黒戦士ラングレイブ

コケシK9

プロローグ 跳び上がる棺桶

栄艇高校えいていこうこう 緑後 援みどりうら えん "戦死"』


事務的な口調のアナウンスが廃墟となった町に響き渡る。仲間が敵に倒されたこと、そして俺が孤立した事を示す声だ。


「敵側のアナウンスがない。援の奴、外したな?……クソ、2対1か」


俺は今、視界に映るほぼすべてをスイッチとレバーとモニターで囲まれた狭いコックピット内のシートに腰掛け、装着したヘルメットの内蔵スピーカーから聞こえる音に耳を澄ましながら、モニターの一つを凝視していた。そこには町の地図が表示されており、中心には、"you"と書かれた緑色の点が明滅している。

数十秒ほど睨み付けていると、緑の点の近くに"enemy"と書かれた二つの赤い点が表示された。仲間が仕掛けておいてくれたセンサーに敵が引っ掛かったのだ。赤い点は並んだまま緑の点に向かってきている。恐らく俺の位置も相手に伝わっているのだろう。


「もっと燃料があれば一旦逃げるんだがな……やるしかねえか」


やがてズシン、ズシンという音がスピーカーを通して俺の耳に入る。考えるまでもなく、それが足音だとわかった。人間の物にしてはずいぶんとな音だ。

視線を正面の大きなモニターに移すと、そこには周囲の景色が映し出されている。

瓦礫の山の向こう、建物の影から足音の主が現れた。

身長4mほどで、灰色に塗装された装甲を全身に張り付けた機械の巨人。赤く輝くセンサーの瞳には慈悲の心などは欠片も感じられない。名前は確か”ヴィクティム”とか言ったか。その手には体躯に合った巨大なマシンガンが握られている。

その銃口が真っ直ぐに俺を捉えている事は確認するまでもない。俺は手元のハンドブレーキを解除すると眼前のステアリングを右に傾け、足元のアクセル・ペダルを力の限り踏みつける。遅れて2体のヴィクティムが持つマシンガンが火を吹いたが、弾丸の向かう先にはすでに獲物は居ない。


横殴りの金属の雨が降り注ぐすぐ側を俺の乗る"車輪の付いた黒い棺桶"が爆走する。棺桶の上には大砲がセットされており、俺の操作によってヴィクティムのうち一体に向けられ、トリガーを引くと同時に拳大の砲弾を吐き出した。砲弾は奴の胸――多分コックピットの位置――に突き刺さり、その体内で爆発を起こす。一体は仕留めた。


「今のが最後の一発……仕方ねえ!」


生き残った方の足元を通過した直後、敵側の戦死アナウンスを聞き流しながら、水平になっている手元のレバーを起こす。

次の瞬間、棺桶が。そして車輪を支えていた部分が変形して鋼鉄の足と腕となる。弾切れの大砲は切り離され、無造作に放り出された。

"車輪の付いた棺桶"は、一瞬にして"手足の生えた棺桶"に変形し、90°起き上がった棺桶に合わせてコックピットも回転、俺の頭が上に来るよう調整する。棺桶がその足で地面に踏ん張って慣性にブレーキを掛けた。強い圧力が俺の背中をシートに押し付ける。

歯を食いしばってペダルとレバーを操作すると、手足の生えた棺桶”ラングレイブ”が振り返り、ヴィクティムの背中に突進する。

俺がレバーの上のボタンを親指で押すと、ラングレイブの右腕に装着された、工作用の物をそのまま大きくしたようなドリルが唸りをあげて敵の背中を狙う。ラングレイブにはマシンガンも装備されているし、先ほど捨てた大砲も肩に装着できるのだがあいにく今は弾切れ。このドリルが今残っている唯一の武器だ。すぐ折れるのが難点だが貫通力はなかなかに強力で、奴の装甲くらいは簡単に抜けるはずだ。

しかし向こうもただ棒立ちでいる訳がない。素早く棺桶おれの方を向き、後ろに下がりながらマシンガンを乱射した。各部から伝わってくる衝撃とともに目の前のモニターが暗転する。カメラが弾丸に砕かれたのだ。


「ッ! ……当たれ!」


構わず突進を続けながら勘だけでレバーを操作し、右腕を突き出させる。強い手応えからドリルがどこかに当たったことは分かった。あとはただ、ここが敵のコックピットであることを祈るだけだ。

数秒後、ドリルが何かを貫通して動きを止めた。

沈黙が周囲を覆う。そこからさらに数秒経ってもヴィクティムからの反撃はない。


『四仙高校 全パイロットの戦死を確認。よって勝者、栄艇高校』


そのアナウンスが流れたとき、ようやく俺はレバーから手を離してシートに沈みこむ。


「勝った……」


口に出して言ってみる。何となく実感が沸いてきて少し口元がほころぶ。しばらくシートでくつろいでいるとヘルメットのスピーカーから声が聞こえてきた。仲間からの通信だ。


『お疲れさん、げき! 正直ダメかと思ったよ、勝てて良かったぁ』

「お前が当ててくれりゃもうちょっと楽だったんだがな」


俺は通信に苦笑いしながらそう返す。相手は緑後 援みどりうら えんだった。


『とりあえず出て来なよ。カメラぶっ壊れて何も見えないんだろ? もう引き上げ始まってるぞ』

「ん、そうか」


疲れたので出来ればしばらく動きたくないのだが、俺を乗せたままラングレイブごと輸送されるのは御免だ。あれは操縦するよりも遥かに大きく揺れる。以前やられたときは吐きそうになった。

俺が操作すると頭上にあったハッチが開いた。内部の梯子でよじ登り、開いた棺桶の頭部分から這い出す。

外に出ると、ちょうどヴィクティムのコックピットからも、宇宙服みたいなスーツに身を包んだパイロットが出てきたところだった。ドリルによってハッチが開かず少々手間取っていたようだ。ヴィクティムのパイロットは俺に気づくと地面まで降りてきて右手を差し出す。握手を求める合図だ。俺が手を握ると向こうも固く握り返してくる。


「いい試合だった。ありがとう。まさか視界ゼロで当ててくるとは思わなかったけどね」

「勘が当たっただけだよ」

「勘でやってのける……流石はデストロイブラックシューターだ」


俺は凍り付く。ちょっと待ってそれ黒歴史。


「負けてしまったけれど、君と戦えて嬉しいよ。それじゃあ次の試合、応援しているからね!」


向こうも撤収作業が忙しいのだろう。ヴィクティムのパイロットは言うだけ言うとすぐに立ち去ってしまった。機体の回収に来た人たちのイタい奴に向ける視線が辛い。

気を取り直して歩き出す。昔の呪いが苦しめてくるが、それでも俺はもう一度このロボットバトル競技”ウォーイング”の世界に戻ってきた。やるからには、この大会で優勝を目指す。

その中で”奴”がいるチームと当たることもあるだろう。俺がウォーイングから離れた際の唯一の心残りにして、離れるきっかけとなった……”奴に勝利する”という目標を、達成できるかもしれない。


仲間たちの待つ場所へ向かう間、俺は拳を固く握りしめていた。

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