第9話 お買い物でルンルン
どうしてこうなった?
これ何度目だよお。俺の考えと斜め上に行くことが多すぎる! 由宇とお買い物デート。それは間違いない。
確かに、ウキウキする由宇を微笑ましく眺めながら、彼女に先導されてアパレルショップが並ぶデパートの中に来たまではよかった。俺の顔も緩みっぱなしだったのは認めよう。
俺の浮かれた気持ちとは裏腹に、彼女は真剣だった。そう……真剣過ぎたのだ……
「……先輩、これどうですか?」
由宇は黒のくるぶしまで長さがあるガウチョパンツを手に持ち、俺の腰に合わせて来る。
い、いや、それさ、女性物だよね?
そうなんだ、由宇は俺が男の娘へ変身できるように、服を物色しているのだあ。そ、そんな状況なのに、由宇の手が腰に触れただけでドキドキしてしまう俺ええ。
ちくしょうう。
「い、いや、俺は……」
「……き、気に入りませんか? わ、私、ファッションには詳しくなくて……これが流行りだと……」
そんな問題じゃあねえんだ。と突っ込みたいが、由宇の顔を見てると何も言えない……だってあんな真顔で俺に服を合わせてるんだもの。
「そ、そうなんだ……お、俺は由宇の服を選びたいなーとか」
「……せ、先輩が選んでくれるんですか!」
おおっとお、由宇の手からハンガーが落ちるう。しかし、これを予想していた俺はインターセプトに成功する。
ふふふ。俺も成長したもんだぜ。
「……せ、先輩はどんな服が好きなんですか……?」
「あ、ええと」
し、しまった! 俺から由宇の服へ風向きが変わったのは良かったけど、俺が選ぶとなると無理ゲーだー。自分の服でさえ五秒で決めてしまうほど無頓着なのに、人の……ましや女性服とかレベルが高すぎるだろ。
レベル三で魔王の幹部に挑むようなものだぞ……そ、そこまで考えてなかった。
俺は目に入った服を適当に指さそうとすると、由宇が機先を制して超ミニのヒラヒラしたブリーツスカートを手に取ったではないか。
「……せ、先輩はアイが着ているようなのが好きなんですか……?」
「あ、うん……嫌いじゃないけど」
た、確かにアイは超ミニのスカートに太ももまであるハイソックスだけど、由宇がこれを着る?
歩くと……おおお、俺が拝んでしまわないか心配だぜ。い、いいのかこれ? い、いや悪く無い。悪く無いが……
「……こ、梢さんならともかく……わ、私はこういうの着ても似合わないです……」
「そ、そんなことないさ! ユウならなんでも似合うって!」
「……『似合う』……せ、先輩がそう言うなら……」
由宇が超ミニスカートを胸に抱いちゃったよお。ま、マジかあ。
続いて、横に縞々が入った白と黒のハイソックスをカゴに入れて、ボタンにそってフリルの入った白いブラウスを物色する。
ブラウスが好きなのかなあ、由宇。モコモコでふわふわの白いセーターとか似合いそうだけど……裾がお尻の下くらいまでくるやつが、そこにちょうど。
「……先輩、どうしたんですか?」
「あ、いや、あのセーターが可愛いなと思って」
「……買います……」
即決きましたよお、奥さん。
由宇は自分の喰いつきのよさに恥ずかしくなったのか、頬を膨らまして涙目で俺に目を向けたではないか。
「か、可愛い……」
「……も、もう……」
「私、怒ってます」なんだろうけど……逆効果だと思う。
◆◆◆
どうしてこうなった?
あれ、デジャブだ……お、俺は今、秘密の桃源郷にいる。右を向いても左を向いても色とりどりのチョウチョがヒラヒラ飛んでいるのだ。
アヴァロンはこんなところにあったんですね……で、でも、慣れなくて少し恥ずかしい……
「……せ、先輩は黒の花柄がいいんですよね……?」
「え、あ、いや、う」
だああ、言葉になってないだろお、俺え。
そ、それ、俺が好きとか嫌いじゃなくてさ、キノがファミレスで着ていた奴だろおお。もちろん、サイズは違うだろうけど。僅かに。
「あ、由宇さん、お久しぶりですね」
俺がワタワタしていたら、奥から店員さんがやって来てにこやかに挨拶をした。
「……こんにちは」
「そちらは、彼氏さんですか?」
「…………」
店員さん、もうちょっと空気読んで! 何気ない一言だったんだろうけど、由宇がうつむいたまま固まってしまったじゃないか。
それも、耳まで真っ赤にして。
店員さんは由宇の様子に察してくれたのか、俺の傍までやって来て耳元でボソリと呟く。
「由宇さんの持っているサイズは、彼女本来の物と違いますので……ご購入時には、こっそり入れ替えますのでご安心を」
「そ、そうなんですか……」
胸のサイズとか俺に分かるわけねえだろおうあうあ。分かった風に微笑まないで欲しいんだけど……店員さん……
「ユウ、おーい、ユウー」
「……だ、大丈夫です……す、少し刺激が強過ぎました……」
「そ、そうか……」
俺にも刺激が強過ぎたよ。チョウチョさんのサイズとか言われましてもお。
「……先輩のも選びます……?」
「え?」
由宇……まだ諦めてなかったのかよ……俺がつけてどうしろというのだ。
誰も得をしないし、お金だって勿体ないって。
「……大丈夫です。先輩でもパッドをつければ……それなりに……」
「着け方自体分からないけど……」
「……わ、私が知ってますので……」
カーッと顔が真っ赤になる由宇だけど、パッド入ってるの?
お、俺はパッドになりたい。そこが俺のアヴァロンに違いないのだ。
俺は次々に見せられたチョウチョさんの群れに夢見心地のまま、いくつか購入し店を後にしたのだった……
◆◆◆
家に戻った俺達は買い物袋をコタツの脇に置いて、一息つく。
コーヒーを入れてコタツに入る俺達だったが、由宇は買ってきた買い物袋には手を付けず、両手を握りモジモジと拳をすり合わせている。
「どうしたの? ユウ?」
「……あ、あの、先輩……一つ提案があるんです……」
「な、なんだろう?」
「……梢……キノにお願いしてはどうでしょうか?」
「え?」
「……わ、私だと化粧とか服装とか余りお役に立てないと思うんです……で、できれば私が先輩を……し、してあげたいの……」
後半は何を言っているのか聞こえなかったけど、まだ俺に女装させるつもりだったのかよ!
「い、いや、もういいかなーとか」
「……だ、ダメです……私の不用意な発言でこうなってしまったんです……ちゃ、ちゃんとしないと先輩に申し訳なくて……」
こらあ、涙目になるなあ。断れなくなってしまうじゃないか!
どうする、どうする俺……なんとかやんわりと由宇にあきらめてもらえないだろうか。
「え、ええと、由宇、俺がメイクしても気持ち悪いだけだと思うんだ」
「……そんなことありません! 先輩なら……」
そ、そこで顔を赤らめるの!? 一体俺のどんな姿を想像しているんだか。
「じゃ、じゃあ、ネットで調べて一度やってみようじゃないか、それで由宇も納得してくれると思う……」
「……わ、私の化粧品を使ってください! わ、私がやりますので、先輩は座っててくださって大丈夫です!」
へ、部屋の中だったら誰からも見られないし、いいだろ。
一度限りだからな、変な性癖に目覚めても困るし……俺に限ってそれはないと思うけどな!
そんなこんなで、俺は洗顔して化粧水を顔に塗りたくるのだった。どうなることやら。
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