第11話 辛さ爆発!

 翌日、三連休最後の休日は由宇と約束した通り、ホームセンターに出掛けて防音ボードを買いに行くことにした。

 でも、店員さんに聞くと……ボードを取り付けた後は、壁紙も貼るとかでなかなか大変そうな感じだったんだ。

 んー、簡単にできそうだったら、そのまま由宇の家に行って設置するつもりだったけど、さすがに壁全体となるとそうもいかないよなあ。

 由宇には来週土曜日の朝から作業をしようと約束して、工具だけ買って防音ボードは作業する日に届くように配送してもらうことになった。

 あれやこれやと検討して長い時間を使ったこともあって、店を出ると昼過ぎというには遅い時間になっていたのだ。


「……せ、先輩、お金を……わ、私の部屋のことですし……」

「俺の言い出した事だしさ、一応社会人やってるんだぜ。俺だって」

「……あ、ありがとうございます……」


 手に財布を握りしめながら首をふるふる震わせて、口元に僅かな微笑みを浮かべる由宇の仕草にまたドキッとしてしまう。

 くうう、いちいち可愛いから困る。


「ユウ、お腹空いてない?」

「……先輩……お腹が空きました」


 わ、ワザと言ってるんだよね!?

 そんなとあるエクスカリバーなキャラクターみたいなセリフを言われたら、萌えてしまうじゃないか!

 い、いかん、平常心だ。平常心。


「何か食べたいものある?」

「……先輩……知らなかったんだ……あう」


 ん、いや知ってるけど、どうしろと。

 やれというのか俺にい。


「……せ、先輩は食べたいものあるんですか?」


 これ、振りだよな。わかった、やるよ。やってやるよおおお。


「フィィッシュー!」

「……せ、先輩、カッコいいのが台無しです……」


 えええ、違うのお。

 かなり恥ずかしかったのに、無念。

 

「……せ、先輩……辛い物は大丈夫ですか? 寒いですし、暖まりますよ?」

「あ、うん」

「じゃ、じゃあ、行きたいお店があるんです」


 実は俺も由宇と行きたいお店があるんだけど、恥ずかしくて言えないんだよな……何かって言うとケーキバイキングのお店が近くにあるんだ。

 一度行ってみたかったんだけど、一人でケーキバイキングはさすがに……さ。ケーキ以外にもパスタとかピザも置いてるみたいだし(藍人ネット調べ)。

 俺が甘い物好きって以外にも、由宇のような可愛い女の子と行けるなら、とてもテンションがあがるじゃないか。由宇、甘い物大丈夫なのかなあ?

 

 ◆◆◆

 

「……先輩、食べないのですか?」

「た、食べるよ……」


 俺の目の前にはアツアツの鍋に入った魚と豆腐の料理、そしてご飯が鎮座している。

 だが、スープの色が真っ赤なんだな、試しに鼻を近づけてみると……鼻が痛ぇえ。

 えー、由宇が連れてきてくれたお店は激辛四川料理を提供するお店だった。で、俺の希望通り「フィィッシュー」……つまり魚料理ってわけなのだ……

 あー、これ、ものすごい刺激的なんですが、由宇さん? 

 

「……おいしい……」

「お、おいしい?」

「……はい。丁度いい辛さで……」

「ほう」


 俺が思っているほど辛くないのかこれ? 由宇は顔色一つ変えず、小さなお口に蓮華一杯に乗せた真っ赤なスープと豆腐を放り込んでいる。


「か、辛ぃいいいいいい!」

「……せ、先輩!」

「み、水……」


 ゴクゴク……ふう。あー、まだ舌に残る。これは少しづついかないと無理だな。

 少し食べてご飯をガバっといって……


 結局、鍋の具だけ食べて、スープはほとんど残してしまった。

 

「……先輩、もう、ごちそうさまなんですか……?」

「うん、残すのは心残りなんだけど、辛くて」

「……で、では……わ、私が……」

「スープだけしか残ってないけど……」

「……ぜひ!」


 俺がスープだけが残った鍋を由宇へ差し出すと、彼女はじーっと鍋を見つめながら蓮華を手に取る。

 プルプル震える蓮華だったが、彼女はキッっと顔を引き締めると鍋へ蓮華を差し込んだ。

 掬った後も口の前でちょっとだけ止まっていたけど、俺の方へチラリと目をやると口に含む。

 

「……せ、先輩の……」

「大丈夫か? 由宇? やっぱ辛いのを無理してたんじゃない?」


 由宇の頬が赤くなってきていたから、俺は心配になって彼女に問いかけた。

 

「……い、いえ……辛いのは平気です。顔は……もう、知りません……」

「そ、そうか……」


 由宇が察しろと目で訴えてくるんだが、何のことやらさっぱり分からないぞ。せ、説明して欲しいなあ。

 そう思ってお願いするように、上目遣いでじっと由宇のことを見つめていたら、耳まで真っ赤にして「……知らないもん……」って言っちゃった。

 「もん」は反則だって言ってるじゃないか!

 

「……先輩、その目はズルいです……」

「た、確かに気持ち悪いかもな……」

「……そ、そんなことないです……」

「あ、うん」


 微妙な空気になって、涙目になってしまった由宇へどうしていいか分からなくなった俺は、何を思ったのか立ち上がる。

 そして、彼女のさらっさらの長い黒髪をそっと指先に絡ませると、耳へとかけてしまった。

 何考えてんだ俺ぇええ。いや、気まずいなと思って何かしようとは思ったよ。鍋の彼女の髪の毛が入りそうになっていたから、髪をついつい……その後の行動は何故やったのか俺にも分からん!

 分からんが、耳に触れちゃったああ。

 

「……せ、先輩ぃ……ふにゅ」

「ふにゅ?」

「……わ、私、そんなこと言ってません!」

「そ、そうか……」

「……気のせいですよ!」


 確かに言った気がしたんだけどなあ、あああ、また元の空気に戻ってしまう。

 これはいかーんと思った俺は、慌ててお会計を済ませて店を出る事にしたのだった。

 

 ◆◆◆

 

「……おいしいです!」

「だろお」


 店を出た後、お口直しにあまーいジェラートを食べに駅前まで足を運んだんだ。

 このお店は俺が仕事帰りにたまに寄ることがあって、時には行列ができるほどの人気店なのだ。仕事のストレスが溜まった時に食べると格別にうまい。

 由宇にはナッツ入りの俺一押しジェラートを食べてもらっている。

 

「辛い物の後だから、余計に甘く感じるな」

「……はい、せ、先輩、こんなおしゃれなお店に……やっぱり……梢さんみたいな可愛い方とかと……」

「い、いや、いつも一人で来るんだよ」

「……そ、そうなんですか……先輩の行きつけ……」


 メモを取らなくていいから! そこお。駅前の目立つ位置にあるんだから場所が分からなくなることなんてないだろ?

 こ、この流れなら、聞ける。聞きたくて聞けなかったことだ。


「由宇は誰かと遊んだりしないの?」

「……いえ……わ、私は時間があれば『ローズ』でしたし……」

「そ、そうか……じゃ、じゃあさ、行ってみたい店があるんだけど……」

「……先輩となら……」


 その思わせぶりな言葉は勘違いしてしまうだろお! お、俺とあばばばば。

 だ、ダメだ。こんなときは円周率を数えて冷静になるんだ。三てん一四一五九……だあああ。この先が分からん。短すぎてこれはあかん。

 

「ええとだな、由宇。け、けけ、けー」

「……け、け、けっ……ま、まさか先輩……」

「そ、そうまさかなんだ……け、け」

「……そ、そんなまだ私、心の整理が……い、いやじゃないんです……そ、そうじゃなくて……」


 あああ、由宇が何か言っているけど、恥ずかしくてやっぱり言えない。

 俺はスマホを取り出して彼女へ画面を見せる。

 

「……し、しきじょ……? あ、え、ケーキバイキングですか……!? いつ行きますか?」

「あ、うん、来週の日曜日にとかどうかな?」

「……はい! もちろんです……」


 おおお、ケーキバイキングに行けるう。しかも由宇とだ。土日両方彼女と会えるなんて幸せだ……俺が喜びを噛みしめていると、彼女も頬に手をついて俺へ微笑みかけているじゃないか。

 あ、はしゃぎ過ぎたかな……で、でも、俺の小さな夢である「可愛い女の子とケーキバイキング」が叶うわけだしさ。はしゃがずにはいられないよ。

 

 この後は由宇がバイトだと言うので、俺達は今更ながら連絡先を交換しあってこの日はお開きとなった。

 

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