第66話 入社

「こんにちわ」

 早紀ちゃんと真利子ちゃんも私たちのところに来て、智さんたちに挨拶してくれる。

「ええ、こんにちわ」

「えっと、たしか彩ちゃんのご主人さまですよね」

「ええ、そうです」

「きゃー」

 ちょっと、二人とも、私の旦那さまに向かってその「きゃー」はどういう事?

 見ると、二人だけじゃなく、他の子たちもこちらを見ている。

 私が結婚した事は、学院の中ではかなり知られているので、野次馬で見られているのかもしれない。

「彩ちゃんってどうです?」

「どうですとは?」

「いえ、ちゃんと主婦しているのかなと思って」

「ちゃんとしてる」

 ちょっと、早紀ちゃん、それは私に対して失礼でしょう。

「彩は料理も上手だし、綺麗好きだし、真っ先に自分の事を思ってくれるので、最高の妻ですよ」

「まあ」

「ほらね」

 智さん、もっと言って。

「彩ちゃんの事、愛してます?」

「もちろん、彩が居なくなると、自分の半分がなくなったように思いますよ」

「きゃー」

 二人は口を押えて笑う。

 だけど、旦那さま、それはちょっと言い過ぎなのでは?

 横で聞いている母やご両親も、恥ずかしいと思います。


 二人は「羨ましい」とか言っていたが、別の友だちのところに行ってしまった。

「さて、帰ろうか」

 学校の敷地の中に停めた車に乗って、帰宅する。

 早紀ちゃんや真利子ちゃんも家の人が送迎してくれているみたい。


「とりあえず、結婚式と卒業式が終わったわね。後は入社式ね」

 私が卒業して、母としては、肩の荷が降りたということだろう。

「彩さんはどこに入社するんだね」

 えっ、お義父さん、今更それを言いますか?

「カーネル佐藤建設だよ。俺の会社だ」

「ええっ、なんと……」

 お義父さんが絶句したのは、どういう意味?

「それはいいのか」

「うちの会社は一応外資系って事で、就活が早いんだ。それで、先に彩の就職先が決まってしまったので、それから俺たちが付き合いだしたから」

「なるほどなー」

「まあ、世間的に見れば、順番が逆だけど」

「……」

 それだけじゃない、デキ婚ではなかったけど、それ以外は全部逆になっている。

 智さんのご両親は2日ほど母の家に滞在していたけど、火曜日には名古屋に帰って行った。


 4月1日、私はカーネル佐藤建設の入社式に出席する。

 入社式は全新入社員が集合して行われるので、会社内ではなく、近くのホールを借りて行われた。

 私は就活で着用したのと同じスーツを着て、入社式に出席する。


 入社式は、式次第によって進んでいく。

 まずは会長、いえ私の本当のお父さんであり、智さんとの結婚の仲人である、加藤会長の挨拶から始まった。

 社長の挨拶が終わってから、入社手続きになり、その後は新人教育という事になるけど、こちらは採用地区ごとに行われるので、地方採用の人はここで、移動していく。


 私たち本社採用は大会議室に移動して、教育を受ける。

 ここの会議室は、試験や面接の時に来ていた所なので、見覚えがある。

 貰ったスケジュール表を見ると、最初の1週間は会社全体の教育、その次の1週間は各部署の仕事内容の説明となり、3週目から各部署に配属となっている。

 技術系の人たちは部署に応じて、個別の教育もあるらしい。

 そのスケジュールには、智さんの課の説明時間もあった。

 智さんが説明してくれるのかな。今からドキドキする。どんな顔をして、聞いていればいいんだろう。

 会議室の中を見ると、本社採用となっているのは20人程で、そのうち女性は5人だけ、後は男性みたい。

 女性の中には、技術系の人が1人居る。

 女性で技術を持っているなんて凄いと思う。

 その後、辞令交付となり、私の配属先は総務部広報課と書かれていた。

 広報って会社の業務を宣伝するところよね。なんとなく分かるけど、どんな事をするのかしら。

 私たち新人は仕事もないので、説明会が終わったら、そのまま退社となった。


 先に家に帰った私は、夕食の支度をしていると、智さんが帰ってきた。

「おかえりなさい、あなた」

「ああ、ただいま」

 私は、智さんの着替えを手伝う。

 こんな事をしている自分は、つくづく主婦をしているなと、思ってしまう。

 私が今日着て行ったスーツを寝室に掛けておいたら、智さんが掛けてある私のスーツを見ている。

「明日もスーツなのか?」

「ええ、新人研修が終わるまでは、スーツ着用のことだって」

「それなら、もう1着必要だろう。明日にでも買いに行くか?」

「今度の週末でいいわ。あなたも疲れているでしょうから」

「そうか、そうするか」

 今週末、智さんにまた散財させてしまいそうだ。

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