第79話 新会社

 2月になり、母の会社がスタートした。

 会社は、八王子駅近くのビルの3階に事務所を構えている。

 それと同時にネット通販のサイトにも出店したので、更に注文が来るようになったとのこと。

 従業員は、現在パートさんで来ている人で、社員になりたい人は社員として雇用することになり、不足する人員は、フリーペーパーなどでパートさんを募集して、スタートする。

 智さんと私は役員として登録される。

 会社としてやっていくには、社長だけじゃなく、役員も必要との事。

 役員と登録されたので、私たちも時間がある時は、母の仕事を手伝う。

 会社に行くと、男性は智さん一人だけなので、みんなの注目の的だ。

 最初は母の旦那さんと思ったらしく、私が妻である事を伝えるとみんな驚いていた。


「あなた、今いい?」

 智さんに重大な発表がある。

 食事が終わってTVを見ている智さんに言う。

「ああ、何だい?」

「あのね、出来たみたい」

「へっ、出来た?」

「そう、あなたの赤ちゃん。検査薬で調べたんだけど、そうみたい」

「ほ、本当か?」

「でも、病院に行かないと、確実な事は言えないから、もしかしてよ」

「あ、ああ。それは分かっている」

 なんだか、智さんの動きが変。TVを点けているのに、目がTVを見ていない。

 明日の土曜日に、二人で病院に行くことにした。


「おめでたです」

「ほ、本当ですか?」

「はい、間違いありません」

「あなた」

「彩、やったぞ」

 病院から出た智さんは、早速、母とご両親に電話するけど、どちらも大変喜んでいたと言っていた。

 お義母さんが、神社にお参りに行ってくれたおかげだと思う。

「今度帰ったら、お礼にお参りに行くよ」

 お義母さんに電話でそう言っている。


 明日からゴールデンウィーク休みという夕方、智さんと食事に出かける約束をしているけど、待ち合わせの時間になっても、来ない。

 きっと仕事が押しているだと思った私は、智さんの所に迎えに行く事にした。

「あのー、失礼します」

「あっ、はい。あっ、杉山さん」

 私が行くと、同期の吉田さんが対応してくれた。

「あっ、吉田さん」

「杉山さん、何の御用でしょうか?」

「えっと、会社が終わったら、主人と食事に行く約束をしていたのですが、遅いのでちょっと様子を見に来てみたのですが…」

「え、主人?杉山さんのご主人?」

 見ると向こうの方に智さんが、武田係長ともう一人若い人と話をしている。

 私は、智さんに向かって、小さく手を振る。

 すると智さんも片手を上げて、それに答えてくれた。

「えっ、杉山さんのご主人って課長?」

「ええ、そうですけど」

「「「ええっー」」」

 なんだか、このフロアの人全員が驚いているけど、それほど驚く程の事でもないでしょう。


「武田係長、妻が迎えに来たので、今日はこれで良いか?後は連休明けにでも調整しよう」

 なんだか、武田係長ともう一人の人が首を上下に振る。

 智さんは背広と鞄を持って、私の所に来てくれた。

「悪い、遅くなった」

「もう、待ちきれずに迎えに来ちゃった」

 腕を組みたいけど、さすがに、会社の中だと良くないだろうな。


 エレベータホールでエレベータが来ると中から、人が出て来た。

「あっ、課長、今日は終わりですか?」

「ああ、後は武田係長に任せているから」

 そう言うと私たちはそのエレベータで降りて行く。

「あなた、仕事の方は良かったんですか?」

「ああ、武田係長が居るから大丈夫だろう」


「ねえ、あなた、夕食は『ミラカン』のお店に行きましょう」

「いいけど、別の店でも構わないぞ」

「ううん、『ミラカン』の甘酸っぱいソースが食べたいの」

 前に「ミラカン」のお店に行ったのは、母と3人だったっけかな。

 こうやって2人で「ミラカン」のお店に行くのは久しぶりの気がする。


 久々の「ミラカン」の夕食を済ませて、お店を出るけど、今日は帰りたくない。

「ねえ、あなた。今日は泊まっていかない」

「泊まるってどこに?」

「もう、いいところ」

 そんな事は女の口から言わせないこと。

 私たちは五反田の駅で降り、智さんに連れられて、ネオン街に向かった。

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