第67話 スーツ

 私が夕食の片付けをしていたら、携帯が鳴った。

 見ると、母からのようだ。

「もしもし、お母さん、うん、うんそう。どうにか無事に済みました。

 それでね、今週末にスーツを買いに行かないといけなくて。そう、そう。

 えー、今から?分かった、智さんにも伝えとく」

「なんだって?」

「お母さんが今から来るって」

「えー、今から」

「スーツが必要だって話したら、私のがあるから持って来るって。そんな昔の着れるかしら?」


 1時間程して、手に荷物を持った母が来た。

「はい、これ。程度の良い物だけ3着持って来たわ」

 見ると、どれもクリーニングされていて、問題なく着れそう。

「彩、ちょっと着てみて」

 私が寝室に行き、着替えてみる。

「どうかしら、おかしくないかしら」

「うん、似合ってるわ、ねぇ、智久さん」

「ええ、全然問題ない」


 後2つも着てみるけど、こちらも問題はなさそう。

「それでは、遠慮なく貰うね。ところでお母さん、泊まっていくの」

「今から帰れというの?」

 壁時計を見ると10時を過ぎている。

「いえ、そういうつもりじゃないんだけど」

「陽子さん、泊まっていって下さい」

「あら、やっぱり、智久さんは分かっているわ。それじゃ、シャワーだけ借りるわね」

 母もそのつもりだったんだろう、ちゃっかり着替えを持って来ている。

「もう、新婚さんのところに泊まるなんてどういう神経かしら」

「もう1年経ったんだ。新婚とは言えないだろう」

「それは、そうだけど」

 今日は、智さんに甘えようと思っていたのに、このいけず。


 智さんを起こさないように、ベッドから出て、キッチンに向かう。

 すると、母も起きてきた。二人で朝食の準備をするけど、そんなに複雑なものは作らないから、簡単に出来てしまう。

「ジュー、ジュー」

「今、用意しますから」

 智さんが起きてきたので、出来たばかりの朝食をテーブルに並べる。

「お母さん、今日はどうするの?」

「彩の仕事場に行ってみようかな」

「もう、止めてよ」

「ホホホ」


「では、陽子さんここで失礼します」

「お仕事がんばってくださいね、彩も智さんに迷惑かけないように」

「もう、お母さんはさっさと帰って」

 私は母から貰ったばかりのスーツを着て、電車に乗った。


 智さんと手を繋いで出社したいけど、さすがにそれは出来ないので、東京駅を降りてからは私は智さんと離れて歩く。

 本社ビルに入ると、智さんは自分の課のある階のエレベータに、私は研修を行っている会議室に行く。


 研修7日目、今日は智さんの講習の日だ。なんだか、朝からドキドキする。智さん、ちゃんと出来るかな。

 ここはちゃんと、私が見ていなければ。

 それに私の旦那さま、今日はなんだか凛々しいな。思わず見つめてしまう。


「ただいま」

「お帰りなさい、あなた」

 今日の旦那さまは素敵でした。三つ指を付いてお出迎えしちゃうおな。

 食事をしながら智さんが、今日の事を聞いて来るので、私は面白かったと答えた。

「ほんとか、つまらないだろう?」

「そんな事はないわ。あなたのお仕事が分かって良かった。私もあなたの課に異動希望を出そうかしら」

「それは無理だな。彩は技術畑出身じゃないだろう」

「そうなの?。どうしてもだめ」

「まあ、事務員はいるけど、彩が来たら、若い連中が仕事をしなくなる」

「えっ、どういうこと?」

「美人事務員が来たら、仕事が手につかないって事だよ」

「ほんとに?」

「ほんとだよ」

「そんな美人をお嫁さんにしている人は、どんな気分でしょうか?」

「とっても幸せ者さ」

「ほんと?」

「ほんと、ほんと」

 私は笑いながら、食事が済んだ食器を片付け始めた。


 今日は素敵だった旦那さまにご褒美を上げなきゃ。私は智さんに抱きつく。

「相変わらず甘えん坊だな」

「いいの、私の旦那さまだから、私が甘えるのは問題ないの」

「他の人が甘えるのは?」

「絶対だめ」

「はい、奥さま、一人だけにします」

「じゃ、いっぱいお願い」

 私は智さんに口付けをせがんだ。

 智さんは、私の寝間着のボタンを外していく。

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