第9話 台風の目

その日の夜。


芹崎先生から、

「明日の朝9時、学校には行かずに

『夕暮市立総合病院』へ来てください」

との連絡があった。


きっと、事情聴取をするのだろう。


―それにしても。


普段、芹崎先生が生徒に対して敬語を使うことなんてめったにないし、生徒指導の先生らしい威圧的な態度で、

名前は呼び捨てだ。


いわゆる『運動部顧問の厳しい先生』といったところなのだが、今日の彼は違った。


落ち着いた声色で、「河谷くん」と名前を呼び、敬語で話していた。


・・・そのくらいに、この出来事を真剣に考えているんだろうな。

そう河谷は思った。


だが、真剣さ以外にも後悔や無念さを感じていて、それでいて、その気持ちを隠しているようにも思えた。


・・・今日のこの事件のことを、河谷はすでに両親に話していた。


なので、先生から電話がかかってきても、父は驚かず、ただひたすら何かを考えていた。


―しかし、母は違った。


話を聞き終わった瞬間、こちらに背を向けて立ち上がり、何も言わずにリビングから出ていってしまったのだ。


河谷は追いかけようとしたが、父に止められた。


「そっとしておいてあげなさい。」


その一言で、河谷は察した。


―大人にも、泣きたいときはあるんだな、と。

今が、お母さんにとってその時なんだな、と。


だから、静かに父に向かってうなずき、座っていたソファーに戻った。


二階の河谷の部屋の隣に、お母さんの部屋がある。


―お母さんはきっと、自分の部屋にいるのだろう。


そう思ったので、しばらくは部屋に

戻らず、リビングで過ごすことにした。


・・・しかし、何をしようか。


お父さんを見ると、いつもは無口ながらもやわらかなほほえみをたたえているのに、今は天井やリビングのドアを

ちらちらと見ている。


・・・やっぱり、お父さんもお母さんが

気になるんだな。


そんなことを考えながらも、河谷は

居心地の悪さを感じていた。



今日のことは、言うべきじゃなかったのかな。


中野があのとき、僕に事件のきっかけを話してくれたのは、『言うべきだった』例だ。


でも、今日の出来事を話したのは、『言うべきだった』ことなのだろうか。


僕は、お母さんがうっかり者であり、実は真面目なところがあるのも知っていた。


家族だからこそ、よく分かることも、よく分からないこともある。


でも、真面目ゆえにショックを受けやすいことは、ずっと前から分かっていた。


「お父さんとだけ話したい」と僕が言ったら、納得してくれて、二人で話している部屋から離れていてくれることも。


―本当に、お母さんに話すべきだったのだろうか。


河谷はその、答えがたった二つしかない問題に頭を悩ませ、自分の選択した答えに罪悪感すら感じていた。


家族として、そして唯一の親友・長谷川が深く関わる事件として、話すのは当然かもしれない。


それに、どのみちこの大事件を隠してはいられないと思う。


でも。


お母さんにあれだけのショックを与えてしまったということは・・・。



しばらくして、そうっと自分の部屋に戻り、ベッドにもぐりこんだ。


だけど、河谷はずっと『あのこと』がひっかかり、なかなか眠ることができなかった。

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