモークチーズ。とりあえずは、これでごまかしておこう。
「……あら」
ちょっとだけ心を動かされた、という感じで真赭がそれを見る。
「アルジェントは酒に興味なさそうだったから出さなかったんだ。どうする?」
「……いただきます」
ふ。
……二人とも食べ物で釣れそうで、何よりだ。とりあえず、餌付けされないようにしっかり胃袋はつかんでおかないとな。
「さすがに、泡は見えませんね」
「ま、見えてロゼまでだろうな」
一応、フルートグラスに注いでは見たがまあ、泡が立ち昇ったりはしなかった。いや、しているんだが、赤が濃くて目立たないというか、まあ見えないだけだろうな。
ちなみにアルコールに対しては、妖魔でも酔う、酔わないがある。今のところ、理由はわかっていない。当然、悪酔いするやつもいるし、二日酔いにかかるやつもいる。そのときだけは、妖魔という存在について考えたくなるそうだ。
彼奴は気持ちよく酔えるが、二日酔いもしない笊らしい。が、私はそこまでいかない。
甘口のそれを楽し気に飲んで、つまみに出したチーズを口に運ぶ。どうやら機嫌は直ったようだ。
ま、一応私ももらっておこうか。味を聞かれたときに答えられないのもあれだしな。
「ん、美味いな」
「美味しい」
一息で飲み干してしまったので、追加で注いでやってみたり。
「赤の甘口なんて、珍しいですね。…もしかして、とっておきでした?」
「いや、……まあ…なんというか」
とっておき、というほどではない。ただ、あれだ。発泡だから、開けてすぐに飲み干さないと、美味さが半減するわけだ。一人で開けてしまうことはなかなかないので、それが勿体なくて開けられなかっただけである。
酒は美味いが、ワインなんぞ半分も空ければそれで十分なんだよ、私は。
「…昔はそれが普通だと思っててな。けっこう探したよ」
「いや、ないでしょうそれ。甘口って普通、白とか貴腐ワインとか…アイスワインも甘いんでしたね」
「ああ、珠に飲めないレベルで甘い奴もあるな」
事実である。飲んだ瞬間に「あ”ま”」と彼奴と二人で叫んだのは、懐かしい思い出だ。というか、……あの甘さ、いったいどこでどう飲むというのだろうか。
「初めて飲んだワインが、赤の甘口だったんだ」
そのせいで、赤ワインは甘口だと誤解してしまった。旅先でワインの産地へ行くたびに探し回ったが、なかなか見つからなくて。
「ま、そのせいで彼奴に会えたんだ、悪くはないさ」
彼奴も甘口派だった。まあワインに限らず甘い酒なら何でもいいという奴で、いろいろと教えられたが……ああ、そう言えば。
「甘いのが気に入ったなら、こんなものもあるぞ?」
シードルはあまり長くおけない酒だ、ちょうどいいから出してしまうことにした。
また別のグラスに入れて、差し出してみる。
ん、グラスの数? けっこうたくさん持ってるぞ。シェリーグラスがいちばん使いやすいが。
これは瓶も小さいし、度数も低いから子供でもたぶん、平気で飲むだろうな。
「面白いですね、トゥエリアスさまって」
あ、戻ったな。とはいえ、それになんて答えろと?
面白いといわれて嫌だとは思わんが。
「……あ、そういえばお兄様でした。駄目ですね、慣れないことをすると」
「いや、別に慣れてくれなくていいんだが、それ」
グラスを持ったまま、ほんのり赤い顔で言われるとなんか、妙な感覚だしな。
「あらあら。では、わたしはお姉さまですか?」
そのほうが似合うとは思うけどな。思うけどなー。
「…でも、そうですね。名は隠したいので、それも悪くないんですが、いかがです?」
「名を隠すのは賛成だな。んー……」
まあ別に、名を知られたらどうこうということはないが、どう考えても真赭は相当な実力者だ。それが魂だけの状態だと知られたら、面倒なことになるのは見えている。
しかし、お姉さまねぇ…私がそう呼ぶのか……。
「……お姉さま」
「はい」
あ、めちゃくちゃ嬉しそうだ。だが……すまん、真赭。
「駄目だ許せ無理だ平常では口にできん。あきらめてくれ」
ちょっと本気で、私は頭を下げた。真赭から笑ったような気配が伝わって。
「残念です、弟ができると思ったのに。妹だけで我慢しておきますよ」
うん。すまない、それで頼む。
「代わりに、素敵な呼び名を下さいな?」
「……一晩、時間をくれるか?」
名を隠すことに賛同した以上、拒否は出来ない。が、すぐに思いつくようなものでもないので、時間がほしい。
「はい」
言わずともわかっていたのか、あっさりと答えが返る。よし、ではゆっくり考えておこう。
おかしいな。私が主のはずなのに、どうして頭が上がらないんだろうな……?
ワインを酌み交わしながら、私はそんなことを考えていた。
「真赭?」
益体もない話ではあったが、いきなり彼女の反応がなくなった。何があったかとその顔を見れば、……なんのこともない。眠っているだけだった。
寝入っているのを起こすのも可哀想な気がして、そのまま部屋へと運ぶ。
まあ、そうだな。
現界して二日目、まだ身体に馴染んだとは言い難いころだろう。
うん、そんなところへ次々と酒をあけるとか、そりゃ酔うだろうよ。
すまん、勧めたのは私だ。
結局そのあと、真赭が……アルジェントが寝込んだ。
いや、あれだ。まだ身体が限界に馴染んでいなくて、そこへ酒など飲んだから、酔ったらしい。
まあ、楽しく飲んでいたようだし、真赭は問題ないだろう。
可哀想なのはアルジェントだ。自分が飲みもしない酒のせいで二日酔いもどきだからな……。
「兄様…気持ち悪い…」
「悪いな、なにもしてやれなくて」
こればかりは、アルコールが抜けるのを待つしかない。とりあえず冷たい水を用意したり、それから氷を作ったり、本当はやらないほうがいいんだが、痛覚は私が切ってやった。それで少しは落ち着いたようだったが、もうへろへろ状態だ。
だが困ったことに、私はけっこう楽しんでいる。うん、
熱のせいなのか何なのか、アルジェントも目いっぱい甘えてくるし、悪くない。現況の真赭はどうしているやら?
「姉さまねぇ…意識がないよ?」
「そうか。早急に身体を作らせるべきのようだな」
妖魔といえど、意識を失うことはある。アルコールが抜けるまで目を覚まさないやつもいる。それは仕方がないと認めよう。だがそのせいで
くすくすとアルジェントが笑う。後日聞いたところ、ほんの数時間ですっかり兄貴になった私が面白かったらしい。
結局この日は、夜通しで看病することになった。
※ ※ ※
明けた朝。
目覚めたアルジェントを浴室で遊ばせて、私は自室で書類を片付けている。てっきり真赭が目覚めるだろうと思ったが、もう少し休みたいとかで起きてこなかった。魂に酒が効くという話は……まあ、なくはない、な。
ああ、着替えについては特に考えていない。必要もないからだ。
そもそも妖魔の衣服というのは、二種類ある。一つは人間たちのように、布を仕立てたもの。もう一つは、身体と同じく魔力を凝縮したものだ。
布で仕立てたものは当たり前ながら着替えが必要だし、サイズ合わせもいるのだが、魔力を凝縮させたものはそれらが一切不要となる。破れたり汚れたりもするが、それは魔力に余裕がある限り勝手に修復されるくらいだ。まあ、衣服が修復できないレベルの消費なんて、昨日の私よりひどい状態だけどな。
そしてこれが面白いことに、本人の状況に合わせて勝手に変わる。要は、風呂に入ろうとすれば適切にそういう姿になり、上がるとまた、適切な衣服になる。で、アルジェントの着ているものは当然、それだ。
というか、女ものの衣服なんぞ、この館にあるわけがない。楽でいいな、妖魔ってのは。
「さて、とりあえずこれで全て…ん?」
最後の一枚が片付いたその下に、封書が一枚入っていた。受け取った記憶がないそれは、非常に見覚えがあるものだ。
手に取りたくない。とったが最後、何が起きるか。
そんな逡巡をしているところに、アルジェントが戻ってきた。
「なんだ、髪を乾かしてないのか」
「……お兄様にお願いしようかなって」
滴らない程度までは水気を拭ったようだが、絞れそうなほど濡れた髪である。肩を越えているから、けっこう重いだろうな。
「……まあ、かまわんが」
甘えすぎだという気がする。甘やかしすぎだという自覚もある。おかしい。妹という響きだけで、こんなに
だがまあ、衣服と違って、髪は自動では乾かないからな。術が使えるようになるまでくらいは、甘やかしてもいいだろう。、まあ、いいか。仕事も終わったことだし。
封筒は取り出さず、そのまま箱に蓋をする。アルジェントが不思議そうな顔をしたが、あえて触れず、椅子に座らせた。ふむ、ある程度は水気が抜けているな。
「ぅゎっ!?」
何も言わずに、突然温風を当ててみた。思った通り、びっくりしたようだ。
「引っかかったら言えよ?」
他人の髪を触るとか、ほとんどない経験だからな。まあ、洗うよりは楽……か?
ブラシで梳かしつつ、温風を当てる。毛先に水分がたまる分は時々拭ってやり、また温風を当てる。四方から風が当たるから、小半時もしないうちにほぼ、乾いたようだ。温風が何って、術に決まっているが?
まあ、中には水分そのものを飛ばす術を使うやつもいるらしいが、私は知らん。人間たちが使う道具の中にあるのは知ってるが、わざわざ使う必要もない。
「ま、こんな感じかな。ブラシは貸すから、まあ後は好きに……って、え、ちょっと待てアルジェント、その封筒どうした!?」
「これ? ふわって」
アルジェントの手に、先ほど箱に入れたままにしたはずの封筒があった。慌てて箱を開くと、消えている。ふわって、箱から自力で出たのか!?
「投げ捨てろ、いますぐ!」
思わず叫んだ私に驚いたのか、アルジェントが封筒を落とした。術の風でそれを吹き飛ばし、窓の外へと放逐しようとしたが。
「だめですよー、舞踏会の招待状ですぅ」
甲高い気に障る声が鳴り響いた。ち、やられた。あの妖皇、こういうところだけは抜け目ないな……!
「今回はー、建国記念の舞踏会ですー。だからあ、魔王は全員、参加だよー。お客さんも来るからねー」
「あー…そうか、もうそんな時期か……」
一応、この国も各地の人間の国と交流がある。ただ相当な困難がつきまとうので、基本は商人たちくらいしか訪れない。
例外がこの建国記念の日で、この日だけは各国の港から直行便がつく。そして要人を招いての舞踏会が開かれることになっている。
「あとねえ、今回の目玉はメモリアだよっ、こないときっと損するよっ」
は? どういうことだメモリアって。
私は慌ててアルジェントを背後に庇う。いや、これはただの封筒だから、メッセージを運ぶ以上のことはできないとわかってはいたけれど。
「かわいい坊やの独り占めなんて、許されないよねー。だから、私の直属にしちゃいます。わぁ、メモリアの魔王なんて、めっずらしぃ~」
ちょっと待ておい。何を言ってる。いや、何をアルジェントに聞かせてる!?
呆気にとられていたアルジェントが、内容を理解したのか震え始めたじゃないか。
「泉守のくせに序列最下位の魔王に後れを取るとかー、情けない人も参加してねー」
「悪かったな情けなくて!」
…ん? 思わず怒鳴ったが、ちょっと待て。序列最下位の魔王に後れをとるって、…私が後れを取ったと言ったんだよな?
序列最下位は、彼奴だよな?
じゃあ彼奴も、メモリアを見つけたってことか?
「じゃあ、お待ちしてまーす。ああ、舞踏会に参加しない人は市への参加も認めないから、そのつもりでねー」
ぼふ、と招待状が破裂して、小さな硬貨が二つ、そこに転がった。
二人で来い、か。さて、……市への参加を質に取られては行くしかないが。
硬貨に刻まれた数値は、舞踏会までの日数を示す。要は毎日、減っていくということだ。そして今の数字は十二。…うん、まあドレスを作るにはぎりぎりというところだな。
…さて、どうするか。
「……アルジェント?」
震えていたアルジェントが顔を上げた。その顔は、…怒ってる?
「今の、なに?」
「……妖皇からの舞踏会の招待だ」
「目玉がメモリアとか。直属にしちゃうとか、なんか言ってたよね?」
「ああ、言ってたな。お前を見つけたあのときに、もう一人いたんだろう。坊やとか言ってたしな」
「目玉って何?」
「……そのままだろうよ。余興のつもりだろう。あるいは、褒美か」
反吐が出る。メモリアは自我のある妖魔で、われらと特性が違うだけだ。まるで物のように扱う今の言葉、上に立つものが口にしていい言葉ではない。
「そんな好き勝手、許されるんだ?」
「……逆らえないレベルの実力者だというのが正しいな」
発想もやり口もめちゃくちゃで、事前に察知出来ても手段がわからず、後手に回らされることも少なくない。実を言えば、可能な限り寄り付きたくなくて、泉守の役目を口実に館に引きこもっていたくらいだ。
彼奴も同じく、最下位に降りて引きこもりの口実にしているはずだが、流石にここまでやられると、強制招待されている可能性が高いな。
「直属になると、どうなるの?」
「……私は先代妖皇の直属で、トゥエリアスを授位している。本来は側近として、妖皇宮に詰めることになるんだが、代替わりでそれから解かれた。今はただの魔王で、出仕の義務はない。ただ、当代の直属となれば……」
どうなるだろうな。少なくとも、彼奴とは引き離されることになる。それをよしとするような奴じゃないんだが、だからと言って何が出来る?
元筆頭魔王とは言っても、流石に当代に敵うとは思えない。魔王が束になっても敵わない、それが妖皇だ。まさか、彼奴が契約しなおして側近に加わるか?
いや、ないな。クーデターを起こすには時間がなさすぎるし、そんな理由で発ってもまあ、成らないだろう。
「魔王位を認めさせるには、メダルに魔力を注ぐんだよね」
「ああ、そうだ。まっさらなメダルに魔力を注ぐと、文様が現れる。完全に描けたら、その文様の名が魔王の称号として与えられることになる」
彼奴もそんなようなことを言っていたし、わざわざ方式を変える必要もないだろうから、今も同じ方法だろう。最低限、それに満たなければ認められないという足切りだな。
「……横入り、したら?」
「横って…アルジェント?」
……なんか、アルジェントの性格がかわってないか? 怒りで人格が変わるとかそういう奴か?
「わたしはもう、お兄様と契約してる。魔王のメダルを染めても、最初の契約が有効。…だよね?」
あ、やばい。アルジェントやばい。
「そのとおりだが、落ち着け。そもそもお前、術が操れないだろう」
「……」
それに、正直に見たところ、そこまでの魔力が操れるように思えない。昨日もかなり疲労が激しかったし、おそらく魔力の総量は高くないはずだ。無謀に過ぎる。
「姐さま」
「え」
「姐さまに特訓してもらう」
……真赭は確か、無理だと判断してたはずだがな……。
「無理です」
「だよな」
あの後ですぐに入れ替わった真赭に、ことの次第を話し、判断を仰ぐ。まあその必要もなく、私の考えで間違ってはいなかったのだが。
「正しくは、わたしと対になっているためですけどね。魂の容量も半分にしてしまってますから」
「なんだ、そういう理由か。…だがそれだと、身体を作ったところで無駄か?」
「ええ、そういう意味では術を解かないかぎり、無理ですね。でも、その考えは気に入りましたから手伝いましょう」
「は?」
にっこりと真赭が微笑んだ。
「その坊やが放つ魔力をアルジェントに奪わせて、私が注ぎ込みます。失敗したところで、私たちに痛手はありませんし。アルジェントは、トゥエリアスさまが守れば済みます」
「それはまあ、できなくはないが」
「最悪の場合、トゥエリアスさまの魔力もいただきますから、なるべく近くにいてくださいね?」
「……とっておきの魔力珠やるから、それで勘弁してくれ」
妖皇宮で倒れるとか、冗談じゃないぞ、おい。
「ところでそうなると、お二人で舞踏会に参加ですよね?」
「……お前に実体を持たせて、アルジェントの付き人にしようかと思ったんだが?」
魂の同居なんていう術を知られるのも面倒だし、真赭を知るものがいれば牽制にもなる。多少無理をしてでも、実体を取らせようと思ったのだがな。
「わたしとしてもそうしたいところですが、今の計画でそれは出来ませんから、不要です。その分、アルジェントを目一杯、飾りませんか?」
「アルジェントを?」
「はい。完璧な淑女に仕立てて、お披露目と参りましょう」
ドレスはどうする、飾りはどうすると、真赭が楽し気に語り始める。
ああ、うん。楽しいだろうな。アルジェントを飾ったら、さぞかし映えるだろう。
だがまあ……うん。
あと何時間、これに付き合わされるのかな、私は。
「ああ。でもその前に、トゥエリアスさま?」
「なんだ?」
唐突にそれから解放されて、私は彼女を見た。その目にあふれる期待が、私に注がれる。
「約束を、お忘れではありませんよね?」
「……なんだ、お前のほうこそ忘れてるかと思ったぞ」
楽し気に楽し気に語るものだから、呼び名のことなどどうでもよくなったかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「朱夏。…ここから本名にたどり着ける奴はいないと思うが、どうだ?」
「しゅか…朱夏。朱夏ですね」
ぶつぶつと口の中でつぶやいてみたり、声に出してみたり、しばらくそうやって、感触を確かめているようだった。
「では、トゥエリアスさま。私のことは今後、朱夏とお呼びください」
「ああ、承知した」
どうやら、気に入ってもらえたようで何より、だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます