第64話 母の味

「どうぞ」

 早速、出来た味噌カツを並べる。

「味噌カツって、単に豚カツに味噌をかけるだけかと思っていたんですけど、違うんですね」

 お義母さんに教えて貰うまでは、私も知らなかった。

「ほんとに、名古屋飯って奥が深いわ」

 母も同じように考えていたみたい。

「どうだね、陽子さん、まぁ一杯」

「そうですか、それでは遠慮なく」

「お母さん、遠慮なくじゃなく、ちょっとは遠慮してよ」

「いやいや、陽子さんの飲みっぷりはいいからな。遠慮してたら物足りんだろう」

「彩、お義父さんもこう言ってくれてるのだし、いいじゃない」

「私の旦那さまの実家なんだから、嫁の顔に泥を塗るような事はしないでよね」

「ははは」

 お義父さんは大笑いしている。

「義理の母より先に潰れる婿の方が、顔に泥を塗ってると思うがな」

 智さんは面目ない顔をしている。

「まあまあ、いいじゃないですか。お酒は楽しく。ささ、智久さんもどうですか」

 お義父さんの許しを得たと思って、母が智さんにお酒を注いでいる。

 私とお義母さんは、ため息をつくしかない。


「あなた、あなた、起きて」

 今日は東京に帰るのに、昨日飲み過ぎたので、智さんはまだ寝ている。

「えっ、今何時だ」

「もう、7時半よ。今日は帰るんだから」

「ああ、そうか」

 いつもは夜中に起きるのに、今回に限っては、朝まで眠ってしまったのは疲れているのかな。


 私は早く起きて、お義母さんたちと、ちゃんと朝食の準備をしてますから。

「今日は、お昼は食べて帰る?」

 お義母さんが、智さんに聞いてる。

「ああ。迷惑でなければ」

「じゃあ、昼は何が食べたい」

「きしめん」

 ちゃっかりと私が、言っちゃった。

「きしめんか、たしか貰ったやつがあっただろう」

「そうね、まだあったから、あれにしましょうか」

 お義父さんの言葉に、お義母さんが答えた。


 お義父さんとお義母さんに車で、緒川駅に送って貰う。

「それじゃ、気を付けて帰るんだよ」

「お義父さん、お義母さん、お世話になりました。今度は東京でお待ちしています」

 母が智さんのご両親に言っている。

「お義父さん、お義母さん、結婚式でお会いしましょう」

 私もお礼を言う。


「お義父さん、お義母さんってほんとの両親みたい」

 新幹線の中で母が智さんに言う。

「そういえば、陽子さんのご両親は?」

「私、彩を身籠って、それで勘当されちゃて、それから会ってないの。何度か連絡も取ろうとしたんだけど、電話も直ぐに切られちゃうし…」

「でも、孫の顔とか見たいと思いますよ。一度、行ってみてはどうですか?」

「父は厳格で、母はさらに厳しい人なので…、それに父は地元の市議会議員を何期もやっているような人で、対面を非常に大事にする人なのです。

 私たち親子は敷居も跨がせて貰えないでしょう」

「ご実家って、東北でしたっけ?」

「そうです、青森なんです。父は『東京に出したのが、間違いだった』と言われました」

 そう言えば、智さんは長男だ。

 智さんは、今の実家をどうするのだろう。

 妹の恵子さんが近くに居るとしても、お嫁に行っているし、恵子さんの旦那さんも長男だって言っていた。

 智さんは将来、名古屋に帰るのかな?

 その時、私もこっちで暮らす事になるのかな?

 そう言えば、お墓とかどこにあるんだっけ?

 私が名古屋に来たら、母はどうするの?

 母もこっちに来てくれるかな。

 そんな事を考え出すと、キリがない。


「では、いつものように、どこかで夕食にして帰りましょうか。名古屋飯ついでに『ミラカン』ってどうかしら」

「賛成」

 私も「ミラカン」を食べたいと思っていた。ナイス、お母さん。


「ミラカン」の店に入ると、土曜日にも関わらず、直ぐに席に案内された。

 全員同じ「ミラカン」セットを注文する。

「やっぱりこの味ね」

 私も母に同意する。

「なんだか、名古屋飯ばかりになったちゃったな」

「ううん、美味しいからいいの。それに智久さんのお母さんって、お料理が上手ね」

 母もお料理は上手だと思うけど、智さんのお義母さんも上手。そうやって、家庭の味が作られていくのかな。

「陽子さんや、彩の方が料理は上手だと思いますよ」

 智さんは母や私の方が上手だと言うけど、きっとお世辞だわ。

「まあ、お世辞でも嬉しいわ」

「あなた、今度から私が味噌カツを作るわ」

「彩、大丈夫か?」

「ちゃんと教わったから、大丈夫」


 食事を済ませた私たちは、お店を出て自宅に向かう。

「陽子さん、泊って行きますか?」

「ううん、今日は帰るわ、いろいろとお世話になりました」

「いえ、こちらこそです」

 母は直接帰るみたい。

 電車の中で母を見送った私たちは、三鷹のマンションへ向かうため、改札を出る。


「また、こんなにお土産を貰っちゃった」

 パンパンに膨れたバッグを開けると、貰ったお土産が沢山入っている。

 智さんのご両親はいつも沢山、お土産を持たせてくれる。

 私も何か、出来る事があればいいけど。

 智さんが、お風呂に入ろうとしている。

「あなた、ごめんなさい。今日は一人で入って」

 ごめんね、旦那さま。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る