第10話 ぷにゅん
あー、まさかお化粧をすることになるとは。しかし、俺は自分が化粧をすることよりも、さっきから顔に触れている由宇の指先が気になって仕方がない。
ひんやりしたしなやかな指が俺の頬を撫でると、ゾクゾクして何とも言えない気持ちになってくるのだ!
「か、髪が」
「……す、すいません、先輩」
か、構わない! 鼻先にかかった艶やかな黒の髪の毛からいい匂いが漂ってきて……さらにさらに、吐息が俺の唇に当たるのだ。
おお、神風よ、もっと吹き給え。
「……せ、先輩……そ、その、目をつぶっていていただけますか……?」
「ん?」
「……み、見られていると……は、恥ずかしいです。そ、それに先輩の唇が目に入って……」
吹いた! 同じことを考えていたとは……い、いや、俺のよろしくない荒い息も、由宇にかかっているんだよな。す、すまんな……
目を開けていたいけど、由宇の頼みだし仕方ないから目を閉じるか。
目を閉じると、頬や顎を柔らかい何かがパタパタと触れて、頬にハケのような感触がして……
ってえええ、顔を片手で抑えてきた。な、何、何が起こるのお。
と、取り乱してしまったが、眉とアイシャドウを塗っただけだった。
次は唇に、ん、人肌のぷにゅんとした感触がして? はて?
「ゆ、ユウ?」
「……い、いましゃべったらダメです……あ、あう……」
しゃべると何かに当たった気がしたけど、慌てて離れたのかな? 目を開けたい、開けたいが約束は守らねば。
おお神よ、あなたはなんて残酷なんだ。って言っても、「神か……最初に罪を考え出したつまらん男さ」とか「世界は残酷で当たり前です」とか言うしそんなもんなのか……
なんて考えていたら、由宇が声をかけてきた。
「……あとルージュで終わりです……」
「え、さっき口をやってなかった?」
「……あ、あれは準備です!」
強い口調で言われても……俺がメイクのことを分かるわけないじゃないか。何をそんなに焦ってるんだろう由宇は。
「ええと、もう目を開けていいのかな?」
「……う、うん……」
「って、ユウ、何で顔を背けているの? そんなに変かな?」
由宇は耳まで真っ赤にしてプイっと顔を横に向けて俺と目を合わせようとしない。
「……へ、変じゃないとは思います……べ、別の理由です……せ、先輩のく、くち……」
「ん、よくわからないけど、とりあえず見てくるよ」
俺はよっこらせっと立ち上がると、洗面所に向かう。
鏡に写る俺は一言で言うと、
――不気味だった。
変だって、これ。目元がハッキリくっきりとなっているし、チークの色自体はいいと思う、し、しかし……元が俺だから気持ち悪ぃいいい。
これあかん、これはあかん。なんというか顔とメイクがちぐはぐで、異様に過ぎる。
「ゆ、ユウ、これはダメだ……落としていいかな……」
「……す、すいません……やはり私だと……」
「いやいや、頑張ってくれたのはありがたく思ってるよ。やっぱ俺にメイクはダメだって」
「……そ、そんなことありません! 梢さんならきっと……」
「キノとは直接会ってるから、まあ、俺のことはバラしてもいいけど……そこまでやる必要あるかなあ」
「……い、いえ、わ、私が『アイ』を見たいんです。先輩、ご協力していただけますか?」
「あ、う、うん」
すんごい喰いつきだな……アイってあの萌え萌え「アイちゃんー☆」こと、ローズでの俺のキャラクターのことだよな。
あ、あんなロリロリ魔女っ娘は無理だってばあ。何考えてんだよ、由宇……
◆◆◆
その後ご飯を食べ、風呂で円周率を数えて気を落ち着けたりしたりしてコタツでビールを開ける。
さてと、ローズをやろう。我ながら中毒だよな……とか思いつつも由宇だって既にスタンバイしているどころか、ログインしているのだ。
この辺は思考がよく似ているよなあ。二人で一緒にいるからといって別の事をするではなく、ゲーム。俺としてはその方が好ましいけどね。
『アイ、再来週の土曜日はどうだろうか?』
『大丈夫だよー☆』
目の前にいるのに、チャットじゃなくてもいいじゃないかと昨日から思っているんだけど、由宇はローズのことはローズでと拘りがあるみたいだから仕方ない。
俺は甘んじて彼女の前で星マークを打とうじゃないか……な、慣れないけどな。
でも、俺のチャットを読んで、嬉しそうな顔をする彼女を見ていると……恥ずかしい気持ちよりも、アイというキャラクターを演じていてよかったと思えて来るから不思議なものだ。
パソコンから目を離さない由宇の顔をぼーっと眺めていたら、オフ会についての話し合いは終わったみたいだった。
『じゃあ、再来週の土曜日に駅前で集合な! 連絡はスマホから『ローズ』にログインして取り合おうぜ!』
『はあい☆』
『……了解』
『了解した』
『分かったっす!』
キノのまとめに、俺達全員はそれぞれの言葉で応じる。
この後は夜遅くまでみんなと遊んで、ログアウトした。明日で三連休も終わりかあ。刺激的過ぎる連休だったけど、とても楽しかった。
まさか、こんな可愛い女の子が俺と一緒にゲームをしてるなんてさ。
「……な、なんでしょうか……?」
「あ、あー、そうだ、由宇、次の土曜日は休みかな?」
「……は、はい。私はまだ学生ですし……平日でもバイトがなければ……」
「どこでバイトをしているの?」
「……あ、あの、スーパーの棚の整理をしてます……わ、私、話すのが苦手なので……」
「あああ、そんな顔しないでええ」
暗い顔になってしまった由宇の肩へついつい手を置いてしまう。
し、しかし……自分から彼女へ触れてしまったことでドキリとしてしまう俺……だああ、今はそんな時じゃねえだろお。俺え。
「……す、すいません。そんなつもりでは……」
「ええと、明日、ホームセンターに行かない? 買いたいものがあるんだよ」
「……先輩とならどこへでも、喜んで」
パーッと明るい顔になる由宇の言葉に不覚にもまた胸が高鳴って来た。
「防音パネルを買ってみようと思うんだ。由宇の部屋の壁に取り付けたらどうかなと思ってさ」
「……あ、ありがとうございます。先輩!」
「これくらいしか思いつかなかったんだよなあ。とりあえずやってみようよ」
「……はい!」
「うまくいけばいいんだけどなあ……」
「……きっと、うまくいきます!」
「ははは」
「……えへへ」
俺と由宇は笑いあって、ノートパソコンを閉じる。さって今日も羊さんを数えて寝るとするかな!
消灯して由宇はソファーベッドへ俺はコタツへと寝転がる。
「……先輩、二日間ありがとうございました……や、優しくしてくれて嬉しかったです……」
「俺こそ、楽しかったよ」
「……せ、先輩い……」
由宇はベッドから降りてきて俺の手をギュッと握りしめてきた。彼女はたまに大胆になって驚かされる。
「またいつでも泊まりに来てくれていいから」
「……う、うん……ひ、一つお願いがあるんです……」
「なんだろう?」
「……え、えっと、そ、その……あ、頭を撫でて欲しいんです……」
「え!?」
「……い、いや……じょ、冗談です……きゃ、せ、先輩……」
俺は体を起こすと反対側の手で由宇の頭をナデナデすると、最初は戸惑っていた彼女はすぐに頭をこちらに向けて俺に撫でられるままになっている。
あー、もうゴールしていいかな……なんて思いつつも、結局そのまま寝てしまうヘタレた俺なのであった……次こそは……
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